3-18.吸血ヒルの女王
18.吸血ヒルの女王
生ける屍たちは、それぞれの武器をかかげて襲い掛かってきた。
最初の一体をカイルは横になぎ払う。
あえて強く押し切り、後ろにいたもう一体ごと吹き飛ばした。
そして剣を構えなおし、何かをつぶやく。
すると白い大きな手が現れ、ソフィーを包み込んで岩陰に引き寄せる。
カイルはラティナ語で、ガイアの守護に”庇護対象を守れ”と命令したのだ。
ソフィーは驚いて叫ぶ。
「カイルさんっ?!」
「大丈夫です。そのまま隠れていてください」
カイルは掴みかかってきた探検家風アンデッドの足を蹴り、
バランスを崩して前に倒れた隙に、後頭部へ一撃を加える。
クリスは慌ててソフィーのいる岩陰へと走っていく。
ここが安全だろうと判断したのだ。
「……やられたわね」
ダガーを手に突進してきた山賊風アンデッドを、
私は小剣で切りながら言う。
策士は二重にも三重にも策を練るもの。
クリスが邪悪な道化師から渡されたスイッチには、
天井の破壊だけではなく、退路を断つ役割も持たされていたのだ。
吸血ヒルの女王から逃げ出せても、この死人の群れに挟まれるように。
そもそもこの誘拐自体、私を呼び寄せるためのものだ。
私がソフィーを迎えに来たら、クリスはすぐにスイッチを押すし
他の人が先に救助に来たとしても、結局私は呼ばれただろう。
デセルタ国の人に妖魔や怪異を封じる力は無いから。
どちらにせよ私はここに来て、これらと対峙しなくてはならなかったのだ。
破滅の道化師はどうやら神霊女王を消したいらしい。
カイルは流れるような動きで、近づいてくる死者を切っていく。
切った死者は、二度と動かない者と、また立ち上がるものに分かれた。
その違いはなんだ?
私はわずかながら、あの嫌な感覚を感じていた。古代装置がどこかにある!
動かない者の死体を凝視する。……あまり気分が良いものではないけど。
「分かったわ! カイル、後頭部よ!」
死者の後頭部に刺さった、
古代装置の付属機器と思われるものを見つけたのだ。
カイルに向かって古いサーベルを振り上げるアンデッド兵士の後ろに回り
小剣を勢いよく後頭部に突き刺す。
案の定、そのまま倒れて動かなくなる。
死者たちは古代装置を使って、メイナを電池のように蓄積し、
それをエネルギー源として動いているのだ。
以前、聖女の件で巨大ヘビについて確認しに行った際、
皇国の生物学研究員、クリオが言っていたことを思い出す。
”人間の死体だって、メイナを流せば動きます”
”メイナで動くカラクリ人形ってことですよ”
このアンデッドたちはまさにそれだろう。
いつもの古代装置ならば、神霊女王である私の自由に出来たはずだ。
彼らに使われているのは道化師が細工した特殊なものであるため、
すぐに彼ら全員の動きを止めることは難しかった。
神霊女王の姿に戻り”ジャスティティアの天の槍”で
一斉に攻撃しても良いのだが、
あの姿での攻撃は全て、とにかく”効果”が強すぎる。
この鉱山に強い衝撃を与えるわけにはいかないのだ。
なぜなら。
ローガンのアジトで、古代装置とともに地下へと落ちた際、
私が見たのは、地下に延々と広がる空洞だった。
ローガン達による長年のオパール製造により、
この地のメイナはすっかり吸収され、
物理的にも土地はやせ細り、山の内部に巨大な空洞を作り上げてしまったのだ。
このような状態なら、いつ地盤沈下を起こしてもおかしくはない。
神霊女王がガベルを鳴らそうものなら、
その振動でまたたく間に地面は陥没するだろう。
道化師め。いろいろ面倒な仕組みにしたわね。
人の頭蓋骨は固くて攻撃しにくいし、
そもそも後頭部に攻撃するには後ろに回り込む必要がある。
攻撃に手間がかかるのだ。
私が壁側に走り、それに気づいたカイルはその正面の壁へと走る。
何も言わなくても理解してくれたらしい。
カイルと私、それぞれが壁を背にする。
大人数を相手にするときの基本は、
常に”1人対1人”になるように立ち回ることだ。
