3-22.王座
22.王座
死ぬほど心配した私に向かって、
リベリアはボロボロの姿のまま、ケロリと言った。
「限定品だけにとっても美味かったですわ」
「……食べたんだ」
「はい。クルティラと一緒に」
「……残ってないんだ」
「はい。完食しましたわ」
取っ組み合いを始めた私たちをよそに
ルークスは部屋を検証している。
「おい! ふざけるなお前ら!」
丸無視していたローガンの仲間たちが怒鳴る。
残された彼らは、道化師に”手駒”とさえ思われていないらしい。
「あいつら、なんであんなに気持ち悪い格好なの?」
私がリベリアに問いかけると
「剣も、傷に張り付いた赤黒い保護膜も、
どちらも道化師の仕業ですわ」
破滅の道化師が治癒などするわけがない。私は嫌な予感がした。
「さっさとクルティラの所に行こう。
皇国兵もみんな向かったから、大丈夫だとは思うけど」
リベリアがうなずく。彼女の耳にはきっと、
兵の到着を知らせる白シギの声が聞こえていたのだろう。
彼らは目を合わせてニヤリと笑う。
「……なあ、この武器なら勝てるんじゃねえ?」
「……確かになあ。兵士相手の時は弱すぎで退屈なくらいだったしよ」
「みんなでいっせいに飛びかかれば確実だな」
私は思わず首をかしげた。
この国の貴族って、剣の修行や戦闘訓練しないのかな?
そういや東の採掘場でアンデッドの群れに囲まれた時も
クリスは剣を持とうともしなかったなあ。
戦いながらカイルがぼやいていた。
「……チキンを持ったブリアンナ嬢のほうが頼りになりそうですね」
いやブリアンナ、どんな破壊力だったんだ。
ルークスは全く気にもせず、こちらに戻ってくる。
「独房の鍵は壊されないまま解錠している。
道化師がメイナで開けたのだろう」
「おいっ! 無視するな!」
「俺たちが相手だ!」
「うわ、皇国の将軍を倒したら、すごいよな? な?」
妙な興奮をみせて、彼らはいっせいにルークスに飛び掛かっていく。
やれやれ。
訓練もされていないヤツらがいっせいに飛びかかるなんて
お互いが邪魔でしかないだろうに。
やれやれといった面持ちでルークスは剣を鞘ごと持ち、
マルミアドイズを真横に引き抜く。
彼らは踏み入った足を不自然に止めて見入ってしまう。
その輝く赤き刀身を。伝説として知られるその優美な姿を。
彼らは皆、ぼおっと見とれたあと、別の欲が生まれたらしい。
「こいつを倒せば、この剣は俺たちのものだ! いくぞ!」
「「うおおおおおおお!」」
全員が構え、必死の形相で、斬りかかっていく。
ある者は上段から、ある者は横切りに。
カンカンカンカン……
軽い衝突音がして、彼らは順番に転倒していく。
ガラ空きの頭部をクリティカルに打ち据えられたのだ。
彼らの予想に反して、
ルークスがふるったのは剣ではなく”鞘”の方だった。
ローガンの仲間たちは、極めて堅い鞘に殴打され、
ひっくり返って気を失っている。
彼らは剣だけに目を奪われ、ルークスの所作全体を注意してなかったのだ。
なんにせよ、日々実戦で戦うものと
貴族のたしなみとして剣術を学んだだけの者との、雲泥の差だ。
私は彼らから古代装置を回収し、破壊する。
バタバタと降りてきた皇国兵がそれを回収していく。
デセルタ国兵がローガンの仲間たちを縛り上げようとするのを制し
私は彼らに張り付いた赤黒い保護膜を確認した。
保護膜はすでに、傷から体内にまで侵入していた。
これはじきに朽ちていくだろう。
ドクドクと脈打っていたのもどんどん弱くなっている。
私は眉をひそめる。
彼らは”これは傷を治してくれるものだ”と思っただろう。
しかし実際は、体のその部分を急速に”物質化”させるため、
痛みが無くなるかわりに、人の体としては修復不可能にしているのだ。
彼らの手や足は、これを朽ちると同時に動かせなくなってしまう。
神経のつながらない、ただの物質となったのだから。
道化師のやり方の残酷さや汚さは、想像以上だった。
その時ルークスが言った。
「ここに道化師はいない。上に急ごう」
私はうなずいて立ち上がった。
私たちが階段をあがると、皇国の調査員がちょうど迎えに来ていた。
「ローガンはクルティラ様と戦っている最中、突如消えました!
