第1話 実家に帰りましてね。
「あれま、パーティーから追い出されちゃったの?」
母さんの第一声で、俺は大ダメージを喰らった。
たれ目、そして右側には泣きぼくろ。長耳はピンと綺麗に上を向いている。
腰まで伸びたエメラルドグリーンの長い髪は艶やかだ。
胸は大きいが、背は低くて俺より頭二つ分小さい。
目の前にいる、そんなロリ巨乳エルフが俺の母親だ。
現実は世知辛い。
今、母さんに言われた通り、俺はパーティから脱退させられた。
何を隠そう、悪いのは俺だ。
俺は昔からよくやらかして来た。そして今回はスケベ心を抑えられなかったのだ。
パーティーメンバーの、ヒーラーの女の子が水浴びをしていたんだ。
しかもかわいい。
そりゃ覗くだろう。覗かないわけがない。と言うか覗いた。
いやあ、今思い出しても素晴らしい身体つきだったね。
人族の二十そこそこ肉付きは最高なのさ。
エルフだって性欲に忠実な奴もいる。
何を隠そう、それが俺、ベネット・ディラグリオだ。
まあ、そんなわけでパーティのリーダーにバレて追放を宣告された。
「ベネット、いい加減にしろ! 今までいろんなことに目を瞑ってきたが、もう限界だ! このパーティから出てってくれ、と言うか除名だ! 追放だ!」
これがその時のリーダーのセリフ。
いやあ、リーダーの視線ときたら、ゴミクズを見る目っていうかさ、何だったら道端の汚物を見た時みたいな嫌な感じすらあったね。
こりゃもう何を言ってもダメだなって思ったわけ。
だけど腑に落ちない事が一つ、『今までいろんなこと』ってなんだろう。
いつのまにか、俺は何かやらかしていたのだろうか。
おい、言ってくれなきゃわかんないじゃないのさ!
なんて言い返す雰囲気じゃなかったし、もっと怒りそうだから言わなかったけど、今までの給料は? ぐらいは言っても良かったかもしれないが、顔が怖かった。
だから、ダンジョンの途中だったけど去ることにした。
後ろ髪ひかれる気持ちも無くはないが、ま、リーダーも俺がいなくても大丈夫だから追い出したんだろう。
とは言え、簡単には割り切れないし、割とショックだったから頭が真っ白で、気が付いたらひと月くらい宛てもなく彷徨っていた。
だが帰巣本能だろうか、気が付いたらエルフの里まで戻ってきてた。
案外思い詰める質だった俺。
その間、飲まず食わずだったから、ウチについた途端に倒れてた。
で、今はベッドの上で、母さんに事情を説明してるってわけ。
「ずっとお母さん心配してたのよ。ほらドジなところがあるでしょ? だから里を出てやっていけるのか、って」
ドジで悪かったね。とは声に出さない。
確かに母さんには、今までたくさん心配をかけてきた自覚はある。
生まれてすぐ高熱を出し、生死の境を彷徨ったらしいが、物心ついてからも割と何度か死にかけた。
俺は病弱なのだ。
死にかけたタイミングで、俺の頭のネジがどっか行ったのかも知れない。
木の上に登って下りられなくなったり、靴下を片方履き忘れたり、あげく学校にパンツを履かずに行ったまである。
ちなみに喧嘩では、自ら突撃するも、勝ったことはない。
ま、それでもなんとか成長した俺は、冒険ギルドにシーフとして登録出来た。
その後も結構頑張った。
宝箱の鍵開けなんてなんのその。
罠回避に解除。モンスターサーチだってお手のもの。
割とイケてたと思うのになぁ。
なんでこんな事に? むしろなんで覗きがバレたのか。
やはり慢心が良くなかったのか? まだまだ未熟だったのだろうか。
奥が深いぞ、覗き道。いやシーフ道。
「でも帰ってきてくれてタイミングよかったわ。お母さんね、王都に呼ばれてるの。ベネット、ついてきてくれる?」
