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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
職場廃業編 ~”お前など何の役にも立たない”と解雇するなんて、ここが廃業になるけど大丈夫?~

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:☆番外編☆ 3-2:横取り公爵令嬢

 ☆番外編☆ 2:横取り公爵令嬢


 こちらのイニウス公爵家に勤める前に、

 事前に渡された調査書に書かれていた情報は

 ”父親は祖父に似て、幼い頃から病弱。

 執事や乳母が公爵家のご子息・ご令嬢を律することなく育てた。

 そのためお二人とも貴族としての教育は不十分であり

 性格も自制が効かず、自己中心的である”

 というものでした。


 私が()()することになるその妹、ブリアンナ様については

 ”公爵家は裕福であり、たくさんのものを与えられたけど、

 それに満足することはなく、次から次へと欲する性格。

 特に他の人が良いものをもっているのは耐えられない”

 という添え書きがついていました。


 幼い頃は、遊び相手の伯爵令嬢が持っていた玩具(おもちゃ)

 子爵令嬢が来ていたドレス。男爵令嬢のアクセサリー。

 そして年頃になるにつれ、

 一番欲しいものは他人の恋人へと変わっていったと。


 そう。彼女は他人のものが欲しくなる、

 典型的な”横取り女”だったのです。


 ************


「マリーの姪ですって? ……全然似てないわねえ。

 まあ、マリーの代わりにしっかり働きなさいよ」

 私が病気で退職した古参のメイドの代わりとして、

 ブリアンナ様のお世話係として就任した際、

 彼女は私を見下しながらそう言い、こちらの挨拶を遮って

 すぐに山ほどの仕事を言いつけてきたのでした。


 その実像は報告書以上のものでした。

 誰かに恋人や好きな人が出来ると、

 公爵家の財や人脈にモノを言わせて近づき、

 ちょっかいを出し、横取りばかり繰り返していました。


 もちろん本気で好きになるのではなく、

 自分を選んでくれたことに優越感を感じ、

 奪われた娘の嘆き悲しむ様が見たいだけです。

 男の方は若さによる興味本位か、

 ただの浮気相手としか見ていなかったり

 ただ目新しいものに気移りした節操のない男ばかりで

 奪う価値もない者ばかりだったのですが。


「彼が”私の方が良い”って言ってくれた瞬間がたまらないの。

 奪われる方が悪いのよ。フフン、さぞかし惨めでしょうけどね」

 そう言ってお嬢様は、お金にモノを言わせて贈り物で気を引いたり

 公爵家の特権を生かして無理やり二人で過ごす時間を作ったり。

 いろんな汚い手を使って何人かのカップルを

 破局や婚約破棄に追い込んだお嬢様でしたが。


 ついに、本気の恋に落ちたのです。

 ()()()()()()皇国の上級石工士 カイルという男に。


 まあ、仕方ないかもしれません。

 だって彼は、まるで神話の登場人物のように整った顔をしており

 背が高く広い肩幅、皇国の制服が似合う長く伸びた足、と、

 それはそれは大変な美男子だと評判でしたから。

 さらに知識や教養も豊かであり、身のこなしは洗練されていて

 お嬢様だけでなく国中の娘たちは彼に夢中になっていました。


 この”木こりと石工が建立した”といわれるデセルタ国では

 絶対に出会えないような人間でしょう。

 お嬢様はそれこそ、熱に浮かされたように、

