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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
職場廃業編 ~”お前など何の役にも立たない”と解雇するなんて、ここが廃業になるけど大丈夫?~
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3-17.東の採掘所

 17.東の採掘所


 今日は街の集会所で、新しい製造所についての説明会が開かれる。

 集まったのは、リシェット製造所で働いていた人たちがほとんどだ。

 ローガンに古代装置をもたらした、あの道化師を見た人はいないか

 聞き込みをするため、私とリベリアたちも参加したのだ。


 会場に入ってきたカイルは妙に落ち着きがない。

「どうしたの?」

 私が尋ねると、珍しくはっきりと私を見返して答える。

「……アスティレア様、ソフィーがいないのです。

 理由をご存じですか?」

「この大人数を一瞬で見て、彼女がいないことにお気づきになったの?

 ……スゴイというよりコワイですわね」

 リベリアがドン引きしている。私は苦笑いで答える。

「う、ううん? 昨日会った時には楽しみにしてたけど……」

 カイルは端正な眉をひそめ、入り口を凝視している。

 やれやれ、私が探してきましょうか。

 私はその旨をカイルに伝え、入口へと歩き出した。


 すると集まった人の一人が手を挙げた。

 カイルが促すと、彼は周りを見ながら、言いづらそうに質問をした。

「リシェット製造所の件って、俺たちも何らかの罪に問われますか?」

 カイルは、まさか! と首を横に振って答える。

「もちろん皆さん無実です。むしろ被害者と言えるでしょう。

 せっかくの技術を、偽装などに利用されていたのだから」

 ローガンは古代装置に関する秘密を、労働者に漏らすことは絶対になかった。

 むしろ彼らにバレないよう、加工に使用するオパールは薄いカケラばかりだった。


 カイルは皆に言う。

「今回、ローガンのやったことは犯罪です。

 しかし、人造の宝石に罪があるわけではありません。

 皇国でもさまざまな種類の人造石が生み出されています。

 人造で問題があるのは、それを”人造である”と明示しないことです」

 うなずく皆さん。石工にとってこの世に悪い石などない。

 私は入り口にたどり着き、外に出ようとドアノブに手をのばす。


「特にオパールは人造と言えど、成分は天然のものと同じであり

 輝きも十分美しく、いろいろなものに利用できるものです。

 この新しい製造所では、どのような石も、より魅力を発揮し

 さらなる価値を持つよう、皆さんの技術を発揮していただきたいと……」


 バタン! といきなりドアが開き、私はギリギリで避けることが出来た。

「大変だ! ソフィーが元婚約者(クリス)にさらわれた!」

 入ってきたのはソフィーの兄だった。その言葉に騒然となる会場。

 カイルはものすごいスピードで入り口まで走ってくる。

「いつ?!」

「さっきだよ! 家の窓から、ここに向かうソフィーを何気なく見ていたら、

 うちの前の通りで止まっていた馬車から、クリスが降りてきたんだ。

 だから頭にきて”近づくな”と言ってやろうと外に出たら、

 ちょうど馬車にソフィーが引き込まれたのが見えたんだよっ!

 すぐに馬車が走り出したから、みんなで必死に追いかけたんだけど……」


 白昼堂々、目撃者多数の中での誘拐。

 待って。馬車の客車にクリスとソフィーがいるなら、じゃあ御者は誰なの?

「協力者がいるってこと? クリスの家の誰かとか?」

 私がそういうと、ソフィーの兄は首をかしげながら

「御者は……なんか、見間違いかもしれないけど……」

 言いにくそうに口ごもる。

「道化師の格好をしていたんだよ」

 私は血の気が引き、めまいがした。

 道化師は、今度はクリスをそそのかしたのか。

 今、あの邪悪な存在がソフィーの側にいると思うと不安でたまらなくなる。


 ふとカイルを見ると、懐中時計を取り出し眺めている。

 そしてしばらく凝視したあとに言う。

「私がすぐに向かいます」

 カイルは、案外平静だった。そのまま足早に部屋を出ていく。


 追いかけながら、なんで居場所がわかるの?! と言いかけて気が付く。

 彼が見ているのは懐中時計についている方位磁石だ。

 ……あれは、”メイスンの証”!


