第29話 古龍が現れましてね。
嘶きの正体は、トリウス王城から来た使者の馬だった。
そして使者は近衛騎士のフィルだ。
イケメン騎士が直接来たとなると、まあ、嫌な予感しかしないわけだが。
みんなが集合する広間で、フィルの話を聞こう。
だが、誰もしゃべらない。
えっと?
全員の視線が俺を指している。
母さんまでニコニコ黙っている。
あ、ああ!
俺の言葉を待ってたのか!
たまに忘れるけど、俺って伯爵でしたね!
「で、では、よ、用件を、伺おうか?」
うわ、声が裏返った。
「では伯爵様、単刀直入に。西の山脈に古龍が目撃されました」
「こ、古龍?」
「はい。もし本当に古龍であれば、国が滅びてもおかしくありません。王は、リーゼロッテ様に調査をお願いできないかとの仰せです」
ドラゴンでも割とヤバイのに。
古龍って何?
「母さん」
俺はご指名の、母さんにお伺いの眼差しを向けた。
「うーん、古龍が国を滅ぼす? どこの情報なのかしらぁ」
母さんは煮え切らない様子だ。
すると、シャルがフィルの横に立った。
「お母様、私からもお願いします。どうかお力をお貸しください」
と、腰を深く折った。
「頭を上げて? シャルちゃんにお願いされちゃったら仕方ないわぇ」
母さんが折れた。
と言うか、古龍だぞ。というか、古龍って何?
「母さん、でもさ、目撃されたってだけで、一体どうやって見つけるんだ?」
母さんは、そういう探知は苦手だったはずだ。
「そうねぇ。古龍レベルなら、きっとパンサーちゃんがブルブル震えるわ」
わお、パンサーセンサーですね。
てっきり、たまに役に立つマスコット程度に思ってたパンサーに、まさかそんな使い道が。
そしてパンサーを見れば、ドヤ顔がうざい。
「それに西の山脈は果物の有名な産地だから、みんなでピクニックしましょ」
相変わらず緊張感のない母さんの提案。
「ふむ、ピクニックか、それはいい」
ああ、ミーアゴッズさんも来る気なんですね。
心強くはあるから、ま、まあいいが。
で、調査なのに、本気でピクニックの準備をして西の山脈に転移魔法を使ってやって来たわけですが。
山脈の中腹。
「ここでお弁当にしましょ!」
さっそく母さんの号令でシートの上に、バスケット一杯のお弁当が広げられた。
ちなみに屋敷の全員がここにいる。
「いい景色ですわ。ほら、あそこに小さくお城が見えますわ」
シャルが楽し気で微笑ましい。
「ええ、素晴らしいですね。来期は、ここの果物を多く領地に輸入して……」
ミカさんも相変わらずだ。だが楽しげなので微笑ましい。
「ワタチも初めて来たにゃ。良い所にゃ~」
「ワッチもですにゃ。綺麗にゃぁ」
パンサーとミライさん。白黒で微笑ましい。
グレイは……、もう日向で寝てる。微笑ましい。
ヘキサも、母さんの横で何か警戒してるが、まあ、微笑ましい。
ローザは、いつもとかわらないけど、まあ、微笑ましい。
平和だなぁ……。
……。……。
ではなく! 古龍の調査に来たんですが!?
と、思った瞬間、
「む。これは……」
ミーアゴッズが山の切れ目に視線を向けた。
『ぶるぶるぶるぶる』
パンサーセンサーも超振動だ。
ああ、遅れてミライさんまで、ぶるぶるしてるぅ。
俺は、好奇心でグレイをみた。
「む。ワレはしないぞ?」
と、言ってないのに否定された。
猫全員震えるかと思って期待したのに。
と、その時、
『ゴワァァァァ』
鼓膜が破れそうなほど、爆音。
これは、咆哮だ!
そして、俺の中の警鐘は、キィピーン、キィピーン、キィピーン、キィピーン、キィピーン、キィピーン、としつこいほど鳴りっぱなしになっている。
ローザとヘキサが、ミカとシャルを庇う様に前に出て身構えた。
それぞれが、構えを取り、山の切れ目に視線を向けている。
ちなみにパンサーは、さらに震えて原形をとどめていない毛玉だ。
「やっぱりね」
と、母さんだけは、のほほんとしていた。
大体いつも、ほほんとしてるけど。
というか母さん? 何が“やっぱり”なんだ。
すると辺りが暗くなった。
いや、谷間から現れた姿が巨大すぎて、俺たちの上に、影が差したのだ。
見上げれば、山脈と見紛うほどの巨体だった。
銀鱗の巨城を望むかの如く。
これが古龍か……。
ヤバイなんてもんじゃない。
この威圧感の前では魔王クラスだって霞むほどじゃないか。
『ズウゥゥゥゥン』
圧倒的質量の前脚が山に置かれた。
そして凶悪な牙とは裏腹に、澄んだ赤い瞳が俺たちを見下ろした。
これは、むりだ……。
倒すどころか、逃げることすら怪しい。
と、俺は思ってたんですよ?