 カイル氏に夢中になりました。


「あんなに素敵な方、他にはいないわ。これは運命の恋よ」

 そう言ってウットリするブリアンナ様に、私は言います。

「美しく気高いお嬢様にふさわしい男性が、やっと現れたのですね」

 私がそう言うと、ブリアンナ様は嬉しそうにうなずきました。


 この頃にはすでに、私はお嬢様のお気に入りのメイドになっていました。

 だって私はお嬢様をよく観察し、その思考を見抜き

 彼女が喜び、気に入るような行動しかしませんでしたから。


 彼が来てからというもの、ブリアンナ様の関心は彼に集中しました。

 毎日着飾って仕事場へと押し掛けるのですが、

「今日は黄色のドレスを出して。

 髪飾りは……ガーネットがついたピンクのリボンよ!」

 という具合に、彼女のセンスは最悪でした。

 ご自分の体形なぞ全く考慮せず、

 ふんだんなフリルがついていたり、

 薔薇の花が大きく刺繍されたドレスなど、

 目立つことこそ美しいのだと信じて疑わないようでした。


 もちろん私はこう言って送り出しましたわ。

「大変お美しゅうございます。どうぞ行ってらっしゃいませ」

 そうして喜劇役者が舞台へ上がるのを、黙って見送ったのです。


 しかしブリアンナ様の御心は悲劇のヒロインのようでした。

 恋焦がれるカイル氏から見向きもされないからです。

「あの話題のお芝居、良い席のチケットがございますの。

 良かったらご一緒に……」

「いえ、仕事がありますので結構です」

「宝石にもお詳しいとお聞きしましたわ。

 一緒に選んでいただけると嬉しい……」

「申し訳ございませんが仕事が忙しいのでご遠慮させていただきます」


 毎回毎回、けっこうバッサリと断られてしまったお嬢様は

 ついに奥の手として、公爵家の特権を利用することにしたのです。

 自分主催のパーティーに参加することを、自分ではなく、

 兄のローガン様に()()させました。

「今度うちでパーティを開く。

 俺の経営するリシェット製造所に視察に来ている以上、

 あなたも参加は絶対だ。……わかったか」

 ローガン様は、デセルタ国王みずからが招いた貴賓の上級石工士に対し

 気を遣いつつも言い切ったそうです。しかし。


 公爵家で期待に胸を躍らせて待っていたブリアンナ様に対し、

 返ってきたローガン様は吐き捨てるように言いました。

「……あいつ、断りやがった」

「どうしてよ!? お兄様の命令に従わないなんて!」

 怒ったブリアンナ様がそう叫ぶと、ローガン様は苦々し気に

「”私はあなたの部下ではない”だってさ」

「た、確かにそうだけど、デセルタに対する礼儀というものが……」

「俺もそう言ったよ。そうしたら馬鹿にしたように

 ”礼儀は仕事で尽くします。

 また、私用に付き合う必要はないと国王様の許可も頂いております”

 それだけ言って、さっさと帰っていったよ! あの野郎」


 国王様のお名前を出されると、もうどうにもなりません。

 幼い子どものようにワアワア泣き、

 かんしゃくを起すブリアンナ様を見ながら

 彼がこの家に来る可能性が消えたことに、私はほっとしていました。


 そんな時、ローガン様のご友人たちが公爵家に招かれた際、

 女性の話で盛り上がっていた時のことです。

 誰が一番可愛いか、美しいかという話になり、

 皆が真っ先に挙げたのが、ソフィーという方のお名前でした。


「ダントツの一番だよ。とにかく見た目も仕草も可愛いよな」

「スタイルも良いから、エプロン姿でさえたまらないよな」

「あれでドレスでも着せたら、一国の姫で通るんじゃないか?

