3-24.木こりと石工の国(第三者視点)
24.木こりと石工の国(第三者視点)
「古代装置は回収できたし、
まあなんとか”破滅の道化師”も退けることができたけど……」
アスティレアは少し残念そうにいう。
デセルタ国の危機は回避することは出来たが、
道化師の一撃によりローガンは命を落とした。
自らの行いが招いたこととはいえ、
デセルタ国王の気持ちを思うと彼女の気分は晴れなかった。
「もし生きていたとしても、彼の犯した罪は
古代装置を使用したことや偽装販売だけじゃない。
兵を多数傷つけ、現国王を暗殺しようとした事は許されないわ。
おそらく処刑は免れなかったでしょうね」
クルティラの言う通りだ。
国王は処刑されるローガンを見る方が辛かったに違いない。
「公爵家の降格が決定されましたけど、
残されたのはブリアンナとお父様のみですわよね?
今後はどうなさるのかしら?」
リベリアの問いに、アスティレアが答える。
「国王様のご配慮により、公爵には事実を伏せているそうよ。
病が重くて、どのみち先は長くないそうだから」
ブリアンナは全てを失った。
そして彼女には支えてくれる恋人も友人もいなかった。
わがまま放題で他人を見下し、
人のものを横取りしてきた報いだろう。
誰も救いの手を差し伸べようとはしなかった。
まもなく父親が病死しても、
ブリアンナが社交界に出てくることは、もう二度となかった。
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「嘘だろ?! なんで動かないんだよ!」
「傷を治したわけじゃなかったって、どういうことだよ!」
ローガンの仲間の貴族たちは逮捕後、
道化師が付着させたあの赤黒い保護膜はすぐに劣化し、
ボロボロと崩れ去っていた。
その傷跡をみた彼らや医師は愕然とする。
その部分の体の組織はすっかり変質していたのだ。
彼らはもちろん、さまざまな罪で服役することになる。
しかも皆、片足や片腕が使えなくなっていた。
「見知らぬ者から施しを受ける恐ろしさを知らなかったとはいえ……
まあ彼らがしていたことを思えば、自業自得に他ならないわね」
クルティラがつぶやく。アスティレアもうなずいて言う。
「彼らには服役中から、古代装置の持つ危険性や、
関わると良くないことを、世間に広めてもらうことにしたの。
そうすれば服役期間も短くなるし、服役後の生活も支援するって」
甘いかもしれないが、それ以上に重要な役割を担ってもらうのだ。
破滅の道化師は今回、古代装置の利便性を広めたかったのだ。
しかしこの状況となったローガンの手下たちが、
古代装置のデメリットや危険性を広めることはかなりの説得力があり
破滅の道化師の目的とは真逆の効果をもたらすだろう。
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クリスはたいした罪には問われずに済んだ。
しかし全てが終わった後、彼が自分の気持ちと向き合ってみると
ソフィーを失ったことが一番辛いことだと気付いたのだ。
大慌てでソフィーにつきまとい、復縁を乞いすがるクリス。
「僕が悪かったって言ってるじゃん。もう一度チャンスをくれよ」
と泣き落としにかかったり、ある時は
「裏切者め! 僕と結婚の約束をしたのに! 嘘つきめ!」
などと恥知らずな抗議をし、
ソフィーの家族や周囲の人々まで激昂させたり。
そのあまりのしつこさに辟易したカイルは、クリスに”交渉”を申し出た。
「公爵家への慰謝料の金額は把握している。
それをこちらが支払うから、二度とソフィーに近づかないと署名せよ」
クリスは一瞬迷ったが、それを快諾した。
サラサラと署名しながら、心の中では
”そうはいっても、ソフィーに頼めば何とかなるだろう”
などと思っていたのだ。
しかし接見禁止命令は厳格に施行され、顔を見ることすらできなくなる。
ちょっと無理に話そうとしただけで多額の罰金を取られることになり
代わりにそれを支払うことになり激怒した親や兄弟からも
「絶対に二度と近づくな! 今度やったら家からたたき出す!」
と言われてしまったのだ。
クリスは結局、年老いた晩年、独りベッドで天井を見上げながら
”ソフィーを裏切らなければ、自分の人生は幸せだったろうに……”
と思いながら毎晩眠りにつくことになるのだ。
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今日は新しい製造所の設立パーティがあった。
給与など待遇の面だけでなく、
働く者の職場環境は大きく改善される。
そもそもローガンの製造所は鉱山にあったため、
通うのに時間を要したが、ここは徒歩でも行ける近距離だ。
建物の設備も充実しており、休憩室やお店、食堂もついている。
それは新たな雇用を生み出すことにもなっていた。
まだ何もないところからの始まりではあったが
みんな希望とやる気に満ちていた。
さびれかけた”木こりと石工の国”は
今、生まれ変わろうとしているのだ。
パーティー後、ソフィーの家で、
ソフィーの家族たちとカイル、そしてアスティレアは
焼き菓子とコーヒーを楽しんでいた。
ソフィーの兄がふと、気が付いたように言い出す。
「ソフィーはカイルさんの家に嫁ぐんだよな?
