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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
国土壊滅編 ~”君との婚約は破棄するから国へ帰れ!”って言われても……あなた誰? それに妖魔の大群が攻めてくるけど私がいなくても大丈夫?~
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4-10.フィレル湖の調査

 10.フィレル湖の調査


 やはりこの国の妖魔に、何らかの変化が起きているのだ。

 妖魔の進化。それは古来より、

 ”世界の終末が近づいている予兆”だと言われている。


 ジョセフ王子の要請がなくとも、

 皇国のメイナ技能士として、妖魔と魚を詳しく調べなくてはならない。


 さっそく皇国調査団は、王妃の実家である公爵家に対し、

 湖周辺に立ち入る許可を願う文書を送付した。

 この辺はちゃんとしておかないと、

 向こうに付け込まれる要因になりかねないし、

 森の調査の時のように”今すぐ出ていけ!”と言われる可能性だってある。


 公爵家がどう出るか構えていたが、案外スムーズに

 ”許可証を発行するから取りに来い”と連絡が来た。

 ここまでは良いのだが

 ”許可証は、わが国で実績のある、

 メイナ技能士アスティレア・クラティオ様名義で発行するため

 ご本人が必ず受け取りに来られたし”

 とあったのだ。なんとも取ってつけたような理由だ。

 今までのことがあるから、どうしても裏があるような気がしてならなかった。


 ************


 交渉などしている時間がないこともあり、

 今日は仕方なく受け取りに来たのだ。

 せめてもの抵抗で、リベリアとクルティラはもちろん、

 皇国調査員を4,5人引き連れてのお伺いとなった。


 あちらが指定した時間に行くと、

 門のところで待っていたのは、案の定デレク王子だった。

 ずっとこちらを見ていたくせに、偶然気が付いたかのように、

「ん? どうした? なぜ、そんなにこっちを見ている?」

 などといってニヤニヤと近づいてくる。


「許可証を頂きに参りました」

 私が事務的に言うと、

「発行するのは俺だぞ。公爵家に依頼されたからな」

 と嬉しそうに付いてくる。

 嫌な予感というのは、ほぼ間違いなく的中するものだ。

 婚約者が決まったというのに、何の用があるというのだろう?


 私たちは侍女に案内され、ぞろぞろと客間に入っていく。

 慌てたデレク王子が

「アスティレアだけで良い。お前たちは外で待っていろ」

 と止めようとしてきたが、

 皇国調査団たちの中の、とりわけ怖い顔つきの者に

「そういうわけには参りません。

 確かにアスティレア様をご指定されましたが、

 彼女一人とは書かれておりません。

 皇国には皇国のルールがこざいます。

 一度発行すると回答した以上、

 すみやかにお手続きお願いいたします」

 などと冷たく言われ、黙り込んでしまった。


 中に入ると、デレク王子は何を考えているのか

 なんと私の隣に座ろうとしたのだ。

 しかし私の両脇をガッツリ固めたリベリアとクルティラに阻止され

 不満そうな顔で、やむなく正面に座った。

 この人、外交とか商談とか、したこと無いのか?!


