第32話 再び、あの方が現れましてね。
窓の外は、今日も雨だ。
雨の音や、暗い空も、俺は嫌いじゃない。
いや、嫌いじゃなかったのに。
母さんがいないだけで、雨の空気が、音が、ロビーの欝々とした雰囲気に拍車をかけていた。
母さんが眠ってから二週間。
クリスタルは直したけど、根本的な問題は解決していない。
なぜなら母さんを起こす方法は、世界の消滅を根本から打破するという事に他ならないからだ。
「親父、これからどうしたらいい?」
「まずはそうだな、人界を滅ぼそうとしている魔王を止めなければならない」
俺の知らない場所には、俺の知らない脅威が存在していると言う事か。
『十大魔王……、ベネットの邪魔をするなら、私が許さないわ』
なんて、前に母さんが言っていたっけ。
俺が一瞬の物思いしている最中、ミーアゴッズが呟くように言った。
「ゲールトルドか」
当然、知らない名前だ。
だが、親父は頷いていた。
「ああ、魔王ゲールトルド。ヤツ自身は大したことない。だがヤツの持つ軍勢は厄介だ。それが今にも人界に進軍しようとしている」
「俺も前に会ったことがあるが……、コンクレアス、どうするつもりだ?」
「ワレらで、ゲールトルドの城に忍び込むか」
そう提案したのはグレイだった。
元魔王と魔王たちの会話を聞きながら、俺は窓の外を眺めていた。
いっそ、その軍勢が人界の人数を減らしてくれたなら、母さんは起きるのかもしれない。
なんて言葉は絶対口には出さないが、ほんの少しだけ考えなくもない。
でも、同時に母さんの顔が浮かんで、
『ベネットちゃん、ダメよぉ』
なんて言ってる気がしてさ。
一瞬思っただけさ、わかってるよ……母さん。
「俺は正面から説得したい」
「コンクレアス。魔王にあるまじき清廉潔白さだな」
俺が自分の世界に篭っている間に、ミーアゴッズがツッコんでしまっているじゃないか。
というかアンタたちを見ていると、魔王とは? と思わなくもない。
「リゼとの恋にしたってさ、根は真面目なのよ」
ドラゴノーラさんは紅茶のカップを手に、呆れたような口ぶりだ。
「ベネット」
と、呼ぶ親父の声に俺は視線を向けた。
「ゲールトルドの元へ行こう」
親父は、まっすぐ俺に向けて言った。
「ああ、分かった」
だから俺も、真っすぐ目を見て応える。
転移魔法を開き、俺たちは魔界の大地を踏み締めた。
その場所は、……魔界の大地は酷く荒れていた。
親父は土を触りながら、
「魔界はこんなんじゃなかった。もっと緑にあふれて、豊かな大地だったんだ。崩壊の余波がここまで進んでいたのか」
「親父、大地だけでも直す方法はないのか?」
「わからない。もしかしたらまた、聖剣で治るかもしれない」
「いやいやいや、もう全部使っちゃったよ?」
俺と親父の間に、妙な間が訪れた。
「……」
「……」
「なぁ、ベネットぉ、……なんとかならないか?」
おい、溜めた上に、期待したような目で見るのをやめろ親父。
誰だ、この他力本願親父を、根が真面目って言った奴は。
「な、なるわけないだろう!」
「にゃぁ、ベネット」
ちょいちょいと、パンサーが俺の袖を引っ張ってきた。
「なんだよパンサー、今大事な話をしてるんだ!」
「にゃー、もしかすると、もしかするんじゃないかにゃぁ? あれ」
と、パンサーが指差している。
「何を言って……」
パンサーの爪の先が指し示す先、そこには荒れた大地に不自然な湖があった。
「なんか、既視感あるというか、アレそっくりだな」
「だにゃぁ」
俺は持っていた短剣を湖に、『ポチャン』した。
ちなみに我が家で最近流行りのヤミゾンで、ミーアゴッズに買ってもらったセール品の短剣だ。ありがとうねミーアゴッズ。
さて置き、程なく辺りに濃い霧が立ち込め始めた。
そして、波紋が広がり、中心からソレは静かに現れたのだ!
「あなたが落としたのはこの金の短剣ですか? 銀の短剣ですか?」
「泉の女神エレオールきたあぁぁぁぁぁ!」
「にゃぁぁぁぁ」
「いかにも、私は解き放たれし女神エレオールですが、なぜ、それを……? あっ」
あっ、ですって。その節はどうも。
封印されし女神だったエレオールさんを母がぶっ飛ばして以来ですねぇ。
「そ、それはさておき、あなたが、おと、落としたのはこの金の短剣ですか? ぎ、銀の短剣ですか?」
やっぱりさて置きやがった。
だが、なんだか挙動不審で怯えている感がある。
これは、いける!
「いいえ、あのエレオールさん。そこは金の聖剣でお願いできませんか?」
「な、なにを?」
キョドっているうえに、混乱させてごめんねとは思うが、俺鬼になるよ?
「そこをなんとか。今必要なんです。聖剣」
「え、ちょっと、何言ってるかわからないですね」
「いいじゃないですか。以前、封印を解いてあげたじゃないですか?」
「あれは……、お前たちが勝手に私を――」
「ねぇ、エレオールさん。それとも、またどっかお引越ししたいですか?」
母さんいないけど、母さんの威を借る俺。
「ベネット。凄く悪い顔してるにゃ」
うるさい毛玉。
「……。ゴホン。おや、これは聖剣でしたねぇ。うっかりうっかり。では、あなたの落としたのは、金の聖剣ですか? 銀の聖剣ですか?」
エレオールさんが、何事もなかったように、聖なる光で輝く短剣を二つ掲げているよ。
ほんと、ごめんね。
「いいえ、普通の聖剣です。キラッ」
俺、自信満々かつ、いい顔で言い放った。
「くっ、……。正直者な……あなたには、……この金と銀の聖なる短剣を授けましょう。くそ」
俺、大勝利。そして所々本心が漏れるエレオールさんが可愛い。
「……くそがっ」
と、最後ハッキリ聞こえましたが? まあ、女神は消えていった。
「なんか脅迫の現場を目撃した気がするにゃ……」
「きにするな。世界の為だ」
俺、まだいい顔している。
聖剣がキラキラと両手でまたたいている。
手に入れてすぐに使用することに若干のもったいなさを感じつつも、ここで使わないでいつ使う?
今でしょ。
出し惜しみをする意味はない。
「ベネット、大地に突き刺すんだ」
親父の声に、俺はすかさず、
「よみがえれ、大地!」
と、聖剣(銀)を大地に突き刺した。
すると荒れていた大地がみるみる潤いを取り戻し、高速で若葉が芽吹き始めた。
そして聖剣(銀)が大地に吸い込まれるように消えてゆく。
「聖剣の力、すごいにゃぁ」
パンサーをはじめ、ほぼ全員がうんうん頷いている。
だが一人だけ、首を傾げている人物が一人。
「ああ、いや、それにしてもこれは……」
どうした親父? そんな煮え切らない言い方をして。
まあいいや、とにかくまだ金の聖剣がある。
また聖剣が必要な場面があるんだろう。
しかも短剣だから使い勝手もいいしね。大事にとっておこう。
と言うわけで、いざゲールトルドの居城へ。




