3-23.君主に意見する者
23.君主に意見する者
ひとまず危機は去った。しかしまだ終わっていない。
皇国兵たちはすぐに彼らが落下したあたりを調べたが、
ローガンの死体も杖も見つからなかった。
”杖”が本体であると分かった以上、一刻も早く対処しなくてはならない。
一体どこに逃げたというのだ?
私たちは道化師の目的を考察し、行き先を推理する。
「ローガンに国王を殺させて、革命を起こすのが目的だったみたいね」
私がそう言うと、ルークスがうなずく。
「道化師は決して国王に手を出さなかった。
この国の者であるローガン自身が古代装置を使って
革命を成し遂げることに意義があるのだろう」
だんだん分かってきた。
破滅の道化師の目的は、古代装置の利便性を世の中に知らしめることだ。
”これを使えば、誰でも権力や金が得られます”
”これがあれば、不可能を可能にできます”
もし今、不遇な状況に苦しむ人がいて、
その状況を自分では絶対に変えられないとしたら。
きっと古代装置を欲しいと思うだろう。
人に迷惑をかけない範囲でなら、使っても良いではないか、と。
上手く使うことは人助けになるかもしれない、と。
でもローガン達を見て分かる通り、古代兵器もメイナも
一般的な人間には過ぎたアイテムなのだ。
使い方を間違って身を亡ぼすのがオチだろう。
実際、人類はそれで一度、滅亡しかけたのだから。
「じゃあ、その”営業活動”に失敗したら、次はどうするかしら?」
リベリアが首をかしげて問いかける。
頬の傷が痛々しいが、彼女は軽傷には、
ましてや自分のためには力を使ったりしない。
「……そうね。次の客を探しに行くかしら」
クルティラが答える。だとしたら、どこに移動する?
その時、白シギを肩に乗せた皇国調査員が走ってくる。
「カイル様から伝達が来ました!
血まみれのローガンが馬で、山道を駆けて行ったそうです!」
そんな馬鹿な! ローガンが生きていたなんて!
杖は心臓を貫通していたし、この高さから落ちたのだ。
あれは道化師の作り出したフェイクだったというのか?
驚く私たちに、調査員は続けて報告する。
「カイル様はそのまま後を追っているそうです!
そして白シギの足がこれを掴んでいました!」
調査員が差し出したのは”メイスンの証”。
この方位磁石は、常に守護対象であるソフィーの居場所を差している。
馬で帰城中の二人はローガンに出くわしたのだろう。
そして今、二人で後を追っているのだ。
私は方位磁石を握りしめて言う。
「火竜と飛竜で急ぎましょう。……絶対に逃さないわ」
************
方位磁石の示す場所を追って行くと、そこは。
私はあっけにとられる。
「ここって……製造所」
気配を消して進むと、カイルとソフィーの後ろ姿が見えた。
……良かった、無事だ。
彼らは振り返り、ソフィーが小さく手を振る。
近くに寄って、ジェスチャーで彼らに尋ねる。
”中にいるの?”
うなずく二人。私はメイナを使って、そっと扉を開ける。
道化師の声が聞こえてくる。
「オイオイ、お前はホントにダメな奴だなあ」
「この下手クソ! 何なら出来るんだよ、この無能が」
「おい、早くしろよ。動くのがやっとじゃ使い物にならないんだよ」
それは倒した彼と同じく、宮廷道化師の姿をしていた。
左右にロバの耳の飾りがついた、顔だけ出せるマスクを頭からかぶり
首回りと腰回りに、ギザギザした飾りをぐるっとつけたタイツ姿。
顔は真っ白に塗られ、唇は太く赤く、常に笑顔。
目は、まるで大きな黒い丸が二つ並んでるよう。
でも、芸のほうは全然ダメ。一生懸命やってみるのだが、
アクロバットやジャグリングも全然できないのだ。
素人のように。……いや、素人だからだ。
だってついさっきまで、公爵家の嫡男だった男なのだから。
「……ローガンを解放しなさい」
私の声に、杖の先の顔がニヤリと笑う。
その杖を持って立っているのは、新たに道化師にされたローガンだ。
口は聞けず、涙を流すばかり。
すでに目の周りの黒い丸が涙でにじんでいる。
痛ましそうにリベリアが言う。
「……すでに、亡くなっていますね。でも魂は縛られている」
クルティラが沈んだ声でいう。
「彼もまた、さっきの男と一緒よ。……”本当の死”を願っているわ」
まさに自業自得とはいえ、痛みや苦しみは半端なものではないだろう。
そして何より、このような格好にされ、馬鹿にされ続けるのは
プライドのかたまりだった彼には屈辱極まりないはずだ。
ローガンはまだ上手く動けないようだ。
持っている杖も斜めになっている。
その先についた人形の頭はニヤニヤしながら話し出す。
「お前が新しい神霊女王か。そして、お前が最後になるのだ。
知っているか? 先代の神霊女王は、我々に殺されたのだ。
メイナの女王がメイナで殺される、こんな面白い話があるか?」
歯をむき出しにしてヒイヒイ笑う道化師。
何も言えない私の代わりに、リベリアが答える。
「それが面白いと思っているなら、笑いのセンスは三流以下ですわ。
いつまでたっても芸人として売れませんわね。
海で亡くなる漁師もいますし、
狩りの途中に獲物にやられる狩人なんていっぱいいますから。
得意分野で亡くなるなんて、結構普通ですわよね」
道化師はムッと口をつむぐ。
ローガンは左右にゆらゆら揺れている。
杖の先の人形は急に、悲し気な顔に変わる。
「お前が全てを砂に変えた、あの王国はもう忘れたのか?