「王都? なんでまた?」
「ふふ、秘密♡」
やめろ母さんよ、しなをつくるんじゃない。
母さんは、人族で言えば二十代くらいに見える。
人族を見て初めてわかった。
うちのオカンは見た目、かなーり若いのだ。
ただでさえ里では、『まあ、親子に見えないわね、カップルみたいね』って言われるくらいなのだ。
カップルてあーた、つり合い取れてる? 俺なんかでさ。
母さんはとにかく、まあ、うん。
ちなみに年齢は知らない。
本人に聞いても、
「30歳からは、カウントされないのよ」
などと、言って退ける。
だけど、もしかしたらほんとに数えてないのかもしれないと思うふしはある。
もう何年も誕生日を祝っていないのだ。
で、祝おうにも教えてくれないと言う悪循環。
俺の誕生日だけ祝われて、ちょっと申し訳ない気持ちもあったけどさ……。
まあ、カウントされないなら仕方ない。
「ベネット、聞いてるの?」
聞いているよ。
おたくの息子さん、ちょっと脳内での独り言が多いだけだから。
「というわけで、明日、出発するから準備しておいてね」
明日だって?
俺まだ回復しきってないよママン。
だが、そんな事はお構いなしだった。
翌朝。
どこから用意してきたのか、母さんは立派な幌馬車を持ってきた。
その馬車で、俺たちは王都へと出発。
で、旅の道中、目的やら気になることは取りあえず問い掛けたけど、
「うふふ」
と、母さんは笑うばかりで、何も答えてはくれなかった。
こんな感じで、俺と母さんの旅が始まったわけ。
※※※※
(side母)
「うう……」
うざったい雨の日だったわ。
家の外からうめき声が聞こえてきたときは、ゾンビでもいるのかと思ったの。
浄化の心構えをしつつ、恐る恐る扉を開けたら、そこにはベネットが倒れていたのよ。
私と同じ髪色で、痩せでもぽっちゃでも無くて、ごく普通体形。
私に似て、たれ目で優しい笑顔の我が子ベネット。
猫を助けようと木に登って下りられなくなったり、いじめられてる子を助けようと突撃して返り討ちになったり。
子どもの頃は病弱で、幾度となく生死を彷徨って、そのたびに天に祈ったわ。
そんな息子が、
「王都に行って冒険者になるんだ」
なんて言ったときは、卒倒しそうになった。いいえ、しかけたわ。してたかも。
だけどあの子、知らない内に鍛錬してスキルを磨いて、シーフを出来るまでに成長してた。
病弱だったのが嘘のよう。
そんな我が子ベネットが、
「パーティを追放されましてね」
って、やらかした時にする、いつもの神妙な顔で言ったの。
ああ、この子はやっぱり私が守らなきゃダメなんだなって思った。
明日、私はある人からの呼び出しで王都にいく事になってるけど、この子を家に置いていくことなんて出来ない。
よし、連れて行くしかないわ。
「俺まだ回復しきってないよ?」
大丈夫。回復魔法は通常の十倍はかけたから。
回復してないと言うより、回復しすぎてるわ。
なんだったら、暫く回復し続けるわ。
私、リーゼロッテ・ディラグリオは女手一つでベネットを育ててきた。
この子を守るためなら、なんだって出来る。
力だって魔力だって一切惜しまない。
出発の朝を迎え、空間魔法で馬車を取り出したわ。
あの子のために、空間魔法も覚えたのよ。思えば、この日のためだったのね。
ベネットをこれ以上歩かせるつもりなんてない、だけど甘やかすばかりでも無いのよ。
御者はベネットがするって言ってきた。
成長したところを見せたいのね。
すごく嬉しいわ。
心配だけど、見守るのも親の務めよね。
こんな具合に、私と息子の旅が始まったの。