 雷に打たれたように、私は全てを一瞬で理解する。


 ソフィーを侮辱したブリアンナは後ろにふっとんだ。

 クリスに投げられた宝石箱は無傷で落ちていた。

 吸血ヒルの妖魔は、何かに弾かれたように地面に落ちた。

 ソフィーには……


 カイルは急に立ち止まり、私に振り返って告げた。

「このルートだと、あの鉱山に向かっています。

 山中を右への一本道なので、おそらく東の採掘所かと」

 表の大通りに、手際よく皇国の調査員たちが足早に馬を引っ張ってくる。

 まずは一頭だけだった。

 クリスは有無を言わせず手綱を受け取って騎乗し、すぐに駆けていく。


「私もすぐ行くわ!」

 走り去る彼に叫んだ後、私の(たて)(ほこ)を振り返った。

 しかしクルティラの表情がおかしい。なにか腑に落ちないのだ。

 リベリアもそれをみて、はっと何かに気付いたようだ。

 確かに道化師の仕組んだこの誘拐劇は、何か違和感を感じる。


「……私は残ります」

 クルティラのその言葉に、私は一瞬動揺する。

 ソフィーと直接の接点はなくとも、案じているのは間違いない。

 でも彼女がそう言うなら、それがベストな選択なのだ。


 リベリアは明らかに迷っている。ここが判断の分かれ目だ。

 私達の仕事は、ほんの一回でも判断を間違えるだけで悲劇につながる。


 次の馬が来た。理由を聞いたり相談している時間はない。

 私は決断する。

「では、リベリアも残って」

 うなずくリベリア。

 まだ迷いはあるようだが、この選択のほうが同意できるようだ。


 後から思えばこの判断が、結果を大きく変えたのだが。


 リベリアは、馬にまたがる私を見上げながら笑顔で言う。

「ソフィーさんは大丈夫ですわ。

 誰も彼女を傷つけることなどてきません」

 リベリアは気付いていたのか!

 私は強くうなずき、馬を走らせながらつぶやく。

「ソフィーには……”ガイアの守護”がついているからね」


 ************


 とにかく大急ぎで馬を走らせ、東の採掘所へと到着した。

 採掘所の入り口にカイルが乗ってきた馬も見える。

 町からはだいぶ離れているので時間を食ったが、相手は馬車だ。

 少しは時間差を縮めることができたかな、と思いながらも

 そこからも足早に進んでいった。


 東の採掘所は数回しか来ていないが、

 なんだか荒れ果てたようにも見える。

 ……こんな感じだったっけ? 働く者がいなくなったせいかな? 

 まるで数年放置されていた洞窟のようだ。


 ゆるい曲がり角の手前で、大きな岩に隠れたカイルの後ろ姿が見えた。

 振り返ったカイルは”静かに”という皇国軍の合図を指で出す。


 その先はカーブのため見えないが、クリスはちょこまかと歩き回るため

 時おりこちらから姿が見え。必死でソフィーを説得する声が聞こえる。

 ソフィーの呆れるような、でも余裕のある返事が聞こえて安心する。


 どうやら道化師はいないらしい。

 残念なような、ほっとしたような気持ちだ。


「さっさとあのアホ捕まえて、ソフィーを連れて帰ろうよ」

 微小な声で尋ねると、カイルは前を凝視したまま答えた。

「ダメです。今、彼女をここから動かすのは危険です」

 ……どういうことだ?


 カイルは相変わらず無表情だが、焦っているのは伝わってくる。

「こちらに来る間、何故ここに連れてきたのかを考えていました。

 ここは話し合いにも、誘拐した者を監禁する場所にも向いていない」

 私はうなずく。その通りだ。

 そして辺りを見渡し、カイルが動けない理由を見つけ、私は息をのんだ。


 天井に大きなひび割れが出来ており、その割れたスキマになにか刺さっている。

 ……小型の爆薬だ。


「クリスが手にスイッチを持っているのが見えました。

 おそらく”助けがやって来たら押せ”と言われているのでしょう。

 そしてソフィーがさらわれた場所やタイミングを考えると、

 間違いなくこれは、貴女を誘い出すための作戦です」


 その時、奥から声が聞こえた。

「ねえ、だからさ、ソフィーから頼んでよ。あいつに」

「何回言ったらわかるの? 嫌だってば」

 ソフィーがほとほと困り果てた声で答える。

「それじゃ困るんだよ。ローガン様を釈放できたら、

 慰謝料は無しでいいって公爵家に言われてるんだ」

「……あなたって、ほんとに情けない人ね」

「なんでだよ! 前は僕が困ってたらすぐに助けてくれたのに!」

 ソフィー、ちょっと甘やかしすぎたな。

 ”世話をしたり、問題を解決してあげるのが愛だと思っていたの”

 確かにこの間、ソフィー自身がそう言っていた。

 ”そんなの愛じゃなかったね”って笑いながら。


 ソフィーは急に話を変える。

「ねえクリス、なんで私と婚約したの?」

「え? そりゃ、一番可愛かったからだよ!

