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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
職場廃業編 ~”お前など何の役にも立たない”と解雇するなんて、ここが廃業になるけど大丈夫?~
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3-19.カイルの想い(第三者視点)

 19.カイルの想い(第三者視点)


 アスティレア達はカイルにソフィーを頼み、足早に出ていった。


 その場に残された二人に、気まずい沈黙が流れた。

 ソフィーは呆然としたまま、カイルに尋ねる

「……いつからでしょうか?」

 カイルはさすがに恥ずかしそうに、

 でもしっかりとソフィーの目を見て答えた。


「最初からです。初めてあなたにお会いした時から。

 あなたは本当に丁寧に、そして楽しそうに作業していた。

 素材を見つめる目は、我が子を慈しむ母親のようだった」

 デセルタ国王に、あの加工場を案内されたあの日。

 作業するソフィーを見つけ、目が離せなくなったのだ。

 石片にまみれ、手を傷だらけにしながらも

 ソフィーは誰よりも生き生きと仕事をしていた。


「何よりも感動したのが”片付け”でした。

 散らかった破片を集め、周囲を含めて拭き清めていた。

 そして道具だ。

 ()()()()でも、あそこまで道具に愛情を注ぐものはいないでしょう。

 道具の一つ一つを丁寧に磨き上げ、布にくるんで収納する。

 その作業の美しさを、私は今でも覚えています」

 恥ずかしそうに首を振るソフィー。

 そんなの、普通だと思ってました、とつぶやく。


 カイルは寂しげに言葉を続ける。

「しかし、私があまりにもあなたを見ていることに気が付いたのでしょう。

 すぐにクリス本人より、あなたが自分の婚約者であると教えられました。

 彼女は迷惑がるだろうから、不用意に近づくな、とも。

 だからお話しするのは控えるようにしました」

 だからほとんど話したことがなかったのか。ソフィーは思った。


 カイルは眉間にしわを寄せて言う。

「でもあなたに対し、災厄を予知した”(ガイア)の精霊”が震えました。

 それは”危険の兆候”でした。

 あなたに尋常ではない”影が差している”ことを示したのです。

 このままでは危ない。そう思い、私はあなたにこの守護をつけました」


 彼の一族が、人生でたった一度しかつけることができない”ガイアの守護”。

 それをもうすぐ他の誰かに嫁ぐ予定と知りながら

 カイルはそれを百も承知で、ソフィーに守護をつけたのだ。

 ”この人を守りたい”、その一心で。

 その真心を知り、ソフィーの双眸にみるみる涙が溜まっていく。


 ソフィーは以前、カイルが言った言葉を思い出す。

 ”あなたのことは守ると決めていました。最初から”


