第18話 またまた魔王が現れましてね。
うららかな昼下がり、その猫はやってきた。
「ごめんくださいにゃ」
俺が屋敷の玄関から顔を出すと、そこには白銀に輝く美しい毛並みの女の猫がいた。
「はいはい?」
「突然のご無礼、ご容赦をにゃ。こちらにパンサーはいますかにゃ?」
「パンサーかい? いると思うけど……」
とりあえずその猫を応接間に通し、パンサーを呼びに行く。
パンサーの部屋に行くと、
「で、お前はどこへ行くつもりだ?」
こいつ、二階の窓から逃げようとしてやがった。
「えっと、そう、散歩にゃ。い、いい天気だにゃぁ……」
「そうか」
「ぎにゃ」
俺はパンサーの首根っこを捕まえた。
で、ぽいっと、女の猫の前に放りだした。
「にゃ、にゃー、久しぶりにゃ、ミライ……」
明らかに挙動がおかしいパンサー。
ミライと呼ばれた猫の目には涙が溢れそうになっていた。
「パンサー……ワッチがどれだけ探したと思ってるのにゃ?」
「うふふふ、パンサーちゃんも隅に置けないわねぇ」
と、母さんは応接間の隅で、完全に観戦モードに入っている。
「村で待ってろって言ったのにゃ、なんで探しにくるにゃ」
「そんなの当たり前にゃ。魔王になるなんて出て行ってそれっきり、探したくもなるにゃ」
「おいパンサー、お前、猫魔王って名乗って無かったか?」
俺、口を出す。いじわるでは……多分ないよ。
まあ、素朴な疑問だ。
「ギクッ」
「魔王になったのにゃら、迎えに来てくれてもよかったじゃにゃい!」
「それは……、やっぱり、その……、十大魔王になってからじゃにゃいとダメかにゃあって……」
ふむ、魔王にもランクみたいなものがあるのだろうか。
というか、パンデモニウムだったあの時、確かにパンサーはかなりの魔力量を誇っていたが、アスデス程ではなかったな。
「その事でも伝えたいことがあるにゃよ」
「な、なんにゃ?」
「パンサーのお父様、茶トラのグレイが十大魔王になったのにゃ、それ以来、猫が変わったみたいになったにゃ」
「にゃ、にゃにー! パ、パパが!?」
十大魔王が意外と身近だった件。そして茶トラなのにグレイとはいかに。
「出かけるわよベネット。十大魔王と決着をつけるために」
と突然、母さんが立ち上がった。と言うか、起ち上がった。
えっと、それ以前になんの決着でしたっけ?
まだ俺、十大魔王に何も邪魔されてませんよママン。
「か、母さん? ちょっとま――」
「ミライさん。パンサーちゃんのパパはどこにいるの?」
うん、母さんはやる気ですねぇ。
「はいにゃ、猫族の村にいるのにゃ」
この猫も、すぐ答えるし。
「パ、パパと戦うのかにゃ……」
と、パンサーはガクブルしている。
「パンサーちゃん、逃げちゃだめ! これは避けては通れない道なのよ!」
母さんの言い分が、俺には分からないです。
避けるどころか、自分たちから行く気なんですよね?
「リ、リゼ、分かったにゃ! ワタチは逃げないにゃ!」
そして、何故か燃えている猫。
で、伯爵みずから御者をする事になったわけで。
「じゃあシャル、ミカ、領地を頼むね。ローザも二人をよろしく」
「ベネット様! ファイトですわ」
シャルからの熱い声援。
「旦那様、いつまでも、お帰りをお待ちしてます」
ミカの決意を固めたような言葉。
「伯爵様、いえ勇者様、御武運を」
で、ローザが恭しく頭を下げた。
俺が行きたがったみたいな空気は、なんでだろう?
猫族の村は伯爵領の南西に位置していた。
しかも馬車で一時間ほどの位置だ。
割と近い、いや何なら近所と言ってもいい。
で、牧歌的な村に速攻でついた。村には魔王感が一切ない。
「来たか、勇者達よ。そしてパンサー」
で、茶トラの猫が広場で待っていた。
「あ。どもども、駐車場は?」
「うむ。広場のそっちの、枠線の中に停めるのだ」
と、俺は茶トラの指し示した場所に馬車を駐車した。
「パパ!」
グレイが駆け出した。
いや、俺、びっくり。あれがパパって事は、魔王なのか?
