第2話 馬車をはしらせましてね。
口には出さないが、俺にとって母さんは大切な存在だ。
ここまで立派に育ててもらった恩もある。
だが、まさか一緒に馬車の旅をする日が来るとは思わなかった。
「ベネット、調子はどう?」
「ああ、体調は全快したっぽい。むしろ前より調子がいいくらいだ」
それはもう異常なほど調子がいい。むしろ困惑する。
「無理しちゃダメよ~。いつでも交代するからね~」
だから、有り余ってるんだって母さん。
それに、いくらなんでも母さんにやらせる仕事じゃないとも思う。
王都までは約一週間ほどの道のりだが、馬もなんだか異常に機嫌がいい。
この調子なら予定よりも早く着きそうだな。
うむ、穏やかな日差しと心地よい風だ。
振り返れば、母さんはうつらうつら船を漕いでいる。
暫くそっとして置こう。
と、思ったそばから雲行きが怪しくなってきた。
そして案の定、
『ぽつ、ぽつ』
と、雨が降り出してしまった。
幌付きのありがたさよ。
雨に濡れることはないが……、ちと肌寒くなってきたような。母さんが風邪ひかなきゃいいけど。
振り返って見る。すると母さんは心地よさそうに眠っている。
強い。
暫く進むと、街道沿いで馬車が立往生していた。
無視して進んでもいいけど、このタイミングで母さんが起きた気配。
俺は、気配には敏感なのだよ。
だからして、
「どうしました?」
と、俺は馬車を停め、いい人風に声を掛ける。
すると人族の商人だろうか、恰幅のいい男が代表で答えた。
「ああ、ハマってしまいましてね」
ハマって? はて、好きすぎて道端で何かに興じているわけ……ではないな。
ふむ、なるほど。
片輪がミゾにハマっているのか。
連れている従者も非力そうだから、力技でと言う訳にもいかない様子だ。
ま、これくらいならこっちの馬車で引っ張れば脱出できるだろう。
いいところを見せるべく、
「母さん、手助けしてやってもいいよね?」
すかさず人助けアピールだ。
「いいわよ。私もいっちょ、やりますかね」
あ、いや、俺一人で十分なんですがね。
だが早々に馬車を降りた母さん。
まあ、降りたなら仕方ない。母さんには間近で俺の成長を見て貰おう。
そして手際よくロープを掛け、荷台を引っ張ろうとしたその瞬間、
『ピカッ』
っと、後方で光った。
俺のシーフとしての能力か何かが、魔力をビンビンに感知した。
ダンジョンで危険を回避するとき発動する、キュピーンとくる様なアレだ。
か、母さん?
俺は振り返る。そして首を傾げ前を見る。そして振り返る。
いわゆる二度見だ。
いや、だって、ミゾが無くなってるから。
何なら、舗装された感まである。
「ふふっ、私にもこれくらいはできるんだからね」
これくらいとは?
「ははっ、初めから母さんに任せればよかったね」
取りあえず、俺は笑っておく。
で、商人風の人達からお礼を浴びる。
「急ぎ王都に向かう用事がありまして、本当に助かりました」
金一封くらい包んでくれても困らないんだからねっ。とは言わないでおく。
「奇遇ですね! 私たちも王都に向かう途中なんですよ。なんだったら護衛しちゃいますよ」
突然母さんの提案。なんだったらって、何?
とは言わない。
取りあえずここは笑っておく。
「この子はベネット。優秀なシーフだからモンスターや罠があってもばっちり。そして私は無敵のお母さんでリーゼロッテ。リゼと呼んでいただければ結構ですよ」
勝手に話を進めていくママン。そして名乗りがおかしいよママン。
と言うか、街道に罠はあんまりないと思うけども。
まあ、可能性はゼロじゃないから頷いておくけど。
「は、はあ、私はシュペー・ベルドナンド。シュペー商会の会頭をしております。何分急いでいたもので……。その護衛の話、お願いしてもよろしいでしょうか?」
ほらシュペーさんも、一瞬困惑したじゃない。
と言うか急ぎだったから、護衛も手配できなかったと言う感じ?
と、母さんが俺の背中を押してる。
「あ、うん。わかりました。俺が責任をもって護衛を果たしてみせます?」
若干疑問形になりつつ、母さんを見る。
正解だったようで、満足そうな笑みである。
「きゃー、ベネット、カッコイイ!」
ワンテンポ遅れて、ちゃちゃを入れるんじゃない母よ。
非常に恥ずかしい。が、ポーカーフェイスだ。
とにかくだ、俺たちの馬車で先導、あとからシュペーさんの馬車がついてくることになった。
母さんは、
「お話がしたいから」
と、シュペーさんたちの馬車に同乗した。
旅は道連れ。
まあ、母さんが楽しそうで何より。
なんて俺は、馬車を進ませた。
※※※※
(SIDEリゼ)
雨音を耳に、私は目を瞑ったまま思ったの。
最近雨が多い気がする。
雨季じゃないんだけどな。
途中、ベネットが馬車を停めた。
そして困ってる人たちを助けると言い出したの。
感動した。やっぱり優しい子だわ。
ここはお母さんもいいとこ見せないとね。
ミゾにはまった車輪を見て、私はひらめいたわ。
土魔法でミゾをなくしちゃえばいいよね! またハマるといけないから付近も一緒に!
ミゾに向かって手をかざしてっと。
「地形変化」
大地を操る魔法で、ミゾを無くしてと、ついでに辺りも平坦にして。
ふふ、見ていた商人さんが驚いてる。えっへん。
「え、詠唱なしで魔法を使えるのですか……?」
「ええ。これくらいちょちょいのちょいよ!」
厳密には、趣味で術名を唱えてるけど。
そんな感じで、ベネットには悪いけど、勝手に護衛を提案。
あの子にとっても、きっといい経験になるし、コネクションも出来るわ。
話が決まれば直ぐに出発。
ベネットに先導を任せて、私は商人さんの馬車にお邪魔する。
「リゼさんは、魔法がお得意なんですな~。無詠唱なんて初めて見ました」
「ええ、得意なんです。にこっ。もしものときは、ベネットと私でお守りしますから、ご安心くださいね」
「おお、それは心強い。そうだ王都でのお泊りはどちらのお宿で? もしよろしければ、私どもの方でお世話させて頂けませんか?」
「ええ、本当ですか? うれしい!」
「なんの、助けて頂いたお礼です」
うふふ、得したわ。宿は決めてなかったから本当にラッキー。
これであの子もゆっくり休めるわね。
と、その前に、まずは無事王都まで辿り着かないとね。
あの子の駆る馬車を眺めつつ、本当に立派になって嬉しい母さんなのでした。