第37話 どうやら俺は失敗しましてね。
ドームの外の時間は限りなく遅くなったはずなのに、打つ雨だけが違っていた。
だけど、そんな雨音もいつしか消えていた。
『グサリッ』
突き刺す音だ。
嫌な音だよね。でも、音のわりに痛くはない。
ああ、全部思い出したよ。
そして俺は、全世界を超々スローモーションに感じていた。
全世界という言葉の意味は……、すぐにわかるさ。
ドームも、外の景色も、砂の城が乾いて風に吹かれるように崩れていく。
そして見渡す限りが何もなくなった。
景色や、もっと言えば色や、感覚もだ。
ちなみに、これは世界が消滅したわけではないよ。
本来、俺があるべき場所に変化しているんだ。
でも、これでもまだ途中でね。
まあ、既にここは別次元と言った方がいいのかもしれない。
そして俺の体にも緩やかな変化が起こっている。
自ら深く突き刺した金の刃は消え、傷からは見た事のない粒子が噴き出している。例えるなら、それは虹のようだった。
そんな虹のような粒子の一粒一粒を、俺は冷静に眺めているのだ。
全てを出し尽くした時……。
粒子の躍動が、どんどんと減速していく。
いや、おれの思考が加速しているのだ。
おかげで世界の、もうほとんどが、限りなく止まって感じるほどだ。
この場合の、世界と言うのは、この次元とは別とでも言うか……。
言い換えれば、俺はそんな世界を俯瞰している。
あー、やばい。本当に全部思い出してしまった。
『つじつまって知ってるかしら?』
ムグルディがそう問いかけてたっけ。
俺は馬鹿正直に、言葉の上なら、なんて答えてたな。
まあ、俺は見当違いなことを答えていたわけだがね!
時間という概念の事だったのだ。
楽しかった俺の人生の中で、唯一、つじつまの合わない事柄だ。
双子の魔王が俺の妹だとしたら、俺が生まれて直ぐ失踪した親父は双子をいつ作ったんだろうな?
親父は双子を敵として見ていた。まるで昔から知っているようにだ。昔っていつだろうな?
もちろん演技ってわけじゃない。
他の魔王たちの存在もそうだ。遥か昔に封印されていた者や、新参もいるのに。
それらは知識の上では、知古としてなぜか繋がっていた。
ガン坊と呼ばれた王様が子供の頃、母さんは宮廷魔術士で、その前母さんは勇者だった。
そして勇者だった母さんは、親父と駆け落ちした。
ママ友のドラゴノーラさんはどうだ? 伝説の神龍が初めて王国に現れたのは、どれほど前だ?
それが数十年前程度なら長命種には最近のことで、伝説と言うには近すぎる。
少なくとも、王国では伝説となり、大騒ぎになる程度には恐れられた存在だ。
じゃあ母さんは、どのタイミングでママ友になれるんだ?
そんな太古の存在が、俺の生まれた時を知っていたんだぜ? 不思議だなぁ。
なんて。
全部が繋がっていたようで、その実、【時間】だけは、どうやってもつじつまが合わないのだ。
そして時間に対して、誰も一度として疑問を持たなかったのだ。
そこは非常に巧妙に、もっともらしく、あるいは偶然にかこつけて出来ていたわけで。
となるとだ、俺の歳はいくつだ? はは、俺はいつ生まれたんだろうな。
まあ、それはいいか。
後は、本来の役目に戻るだけだし?
『ザァァァ』
土砂降りの音が聞こえた。
……。
何もないこの次元で打つ地面もないはずなのに、音だけははっきり聞こえたんだ。
ああ、やっぱり俺の思考に追いついて来たか。
降る雨は、世界に降っていた雨は、俺の涙だったんだ。
追いついてきたのは感情だ。
悲しい時はいつも雨だった。
そんな雨も嫌いじゃない。なんて、俺にも格好つけていた時期がありました。
泣きながら、泣いてないやい! って言ってるようなもんですね。
今度は世界に消滅の危機が訪れないように、何億年か、何十億年か、頑張って大地を支えよう。
でも、どうしても辛くなったら、泣くかもしれないけど、その時は許してな!