”回転切りでまとめて切れば良い”と思うのは
実戦で戦ったことが無い者の考えだろう。
それが出来るのは、名剣マルミアドイズを手にした将星ルーカスのように
剣にメイナで炎などの攻撃属性を帯びさせることが出来、
そして圧倒的な腕力や、重心がぶれない体躯を持っていて、
さらに敵がティンダウルフの群れのように
大多数が自動的に自分の周囲に集まってくれる時のみ、だ。
今回のように、バラバラと移動する敵を相手にするなら、
背中に空きを作らず、一体一体の急所を捉えるのが手堅い。
カイルを狙う者の後頭部に向け、私がアンデッドから奪った武器を投げ刺す。
逆に私を狙う者に対し、カイルは隙をついて走り出て頭部を破壊する。
私たちはそれを繰り返す。
それにしても数が多いな。際限がないのだ。
敵自体は強くはなかったが、とにかく数がいる。
私は目で合図し、中央に走り出て、カイルと互いを背にして会話する。
「キリがありません。まだ入り口のほうから来るようです」
カイルは敵の顔面に、剣を正面から貫通させる。
力がある人はそれが出来て良いなあ。
私は小剣を逆手に持ち、横に回り込んで裏拳のように破壊する。
「道化師はこの付近で亡くなった人の遺体を集め、貯めていたのね。
それもこんなにたくさん。……なんて悪趣味なの」
私とカイルは目を合わせ、うなずく。
そして大人数を相手にする時の最適解は。
「逃げましょう」
三十六計逃げるに如かず。
このアンデッドの群れを突破するか、
あの巨大な吸血ヒルの女王を飛び越えるか。
その時、ソフィーの大きな声がする。
「カイルさん! アスティレア! こちらに!」
私たちは驚いて声の方に走る。
するとそこには、大きな手に包まれながらも
吸血ヒルの方向へと移動したらしいソフィーがいた。
そして彼女が指さす方向を見て納得する。なるほど。
それは吸血ヒルが出てきた穴だった。
すでに体全体を出し終えて、際限なく広がっていた体を筒状にまとめ、
洞窟のもっと奥へと移動しているところだった。
……こちらに向かっていたら、まさに挟みうちだったな。危なかった。
「隠れていてくださって良かったのに」
走り寄ったカイルが心配そうに言うと、
「二人だけに戦わせておいて、見ているだけなんてできないわ。
どこかに逃げ場がないか探していたの。あの、これ……」
といって自分の周囲に薄く見えている、ガイアの守護を指さす。
カイルは微笑んて言う。
「大丈夫、これはあなたを守るものです」
私たちの気配に気が付いたのか、吸血ヒルが振り返る。
まずいぞ。
カイルはガイアの守護に命じる。
地の精霊はいったんソフィーと、なんと私を包み込む。
「”上”の状態が分かりませんので……この精霊では二人が限界です」
まあ、確かに天井の上にまだ吸血ヒルがいるかもしれないし。
ソフィーだけ上にあげるわけにはいかないよね。
私はおとなしく上に運ばれる。
メイナで灯りを灯して周囲を確認する。
多少水っぽくはあるが、生き物や妖魔の気配は感じられない。
「異常無し」
下に向かって叫ぶ。
私たちをそっと降ろすと、すぐに下へ戻っていく精霊。
「あれは、なあに?」
ソフィーの問いに私が答える。
「あれはね、地の精霊だよ。”ガイアの守護”っていうの。
盟約により、庇護対象と定めたものを守るんだよ」
「そうなんだ……すごいね。
でも、どうして私が庇護対象になってるの?」
無邪気な問いに、私は言葉に詰まる。
告白の代行なんて請け負いたくない。
「それは……カイルに聞いてもらえるかな」
ちょうどカイルと、わあわあ叫びながら怖がるクリスが運ばれてきた。
ガイアの守護は彼らを降ろすと、すっとソフィーへと戻り包み込む。
「……危ないところでした」
そういうカイルに、四つん這いでへたり込んだクリスが泣き声で言う。
「あの化け物どもに囲まれたんだよ! もうダメかと思った!」
私たちは裂け目から下を覗くと、
そこには目的を失ったアンデッドが右往左往している。
すると、彼らに向かって半透明の筒状の口がのびて包み込んだのだ!
