第31話 クリスタルがありましてね。
母さんが眠って一週間。
穏やかな寝顔のまま、起きる気配はまるでない。
「リゼのおかげで、魔界のクリスタルは安定している」
母さんが眠りについて直ぐ、クリスタルを見てくると出て行った親父が戻って来て言った。
そして親父は、またよれた様子で、しかも酒臭かった。
「だいたいなんで酔っぱらってるんだアンタ!」
「……」
親父は、帰ってくるなり酒に逃げた。
いや、この一週間も実は酒に逃げていたのだろう。
そもそも転移魔法が使える時点で、一週間も帰らないのはおかしいのだ。実際、親父は領地内のバーでも目撃されていた。
母さんが寝てるってのにだ……。
俺は多分、親父に対して、酷く軽蔑した目を向けていたのだろう。
「俺が生まれたとき、なぜ、家を出て行ったんだ?」
リビングで訪れた二人きりの時間、そう俺は親父に問いかけた。
すると親父は、やはり伏せ目がちで。
「俺はな、生まれたお前に嫉妬したんだ」
「は?」
「ちっちゃな手で、全身でさ、リゼの愛を一身に受けるお前に」
「……。まるでガキだな。母さんがどれだけ寂しい思いをしたのか、アンタわかってるのか?」
言いつつも、親父の気持ちも分かる気はした。
母さんの包容力というか、慈愛というか、それは凄いんだ。
今、俺は愛されている。
だからこそ、この包まれるような感覚が他所に向けられるって事が、いかに不安を生むのか分かる気がする。
「ああ。すまないと思っている」
親父の、その言葉は事実だろう。
逃げ場を探した結果、親父は酒に逃げた。
だからと言って肯定は出来ない。
「……親父。クリスタルの崩壊の原因はなんなんだ?」
「ああ、お前も知ってるだろう? この世界を支える巨大な亀の事を」
「ああ、物語程度にな。それが?」
実際、途方もない大きさで認識する事も出来ないだろう存在だ。
「その亀が、増えすぎた生命の重さに耐え切れなくなってきているんだ」
「そんな途方もない話……。それより母さんはどうやったら起きるんだ、って言ってんだ!」
「だから……、この問題を解決する他にないんだよ」
「で、その方法は?」
「増えた人口を減らすしかない。つまり殺すと言う事だ」
おれは、ハッとした。
「まさか、だから十大魔王は……」
「ああ。十大魔王にその使命が課せられたんだ。魔界の住人が殺せないなら『人界を滅ぼせ』ってな。そんな事、俺には出来ない……。出来なかったんだ」
だから親父は……、母さんと、使命から逃げたのか。
その時だった。
「立ち聞きする気はなかったんだがな。俺は今初めて知ったぞ。人を滅せよという理由を」
静かに開けられた扉からミーアゴッズが現れた。
「ワレも初めて知った。リゼやパンサーたちに止められなければ、使命を全うしていたかもしれん」
そして次いでグレイも現れた。
そうか、二人とも、ただ使命を受けて行動していたんだな。
「リゼは今、寝ながらにしてこの世界の亀を支えている。これはリゼを置いて他に出来ない事だ」
だから、なぜ母さんが……。なんて疑問はこの数日で何百回もしたさ。
だが、それが母さんなのだ。
父さんの言う事は突拍子もないが、信じるだけの要素を、母さんは今までたくさん俺たちに見せて来た。
「だからって母さんだけに任せていいのか? そんなのおかしいだろ!?」
俺は、込み上がって来る感情のままに吐き出していた。
「分かってる! だからリゼが時間を稼いでくれている内に、何か方法を考えるんだよ!」
帰って来て初めてだ、親父が俺の目を見て言ったのは。
「考えるたって……、何かあてがあるのか?」
「今はない。だが必ず見つけるさ。……お前もクリスタルを見てみるか?」
親父の視線は、まっすぐに俺を見ていた。
だから、俺は頷いた。
「わかった。見に行こう。今度はみんなでな」
そしてミーアゴッズとグレイも頷いていた。
魔界の中心部、かつての大魔王の居城。
クリスタルが安置されている広間に、直接転移魔法でやって来た。
「これが、クリスタル……か」
俺がすっぽり入ってしまいそうな正六面体。
それは血のように赤く、脈打つように輝いているが、たくさん罅割れ、今にも砕けそうだった。
「す、すごい力にゃ」
パンサーが小刻みに超スピードで震えている。
親父は脈動するクリスタルを撫でながら言った。
「崩壊はリゼが寝てから止まっている」
「親父、何かヒントはないのか?」
「ああ、決定的な解決策ではないが、聖剣が五本もあれば進行はかなり遅らせられる。リゼの負担も和らぐはずだ」
「親父、聖剣は今三本ある! あと二本あればいいんだな?」
「ああ。だが、あと二本はどこにある? この世界に都合よくあるわけが――」
「ある!」
「な、なんだと?」
俺はパンサーの腰の剣を取り上げた。
「な、なんでにゃ~! ワタチのエクスニャリバー!」
「すまない、貸してくれ!」
「むむぅ、仕方ないにゃ……」
これで、四本だ。
あとは……、
「誰か! 魔剣を持っていないか!?」
「ああ、それならヤミゾンプライムセールで五割引だった魔剣がここにあるぞ」
ミーアゴッズが差し出して来た。この際値段はどうでもいい。
そして以前、母さんに教わったあれをする。
「リバーシだ! これで聖剣になる!」
俺は、聖剣を並べ、その中に魔剣を置いた。
魔剣は、激しく震えながら、聖剣へとひっくり返った。
そして眩い聖剣の輝きを放っている。
まさか、こんな所で、役に立つとはね。
母さんはこれを見越していたのだろうか?
「バカな、本当に聖剣になっているだと? だ、だが、これでクリスタルの崩壊をさらに遅らせることができる!」
親父の驚きも無理はない。当時俺も、驚いたからな。
親父は聖剣を纏めて五本、クリスタルにかざした。すると聖剣はクリスタルに吸い込まれていった。
その瞬間、クリスタルは今まで以上に激しく輝いた。
そして眩い光が収まれば、クリスタルの罅割れは目に見えて減っていた。
「やったぞ!」
「ベネット、安心するのはまだ早い。一時的にリゼの負担が減っただけだ」
「ああ、分かってる」
だが、母さんの負担が減った。まずはそれを喜びたかったのだ。
そして同時に、今できることは何もない悔しさもあった。
俺たちは屋敷へと帰った。
俺は真っ先に、母さんの寝室へ向かった。
母さんと俺以外、誰もいない寝室。
おれは、母さんの頭をそっと撫でる。
「母さん、少しだけ待っててね」
そして俺は、小さく語りかけた。
すると母さんの寝顔が、少しだけ笑顔になっている気がした。




