5年前、私をひとりにした夫が、かえってきました
1000文字の超短編です。
「今日はいい天気ね」
窓を開くと、雲一つない青空が見えた。
私はベッドのシーツをとり、家の外に出て洗濯を始める。
桶にシーツを入れて水を張り、素足で踏む。
冷たいけど、気持ちいい。
「あなたに会えて~♪ 恋を知って~♪」
夫が好きな歌を口ずさみながら、シーツを洗い、端をピンと張って干してゆく。
「やあ、マルア」
シーツの向こう側から声がした。
「あら!」
夫の友人が、花束を抱えて立っていた。
「これを君たちに」
「素敵なお花。ありがとう。中に入って」
彼を家に招いて、花は瓶に飾った。
私はお茶の準備をする。
リンゴの香りがする茶葉でおもてなしよ。
「どうぞ」
「いい香りだね」
「お気に入りなのよ」
「あいつの?」
「ええ、もちろん」
胸を張ると、彼は切なく微笑む。
「マルア、辛くはないかい?」
「どうして?」
「だって、あいつはもう何年も……」
「平気よ」
心配する彼に言う。
「お掃除してご飯を作って食べたら、一日なんてあっという間よ。時が経てば、あの人はかえってくるわ」
「君は強いね。あいつが夢中になるわけだ」
「え?」
「昔さ。君に近づくなって、俺に牽制してきたんだよ」
「まあ、まあ! その話を詳しく!」
前のめりになると、彼は笑って夫の話をしてくれた。
おしゃべりをしていたら、いつの間にか昼どきだ。
「無理しないで」
そう言って、彼は帰っていった。
「彼ぐらいあの人も愛想がよければいいのに」
夫は無口で無愛想だ。
でも夫は、照れると耳がぴくって動く。
私の名前を呼ぶときは、口をへの字にして耳を動かすのよ。
可愛くて、いつも笑っちゃう。
そして夫は、とってもお寝坊さん。
足を投げ出して、ぐーすか寝ている。
熊みたいな体を揺らして起こすのが、私の日課だった。
「さてと」
私は花瓶を持って寝室に向かう。
ベッドには夫が寝ていた。
かすかな寝息が聞こえ、ほっとする。
「あなた見て、素敵なお花でしょう? 私達にですって」
無口な夫からは返事がない。
私は夫の手を握った。
「爪が伸びてきたわね。切ってあげる」
夫は怪我で、眠ったままだ。
好物を作って夫の帰りを待っていたら、友人が教えに来てくれて。
私は病院に走った。
「あれから5年ね」
明日こそは。
祈りを込めて、夫の額にキスする。
「おやすみなさ……い」
ふと夫の瞼が動いた。
夫の瞼が持ち上がり、瞳が私を映す。
私の名前を呼び、耳はぴくん。
「もう、あなたったらっ」
お寝坊さんなんだから。
私はボロボロに泣きながら、夫の手を握る。
「おかえりなさいっ」