才女の危機
俺は王立魔法学院のイヴの家に住んでいる。そんな俺の生活の基盤はイヴとの日常である。
だが、何もしていないわけではない。
収入は必要だ。
冒険者として依頼をこなす他に王立魔法学園の魔法薬学教師のネーメル=メディースン先生の助手をさせてもらってる。
と言っても、やることは精々部屋の雑用くらい。
何故ネーメル先生の補助になっているかというと俺が魔法薬学の講義を受けさせてもらっているためだ。
まだ俺が貴族の子であった時、たまたまゴミ捨て場で見つけた本「薬学のすゝめ」という本があった。
その本の内容は魔法薬学の分野は書かれてなく、前世と似通っている部分が非常に多かったため読み込んだ。
ただ、この世界では魔法薬学以外の本は人気がなく捨てられることもあった。
その本を書いた人こそがネーメル先生なのだ。
以前学院長からイヴの世話依頼を受けたあと、一悶着あり婚約することになったのだが、婚約後にお金をもらうのは嫌だったからお金は返金している。
だが、その後学院長に俺の能力を買われて委託業務という形で雇い入れてもらえるようになった。
たまに生徒から受けた雑用もこなす時もある。
「はいはーい……って、先生」
お昼すぎの時間帯であった。
イヴは疲れから昼寝をしている最中。
まぁ、前日に作業してたし仕方ないかなと思っていた
まだ微妙に小寒く、外出するにはもってこいの日であった。
だが、その日は冒険者の依頼もなく、家でまったり過ごしている時だった。
インターホンがなり外に出た。
「ごきげんようミスターレイモンド。少々宜しいかな?」
「え、ええ。上がってください」
「では失礼するよ」
少し不機嫌かな?
還暦を過ぎている割に紳士的なご老人……ネーメル先生が突然訪問してきたのだった。
ネーメル=メディスンは王立魔法学園の魔法薬学の教師だ。
病気で魔法力を喪い現役引退、現在は魔法薬学師の理論を教えている。
俺が先生の教義を受けられるのは学院長から出された依頼の報酬の中に好きな講義を受ける権利を与えられたから。
もともと受験していた過去も知られており、それを考慮してくれているからだ。
また、色々と家事全般が魔法でこなせる俺はネーメル先生の助手という分不相応にも立場にあるので、たまに調薬を教えてもらっている。
本当に俺は運に恵まれているのだ。王立魔法学院の生徒になれなかったが、受けたい講義は受けさせてもらえている。
そんなネーメル先生は普段こちらに来ることは珍しい。
どうしたのだろうか?
ネーメル先生の笑みが怖い。
「ミスターレイモンド、これはどういうことかな?」
「……はい?」
リビングにお茶と茶菓子を出してお出迎えするとネーメル先生は突然に封筒をテーブルの上に置く。
先生は怒っている。短い付き合いだが、なんとなく感覚でわかる。
恐る恐る中身を拝見するとそこには魔法工学科の学期末試験の一枚の答案用紙。
解答欄はすべて埋まっている。
ただ、解答用紙の真ん中を割るように一本の線が書かれているが……その他は特に問題なさそうだが。
「先生、これが何か?」
「ミスターレイモンド、名前の欄を見たまえ」
「え?……あ」
ネーメル先生はため息した。
呆れてものを言えない、嫌な予感がした。
その解答用紙は名無しで提出してあったのだった。
「イヴ起きろ!緊急事態だ!」
これの意味することは下手したら留年という言葉。
焦る理由はまさにこれであった。
「あれほど言ったよね?名前は最初に書くようにって」
「……うん」
「なんで名前書き忘れたの?」
「……テスト終わったら眠くて」
「それで解き終わったら寝ちゃったと」
「うん」
現在説教中。
寝ぼけるイヴを叩き起こしネメール先生がいるのでとりあえず制服を着せ、髪を整え正座させている(この間30秒)
意識が覚醒しているの確認し、名無しの解答用紙を見せる。
それを見たイヴは……なんでこうなっているのかわからないようだった。
いや、イヴがやらかしたことなんだが。
反省してもらいたいが今はそれどころじゃない。
重要なのは進級できるかどうかだ。
だが、点数的には問題ないが初歩的なミス。
ネーメル先生が直接来たということはチャンスがあるかもしれない。
「先生、十分イヴは反省したと思います。次はないようにしますので今回はーー」
「一度の例外を残しては我が校の示しがつかない。理解しているかねミスターレイモンド?」
「……はい」
優雅に茶を啜るネーメル先生。
流石に甘かったか。これで留年になったら俺の立場が……また、シスコンのイヴの兄が乗り込んで……あ!
「この件は外部には漏れていませんか?」
「……ミスターレイモンド、君は焦ると過程を省く癖がある……」
い、いけない。焦っていた。
「えっと……イヴが留年することが外部……ニコラ家に知られればその……面倒なことが起きるのです」
「何か深い事情があるのだな。では、聞かぬが紳士であろう」
いや、深い事情も何も、血相をかいたイヴの兄が襲ってくるだけだが……考えようによっては一大事か。
「君は知らぬのだったな。我が校は救済制度がある」
「……救済?」
「左様。毎年、ミスニコラのような成績不良者がいる。毎年留年者を出し続けることは我が校の顔に泥を塗る愚行、故にーー」
コトっとティーカップをソーサーにのせる。
ネーメル先生は懐から一枚の用紙を取り出す。
こ、これは……再試の連絡
「安心するといい、一度きりのチャンスをミスニコラには与えられる」
「た……助かったぁ」
まずは深呼吸。ネーメル先生は出した茶菓子とお茶を完食すると仕事があると学院に戻った。
安心したが山場がある。
先生に渡された用紙を見るにテストは明日らしい。
「よし、今から運動しに行くぞ」
「……え?」
「いや、そんな絶望しなくても」
顔を真っ青にするイヴは運動が苦手だ。
まぁ、暇さえあれば一日中寝ているし体が鈍っているから仕方がないが。
「大丈夫、ちょっとした運動。ウォーキングだけだから」
「……なんでそんな意地悪するの?」
……泣きたいほど嫌なのか。
瞳が潤んでいる。今のイヴ例えるなら捨てられた子犬のようだ。
いや、その例えはおかしいと思うが。
「最近運動不足気味だし、明日はテスト中寝ないように」
「……でも」
えぇ、なんでそんなに嫌がるんだよ。
……こうなったらあれを使うか。
「なら、今日頑張って運動して、試験突破したらご褒美で何か欲しいの買ってあげる。あとガトスで好きなの食べていいよ」
言った途端イヴは駆け足で自分の部屋へ向かう。嬉しそうに笑う彼女に微笑むのだった。
俺はイヴに甘いんだ。
それから数分経つがイヴは戻って来ず。
「れ、レイくーん」
イヴの助けを求める叫び声。
心配でイヴの部屋を見に行くと……。
「何やってんだよ」
「……なんか絡まった」
「どんな着方したらそうなるんだよ」
イヴはジャージを着ようとしたらしい。
ちなみに王立魔法学院の制服はワンピース型である。
今、イヴはピンク色のジャージの上を履いていて、何故かジャージのズボンに両手が通っており、背後を拘束するようになっていた。
「た、助けてレイくん」
「わかったよ」
とりあえずイヴにジャージを着せて外へ出かけたのだった。
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