 カイルは懐中時計を手に取った。

「もしクリスが誠実な男なら、この方位磁石を渡すつもりでした。

 あなたが選んだ男なら、と思って。しかし現実はそうもいきませんね。

 ……あなたは優しすぎる。宝石だけでなく、一抹の砂塵にさえ」

 ソフィーは優しすぎて、クリスへの気持ちを愛だと見誤ってしまった。


 苦笑いで告げた後、ソフィーの涙を見て、カイルは詫びる。

「……勝手なことをしました。不快な思いをさせて申し訳ありません。

 お詫び申し上げます」

 ソフィーは激しく首を振る。涙が飛び散る。

「違います! 嬉しいんです。

 この”手”は、ずっと私を守ってくれてた。

 ブリアンナに酷いことを言われた時も、

 クリスに大切な宝石箱を投げられた時も。

 私が傷つかないよう、ずっと、ずっと。

 それはとってもありがたいです」


 ソフィーは一生懸命、カイルに訴える。

「でも、私を本当に守って下さったのはカイルさんです。

 ブリアンナとクリスに利用されたと知った時、

 もしアスティレアが側にいなかったら泣き崩れてた。

 でもその後、カイルさんがやってきて、二人を完全に言い負かしてくれて。

 まるで夢みたいに逆転して、本当にスカッとしました。

 その後も、ローガン様の脅しを撃退してくれたし、

 クリスが作業の邪魔をしないように見ていてくれたし……」


 ボロボロになって捨てられた上、

 踏みつけられたような気持ちだった。

 自分がものすごく惨めな存在に思えて、押しつぶされそうだった。


 でも違ったのだ。

 あれよりずっと前から、私を大切に思ってくれた人がいたのだ。

「カイルさん、ありがとうございます。本当に嬉しいです」

 カイルはほっと胸をなでおろす。

 気持ち悪がられても、文句を言われても仕方ないと思っていたから。


 そして今しかない、そう思い、カイルは言葉を続ける。

「……あなたが、あの男から解放された今、

 折を見て、正式に申し込ませていただこうと考えていました」

 その意味を察知し、ソフィーは激しく動揺した。

 でもそれは不快ではなく、喜びと、とまどいがもたらすものだった。


 ソフィーはカイルが、皇国の貴族であることを思い出す。

「でも、あの、私はこの国の平民ですし、その、教養やマナーも……」

 カイルはふっと笑って頭をかく。

「父は若いころ、採掘場で巨大な石を豪快に切り出す女性を見初めました。

 それが私の母です。もちろん民間人でした」

 そ、そうなんだ。

 前から思ってたけど、皇国の人って、あまり身分とか気にしないんだな。

 ……どんな方なんだろう、カイルのお母さん。


 カイルは続ける。

「それに皇国にとって教養は”より良く生きるための基軸”であり

 マナーは”他者への思いやり”です。

 あなたは十分それを持っている。

 それにどちらも、生涯いつでも得ることができる知識です。

 今後もし、あなた自身が必要だと思った時に習得されたら良いでしょう」

 その話を聞いて、ソフィーは明るい気持ちになる。

 そうだよね、お父さんもお兄ちゃんも”死ぬまで学ぶ事ばかりだ”って

 いっつも言ってた。まあ、二人にとっては石工の知識なんだろうけど。


 カイルは衣服を改め、戦闘で乱れた髪をさっと整える。

 いつもは前髪で隠れがちの美しい顔がすっきりあらわになっている。

 ソフィーはぼーっと見惚れてしまう。


 そして彼は片膝を付いて、ソフィーに手を差し出す。

 ソフィーはカイルの一挙手一投足にドキドキが止まらない。

 

「……あまりに急な申し出で困惑されるかもしれませんが。

 私と”つがいの鳥”のように生きていただけますか?」

 皇国風スタンダードな求婚をする。つがいの鳥は結婚の象徴だ。

 ソフィーは顔を真っ赤にして両手で頬を包んでいる。

 が、震える手を、カイルの差し出した手に乗せた。

「……私でよろしければ……その、よろしくお願いいたします」

 カイルが飛び上がるほうに立ちあがり、ソフィーを抱きしめる。


 カイルの胸は歓喜で満たされる。

 最初から諦めていた。絶対に叶わないと思っていた。


 ソフィーの髪を撫でながら言う。

「あの髪飾りをつけて自分の横に立ってくれたあの晩は夢のようでした。

 本来あれは、クリスとの結婚祝いに贈ろうと思っていたから……」

 ソフィーはあの晩、カイルが言っていた言葉を思い出す。


 ”初めてあなたにお会いした時、気付いたのです。

  14才の私は、未来に出会うあなたのために、これを作っていたのだと”


 ソフィーはカイルがどんな気持ちで自分を見ていたのか知り、

 切なさや申し訳なさ、そして感謝の気持ちや喜びで、涙が止まらなかった。


 その時、唐突に間抜けな調子で叫び声が響き渡った。

「あれっ! 誰もいない? なんで? 僕、死んじゃったの?!」

 慌てまくるクリスの声が天井から聞こえ、二人は吹き出した。

 ソフィーの涙を、カイルがポケットから手布を出して拭う。

「あなたがいつも笑っていてくれるよう、最大限の努力を惜しみません」


 そしてカイルは表情を変え、真剣な面持ちで言う。

「さあ、帰りましょう。私は城に行かなくてはならない。

 国王様と、アスティレア様が危険にさらされている可能性があります」


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