4-7.古代装置の破片
7.古代装置の破片
ルシス国王妃に振り回され、疲労困憊の私たちに朗報がもたらされた。
あの後、妖獣ナブレムブの残骸を丁寧に調べていた皇国調査団が
ついに古代装置の破片と思われるものを回収したのだ。
それはナブレムブの背中に生えていた藻に
絡まるように付いていたそうだ。
「……これって針?」
それは巨大な待ち針のように、
先端に小さな立方体が付いた10センチくらいの針だった。
「今までの妖魔は、ナブレムブの体についた藻のような
メイナの属性を持たない部分が無かったからかな」
妖魔の体は完全に陰のメイナで構成されるため、
私が攻撃すると、古代装置ごと分解されてしまう。
しかし今回、犯人は一度失敗したらしく、
未使用の針が背中の藻の中に残されていたのだ。
「犯人は、いろいろな意味でナブレムブを選んで失敗でしたわね」
水棲の妖魔というだけでも無理があったし、
証拠を残してしまうなんて。
犯人は何かを焦っているのだろうか。
針を皇国分析班へと送り、
今後は移動中の妖魔が謎解きの肝になる。
いち早く見つけて、何をめざして移動しているのか探るのだ。
とはいえ。移動中の妖魔となると、
どうしてもルシス国の協力が必要になってくる。
ルシス国の城に行き、対策本部の協力を仰ぎたいのは山々だ。
むしろ必須だといえよう。
しかし王妃まで出てきた以上、安易に城には近づきたくなかった。
「ルークス様は、よりによって北海ですしね……」
ここに私の婚約者ルークスが来てくれれば解決するのだが、
現在彼は、紛争の鎮圧と巨大妖魔の討伐に追われて忙しい。
荒れ狂う側の紛争だけならともかく、巨大な妖魔まで現れたのだ。
この数か月、彼は八面六臂の活躍で、手紙を送るヒマもないようだった。
たとえ、言葉で王子たちに”皇国の将軍が婚約者なんです”
と言っても、いつものように聞きはしないだろう。
仲睦まじい姿を見せるのが一番なのだが。
その時、皇国兵より緊急の連絡が入った。
「また妖魔です! 今度はフィレル湖畔を目指しているようです!」
************
フィレル湖はドーナツ湖だった。
真ん中の島に寺院が建っており、王家の墓があるのだ。
案内する皇国兵が指を差し説明してくれる。
「王家の方が亡くなると、あの島の寺院に埋葬されるのです。
だから神聖な湖とされ、遊泳禁止になっています」
「この湖って確か、例の魚がとれるのよね?」
このフィレル湖にしかいない、ラピアという魚からのみ抽出できる成分が、
火傷などによく効く薬になるため高額で売れ、
この国の好景気を支えているのだ。
「はい、だから魚の恩恵は王族のおかげだと、
ことあるごとに王族が国民に話しているようです」
何とも言えない恩の売り方だが、
結局国は豊かなのだから国民も納得しているのだろう。
「あ、あの場所です」
そこにいたのは小さな魔猿だった。
普通のサルとは異なり、紫色の長い毛で覆われていて、
牙が口から大きくはみ出ており、人間を食する性質を持っている。
「何やってるの? あれ」
魔猿は必死に上へと伸び上がり、ギイギイ奇声を上げている。
時おり石を拾っては天高く投げているのだ。
上に、何かある!