クルティラ様は国王の間で警備されています」
それはおそらく、こちらから道化師が消えたあたりの時間だろう。
狙いは国王だ。道化師はどうやっても目的を遂げにくるはずだ。
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私たちが国王の間のドアを開くのと、
国王の真上の天井が崩れるのが同時だった。
その割れた天井から、ローガンと道化師が現れた。
ローガンは道化師のメイナで”持ち上げられて”いるらしく、
いささか不格好な格好で、ゆるやかに落ちてくる。
道化師はふざけたことにカラフルな傘をさしており、
パラシュートのようにふわりふわりと降りてくる。
私はメイナで落ちてくる天井を修復。
ルーカスは道化師とローガンに向けて
剣から短い閃光を連続発射する。
が、それは道化師の持つパラソルで跳ね返された。
一体いくつ、古代装置を持っているのだ?
地面に着地するやいなや、道化師は兵士を畳んだパラソルでなぎ払う。
彼らは人形のように跳ね飛ばされ、危うく壁に身を打ち付けるところを
私と一緒に来たリベリアのバリアに救われる。
道化師はこの部屋の壁も床も崩そうとメイナで破壊を試みる。
しかし私がそれをさせない。
私が足場を確保するためそちらに集中している間、
道化師は同時にメイナを用いて兵士たちを次々とルークスに投げる。
人間が相手では切ることが出来ないし、
それ以上に飛ばされた人を守らなくてはならない。
うかつに前に出ていけなくなってしまう。
みればローガンの6本の腕のうち、3本はすでに機能を停止していた。
古代装置は通常、破壊が難しいが、
人間と組み合わさった場合、その接着部分が最大の弱点となる。
さすがクルティラ、戦闘中にそれを見抜いたのだろう。
ローガンは王座に近づき、国王に向かって吐き捨てるように言う。
「さっさとその椅子を寄こせ、ジジイ」
国王はため息をつきながら言う。
「子どもの頃、何度も座らせてやっただろう、ローガン」
「……くだらないことを言うな!」
「早世した弟の代わりに可愛がってきたつもりだったが……。
なんとも情けないことになったものだ」
ローガンは公爵家、国王の亡き弟の孫だ。
現国王を倒すことが、ローガンの革命だというのか。
そんなことをしても、世界にも国民に認められるわけがない。
しかしこの古代装置があればやれると道化師に言われ、
その気になったのだろう。
超常的な力を前にすると、理性も道徳心も失い
まともな判断をするのが難しくなってしまう。
そこをつけ込むのが破滅の道化師たちのやり方だ。
ローガン動かすことのできる3本の剣を向けた。国王は言う。
「ワシをここから降ろそうと言うなら殺すが良い。だが覚えておけ。
このような手段でとった権力なぞただの”呪い”にすぎない。
”正当な方法では得られなかった力”と世界に見られるたけでなく
いつかは自らの無力に苦しみ、今度は同じ形でお前が奪われるのだ」
「うるせえ! それでも一度は王になれるんだ!
持ってるやつが持ってないやつに、
”こんなのあっても無駄だ”といっても説得力あるかよ!」
「違う、そうではない……持つ持たないではない。
ローガンよ、どうやって手に入れるかだ。
お前はあの怪しげな者から王座を恵んでもらうのだぞ?