 ”俺が依頼された”というわりには、デレク王子は何もしない。


 公爵家の者が文書の発行を準備している間に

 王子は自分の自慢話や武勇伝ばかりを話し出した。


「俺はこう見えても弓が得意でな。

 狩りでも手ぶらで返ったことは一度もないのだ」

「昔からよく告白されるんだが、立場上、安易に選べず困ったよ」

「子どもの頃から、こんなに賢い子は建国以来だと言われていたんだ」

 調査報告書をラブレターと勘違いした実力の持ち主だ。

 どこまでが妄想で、どこが現実なのかわからない。


 自分の素晴らしさや有能さ、評価の高さを

 つばを飛ばしながら熱弁してくるデレク王子に辟易したが

 唐突にクルティラが彼を誉め始めたのだ。

「あら、武術だけでなく、知識が豊富でいらっしゃるのね? 素敵ですわ」

 妖艶な美女に褒められて、鼻の穴を広げてうなずく王子。

「ま、まあな」

「それでは他国の言語も堪能でいらっしゃるのかしら」

 目を見開いて、ぐっと詰まる王子。

 この様子だと怪しいものだ。


「政治経済や都市計画はもちろん

 習得されていらっしゃいますわね、さすがですわ」

 リベリアにそう言われて、目をキョロキョロさせている。

 その顔は、それって何? と思っているのがバレバレだった。


「そんなの当然ですわよ、王太子ですもの。

 例えばルシス国の街道において運輸の(かなめ)となっている……」

「歴史と言えばこの国にも関連深い、あの”ウォルステルの戦い”において……」

「王たるものは数字にも強くなくてはなりませんものね。

 王太子様が得意ということでしたら、この国は安泰ですわね。

 ちなみに応用数学を学ばれた時にこの国の経済的な……」

 彼女たちは矢継ぎ早に、帝王学だけてなく、

 貴族に必要な教養から一般常識まで王子に尋ねていく。


「えっ! あ、あれ、何だっけな」

「そそそそれは、えーっと、ど忘れしたかなハハハ」

「……は? あの、今、なんと……」


 顔を真っ赤にし、目を白黒させ、

 何一つ答えられない王子が限界になったところを見計らって、

 私が優しく尋ねる。

「そろそろ許可証をいただいても良いでしょうか」

 王子は質問から解放されるためだけに、大喜びでその提案に飛びついた。

「そうだそうだ! こんな話をしている場合ではないな!