 他の貴族の女なんて全員、豚か鶏に見えるだろうな」

 などと口々に褒めそやすのを、開いたドアの陰で、

 ブリアンナ様は鬼のような形相で聞いているのを見かけました。

 普段は公爵家令嬢であり、ローガン様の妹ということもあり、

 ご友人たちは過剰にブリアンナ様を褒めたたえていたのです。

 しかし彼らの本音が違うことを知り、顔を真っ赤にして震えていました。


「でもさあ、彼女、クリスの婚約者なんだよなあ」

「クリスのやつ、頭は鈍いのにチャッカリしたとこあるからな。

 結構小さい頃から目を付けてたんだってさ。

 ”この国で一番可愛い子はこの子だ!”って」

 その言葉に、ブリアンナ様はかんしゃくを起こす寸前でした。

 この国で一番可愛いのは、自分でなくてはならないのですから。


 そうとは知らずに、彼らは話を続けます。

「クリス程度なら、簡単に奪えるんじゃないか?」

「でもなあ、ソフィーは平民だからさ」

「そうだよな、妾にするのがちょうどいいかもな」


 ブリアンナ様はその場を後にしましたが、口元が薄く笑っていました。

 そして後ろに立っていた私に言いました。

「そうね、簡単に奪えるわ。

 クリスをあの女から奪えば、私が国で一番ってことよね?」


 そもそもそんな考えは間違っており、

 クリス様に選ばれたとて、顔の造形が変わるわけではありません。

 しかし猿が目先の食べ物に飛びつくような分かりやすさで

 ブリアンナ様はターゲットをクリス様へと定めたのです。


 もちろん私はブリアンナ様に答えました。

「奪わずともこの国で一番お美しいのはお嬢様ですが

 クリス様もきっと、お嬢様に夢中になられることでしょう」

 その言葉に満足したブリアンナ様は、

 フフンと笑いながら、ドレスを選び始めたのです。

「何が一番可愛い、よ。奪われて地獄を見ると良いわ」

 ブリアンナ様の怒りの矛先は、

 すっかりソフィーさんに向いていました。


 クリス様は何度か公爵邸にいらしていたため、

 私は何度かお会いしたことがあったのですが、

 幼い頃はさぞかし可愛らしいお坊ちゃまだったと思われる風貌ですが

 今はただの、童顔で頼りなく冴えない、つまらない男でした。

 ()()がいなくなったとて、何の支障もなさそうですが。

「地獄、でしょうか」

 私が思わずつぶやくと、ブリアンナ様はニヤリと笑いました。

「そうよ? 奪われた者って惨めで悲惨じゃない?

 地獄を見るに決まってるわ」

 そういって濃い紫にピンクの花柄のドレスを身に当て、鏡に向き合いました。

 私はすかさず言います。

「まるで花のような美しさですわ、お嬢様」


 そこから、ブリアンナ様の猛攻が始まりました。

 もともとクリス様は女性の誰しもに愛想がよかったため

 親しくなるのは大変容易い事でした。

 またちょっと公爵家の財力や権力を見せつけるだけで

 目に見えない尻尾をぶんぶん振りながらお嬢様に媚を売る始末です。


 ブリアンナ様が今まで横取りしてきた男の中でも、

 最も愚かで、くだらない男だったかもしれません。


 それでもブリアンナ様は必死で関係を進めました。

 ソフィーさんとの予定があると知れば、

 割り込みで自分の買い物につきあわす。

 彼らが待ち合わせをしていると知れば、急遽向かい、

 ”仕事の打ち合わせで兄が呼んでる”と嘘を言って

 クリス様を連れ去ってしまう。

 創立パーティなんて、無理やりエスコート役をクリス様にさせたのです。


 クリス様がどんどんブリアンナ様に傾いているのは、

 ずっと館にいる私にさえ伝わってきました。

 しかし、ブリアンナ様は一向に不機嫌なままです。


 何故ならソフィーさんに、焦る様子も悲しむ様子も、

 全く見られないからでした。

 どんな時も余裕を見せ、どうぞどうぞとクリス様を譲られてしまい、

 自分が”どうでも良いものを欲しがっている”ようだと苛ついていました。


 実際、ソフィーさんにとってクリス様は、

 幼い時からの婚約者とはいえ、

 手のかかる弟のような存在だったようです。


 そんなある日、上機嫌でブリアンナ様が帰宅されました。

「とうとうやったわ! クリス、ソフィーと婚約破棄するって!