あのお友だちはどうなった? あの、辺境の国のお姫様だよ。
ついうっかり、家族がお前に剣を向けただけなのに
城も、家族も、恋人も、そして自分自身も
指先から砂へと変わり、崩れ落ちて行ったっけな。
ああ……風に消え去りながら泣いていたっけなあ。可哀そうに。
なあ、お前はそんなに偉いのか? 皇国はそんなに絶対なのか?」
道化師は知っていた。私の一番の悔恨を。
ルークスが私に寄り添い、肩を支える。
リベリアとクルティラも私を守るように前に立ちふさがる。
それを道化師が見て、さらに吠える。
「ほら、お前はいつも守られている。
恐ろしいほどの力を持ち、権力も金も僕も男もだ。
あの子はどうなった? 家族がちょっとお前に歯向かっただけなのに。
今ごろどこの砂漠で広がっているやら。
きっとラクダのションベンまみれにされているんだろうなあハハハ」
カイルが横で静かに反論する。
「想像力豊かなのは結構ですが、内容が貧困で下品ですね。
まあ知性や人間性が出ているのでしょう。
あなたではせいぜいそれが限界ですね。
私はメイスン。砂の気持ちが分かります。
万事悠久に身をゆだねる高尚な精神です」
道化師は唇をへの字に曲げてつぶやく。
「メイスンか……ツイてないな。
これでその女も予想外にすぐ見つかって、
あっという間に城に戻ってきやがったのか。
まったく皇国は上から物を言い、指図するのが得意だな。
”してやってる”つもりなんだろうけど、
他の国からすりゃ大きなお世話ばっかりだよ」
その時、意外なところから声がした。
「私はそうは思いません!
製造所のみんなも全然そんなこと思っていません!
アスティレアが私にしてくれたことで一番嬉しかったのは、
辛い時に側にいてくれたことです。
一緒に怒って、一緒に笑って。
それはメイナも皇国の力とも、なんの関係もありません!」
皇国に対する批判なら、ここで道化師に反論できるのは自分だけ。
そう思っているのか、一生懸命に語ってくれるソフィー。
「うちの父も”皇国が個人の利権を第一に考えている”と感心していました。
母も”言葉より行動で示す皇国は信頼できる”って」
カイルは嬉しそうに目を細める。
「……私は君の家族と縁を結ぶことが出来て本当に誇らしく思うよ」
「えっ! もうお嫁さんにもらった気でいるんですか?!
……ちょっとコワイですわね」
リベリアが驚愕する。カイルは珍しく慌てて言い訳する。
「いえ、あの、先ほど……決まりまして」
横でソフィーが真っ赤な顔でこくんとうなずく。
「うわあ! おめでとう!」
「あら、それは良かったですわね」
「おめでとう、ソフィーさん」
ルークスだけは守護を付けた時点でそういう関係だと思っていたので
いまさら? という顔できょとんとしている。
道化師は舌打ちする。
「人々も滑稽だが、平和や愛など茶番に過ぎない。
それを守ろうなど、お前たちが必死でやっていることは
ザルで必死に海の水をすくい切ろうとしているようなものだ」
ルークスが静かにいう。
「他人の理想を自分の物差しで測る事こそ茶番。
みな、自分が価値があると信じたことをするだけだ」
さあ、断罪裁判を始めよう。
ただし、いつものようにガベルは使えない。
この山の地価は、すでに広域が空洞になっている。
ルーガンたちはメイナを大量消費したため、土地がやせ細ったのだ。
ガベルで振動を与えたら、おそらく地盤沈下を起こすだろう。
「破滅の道化師よ。そしてローガン。
古代装置の不正使用および、それによる利益の享受など、
さまざま罪により極刑を言い渡す」
道化師は吠える。
「お前に何の権利があるというのだ!」
私は答えてあげる。
「メイナに関して、私には罰する権利があります。
なぜなら、全てのメイナは私のものあり、
私の定めた法によって用いられなくてはならないからです」
淡い光とともに、たちまち解ける幻術。
私は神霊女王ジャスティティアそっくりの、本来の姿に戻る。
「”流れるように波打つ濃い黄金の髪。
宇宙を模したような煌めくキラキラと光る瑠璃色の瞳。
肌は真白くなめらかで、唇は赤くつややかな宝石のよう”
子どもの頃に学んだ、古代文献に残された文言どおりだ……」