そういえばカイルさんの苗字、聞いてなかったな」
アスティレアは目を丸くして驚く。
「まだ言ってなかったの?!」
カイルは涼しい顔で答える。
「メイスンです」
ソフィーの兄はぷっと吹き出して、
「いやいや、本名の方ですよ」
という。アスティレアはハラハラしている。
……この家族、大丈夫かな。
「はい。本名がカイル・メイスンです」
ソフィーの家族はどっと笑いかけて、固まる。
そもそもなぜ石工を”メイスン”と呼ぶのかというと、
神話の時代より石工に携わったその名の一族がいるからだ。
彼らは”地”に愛され、それ以上に”地”を愛した。
この一族の功績はあまりにも多大であり、石工の歴史そのものといえるのだ。
全ての時代において建築、美術、工芸などの分野で、数々の業績を残しており
世界中の石工にとって、それこそ”神”のような存在だった。
アスティレアはついに真実を告げた。
「カイルはね、あのメイスン家の次男なんだよ。
エドアール・メイスンの孫なの」
家族全員は息を飲み、石像のように固まっている。
”石工の神”と呼ばれる一族、メイスン家。
彼のメイスンは本物の苗字だったのだ。
真っ赤な顔で立ち上がり、何も言えずカイルを凝視するソフィーの父。
フラフラと椅子に崩れ落ちるソフィーの母。
うわ、本当なんだ、どうしよう、と言葉が止まらず慌てる兄。
当のソフィーは、ぼーっとカイルを見ている。
「……私なんてたいした技術持ってないのに」
「技術は関係ないと思うよ。
カイルのお兄さんの結婚相手知ってるけど、
ノミなんて触ったこともない人だから」
アスティレアがそう言うと、カイルはうなづく。
「別にそういったことは、きっかけにはなるかもしれませんが
配偶者を選ぶ決定的な理由ではありません。
あなたが、私の素性を知らぬまま求婚を受けてくれたように」
そしてオロオロするソフィーの家族に向かって、
カイルは安心してもらえるように言う。
「兄が侯爵の爵位と共にメイスン総代を引き継ぐので心配はご無用です。
ソフィーに負担はかけないつもりです」
メイスン家ともなると、爵位を複数保有しており、
カイルはロレーヌ領を受け継ぎ、伯爵となる予定だ。
それなりに伯爵夫人としてやらなくてはならないこともあるが、
ソフィーの本業の合間で充分事足りるし、
サポートする者も多数いることを伝える。
それを聞いてちょっとは安心したのか、
ソフィーの父は椅子にどっかりと座り直し、
ソフィーの母は逆に立ち上がって、コーヒーを入れなおす。
兄も汗を拭きながら苦笑いしている。
カイルはふと思い出したように
「そういえばあの宝石箱、祖父が見たと手紙にありました」
やっと落ち着きかけた家族に、また衝撃が走る。
彼の祖父とはつまり、現メイスン総代 エドアール・メイスン。
皇国の主だった建築物を手掛けた、まさに”現代建築の神”だった。
またもや立ち上がるソフィーの父。
もう一度椅子に崩れ落ちるソフィーの母。
えええ! と叫び、エドアール・メイスンの作品群を列挙する兄。
ソフィーはショックのあまり震えている。
雲の上以上の存在が、私の作った宝石箱を見てくれたのだ、と。
「”誠実で優しく、そしてユーモアのある賢いお嬢さんだね”
そう手紙には書かれていました。
あの宝石箱はとても気に入ったそうです。
ありあわせの素材で、最大限のものを作り上げている、と」
それを聞いてふたたび安心したのか、
ソフィーの父は椅子にぐったりと持たれるように座り、
ソフィーの母は立ち上がって、焼き菓子を取りに行く。
兄はコーヒーを飲み干し、ふーっと息を吐く。
ソフィーはまだ不安そうだった。
「本当に私で大丈夫かしら」
カイルはソフィーに言う。
「あなたでなければダメなのです。仕事道具を大事にし、
自分の仕事に自信と誇りを持っている、あなたでないと」
ソフィーは恥ずかしそうに言う。
「父からも、道具を磨くことは自分を磨くことだと教わりました。
そして感謝することだと」
そして周囲を見渡しながら、どこかで見守る”ガイアの守護”に言う。
「精霊さんにも感謝しています。
宝石箱を守ってくれて、本当にありがとうって」
彼女の近くで一瞬、ガイアの精霊が現れる。
その白い手は小指を立てて、ちょんちょん、と細かく動く。
それはソフィーには見えており、彼女は首をかしげる。
カイルが通訳する。
「どういたしまして、と言っています」
地の精霊はすでにソフィーを大変気に入っていた。
彼女もまた、地を愛し、地に愛される者なのだ。
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アスティレアは最後に尋ねる。
「私が本当の姿に変わっても、あんまり驚かなかったね。