……。
ダメだ。
俺が弱音を吐いたから……。
もう、そんな事が起きないように俺は、心を殺せばいい。
それが、俺にできる唯一のお礼なんだ。
俺の本当の名前は、世界を支える亀。
亀って言い方は比喩でさ、どちらかと言うと世界そのものだったんだ。
ま、物陰に隠れ、時に殻にこもり、そっと見ているあたり、亀なんて例えは俺らしいよね。
そんな俺を、世界を育んでくれたのは、母さんで、母さんは神だったんだ。
神である母さんと……まあ、あの親父が、愛を紡いだ結果、俺が、双子が、そして世界が生まれたんだ。
それは果てしなく昔、創世の出来事だ。
そんな俺が、なぜベネットになったのか。
それは辛そうに耐える俺を、見兼ねたんだよな。
誰がって? 家族だよ。
母さんや父さんや、妹たちさ。
そんなベネットは間もなく消えるけどさ。
母さん、みんな。本当に楽しい時間をありがとう。
俺のために、優しい世界をありがとう。
おしまい。
って、ばかぁ!
今、一瞬エンドロールが見えたじゃないか!
俺は、もう少しだけ思い出に浸りたいんだよ!
とは言っても……、想いはいっぱいありすぎるんだけどね!
ああ、だからタマシイは重いのか……。納得だ。
母さんも、親父も、ミグとムグも。誰も知らなかったんだよな。
タマシイがこんなに重いって事をさ。
知らなかったから、それが消滅に繋がるなんて思わなかったから、俺たちはこの次元を出ようと思ったんだよな。
あと、もう一つの誤算と言えば、……記憶を持って出ることが出来なかったことだよな。
ま、ともかくミグとムグの決断は正解だったよ
俺がココで世界を支えれば、消滅は多分ないからな。その後、自分たちも死のうとしたのはいただけないけどね!
死ねば戻れるってもんでもないだろ。ほんとうにもう。
全部俺に任せて、お前らは、あの世界でゆっくり……。
……。
ん? アイツら、なんで記憶があるんだ?
と言うか、そうか。
『つじつまって知ってるかしら?』
俺はさらに思い違いしてましたよ!
俺を、俺たちが幸せに暮らせるように、つじつまを合わせていたのは、アイツらだったんだ。
結果、色々破たんしてたけどな!
母さんはトンデモだし、親父は残念だから……。
ああ、あの双子め、貧乏くじ大好きっ子かよ。
……。
アイツらにあるそんな記憶も、多分いつか本当にきえるんだろうな。
そんな気がする。
ベネットという存在が消えてしまえば、必然的にシャルやミカや、……みんなの記憶からも消えて。
あとは世界が無意識につじつまを合わせるだろう。
寂しいけどな、それでいい。
とにかく、これで世界は徐々に正常化していく。
人々には認識できないレベルでの話だけどな。
じゃあ、本当にお別れだ……。
……。
と、いいつつ、もう少しだけ浸っていいか?
いいだろ?
ああ、別に答えなくても、勝手に浸るけどね!
別の次元か、なんなのか知らないけどさ。
アンタだよ。覗き込んでいるアンタ。
俺さ、本当に楽しかったんだ。
凄く楽しくてさ……、だから、だから、みんな幸せに生きてほしくてさ。
いや、そんな陳腐な言葉で纏められるようなもんではなくて、それこそ凄く大きくて重い気持ちって言うか……。
まあ、最強の俺が、たくさんの重さをさ、未来永劫支えるよ。
と、決意表明したところで!
これがベネットだった俺の物語のラストページ。
限りなく止まっていた粒子の流出も、再び動き出したしね。
これで本当に終わりだけど、ここまで付き合ってくれてありがとうな。
俺の意識は、白濁した無限の中に徐々に溶け込んでいく。
『ビキッ』
あれ? なに、ビキッって?
なんか、次元にヒビが走ってるんですが? あれ、俺、なんかしくじった?
嘘だろ、まさか世界の消滅ですか!?