それは、お前の力ではないだろう。
そんなおかしな道具なぞなくても、お前に才能があることは
我らはみんな分かっておったのに」
ローガンの動きが止まる。
「ソウデスヨ! あなたには才能がありマス!
才能あるあなたに反対ばかりしていたのは誰デスカ?
業績を上げたのに認めてくれなかったのは?
儲かっていた製造所を潰したのは誰なんデスカ?」
真っ赤な顔をし、ローガンは武器を振り上げた。
国王の椅子の背後で完全に気配を消していたクルティラが飛び出る
ローガンの顔面向けてナイフを投げるが、彼の剣の一本がそれを防ぐ。
道化師がパラソルを剣のように降りまわし、
クルティラはそれを後退しながら避ける。
そのわずかな隙に。
ルークスはローガンの背後に近づいており、
斜めに背後の古代装置を叩き切った。
ガシャーン……
彼の背中から外れ、床に崩れ去る本体と6つの剣。
外れた部品がフロアを転がっていく。
クルティラは完全な囮だった。
ローガンに手を出せば必ず道化師が応戦する、その隙を作るための。
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道化師は急に白けたように立ち止まる。
そして一番遠い窓際まで、滑るように走りながら、
しゃがみ込んだローガンをメイナで自分の横に飛びよせた。
そちらに走り寄ろうとすると、道化師は杖を構えた。
私たちは彼らを遠巻きにし立ち止まる。
しかしクルティラは戸惑っている。
「……おかしいわ、あの道化師」
「何が?」
「あれ自体が発しているのは、殺意じゃないわ。
むしろ死にたがっている人間の気配よ」
そんな、馬鹿な。破滅の道化師が死を望んでいるなんて。
立ち上がったローガンは、頭をかきむしりながら叫ぶ。
「畜生! なんかもっとやれること無いのかよ!」
「そうですネエ、あなたにふさわしいのがアリマス」
「なんだ、さっさと用意しろ」
私は嫌な予感がして叫んだ。
「待ってローガン!」
「嫌だね」
ローガンはニヤニヤ笑っていた。
道化師は杖を振り上げたかと思うと。
一気にローガンの心臓を突き刺したのだ。
衝撃で窓が割れる。
ローガンは目を見開き、杖が体を貫通したまま落下していく。
「ローガン!」
振り返った道化師が両手を上げた。
すかさずルークスが一撃を加える。
素直に攻撃を受け、倒れる道化師。
なんてあっけない。今までの攻撃が嘘のようだ。
クルティラとリベリアは窓の外を見ている。
私は倒れた道化師へと駆け寄った。
道化師の姿を間近で見て、私は悲鳴を上げそうになった。
そして前に、クルティラがローガンたちに話していたことを思い出す。
宝石の偽装がバレて、マフィアに制裁された者の話。
”以前、作り物の石を納品されたことを知ったマフィアが
売人だけでなく製造所に対しても報復したお話。お聞きになりまして?
責任者をはじめ関わったものはみな、口だけでなく目にも石を詰め込まれ
それは無残な最期を遂げたそうですわ”
私は震える声で、その話を確認する。
「ねえ、前にローガンに話していた……あれって本当だったの?」
クルティラは不思議そうに言う。
「もちろん本当よ。それもわりと最近の話。
”裏”では結構有名な話だけど……どうしたの?」
真っ青な私の顔をみて、みんなが集まってくる。
倒れた道化師をよく見ると、
両目は真っ黒に塗られているため分かりにくいが
石がはめ込まれ陥没しているのがわかる。
そして初めて開いた口からは、石がこぼれ落ちた。
口の中には石がぎっしりつまっているのだ。
この道化師は、ローガンより以前に
あの”宝石を偽装できる古代装置”を使用した者だったのだ。
道化師は彼に古代装置を使わせ、
偽装がバレてマフィアに彼が殺された後、
その遺体をメイナで動かし、道化の役をやらせていたのだ。
なんて悪趣味なんだろう。
私はぼうぜんとつぶやいた。
「つまり……あの杖のほうが本体だったんだ」