第21話 また×3 魔王があらわれましてね
(SIDE: ヘキサ)
私の名前はヘキサ。
かつては超一流の暗殺者だったが、今は伯爵家のメイドをしている。
しかし、そのメイドとは仮の姿だ。
私は今、リーゼロッテ様の元で修行に励んでいるのだ。
「ヘキサ、ちょっとお買い物頼まれてくれるぅ?」
と、早速ご命令を頂いた。
「はーい!」
はい、喜んで! リゼ様の申し付けには、必ず何らかの理由があるのだ。
で、買い物に出かけたのだが、何故か一緒にベネット伯爵とパンサー、グレイ、そしてローザまでが着いて来た。
「ああ、俺はシュペー商会に行ってるミカの迎えにね」
「ワタチはお散歩にゃ」
「ワレは行きたいところがあるのだ」
「で、ローザ、お前は?」
「一人では大変だろうから、って大奥様に言われたの」
リゼ様が? 今回の任務、私一人では無理だと言う事なのか。
私は顔には出さずに訝しんだ。
大通りを、連れ立って歩く私たち。
思えば、いままでボッチ……いやスタンドアローンで任務にあたってきたから、少し新鮮に感じる。
先頭を歩く私に、ベネット伯爵が並んできた。
「ああ、ヘキサ。いつも母さんに付き合ってくれてありがとうな」
「え? あ、いや」
「母さん、いつも楽しそうでさ」
「そ、そう、なのか?」
リゼ様といると何故か私も楽しいのだ。
「ワタチたちに美味しいご飯作ってくれてありがとうにゃ」
「ワレも感謝している」
「いや、うん……、そうか」
別に猫達の食事の準備は、仕事の一環で……。
だが、まあ、感謝されて悪い気分はしないと言うか……。
と、その時だ。
私のスキル「暗殺者の勘」が激しく警鐘を鳴らしだした。
何かが……、いる。
「むう、この気配は」
「にゃにゃ、ぶるぶる」
グレイも何かを察知している。
で、パンサーは震えている。
「ああ、久しぶりにキュピーンと来たな」
ベネット伯爵もだ。
そしてローザまでも警戒していた。
それは唐突に、かつ普通に酒場の扉から現れた。
「ういぃ、ひっく」
オーガのように筋骨隆々の酔っ払いだ。
まさかこいつか?
いや、それにしては無防備すぎる。
ならば眠っていてもらうまで!
私は酔っ払いに対し、超高速の暗殺者の歩法で一気に距離を詰め、首筋に斜め45度の手刀を繰り出した。
『ユラッ』
避けただと? くねるような怪しい動きだ。
見かけに寄らずなんて軽やかな。
「ういぃ、ひっく。ねえちゃんよぉ、そんな動きじゃオイラには鼻毛一本あてらんないぜぇ」
例えが意味不明だ。
だが、そんなことはさて置き、フラフラとして、なんて不思議な動きなんだ。
「さがれヘキサ! そ奴は酒魔王シャベレゲブレだ!」
グレイが叫んだ。
しゃ、しゃ、シャベレ……?
私は後方に飛んで距離を空けた。
「にゃ、にゃんだって!? 呑めば呑むほど強くなる十大魔王シャベレゲブレかにゃ!」
なるほど十大魔王か。パンサーのお陰で正体と特技は把握できた。
「てかさ、十大魔王が近所にいすぎでは? ねぇ」
ああ、伯爵の言う通りだ。なぜこんな所に?
「んー、おやおやおや、末席魔王グレイじゃねえか。こんなとこで何をやってるんだ?」
「シャベレゲブレよ。ワレはもう魔王を辞めた」
「ういぃ、ひっく。新参のくせによぉ、入ったり出たり忙しいことだなぁ」
だが十大魔王ならリーゼロッテ様の敵と言うことだ。
「ここは私がなんとかします。ベネット様は住民の避難を」
「あ、いや、あのシャベなんとかさん、まだ何もしてないんだが……。けど、うん、まあ分かった。無理はするなよ?」
「ええ、無理はしません。ですが、倒してしまっても構わんのでしょう?」
「ま、まあ。うん、多分……。じゃあ俺、行ってくるね……。はいはい、見物の皆さーん、さがってさがってぇ」
煮え切らない様子のまま、人だかりを散らしに行ったベネット伯爵。
すまない。勇者である貴方の獲物をとるような真似をして。
だが、リゼ様の弟子として、私には私の矜持があるのだ!
「へへ、ひっく。オンナ二人に猫二匹で、この俺とやるつもりかぃ?」
「いや、貴様など、私一人で十分だ」
「うへぇ、言ってくれるねぇ。身の程知らずちゃぁん、ひっく」
「気を付けるにゃヘキサ。もうすでにベロンベロンに酔ってるにゃ」
つまり、相当強いってことか。
だが、それでいい。弱い相手になど興味はない。
「暗殺者の歩法、縮地一閃」
相手には、私が突如現れたように見えただろう。そして隠し持った脇差刀を横薙ぎに振った。
だが、ユラリと容易く躱された。
と同時に、シャベなんとかは千鳥足のような動きから不意に蹴りが繰り出されていた。
だめだ、腹に喰らう!