私の正体を知ってはいたが、見るのは初めてだったカイルがつぶやく。
髪や目の色、肌色などは変わったが、
顔つきや体形が変わったわけではない。
だから辛うじて私だと分かっているようだが、
ソフィーが口に手を当てて驚いている。
「……ジャスティティアそっくり。女神様みたい」
ソフィーのつぶやきに、ちょっと照れながら答えた。
「実は直系の子孫なんだ。この格好じゃ仕事しにくいから、ね」
ソフィーは”あー”というような顔をし、うなずく。
「分かるわ。私も仕事の時は派手なものは身につけたくないもの。
集中しにくいもんね」
え、あ、うん。
……あっさり納得してくれたのは良いけど、ちょっと解せない。
道化師は苦々し気にいう。横のローガンに目をやりながら
「この古代装置さえあれば、こんな凡人でも国王になれる。
こんな無能でも大金持ちになれる。こんな馬鹿でも経営者に。
民衆にそれをわかってもらうのだ。需要を高めるために。
世論なんて、簡単にひっくり返るものだからな」
その言葉にローガンの両目から涙があふれる。
滑稽な道化にされ、凡人、無能などと言われる。
自意識の塊りだった彼にとって、これ以上の罰があるだろうか。
終わらせよう。
私は右手の手のひらを上にし”天秤”を生み出し、左手にとって掲げる。
次に右手に金の錫杖を生み出し、それを本来の形である”剣”に変える。
ソフィーが横で、剣の材質を知ろうと目を細めているのが視界に入る。
ちょっと待って、今は笑わせないで。
ローガンも杖を高く掲げる。
この部屋に巨大なメイナの力が高まっていく。
「利用できるエネルギーをどのように扱ってもかまわないはずだろ。
人類は今まで、自然界のいろんなものを
自分の都合の良いように利用してきたんだぞ。
古代装置を利用することで、たとえ人類が滅びたとしても、
それが自然の摂理ならば受け入れるべきだ!」
前時代の宮廷道化師は、君主に意見する権利を有していた。
有してはいたが、私見に満ちた愚案を聞き入れてもらえたと思う?
私は皇国。そして世界がすでに千年近く検討を重ねて出した結論を答えた。
「問題は、それを望まない多数の人まで巻き添えになることよ。
大多数の人間が、滅びかけた恐怖や失った文化の悲しみを忘れていないわ。
扱いきれなかった時のリスクが大きすぎるのに
”使いたい人は使ってもいい”は通用しないのよ」
人為的にメイナを操作できる「古代装置フラントル」。
メイナの特性をとことん無視した処理をするため、
その使用には必ず副作用や反社会的な事象がからむのだ。
最後のあがきでメイナでこの部屋を崩壊させようとしてくる道化師。
甘いな。神霊女王を舐めるな。
その力に対抗しつつ、私は右手の剣を正面で横一文字にし、
祈りをささげた後、天高く、それをかかげた。
剣から白い光線が伸び、天を衝く。
ものすごい速さで、細く長い光の筋が高速で飛んでくる。
ジャスティティアの”天の槍”だ。
光の筋はローガンと杖の人形を刺し貫いていく。
どちらの絶叫か分からない声が響き渡る。
それでも光の槍は降りやまない。
彼らはあっという間に光るトゲの塊りになり、
その光が消えることには、床に倒れたローガンと
バラバラに壊れた杖の破片が散らかっていた。
私たちが駆け寄ってみて、ふたたび驚愕する。
杖の破片は機械的な部品が含まれていた。
「これは……中継機だったのね」
杖の人形の頭は、単なる中継機だった。
中継された力でさえ、こんなに強いとは。
破滅の道化師の真の力を想像し、私たちはその場を動けずにいた。
その時、皇国の警告音が聞こえてくる。
私たちは素早く、飛竜や馬でこの場を離れた。
************
私たちが充分に山からが離れたころ、
デセルタ国上空に重く恐ろしい気配を感じ、
空気に凄まじい緊張が走り……爆音とともに地面が揺れる。
振り返って鉱山を見ると、高温の光るギザギザとした巨大な稲妻が
てっぺんから突き刺さっており、見事に山の頂上あたりが潰れていたのだ。
おそらく突き刺さった衝撃で、地盤沈下が起きたのだろう。
今回も、皇族のみが扱うことが出来る”神剣カラドボルグ”が使用されたのだ。
これは皇国の制裁を表す。でも、今回は。
これはデセルタ国王にとって、ローガンの墓標なのだ。