 私と結婚したいって言ってくれたのよ! 私の勝ちだわ!」

 そしてとうとう略奪に成功したようです。


「おめでとうございます。お嬢様の方があの方よりも、

 美しく魅力的だから当然の事と言えますが」

 私の言葉に、ブリアンナ様はフフンとうなずいて、

「ほんとにお前は、私をよくわかってくれるわねえ」

「もちろんでございます。お嬢様をよく知ることで

 お役に立てるように努めておりますから」


 お嬢様はニヤニヤと笑いながら私に囁きました。

「ご褒美にいいこと教えてあげる。これは誰にも言っちゃダメよ?」

「承知いたしました、誰にも申しません」

 きっとろくでもないことだろうと思いつつ、そう返事をすると。

 ブリアンナ様は片眉を上げて馬鹿にしたように言いました。

「あの平民の女、宝石の加工しか能がないでしょ?」

 ソフィーさんは大きな工場(こうば)の娘で、

 宝飾品の加工技術は飛びぬけた才能を持っていると評判でした。

 見目が麗しいだけでなく、特別な才能も持っているのです。


 私がうなずくと、ブリアンナ様は意地悪な口調でささやきます。

「婚約指輪はね、ソフィーに作らせるのよ。

 もちろん本人には内緒にしてね。

 ただ婚約破棄されるだけじゃなくて、

 自分が一生懸命作っていた指輪が、

 愛する婚約者とその新しい恋人のためのものだったと知ったら

 どれだけショックを受けるか見ものだわ」


 まるで人を傷つける才能というものがあれば、

 それだけは秀でていた方なのかもしれません。

 お嬢様こそ、他に取り柄などひとつもありませんでしたし。


 しかしそのくだらない取り柄すら、

 ソフィーさんの才能や人脈によって無意味なものとなりました。


 満を持し、クリス様と連れ立って職場のみんなに婚約宣言。

 婚約破棄の相談すらされないまま、

 その事実を知り唖然とするソフィーさんに対し、

 お前が作っていた指輪は自分たちの婚約指輪だと知らしめた、その後。


 勝利を確信したお嬢様の前に、

 皇国の憎き()()()がしゃしゃり出て彼女をフォローしたのです。

 しかもそれだけではありません。

 あんなにお嬢様が恋焦がれ憧れたカイル氏が

 こともあろうにソフィーさんをかばい、ローガン様を軽くあしらい。

 クリス様とブリアンナ様をひどく侮辱し叱責したというではありませんか。


 朝は期待と喜びにあふれた顔で公爵邸を出たブリアンナ様が

 泣き崩れ、ただでさえ不細工な顔を余計に醜くさせて戻られた時には驚きました。

「信じられない! 何故よ?

 どうしてカイル様があの女の肩を持つの?!」

 ベッドに泣き伏すお嬢様を、私は必死でなだめて言いました。

「……まあ、身の程をわきまえたのですね、あの方は」

「何よそれ」

「彼は上級石工士と言えど、平民でございましょう?

 公爵令嬢であり、”デセルタ国の薔薇”と呼ばれるお嬢様は

 決して手の届かない存在ですわ。

 欲しくても手に入らないものに辛く当たることで

 諦めることにしたのでしょう。きっと」


 お嬢様はぐしゃぐしゃの顔で、口を半開きにしてしばらく考えた後、

「じゃあソフィーなら自分と釣り合うって思ったのかしら」

 と不満げに言うので、私は首を横に振りました。

「いいえ。利用価値があるから声をかけただけですわ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 尊大で、利己的で、傲慢で、下々のことなんぞ気にかけない連中ですわ」

 私がうっかり強く言ったために、ブリアンナ様は驚いて目を見開きました。

「お前、皇国に詳しいの?」

 しまった! と思った私は、慌ててごまかしました。

「ええ、もちろんですわ。親しいものが働きに出て

 使うだけ使われた後に捨てられましたの」


 それを聞いてブリアンナ様は、眉を寄せて考え込みました。

 空っぽの頭じゃ、考えたとて何も浮かばないだろうに。

「カイル様もそんな人なのかしら」

 私は慰めるように、彼女に言いました。

「それはわかりませんが、もしそうでしたら、

 あのソフィーという娘がさんざん利用された挙句に

 彼から無惨に捨てられる姿が見られるかもしれませんわ」

 その言葉を聞いて、ブリアンナ様はやっと笑顔になりました。

 やはりお嬢様にとって、他人の不幸こそ一番の栄養のようです。


「お風呂に入ってくるわ」

 そう言ってお嬢様は出て行きました。

 私は彼女が脱ぎ散らかしたドレスを片付けるため拾い上げていると。

「おい、ブリアンナ! さっきは良くもやってくれたな!