すぐに受け入れてくれたし」
ソフィーはうすうす感づいていたのだ。
ふふふ、と笑って教えてくれた。
「夜、カイルさまのことを考えていた時に
そういやアスティレア様って呼ぶなあって思って。
それで、彼よりさらに身分が上なんだ! って気がついた時は、
毛布を跳ね上げて起き上がっちゃった」
おどけた様子で笑うソフィー。
「きっとメイナに関する、特別な役割を持ってるんだろうなって思って。
でももう私にとっては友だちだから。
アスティレアはアスティレアだよ」
そう言って笑う。
ソフィーは覚えていてくれたのだ。
カイルを様付けで読んだときの、アスティレアの反応を。
「せめてカイルさん、に戻してあげて。すごくショックだと思うから」
その言葉は、アスティレア自身の気持ちでもあることを分かっているのだ。
ほんとに気が利くだけじゃなくて優しい子だとアスティレアは思った。
「カイルにはもったいないね」
彼女がふざけてそう言うと、カイルは初めて満面の笑みを見せた。
「私も心からそう思います」
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待ち合わせ場所に行くと、そこにはルークスと共に、
黒い霊獣カクタンを従え、皇国の皇太子サフィラスが立っている。
黒い髪を風になびかせ、黒い瞳は冷たく感情を見せない。
常に穏やかで明るいルークスと対照的な見た目と雰囲気ではあるが、
それぞれがその実力を認め、腹を割って話せる間柄だ。
サフィラスは意外な事案から話し出した。
「メイスン家の次期ロレーヌ公が、この国の令嬢を迎えるそうだな」
カイルとソフィーのことを、ルークスから聞いたのだ。
メイスン家に関する婚姻ともなると、皇国にとっても重要な情報だ。
「すごく良い子だよ。私も友だちなの」
アスティレアが嬉しそうに肯定すると、サフィラスは言った。
「側近に命じ、婚約祝いの品を届けておいた」
アスティレアはうっ、と言葉に詰まり、苦笑いになる。
サフィラスの厚意はありがたいと思うが
いきなり皇国の皇太子から贈り物が届くのだ。
デセルタ国王だってまだ受けたことはないだろう。
きっと今ごろ、ソフィーの父は椅子から立ち上がり、
ソフィーの母は逆に椅子へと倒れ込み、
兄は言葉が止まらず喋り続けているだろう。
そして皇太子は本題に入った。
「ついに現れたな……”破滅の道化師”が」
サフィラスの言葉に、私とルークスがうなずく。
その様子はすでにルークスから聞いていたようだ。
「計画を阻止するのみとなったが、情報も得られた。次は倒す」
厳しい顔でルークスが言う。
「公爵家を降格するだけでは処罰として軽すぎるのだが
無関係である病床の父と未成年の妹に対し刑罰を与えることのほうが
皇国にとってデメリットになりかねない。
今回はその処分のみとする。特例ではあるが」
皇太子は知性と理性のみで判断する。
自分自身には、まるで興味がない。
限りなく公益性を最優先に考え、
世界の秩序と発展のみを基軸に行動する。
皇族はみなそうであるが、皇太子は中でも特別にその傾向が強い。
その圧倒的な資質を、現皇帝やその他の議員に認められ、
彼の長兄が皇太子を廃され、サフィラスが皇太子となった経緯があった。
アスティレアとは幼馴染でもあり、気心のしれた仲だ。
それでも彼が冗談を言ったり、ふざけたり、
のんびりしているところすら見たことが無かった。
今回もゆっくり話す時間などない。皇太子はカクタンにまたがる。
「今度は皇国もいっそう警戒を強めることにする。
アスティレア、気を抜くなよ」
わかってる、そういいつつ、少し不安げな顔だ。
去り際、ふと思い出したように皇太子は振り返る。
「……そうだ。後日調査員よりも報告があると思うが……」
皇太子は視線を下に落とした。
「カラドボルグの制裁後、この地を詳しく調査した結果
ここの地中深くにオパールが埋まっていることがわかった。
それも大規模な鉱脈と予測されるそうだ」
「えええええ!」
アスティレアは驚きの余り声をあげる。
「本当に?! オパールが、ここにあったの?!」
確かにオパールが取れても不思議ではない地質だったからこそ
ローガン達の偽装はバレなかったのだが。
なんという皮肉だ。
本物があるのに、ローガン達はその上でせっせと偽物を作っていたのだ。
あまりにも複雑な心中だったが、アスティレアは気持ちを切り替えた。
大切なのは、これからだ。
「良かった。この国はもっと活気づいて、豊かになっていくね」
アスティレアは笑う。ルークスは優しい目でうなずく。
人々の穏やかな生活。
たとえそれが仮初めのものでも。
たとえ人類は滅びの道をあゆんていようと。
皇国はそれを守ると決めたのだ。
【職場廃業編 終わり】