現場にいたルシス国の兵が馬車に駆け寄ってきて、ドアを開いてくれた。
私は魔猿を近くで見ようと、馬車から飛び降りようとしたが、
いきなりリベリアに腕を掴まれて押しとどまる。
「?! どうしたの?」
「降りてはいけません。湖畔を見てください」
そこで私はそれに気がついて真っ青になってしまう。
こんなことって……。
「アスティレア様? いかがされましたか?」
ドアを開けてくれたルシス国の兵が不思議そうに問いかけてくる。
言葉に詰まった私の代わりに、クルティラが
「アスティレア様は今回、記録しなくてはならないことがあるため、
私たちが討伐させていただきます」
と答えて、私にうなずく。
ルシス国の兵は納得いかない顔をしているが、
その横をクルティラとリベリアが抜けていく。
私は馬車に乗ったまま、遠く離れた妖魔を眺める。
クルティラが目の前に立つが、魔猿はまだ上を見ている。
リベリアが空を仰いで、クルティラに何か伝えた。
クルティラは扇を構え……魔猿ではなく空を飛んでいる鳥を射たのだ。
大きな黒い鳥が一羽、バサバサともがきながら落ちてくる。
それをリベリアが、地面にたたきつけられる前にバリアで包み込み確保した。
妖魔は、あの鳥を目指していたのか。
獲物を横取りされると思った魔猿がリベリアに飛び掛かった。
しかしジャンプし大きく伸び切った体は、
一瞬の間にいくつかに分断される。クルティラが切ったのだ。
私はすっかり傍観者のまま、おとなしく馬車で待っていた。
リベリアとクルティラは鳥を囲んで、皇国調査団と話している。
……なぜ、私がこんなことになっているのか。それは。
湖の周りは一面、「神霊女王の蘭」の花畑だったのだ。
神霊女王の蘭。
それは神霊女王ジャスティティアのための花で、
裁判所やメイナにまつわる施設には、必ずといってよいほど飾ってある花だ。
この花は通常、つぼみのままで枯れてしまう。
ある特別なメイナに触れなければ、決して咲くことはないのだ。
それを承知で育てられ、つぼみのまま飾られるのが一般的な慣習だ。
周囲にいるルシス国の兵はまだ、不思議そうにこちらを見ている。
今までバンバン倒してきた私が、見ているだけなのが不思議なのだろう。
「こんなところでどうした? アスティレア」
その声に全身の鳥肌が立った。しまった!
私は露骨に顔をゆがめてしまう。
あまりにもクルティラたちを凝視しすぎて、すっかり油断してしまった。
クルティラたちがいる位置とは反対側の馬車の窓から
デレク王子がニヤニヤしながら覗き込んでいた。
そして馬車のドアに手にかけて、入ってこようとするではないか。
私は大慌ててで、メイナでドアが開かないように固定する。
今日ほど、メイナが使えて良かったと思ったことはない。
「皇国の機密事項が馬車の中にあるため、
こちらにお入り頂くことはできません」
私がそう言うと、不服そうな顔をしながら、馬車の中を覗き込む。
私は何もないのに、自分の背後に何かをごそごそとしまい込むフリをする。
「なぜ馬車を降りない? 魔猿が怖いのか?」
「いいえ、全く。魔猿なぞ、今まで100匹以上駆除してますから」
「では何故、そこにいる? 降りてくるが良い」
「いえ、今日の担当はクルティラたちですから。私は記録の担当です」
担当って何よ、心の中で自分にそう突っ込みながら答える。
デレク王子は窓に顔がくっつくほど寄せてきている。
血まみれのアンデッドに顔を覗き込まれたことがあるが、
こっちのほうが何百倍も不快だった。
ああ……”倒せない”ってストレス。
デレク王子は急に、首を振ってつぶやいた。
「……やっぱり俺がいないと駄目なんだな」
「いいえ、全然大丈夫ですが」
「以前のように出来ていないではないか」
それは……あの花のせいだよ!
あの花はね、神霊女王のメイナに触れると、咲いちゃうんだよ!
私があんなとこに降り立ったら、湖畔の花が全部満開になっちゃうよ!
こんなとこでそんな騒ぎを起こすわけにはいかないのだ。
うかつに近づくわけにはいかない。
「君が妖魔退治の業績をあげるほど、
国民もみな認めてくれるのだぞ?」
ああ、やはりそれか。自分で実績を作ればいいのに。
私がスルーしていると、彼はそれを戸惑っていると解釈したようだ。
「俺が手伝ってあげるから。さあ、馬車を降りてごらん?」
そう言って笑顔でを傾ける。優しい言い方が死ぬほど気持ち悪い。
だいたいお前が何の役に立つというのだ。初めての現場だろうに。
「大丈夫。何かあれば、他の人にお願いしますから」
私がつっけんどんにそう言うと、王子はちょっと考えて
「俺の手を煩わせないように気を遣ってくれるのは嬉しいが
もっと甘えてくれて構わないのだぞ?