 おい! 早く持って来い!」

 急に言われた侍従が、慌てて許可書を差し出してくる。

 私は首尾よくそれを受け取る。


 これさえ受け取れば、もう用済みだ。

 席を立つ私に、デレク王子が突然聞いてくる。

「何か俺に言いたいことがあるのではないか?」

「いえ、何も」

 そう答える私に、王子は黙ってニチャニチャした笑いを浮かべている。


「それでは失礼いたします」

 そういって背を向けて歩き出す私に、王子が慌てたように叫んだ。

「おい! その許可証は”1日分”だからな!」

「ええっ? 一日分?」

 私は驚いて振り返る。リベリアとクルティラもあきれ顔だ。

「有効期限は今日のみ、だ。明日以降はもうダメだぞ。

 また公爵家の領地に入りたいときはここに来て許可証を受け取るが良い」

 そう言って偉そうにふんぞり返る。


 驚いて声も出ない私たちに、デレク王子はさらに言ったのだ。

「ちなみに、湖の中央にある島や魚の養殖所は国のものだが、

 そこに行くには必ず公爵家の領地を通らないといけないからな。

 それから湖に船を出すのも公爵家の許可がいるんだ。……わかったな?」


 毎回毎回、ここに来てさっきの自慢話を聞けということらしい。

 そしてさすがのデレク王子も学習したのか、

 一言いい添えるのを忘れなかった。

「あと、次回の許可証の発行は、

 アスティレア(お前)独りで来ること、これが条件だ」


 あの貴族の娘と婚約するのに、こいつは何をやっているんだろう。

 これを放置どころか加担している公爵家も、

 狂っていると言わざるを得ない。

 よほど無視され続けていることを根に持っているのだろうか。


 まあ良い。私たちは目で会話し、

「承知しました」

 と答える。満足そうにうなずき、椅子にそっくり返るデレク王子。


 公爵家を出る時に、後ろをついてきた王子が私に叫んだ。

「それから、ちゃんと式典には参加しろよ」

「……メイナースの許可が降りましたら出席させていただきます」

「そんなの何とかしろよ。お前が喜ぶサプライズを用意してあるんだから」

 それ、事前に言ってしまったらサプライズじゃない。つくづく残念な男だ。


 思わず迷惑そうな顔をした私に、デレク王子は

「お前の働きに対する、この国の感謝の気持ちだからな。

 遠慮せず受け取れよ」

 と、言い添える。何のつもりだろう。



 馬車に乗り込み、走り出したところで三人とも息をつく。

「なんというか、心の何かがすり減っていくのを感じましたわ」

 リベリアがやれやれという顔をする。

 私は伸びをしながら笑って言う。

「ま、ここにはもう来ることは二度と無いから大丈夫でしょ」

 うなずく二人。


 先ほどデレク王子の前で”承知した”と言ったのは、

 別に今日一日の許可をもらえれば充分だったからだ。


 皇国の早馬で先に帰路についた調査団たちは、

 人を集め、あっという間に仕事に取り掛かるだろう。

 それは領地内の随所に”測定器”や”録画機”など

 調査に必要な装置を設置し作動する作業だ。


 一度設置してしまえば自動的にデータは取れるし、

 その回収は白シギにもできるため、

 私たちが領地に入る必要はないのだ。


 そんなことを知らないデレク王子は、

 私がまた許可書を取りに来ると思っていることだろう。

「”承知した”って答えておいたから、しばらくはあの公爵家で

 王子は大人しく()()()()()していてくれるわね」

 そういって笑うクルティラ。


 そして。湖中央の島や、

 公爵家の領地を通り抜けたところにある魚の養殖所にはどうやっていくのか。


 私は自分のマントについた皇国の紋章を見る。

 デレク王子は、この紋章に大きく描かれた黒竜の意味を分かっていない。


 皇国にとって、(ドラゴン)は常に、共に生きる存在なのだ。


 ************


 皇国調査団の皆が、湖の周囲を調べてくれている間。

 私たちは飛竜で、公爵家の領地を飛び越え、

 湖畔にある魚の養殖所へと移動した。


 フィレル湖にしかいない、ラピアという魚。

 この魚からのみ抽出できる成分が、火傷などによく効く薬になるため

 高額で飛ぶように売れており、ジョセフ王子の言う通り、

 この国の大切な収入源になっている。


 魚の養殖所は思ったよりも狭く、簡易的な建物だった。

 湖畔の一部を削り、小川のような、細長い浅瀬を作っているのだ。

「この細い水路に、ラピアがどんどん入ってきてくれるんだよ。

 そいつを捕まえるだけだから、楽なもんだよ」

 案内してくれるおじさんは、ノンキそうに説明する。

「んで、こっちの生け簀(いけす)で増やすんだよ。

 まとめて入れて、エサをあげれば勝手に増えるんだ。

 本当に”恵みの魚”だよ、まったく」


 私たちは生け簀を覗き込む。

 背が黒い魚がびっちりと水底で(うごめ)いているのが見える。

「一匹、頂くことは可能でしょうか」

 クルティラが尋ねると、おじさんは大慌てで首を振った。

「ダメダメ! 持ち出し厳禁だよ。

 この生け簀の魚だって、取りに来るのは王家の人だよ」


 そういって、生け簀の中にエサをまいた。

 ものすごい勢いで浮き上がってくる魚たち。

 水面がばちゃばちゃと水撥ねし、争うようにエサを食べるたくさんのラピア。


 背は黒いが、腹は銀色なのか。って、何あれ!