吸血ヒルの女王が戻ってきたのだ。
彼らをエサとみなし、ものすごい勢いで丸飲みしていく。
「血を吸う以外にも、こんな捕食の方法があったんだ」
「肉食のヒルもいますからね」
私とカイルの会話を聞きつつ、ソフィーは両手で口元を覆い、
クリスと言えば見るのも怖いようで遠くに離れていく。
「この異常な地が育てた妖魔ですし」
カイルが言い添える。確かにこのあたりの地は異常だ。
一言でいうと”水侮土”。
五行で言えば本来、土は水よりも強い。水を吸い取り、せき止める存在だから。
しかし水が強くなりすぎ、土の抑制を受けずに力関係が逆転してしまうと
土砂崩れなどのさまざまな災害の元になるのだ。
そして火の気も足りなくなり、五行のバランスも大きく崩れることになる。
アンデッドはほとんど、吸血ヒルの女王が召し上がったようだ。
一安心、と言いたいところだが、次の問題がまた発生したのだ。
「……あれって、また大きくなってる?」
体内でアンデッドたちは内圧によって潰されたように見えるが、
まだ”もう一度死ねない”ものもいるようで
ヒルの表面はうにょうにょと波打っている。
そして大きく膨れ上がってきて、だんだん天井へと背中が迫ってきたのだ。
「うわあ! こっちに来るよお! もうダメだ、ダメだあ!」
あまりにも不気味な光景を目にして、クリスはパニックを起こす。
そして私たちの1メートル下に、
ちょうどヒルの丸い口があるのを見て絶叫する。
これは、見つかるのも時間の問題かもしれない。
本来の姿である神霊女王へと戻り、
巨大なメイナの槍を用意して戦わなくてはいけないのか。
私は観念し、ひと声かけようとカイルたちに向き直った、その時。
先ほど私たちがアンデッドと戦っていた辺りで、
ものすごいメイナの膨張を感じたのだ。
そして明るい閃光が一直線に伸び、吸血ヒルの女王に突き刺さった。
大きく横に二つに分断され、巨大吸血ヒルの上側がずり落ちていく。
続いてヒルの体にオレンジ色の煌めきがジグザグに走った。
吸血ヒルの分断された体は、それぞれ炎に包まれビクビクとうねっている。
ヒルの体は次第に縮み上がり、真っ黒な塊りとなって床に転がった。
それを目視で確認した後、その剣士はこちらを見上げる。
温かくて優しい瞳。
私は裂け目から飛び降りた。彼ならこの高さでも大丈夫だ。
私を受け止めて言う。
「遅くなってすまない、アスティレア」
”皇国の守護神”そして私の婚約者。ルークスが来てくれたのだ。
私は周囲を見渡して言う。
「さっきの攻撃のおかげで、この地にも少しは”火の気”が回復するわね」
白い手に守られ、上からカイルとソフィーが降りてくる。
……クリスは? もしかしてさっきの絶叫で気絶したまま?
「ありがとうございます。
見事な剣技を拝見し幸甚の至りです」
そういってマルミアドイズを見ている。さすが男子憧れの剣だ。
そういやこの剣のメンテナンスは、カイルの縁戚が請け負っているんだっけ。
ソフィーも美しいお辞儀とともにお礼をいう。
ルークスは間に合って良かったと笑った。
「どこか怪我はありませんか?」
カイルは心配そうに尋ねると、
ソフィーは笑って自分の横に控えて居る守護を手のひらで示し
「精霊さんのおかげで無傷です」
と答えた。
それを見て、何も知らないルーカスが全てを暴露してしまう。
「そうか! 君が、カイルの選んだ人か!」
固まるカイルに、大慌てで遮ろうとがんばる私。
しかし我が婚約者どのは、機敏とか、
空気を読むということを知らない。
「これは”ガイアの守護”だろう?
彼の一族が、人生でたった一人にしか付けることができないものだったな。
たいていはその配偶者に付けると聞く。そうか、それはめでたいな」
ニコニコ笑う。……オメデタイのはあなただルークス。
かき消すように私が叫ぶ。
「いやいや、大変だったよ。よくこの位置が分かったね?」
カイルはそっぽを向いてるし、ソフィーは目を丸くしたままだ。
「? ああ、ちょうど城にいた時、
デセルタ国の兵士が伝令を伝えてきたのだ」
私はその言葉に違和感を覚える。カイルも振り返る。
「デセルタ国の兵士?」
「そうだ。東の採掘所に巨大な妖魔が現れたという内容だ」
私は血の気が引く。ソフィーの誘拐で来たわけじゃないのか。
「ルークス。巨大な妖魔がいたのを知っているのは、私たちだけよ」
そのデセルタ国兵は、一体誰にその情報を聞いたのだ?
何かがおかしい。
そもそも、どうして破滅の道化師がクリスなんかに肩入れしたのだ?
ソフィーを誘拐して、こんなところに拉致してまで。
私はカイルの言葉を思い出す。
なぜ、ここにしたのか。
それは、私を呼び出して消すためだと思っていた。
しかし私だけでなく、ルーカスも出撃せざるを得ないよう、
あんな巨大な妖魔まで用意した理由は。
「……これは罠だ」
ルークスが額に手を当て眉をしかめる。
巨大な妖魔が出現した以上、それに私たちも大ピンチだったから
ここに来たのは仕方のないことではあるが、
自分の失態に思えたのだろう。
私とルークスを遠ざけて足止めしたかった理由は。
道化師は城にある、あの古代装置を取り戻す気なのか?それとも。
「城へ戻る。飛竜まで急ぐぞ、アスティレア」