俺とお前の仲なのだから」
人はあんまり怒ると、吐き気がしてくるものらしい。
私はむかつきを必死に抑えながら
「私と殿下はただの任務上でのつながりしかございませんので
何一つお願いしたいことはございません」
デレク王子は一瞬、子どものように口をへの字に曲げ、
ブツブツと小さな声で反論する。
「お前がそのような態度でいるからだろう」
そして急に何かを思い出したように、
ニチャア~という粘着質な笑い方をして言った。
「まあ母上が、二人のために良い策を練ってくれているからな。
安心するが良い」
あまりにも不吉な言葉を最後に、彼は皇国兵に促され帰っていった。
精神的に瀕死の私のところに、リベリアたちが戻ってくる。
「あれ? 鳥は?」
「皇国調査団に渡しましたわ。発信機の取り外しだけでなく、
羽の怪我の治療もしていただきますから」
今回は確保のために仕方なく空から落としたが、
普通の鳥を傷つけたままでいるわけにはいかないだろう。
クルティラが言った。
「飼い主を確保するためにも、ね」
「あのカラスの?」
私がそう言うと、リベリアが首を横に振った。
「あの鳥はカラスではありません。……ルドヨウムです」
以前、隣国を調査した時、多くの男が肩に大きな鳥を乗せて歩いていた。
カラスのように真っ黒で、もっと大きく、オウムのようなくちばしの賢い鳥を。
あれはアウグル国だった。
そしてその国は、ルシス国に妖魔用の武器や防具を売っている国だ。
……そういうことか。
************
夜、宿泊地でをルドヨウムの調査結果を待つ私たちに、
皇国の生物学研究所員クレオから緊急の連絡が届いた。
それには、私がお土産であげたピロピロくん、
つまり”妖獣トリプドから生えていた謎の触手”の先に、
丸い何かが増殖している、という報告だった。
それは見たところ、トリプドの体の一部のようだというから驚きだ。
「本来、トリプドには無い部分の触手なのに、
トリプドを復元することができるってこと?」
私がそう言うと、クルティラが困ったように言う。
「それなら、斬れば斬るほど増殖してしまうかもしれませんわ。
あの破片から本体が生まれるなら、
組織さえあれば再生してしまうでしょう」
無限に増殖するのか。
考え込む私たちのところに、皇国調査団の一人が遠慮がちに割り込んでくる。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
「どうしたの?」
「ルシス国城に先ほど任務で行ったのですが……」
彼の話は衝撃だった。
彼はデレク王子に呼び止められ、
「おい、アスティレアはあの花にアレルギーがあるんだよな?」
と言われたそうだ。何のことだろう? と思っていると
「フフフ、あいつのことは、俺が1番よく分かってるからな」
「……あの、別にアレルギーは無いと聞いておりますが」
「嘘をつくな。ルシス兵から聞いたぞ。
アスティレアが花を見て、急に馬車を降りるのを止めたそうじゃないか」
それで勝手にアレルギーだと決めつけたのか。
呆れて何と言って良いかわからない皇国調査団の彼に
「アスティレアに伝えてくれ。
湖の周囲の花は、全て君の好きな薔薇に変えると」
私たちの間に沈黙が流れる。
「……妖魔の件、早く解決しましょう」
私を慰めるように、自分に言い聞かせるようにクルティラが言う。
うなずく私に、リベリアが考えながら言う。
「薔薇より、桃やリンゴの木が良いとお伝えしますか?」
私はリベリアを小突きながら、皇国調査団の彼に
「神霊女王の蘭は陽のメイナの気で溢れているので、
そのままにしたほうが良いとお伝えしてください」
とお願いしておいた。……一応。