なのに、
「ほら! やっぱりドラゴノーラじゃない!」
と、……えっと母さん?
『ええ、直ぐに分かったわ。リーゼロッテ、久しぶりね』
ね、念話だ。
全員キョトンとしているから、みんなに聞こえているんだろう。
ええと、つまり知り合いだったんですね。
調査依頼を受けた時、母さんは大体予測してたわけですね?
と、そんな思案の間に、
「あ、縮んだ」
見たままを言う俺。
巨城の如きドラゴンは、いつのまにか人型になっていた。
その姿は、キラキラ粒子の舞う金髪。そして碧い瞳。
二本の巻角が生えた美女だった。
「紹介するわね。神龍族のドラゴノーラ。ママ友なの」
最後のワードが謎すぎる。
「ノーラと呼んでね。あら、じゃあ、この子がベネットなの?」
え、あ、はい。ベネットですが、あの……?
俺は、ポカンとしたまま母さんを見た。
そんな母さんは俺を見ながら満面の笑みだ。
「そうなのよぉ、パパに似てカッコよく育ったわぁ」
「そうね、よく似てるわ。二人ともずっとウザイほどイチャこいてたから、すぐ子どもができると思ってたけど。ほんと直ぐだったわね」
き、聞きたくないよ、ノーラさん! 母親のそう言う話、こっちが恥ずかしくなるよ!?
「それにしても、なんでこんなところにいるのぉ? あなた、さらに西の龍山脈にいたじゃない?」
「あら、いつの話よ。それって、そこの国ができる前の話じゃない」
「あら、そうだったかしらぁ」
「そうよ。今回はちょっと散歩に来てたのよ」
「ああ、それでぇ、寝ちゃった?」
「ええ。この辺り気持ちが良くて」
盛り上がる二人を余所に、俺たちは見守っているだけ。
というか、相変わらずのトンデモ母さんの友人は神龍なわけですね。
なぜか納得してしまう。
「それで、コンクレアスとは今一緒にいないの?」
コンクレアスとは? 知らない名前ですね。
「人界ではピエールよ? ああ、でねぇ、お酒買ってくる、って出掛けたきり帰ってこなくって」
母さんが遠い目をしながら笑っている。
というか、コンクレイアスとは親父の事か。
“人間界では”と言うワードが気になるんだが?
「あんな男、止めとけって言ったのに」
「あなたには分からないでしょうけど、彼、可愛いのよぉ」
「はぁ、分からないわ」
止めないとずっと続く気がして、俺は勇気を出した!
「母さん?」
「あ、ごめんごめん。久しぶりでつい。ああ、ノーラ、それでね、本題だけどあなた、この国の人たちに怖がられてるわよ」
「あら、そうなの? 昔は普通だったのに」
昔とは? 神話レベルの話くさいんだが、さて置き本題に入ってくれて良かった。
「あ、そうだぁ、ウチくるぅ? 美味しいお茶菓子用意するわよぉ?」
「いいわね。あ、でもエルフの里でしょ? 何もないじゃない」
「今はね、ベネットちゃんが領地を持ってる伯爵なのよぉ。おっきな屋敷に住んでるし、近くにはおしゃれな店が一杯よ?」
そう言えば、俺、領主でしたね。
領地を貰った経緯も、頑張ったのは母さんだし。
街のおしゃれな店はミカさんが頑張ったおかげで。
あれ? やばいくらい何もしてないね、俺。
「コンクレアスが見たら驚くでしょうね」
「そうなのよぉ。早く見せたいわぁ」
で、この立ち話はまだ続くのでしょうか?
と思ったら、
「そうか、コンクレアス……!」
ミーアゴッズが、なんか声を上げた。
というか、なんでしょう、藪から棒に。
「やっとわかった。見たことがあると思ったがコンクレアス。そうかベネットはヤツの息子だったのか!」
「え、あの、もしかして親父が、何かご迷惑を?」
と、不安になった俺。
だって話を聞く限り、絶対ろくでなしだからな!
まあ、俺も人の事を言えないけど!
「いや、そうじゃない。お前の父親も魔王なのだ」
親父の名前はマオウじゃないですよ?
なんてボケたいところだけどもさ……。
そうじゃないのは流れで分かる。
「魔王?」
「ああ、しかも、序列一位の大魔王だ」
……。
はい、予想の上を行きましたね。
俺、他所を見て視線を戻す。
つまりミーアゴッズを二度見。
ミーアゴッズはん、イケメンフェイスで頷きはったわぁ。
で、俺、真顔でノーラを見る。
ノーラさんも頷く。
さらに俺、真顔で母さんを見る。
ははぁ、母さんも微笑みながら頷いてるぜ!
……。……。……。……。
「な、なんだってぇぇぇぇ!?」
『だってぇぇぇ、だってぇぇ、だってぇ……』
俺の驚きが、山脈に木霊した。




