第35話 気が付けば、二人きりでしてね。
「ここは?」
目覚めた俺の第一声だ。
厳密に言えば寝ていたわけじゃない……。
あの時、双子の魔王から放たれた光に包まれた所までは覚えているのだが。
一見して、白いドームの中にいるようだ……。
「お目覚めかしら?」
前言撤回。俺、寝てたらしいです。
はい俺、しっかり横になってますね。
さて置き、俺は体を起こしながら声の主に視線を向けた。
するとそこには、黒いドレスの姿。
「お前は、ミグル――」
「ムグルディよ」
俺が言い終える前に、間違いを正されてしまった!
「いや、そんな事より、みんなはどこだ?」
「間違えておいて、そんな事は酷いわね」
「え、ああ、うん。まあ確かに……、それについては謝るよ」
「あら、思ったより素直なのね」
「まあね。品行方正で有名な俺だからね」
「それは嘘」
「あ、はい……」
さっきまでの流れが嘘のようだ。
俺たちは、驚く程穏やかだった。
「安心して、アナタの仲間たちは無事よ。でも広義的意味でなら、そんなに無事とも言えないのだけれど」
「それは世界の消滅と言う意味でだろ? ついでに言えば、お前たちが、世界を滅ぼすってのも嘘っぱちだ」
「ええ、話が早くて助かるわ」
何となく雰囲気で察したさ。
俺は敏感なんだ。だから分かったんだ。彼女からは一切の敵意を感じない事に。
「ミグ、ムグルディ。じゃあ、こうしてゆっくりと話してもいられないわけか」
「今、一瞬……」
俺は、何の事ですか? と首を傾げてからすごくいい笑顔を向けた。
「ま、いいけど。この空間はね、外と隔絶してあって、そして時間の流れも違うの」
「じゃあ、あながち秘術の一端ってのは嘘じゃなかったんだな」
「そうね。時の魔法は秘術と言っても過言じゃないわ」
「問い掛けてばかりで悪いが、じゃあ、そうまでして俺なんかに話したい事ってなんだ?」
だってそうだろう? なんの取柄もないそのへんにいるようなシーフの俺なんかにだ。
そう問いかけながら、俺は目の前の少女に、どこか親しみめいたものを感じていた。
「アナタの力が必要だからよ」
「……お、俺の?」
「ところで、世界がなぜ消滅するか知ってる?」
「ん、ああ。たしか……、世界を支える巨大な亀が、増えすぎた人口に耐えられなくなったんだろ?」
「大体あってるわ」
「だいたいかよ」
「ええ。正確には人口ではなく、魂の重みに耐えられなくなったの」
はてタマシイとは? 首を傾げる俺に対し、彼女は何もない空間を指差した。
はてはて?
すると何もない空中に映像が浮かび上がり、シャルやミカや仲間達が見えた。
「なにこれ、すごい。おーい、みんなぁ見ってるぅ?」
おもいきり映像に手を振る俺。本能的にしたくなったんですよ。
「これも秘術よ。向こうからは見えないわ」
「あ、そうなんだ」
「たまにこれでイケメン探したりして暇つぶしするの。じゃなくて……、いいから、よく見て?」
勝手に言ったくせに。と思わなくもないが、よく見てと言われれば仕方ない。
俺はよぉぉく映像を覗き込んだ。
「な、なんか黒っぽくて透けた人が一杯いるんだが?」
まんま言葉の通りだ。
シャルたちの周りを、おびただしい数の黒い影がうようよと動き回っていたのだ。
「あの子たちの周りだけじゃないわよ」
と、映る景色が変わった。
そして変わった先でも至る所に黒い影がいた。
「おいおい、シャルたちは大丈夫なんだろうな?」
「あれ自体に害はないわ。過去に死んだ者達の魂だから」
つまり人は死ぬとタマシイという存在になるらしい。と言う所までは理解した。
「で、それが?」
「世界はね、思っているほど広くはなかったのよ。そして人が死に、新たに生まれた人がまた死んで、いつしか魂は大地を埋め尽くしてしまったの」
「ふわふわ軽そうに見えて、あれはそんなに重いのか?」
「物質の重さとは違うから。蓄えてきた記憶や育まれた気持ちは、途轍もなく重いのよ」
「思いだけに重いんだな」
「だから、大地の亀が耐えられなくあったの」
俺のギャグは葬られたわけだが。いや、むしろなかったんや。
で、俺にも少しだけ意味が分かって来た。
だから俺に何ができるのか? その答えには全く辿り着いてはいなかったけどな。
「そう言えば親父は? シャルたちとは一緒にいなかったみたいだが」
「ミグルディと一緒にいるわ」
「ああ、ミグ、白いほうだな」
「……アナタ、さてはまだ名前があやふやなのね」
この子、するどい。だが俺は笑顔で誤魔化す!