「ちょっと! あれ!」

 私は思わず指をさす。

 水面で騒ぐ仲間の上に、その身を押し上げられた一匹の魚を。

「……なんで、腹にピロピロが生えているの?」

 あの、クリオに預けてある ”妖獣トリプドから生えていた謎の触手”。

 それを細く小さくしたようなものが、ラピアの腹からたくさん生えているのだ。

 両手を口に当て、リベリアが驚いている。

 クルティラは眉をしかめてつぶやく。

「……ちょっと、気持ち悪いわね」

 正直、ちょっとどころではない不気味さだ。

 まるで腹に、細長いミミズやヒルが吸い付き、その身をくねらせているようだった。


 おじさんはラピアを網ですくい、苦笑いで説明してくれる。

「そうなんだよなあ。最初に取れた頃は、

 気持ち悪い魚だって、すぐに殺しちまってたんだよ」


 しかし、何度も殺処分するうちに、

 この魚を扱うと手の傷が綺麗に早く治ることに気が付いたんだそうだ。


「ルシス国の学者と、どっかの国の研究者が調べたら、

 この魚の体液には、傷を治す力があるってわかったんだよ」

 組織の修復と再生を促す成分がたくさん入っているのは、

 すでに臨床試験済みだ。


 私たちはおじさんにお礼を言い、それぞれの飛竜を呼び寄せる。

 乗り込みながら私はつぶやく。

「なんで、この魚はそんな体質になったんだろう」


 ************


 私たちは次に、湖中央の島にある寺院に向かった。

 その島にボートが付いているところを見ると、誰かいるのだろう


 寺院の外で、神職と思われる男が二人、枯れ葉の掃除をしていた。

 高齢のベテランと思われる人と、明らかに見習いの修道僧だ。

「こんなところにまあ、よく来ましたね」

「今日で良かったですよ」

 そういって笑う彼らに話を聞くと、

 この寺院に常駐する者はいないそうだ。

 週に一度、昼間の数時間だけ、掃除に来るのだと。


「王家が祀られているのに、そうなんですか?」

 ベテラン修道僧がゴミをまとめに行った隙に

 年若い修道僧がこっそり教えてくれた。

「出るんですよ、ここ。本当なんです」

 ”ここに近寄るな”という警告なのかと思いきや、そうではなかった。


「昔、王が約束を(たが)えて側妃を迎えてしまい、

 それを大変嘆き、気に病んで、奇病にかかったあげく

 憤死した王妃の霊がさまよっているらしいです」

 その話、どこかで聞いたことが……

「確か、オディア王妃、ですわね」

 リベリアがその名を思い出す。


 ビディア宮殿にだまされて連れていかれた時、

 王妃の口から出た名前だ。

 ”私はオディア王妃のように、大人しく引いたりしませんから”


 修道僧は感心しながらいう。

「よくご存じですね。他国にも、あの呪いの話は有名なんですねえ」

 呪いの話、確かに聞いたな。ポファ国のおばあさんから。

 ”王家の墓を掘り起こし、貴金属を奪ったら死者が出た”

 そういう話だったが。


 ってことは。

「”決して開けてはいけない”と言い伝えられてきた棺って

 もしかしてオディア王妃の墓のこと?!」

 私がそう言うと、修道僧は神妙な顔でうなずく。

「元々かなり厳重に封じられていたのを、こじ開けたようですね」

 そう言って彼は、急に怯えたように周囲を見渡した。

 信じているのだ。この人は。


「もしかして幽霊、見たことあるの?」

 私がそう尋ねると、彼はちょっとうつむいて、

「先輩たちから聞きました。

 掃除に時間がかかり、帰るのが遅くなった時。

 何か這いまわるような音が地底から聞こえて、

 地面がぼこぼこと波打ったって」

 それで大急ぎでボートに乗り込み帰ったそうだ。


「あのままここに居たら、生きてはいなかったろうって言ってました」


 ************


 私たちが宿泊地に戻ると、皇国から連絡が届いていた。

 皇国の上級議員 ディクシャー侯爵からだ。

 先日、ルシス国の式典に招待されたことなどを手紙で伝えたのだが

 今回の内容はその返信だった。


 長い長いその手紙を読み、私はリベリアとクルティラに伝える。

「”式典にはぜひご参加ください”ですって」

 一瞬、二人は顔を曇らせたが、私が手紙を渡してそれに目を通すと

 徐々に笑いを含んだ顔に変わっていく。


 手紙を折りたたみながらリベリアが言う。

「サプライズをご用意されてると王子がおっしゃっていましたけど

 こちらのサプライズも遠慮せず受け取っていただけると良いですわね」


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