そして、感動の再会……とはいかず。
「この、愚か者!」
魔王茶トラのグレイが、パンサーを猫パンチでぶっ飛ばした。
「はうぅぅ」
と、パンサーは黒玉になって転がった。
ちなみに緊張感は一切ない。
「情けない息子よ。魔王になれず帰ってくるとは」
「あ、いや、成ったけどにゃ、今は成ってないというかにゃ……、あの……」
「言い訳無用! 見よ! 我が力を!」
『ゴゴゴゴゴゴッ』
と突然、グレイを中心にものすごい地揺れだ。
これは魔王化だ。言い切ったけど、たぶんね。
そして巨大化していくグレイ、禍々しい巨大な熊みたいになった。
正直、猫のままだったらどうしよう、って思っていたところだ。
本当に魔王でよかった、いや良くないが。
「しかし、なんてパワーなんだ!」
俺、ここでやっと緊張感をもって言い放った。
俺のシーフスキルによると、遺跡で倒したアスデスを上回る魔力を感じる。
「ワレはこの力で、世界を混沌に変えてやるのだ。フハハハ」
「くっ、優しかったパパに戻ってにゃ!」
「ワレを止めたければ力を示せ、パンサー!」
「……みんにゃ、ここはワタチに任せて欲しいにゃ」
あ、どうぞどうぞ。俺、見物でいいよね?
「パンサーちゃん、いいわ、任せる」
母さんが、なんかいい雰囲気を醸し出しながら、パンサーに手を差し向け、強化魔法をかけた。
「凄いにゃ、力がみなぎってくるにゃ」
うむ、俺のシーフスキルでも、パンサーの魔力やらが急激に上昇していくのがわかる。
というか、なんだったら猫魔王の時より強いのではなかろうか。
「これが、ワタチの……力!」
いや、違います。母さんの強化魔法です。
とは、口に出さないよ俺。
「いくぞ、今こそ出番にゃ!」
おお、遺跡にあった猫用聖剣が抜き放たれる。
そいでもって、やたら光り輝いてやがる。
ちょっとかっこいい。
「すごいにゃ、パンサー! 魔王になったのは、本当だったのにゃね!」
いやミライちゃん、それは母さんの強化魔法だよ。言わないけど。
「ふ。どうやらお前の力は本物のようだな」
魔王グレイさんまで、違うよ、それは以下略。
「パンサーちゃん!! いけぇぇ」
さらにダメ押しのような、強化魔法。まだ掛けるか母さんよ。
「みんなの力を感じるにゃ……」
パンサーや、うん、主に母さんな?
「来るがいい! 息子よ!」
「ワタチは今、パパを超えるにゃ! 奥義! エクスニャリバァァぁぁぁぁぁ!!」
おお、煌めきの一閃!
伸びた光が、魔王を打った。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ……」
『ズシィィィン』
と、巨体が倒れた。
みるみる縮む魔王グレイ。元の猫サイズまで戻っていく。
「ふ、よくやった息子よ」
「パパ!」
グレイに駆け寄るパンサー。
「ごふっ。見事な奥義であった。これで……後をお前に任せ、られ、る」
シリアスな空気が辺りを支配していく。
「そんにゃ、パパはこれからも元気にいて欲しいにゃ!」
「ミライと仲良くするんだぞ……、ごはんもちゃんと食べて、しっかり生きろ」
「おじさま、いえ、お義父さま!」
ミライちゃんも、グレイに駆け寄り膝を付いた。
「パパ、逝っちゃだめにゃ!」
「いいんだ……、ワレはお前に倒されるために魔王になった。お前が、ワレを超える存在になった事を……誇りに思う……ぞ」
グレイが片手を持ち上げると、パンサーはそれを強く握りしめた。
「パパ」
「さらばだ……、可愛い我が、息子……よ」
「パパァァァァ!!」
「お義父さま!!」
グレイの瞼が、ゆっくりと閉ざされていった。
俺は、母さんを見た。
「ええ、分かってる」
そう母さんは微笑んだ。
それから数日後、屋敷の芝生では三匹の猫族が日向ぼっこしていた。
「パンサーよ、ワレのごはんはまだか?」
「むにゃむにゃ、パパ、ワタチたち、さっき食べたばっかりにゃ」
「パンサー、ワッチはしあわせにゃ」
それは、うららかな昼下がりの光景。