「けど、まあ、そうか、親父にも何か話があったのか」
まあ、そうだろう。
どちらかと言えば、俺より親父の方が重要っぽいし。
と、思ったのだが、
「違うわ」
はい、違った!
で、宙に浮かぶ映像がスッと切り替わった。
その瞬間、俺は目を疑った。
「は? おい……何の冗談だ?」
映像の中で、血だらけの親父が、血だらけのミグルディと対峙していた。
そしてトンデモない速度で突っ込んだミグルディ。その手刀が親父の胸に突き刺さった。
いや、刺さったように見えただけだ。
親父は紙一重で避け、振りかぶってミグルディをぶん殴った。
そしてミグルディはゴムまりのように弾んで血を吐いた。
音は聞こえないが、凄惨すぎる……。
「安心して、ミグルディが全力でぶつかっても、コンクレアスが勝つわ」
異常な事に、ムグルディは落ち着き払った様子で言った。
おかげで、まったく意味が分からなかった。
「戦ってる理由も分からないが、お前ら、……双子なんだろ? なんでそんな冷静でいられるんだ?」
俺には、それが一番理解不能だったのだ。
「そう見える? だとしたら、冷静でいようと死ぬほど努力した結果ね」
さらに理解が出来ない言葉だった。
映像の向こうで、ふらりと白い姿が立ち上がった。
『あーはっはっは!』
もちろん、音は聞こえない。だが俺には、少女の笑い声が、狂気を演じる少女の悲痛に感じた気がしたのだ。
「世界が救われた後、どうしても必要なのよ」
「……ふざけんな!」
気が付けば俺は走りだし、隔てられたドームの壁を殴っていた。
だが、ドームの壁は何の手ごたえもなく、俺の非力なパンチを吸収してしまった。
「世界が救われた後ってなんだよ! 救い方もまだ知らないのに。てかお前たちがやってることも、言ってることも全然わからん!」
そして俺は、壁を何度も何度も思いきり殴ったが、無情なほどに痛みも衝撃も、何も感じる事はなかった。
「世界が救われた後、世界を滅ぼそうとした悪い魔王を、大魔王が倒した。そんな物語が、その後を生きていく魔族と人族には必要なの」
何度殴っても、何度殴っても、まったくビクともしない壁に、俺はムキになって挑んでいた。
世界が救われた後、確かにそれは英雄譚として、人族と魔族の溝を埋めて余りあるかもしれない。
だが、
「俺はさ、人よりちょっとは賢い気でいたけどな、今のお前の言葉が何一つ理解できないんだよ! そう仕向けた理由も、血を分けた双子の片方が死のうとしてるときに、片方は冷静さを装ってまで見守る理由も! 何より、なんでそんな事を俺に話すのかもさ!」
ああ、俺って、本当は馬鹿なのかもしれないとも思ったさ。
殴って殴って、息継ぎをしてまた殴って、でもまったく無駄で。
どうしたらいい? 冷静になれ俺!
そんな最中にだ。
ムグルディが俺を背後からそっと抱きしめたのだ。
いつの間に? いやそんな事はどうでもいい。
「お前……、何を?」
「それはね、これから辛い選択を強いる事になるからだよ……。ベネット兄さん」
「……兄さん……、だって?」
その言葉を聞いた時、そして自らの口から吐き出した時、俺は親しみめいたものの正体を理解したんだ。
そして双子の顔が親父と重なって見えた。