『ガツン』
だが、蹴りは私に当たらなかった。
「な、ローザ、お前っ」
ローザが蹴りを蹴りで叩き落としていたのだ
「さがるわ」
「ああっ」
ローザと私はほぼ同時に、シャベなんとかから距離を取った。
「おいらの蹴りを打ち落とすとはねぇ、ひっく」
と、楽し気に笑うシャベなん……酒魔王。
はっ、まさか、リゼ様がローザに言いつけた、“一人では大変だから”とは、このことだったのか!
力量を見越して……、リゼ様、つくづく恐ろしいお方だ。
だが、そう言うことなら存分に使わせてもらう。
「ローザ、本気で行くぞ」
「ええ、分かった」
私はメイド服を破り捨てた。
「な、なんで破いたにゃ! 防御力が下がるにゃ!」
「パンサーよ、これが私の本気の姿だ!」
メイドと言う枷を外し、本来の私を解放するのだ。
「ただの黒ビキニにしか見えないにゃ!?」
それも確かに間違いではない。
そしてローザの姿も変わっていた。
動き易そうな青いピッチリスーツだ。お前も本気と言うわけか。
しかもメイド服は脱いで傍らに畳んでいるプロめ。
「いくぞ、酒魔王! 魔弾狙撃!」
私は超精密な氷射撃で頭を狙った。
「ひょいっと、ういぃ、余裕だなぁ」
酒魔王は氷針を容易に避けた。
だが、その瞬間にはもう酒魔王の側面にローザが迫っていた。
「でぇぇい!!」
そして繰り出されたのは、屈みこみからの抉るような打ち上げ拳。
「ぬうっ!!」
流石の酒魔王も、これは両手で止めざるを得なかった。
だが、攻撃はそれだけではなかった。
「魔王辞めたが、魔王技! 猫々波動!!」
まったく猫感のない、紫の炎が酒魔王を包み込んだ。
「うひぃ、な、なんだとぉ!?」
「からのエクスニャリバァァァァ!!」
さらには追い打つように、パンサーの剣から光が伸び、振り下ろされたのだ。
「うがぁぁぁぁ、だが、おいらはなぁ、倒れはせんよ、倒れはあぁぁ!」
酒魔王は、それでも踏みとどまっていた。
その時だった。
「ヘキサ!」
ローザが私の名を呼び、そして上空に何かを投げた。
咄嗟に私は飛んでいた。
上空でローザの投げたナイフを右手に掴んだ。
なんだ、このナイフは? いままで培ってきた経験により、凄い力を秘めているのが分かるぞ!
私は、左手に脇差刀を逆手に、右手にナイフを握り込んで――。
急降下、さらに魔力で一気に加速した。
「奥義、超高速六角斬り」
私は酒魔王の体に、刃で六角形を深く刻み込んで着地した。
「あぁ呑み、足らな、かった、かぁ……」
『ブシャァァ』
飛び散る酒魔王の鮮血、そして魔王は倒れ込む。
酒魔王は、血までも酒臭かった。
「ヘキサちゃん! 大丈夫ぅ」
と、そこにリゼ様が走って来た。
リゼ様の傍らにはベネット様がいる。
「はい。リゼ様からの試練、しかと乗り越えました」
「うん? 良く分からないけどぉ、怪我がないならいいわ」
やはり表向きはハッキリ言えませんよね。
このヘキサ、分かってますとも。
だが、その時だ。
「ぐ、まだだ……」
酒魔王が再び立ち上がろうとしたのだ。
「その十大魔王、まだ動く――」
と、ベネット様が言い切る前に、
「こらぁ! 飲み過ぎ禁止!」
『ドゴッ』
すごい音と共に、リゼ様から魔力が放出された。
モーション的には《《でこピン》》だ。
そして酒魔王の深い傷が消え、サイズも普通の人族サイズに、というかほっそり。
気絶したままの酒魔王からは、もう魔力の一切を感じることは無かった。
ただの痩せた酔っ払いになっていたのだ。
「それと、十大魔王を倒しちゃうなんてぇ、ヘキサちゃんは強いんだね」
「いえ、今回は、私だけの力では……」
そう、私では力不足だったのだ。
私は、視線をローザや猫たちに向けた。
これが、仲間と協力すると言うことなのか。
ボッチでは――、じゃなく、スタンドアローンでは決して勝つことはできなかっただろう。
そうか、リゼ様……、私にそれを教えるために?
私は視線を戻しながら、やはりこの方は……、と微笑んでいた。
「ところでヘキサちゃん。お洋服は?」
「あ、や、破いてしまいました……」
「ふふ、いいわ。ヘキサちゃんが無事なら。それとね?」
「はい……」
「はい、よく出来ましたぁ」
と、リゼ様が少し背伸びしながら私の頭を撫でてくれた。
「ありがたく!」
寛大で優しく、弟子思いなリゼ様。
私は、この方に弟子入りできたことを誇りに思ったのだ。
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(SIDE:ベネット)
ところでさ、今回の酒魔王シャベレなにがしってさ、何か悪いことしたの?
と、気持ちよさそうに眠る酔っ払いオッサンを、俺はしばらく眺めていた。