 お前の暴言のせいで従業員がみな、出て行ってしまったぞ!」

 そう叫んでローガン様が飛び込んできました。


 お嬢様はカイル氏の話しかしませんでしたが、

 何か職場でやらかしてしまったようです。

「だいたいあの指輪を投げ捨てるとは……」

 彼は私だと気が付いていないようです。

「申し訳ございません、あの、私は」

 そこでギョッとしたようにこちらを見て、ローガンは黙りました。

「なんだ、お前か。ブリアンナかと思ったぞ。

 ……お前は最近、あいつに似てきたな」

「恐れ多いことでございます」

 こちらに背を向けさっさと出て行くローガン様の背中を見ながら

 私は笑いが浮かんでくるのを押さえることができませんでした。

 計画は順調だと実感できましたから。


 それからのブリアンナ様は、転落の一途をたどっていきました。


 ソフィーさんに再び勝利宣言し、彼女を笑いものにして見下すために

 無理やり彼女をクリス様との婚約パーティーに招待したのですが。

 結果はものの見事に惨敗。


 高級なドレスに身を包んだソフィーさんは女神のように美しかったそうです。

 しかも、彼女をエスコートしていたのは、

 正装し貴公子のように格好良いカイル氏だったのです。


 二人は絶世の美男・美女として、

 主役のクリス様やブリアンナ様より目立ち

 仲睦まじく寄り添って、楽し気に過ごしていたとか。


 さらにクリス様がソフィーさんにいまだに未練があることが暴露され、

 婚約パーティーは修羅場と化したそうです。

 私はもちろんその場には行けませんでしたが、

 お嬢様の屈辱と怒りに震える姿は見たかったような気もします。


 その日を境に、公爵家の没落は決定的となりました。

 あの神霊女王たちのせいで、想定外のことが多く起こったのです。

 私は()()()()()に影が差していることを感じました。


 そして案の定、無能なローガンによって

 古代装置の有効性を広める作戦は失敗に終わりました。

 この装置を使えば、どんな馬鹿でも国王にだって成り上がれること示す、

 絶好の機会だったというのに。


 ************


 その後。

 カイルがソフィーと婚約したと聞き、ブリアンナは泣き崩れました。

 もうクリスにはなんの価値もありません。

 クリスとの婚約もまもなく破談となりました。


 そして今。

 長年、病気で伏せていた公爵が亡くなり、

 ブリアンナはひとりぼっちになりました。


 誰も見舞いに来ない。

 誰もパーティーに誘ってくれない。

 毎日イライラしながらブリアンナは部屋に閉じこもっていましたが。


「どういうことよ!」

 私が部屋に呼ばれていくと、怒り顔のブリアンナが仁王立ちしていました。

 その手には、手紙が握られています。

「先月、マリーに手紙を書いたのよ。私とお前に会いに遊びに来いって」

 よほど毎日ヒマだったのでしょう。

 ……余計なことをしてくれたものです。


 ブリアンナは気持ちの悪いものを見るような目で私を見ています。

「……マリーには姪なんていないって返事が来たわ」

「そうですか」

 私はさして興味がないように答えました。

 予定より作戦を早めなくてはならないので、

 馬鹿の相手をしている暇はないのです。


「……あなたは誰なの? どさくさで紛れこんだってこと?」

 そういって責めるように言う彼女を見ながら手短に答えました。

「……メイドを辞めさせていただきます」

「あっそう?! さっさと行ってよ! 今月分は払わないわよ?

 行くあてなんてないくせに、野垂れ死ぬわよ」

 そう笑いながら言い捨てるブリアンナに、私はそっと微笑みます。

「いいえ、次の仕事がありますわ」

「嘘つきね。じゃあ、次は何をするのよ?」

 私はゆっくりと彼女に近づきます。


 彼女の後ろにある窓ガラスに映った私の顔、

 平凡で特徴のない女の顔の肌が真っ白に変わります。

 ブリアンナが両手を口に当て、硬直しています。


 私の口は分厚くて横に大きく広がる真っ赤な唇へと変化し

 目は真っ黒に塗りつぶされた白目の無い大きな丸になりました。

 そしてゆっくりブリアンナへと歩み寄ります。


「ど、道化師……?」

 そうつぶやきながら、恐怖で座り込むブリアンナを見下ろしながら、

 私は口角を大きく上げ、にっこり笑顔で伝えました。


「私の次の仕事は”公爵令嬢”です」


 そう言って私は大きく肥大した白い手で、彼女の頭を掴みました。

「や、やめて、助けて、お願い……」

 彼女は私の腕を両手でつかみ、頭から引きはがそうと必死になります。

 しかし、その程度の力ではびくともしません。


「なかなかオモシロかったデス。最後は笑ってサヨウナラ~」

 彼女は涙を流しながら暴れていますが、

 その体は風船の空気が抜けるようにしぼんでいきます。

「痛ぁい……やめてえ……だずけで……」

 しわしわの口から弱々しい声が聞こえてきます。


 そして中身がすっかり吸い取られたあと、

 そこに残ったのはセンスの悪いドレスやアクセサリーと一緒に

 薄っぺらなブリアンナの”皮”が残されていました。


 このために私はここに来たのです。

 ローガンのほうは失敗しましたが、

 こちらはなんとか上手くやり遂げることができました。


 これで社交界にも出ず、引きこもっていれば

 ここは我々”破滅の道化師”にとって、良い潜伏先になることでしょう。


 ************


 翌日、部屋をノックする音が聞こえます。

「何よ」

 私はブリアンナらしく答えました。

「今日の朝食はいかがされますか?」

 作戦が上手くいったお祝いにお酒でも飲みたいところだけど、

 しばらくはブリアンナのようにふるまわなくてはなりません。

「いつものに決まってるでしょ。ケーキもつけて」


 こうして横取り女は、自分の全てを横取りされたのです。


 彼女はきっと、今ごろ地獄を見ていることでしょう。

 横取りされた者は地獄を見る。

 そう定めたのは彼女自身ですから。




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