 僕たちさ”お似合いだ”ってよく言われたよね」

 ソフィーは吹き出してしまう。

「そんなくだらない理由で結婚相手として選ばれていたのね」

 クリスの言っていることはつまり、一番カッコイイ自分に似合う、

 一番可愛い人だと思ったから選んだのだ、ということだ。


「じゃあ、なぜブリアンナと婚約したの?」

 クリスは素直に答える。それだけが取り柄の男だ。

「いや、結婚は顔だけじゃないなって気づいたんだ。

 やっぱ地位とか、お金とかも大事だよね?

 ……でも、もう()()()()()()()と思ってるんだ。

 パーティーの時すごく綺麗だったよ!

 だから二人の将来のために、あの男に頼んでローガン様を」

「……もう帰るわ」

 こちらに歩こうとするソフィー。私とカイルは慌てる。

 クリスは腕をつかもうと手を伸ばすが……いきなり後方に倒れ、尻もちをつく。


 私は初めて、見ることが出来た。一瞬だけ現れたその姿を。

「あれが……”ガイアの守護”……」

 横でカイルがうなずく。


 私は瞬時に”意識”し、やっと見ることができたが、

 普通の者には決してみることはできないだろう。

 クリスがソフィーの腕に手を伸ばした瞬間、白い大きな手が現れ、

 クリスの肩をつかみ、そのまま後方に引っ張ったのだ。

 あれが”(ガイア)の精霊”なのか。


 伝説の存在を初めて目にし、感動している私の目の前で。

 クリスがこれまでで、最大級のアホなことをしたのだ。

 おそらく道化師もビックリだろう。


「行くなあ! ソフィー!」

 かんしゃくを起こしたクリスはスイッチを押したのだ!

 ソフィーが先に進むのを妨げるためか。

 それとも何か自分に都合の良いことが起こるとでも思ったのか。


 大きな爆発音がする。しかも、二か所で。

 一か所はやはり天井の爆薬で、それは小さな破裂音を出したが

 土砂がさらさらと崩れて落ちてくるくらいの変化だった。


 思ったより規模が小さいな? と思ったが、理由がすぐにわかった。

 ”ガイアの守護”の大きな手が、その亀裂を押さえているのだ!


「ソフィー! こちらに走るんだ!」

 カイルの声に、はっ! と顔を上げ、駆けてくるソフィー。

 怒り狂ったクリスも何か叫びながら走ってくる。

 二人がこちら側に到着した、その瞬間。


 さすがの精霊も抑えきれなくなったのだ。

 天井が大きな音を立てて崩れ、あたりが土煙で見えなくなる。


 そしてそれが収まったあと、私たちは信じられないものを見た。


 上に空いた大きな穴から、

 半透明の巨大な何かがダラーンと下に伸びている。

 それは絶えず伸縮を繰り返し、時おりブルブルと震えたりしながら

 どんどん下に溜まっていく。

 まるで固めの水あめを大量に流したようだった。


 それはよく見ると体内にさまざまな器官を有しており、

 生物だということが認識できる。

 一番最初に降りてきた部分が、ぐいっと上に向かって立ち上がった。

 丸い口に二本の歯。

 ……これは、吸血ヒルの妖魔だ。それも最大級の。


 巨大な吸血ヒルの妖魔が、天井上からズルズルと降りてきたのだ。

 こんなのが上に潜んでいたと知ったら、

 気丈な採掘人の人々も、さすがに背筋が凍る思いだろう。


 吸血ヒルの女王は、体を天井から引き出し続けている。

 いっこうに終わりが見えず、地面に広がる部分はどんどん増えていく。

 一体どんな大きさなんだ?


「逃げましょう!」

 見ている場合じゃない、と、入り口を目指して走り出す。

 しかし、ちょうど向こうから大勢の人の気配がした。


 やった! もう救援隊が来たのか。……早いな。

 ぞろぞろと歩いてくる足音が聞こえる。

 あれ? 足を引きずってない?

 そういえばさっきの爆発音は二か所だった。

 一か所は天井で、もうひとつは入り口のほうだったような。

 もしかして怪我でもしたのか?


「すみません! ここです! でも来ちゃダメです!

  ソフィーは無事ですが、奥に巨大な妖魔が……」

 そう私がいいかけた時、救援隊の先頭の姿が見えた。


 ある者はボロボロの山岳服につるはし。

 また別の者は盗賊のような格好をしている。

 ものすごく古い年代物の兵服の者もいた。


 みんな格好は違っているが、彼らの共通点はひとつ。


「嘘だろ……全員、死人じゃないか……」

 めずらしくクリスが正しいことを言う。


 彼らの顔はみな骸骨か、多少皮や毛髪を残したミイラ状態だった。

 ソフィーが小さく悲鳴をあげながら身をすくませる。

 とっさにカイルが彼女を背の後ろに隠し、剣を構えた。


 死者たちは、前方から次から次へとやってくる。

 そして武器を構えて一斉に、こちらへ飛びかかってきたのだ。


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