3-14.修羅場と化す(第三者視点)
14.修羅場と化す(第三者視点)
今日の主役たちに挨拶を済ませ、ソフィーたちはすぐにその場を去った。
ブリアンナと並ぶクリスを見るのは少し辛いかも……
と思っていたけど、全くそんなことはなかった。
美しいドレスを着て、エスコートしてくれるカイルに見惚れていたら
彼らのことは今まで以上にどうでも良くなっていた。
「少し休みましょう」
そういってソフィーを座らせ、カイルが飲み物を取りに行く。
その後ろ姿を、ソフィーは夢の中にいるような気持ちで見ていた。
ほんの5日前までは、八方ふさがりで困惑していたのが嘘のようだ。
************
パーティーの5日前。
ソフィーは、ムキになって出席するとは言ったものの、
きっと会場は貴族ばかりで不安だし、マナーも自信ない。
だいたいドレスはどうしよう。
元婚約者ということもあり、どれもクリスに贈られたものばかりだ。
そんなもの着て行った日には、未練があると勘違いされても仕方ないだろう。
ソフィーの家は国内でもわりと大きな工場だから
ドレスを買うのはそんなに難しいことではないが、
新しく購入するにしても、あまりにも時間が無さすぎる。
それにこんな腹の立つパーティーのために仕立てるなんてもったいない。
……やっぱ行くの、よそうかな。
その時、誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
ソフィーの母がドアをノックもせずに飛び込んでくる。
「ソフィー! 大変よ! すぐに下に降りて!」
なにごと? と思いながらも階段を降りると、
玄関フロアにはおびただしい荷物と、
洗練を身にまとったような美しい夫人が立っていた。
彼女はカーテシーで挨拶したのち、
「カイル・メイスン様のご依頼で皇国から参りました。
ドレスメーカー“ワンド“の被服職人、FGMと申します
何卒、よろしくお願いいたします」
ソフィーは仕事熱心とはいえ、さすがに年頃の娘だ。
もちろんワンドは知っている。
流行の最先端、貴婦人憧れのドレスメーカーだ。
”FGMって、それが名前なの? ワンドってあの有名なブランドよね?”
そう思って驚いているソフィーを、被服職人は瞬きもせず凝視する。
”まるで体の中身まで見られているみたい”
とソフィーはそう思ったが、実際、被服職人は彼女の骨格を見ていたのだ。
そしていきなり
「ちょっと歩いてみてください」
「腕を上にあげて」
などと言われ、次にはいろいろな質問を受けた。
好きな色は? 好きな言葉は? 苦手な作業は? ……
言われるままに動き、答えているソフィー。
最初にカイルの名前を聞いていなかったら、
パニックになっていたかもしれない。
でも彼が絡んでいるなら安心だ。
ソフィーはすでに、カイルに対して全幅の信頼を寄せていたのだ。
被服職人はガラスのような目を伏せ、しばらく考えた後、
彼女が連れてきた侍従たちに対し指令を出した。
「ドレスはシャンパンカラーの、靴はブロンズ、それから……」
侍従たちはうなずき、次から次へと品物をケースから出し、並べていく。
その豪華さと素晴らしさに、ソフィーと家族は言葉を失う。
見たこともない美しいドレスだ。そして素晴らしく洗練されている。
呆然と見守る彼らに被服職人は告げた。
「お嬢様の体形にドレスを合わせます。部屋をお借りしてよろしいでしょうか」
ソフィーの母が慌てて答える。
「それはもちろんかまいませんが、あの、このドレスのお支払は……」
「カイル・メイスン様のご依頼です。すでにお支払い済なので不要です」
事も無げに答える被服職人。
そしてソフィーとその母と一緒に、彼女の部屋に入っていく。
そして一時間後、美しいドレスを身にまとったソフィーを見て、
父と兄は衝撃のあまりに言葉が出なかった。
その時タイミングよく、カイルが到着する。
「すみません。連絡が遅れました。
先にお伝えしておきたかったのですが……」
ソフィーはお礼を言おうと前に出る。
「あの、カイルさん! 本当にこのような素敵なドレス……」
「うん、やはりワンドに頼んで良かった。
君は思った通りこの世で一番綺麗だ」
一瞬で顔が燃えるように赤くなり、恥ずかしさと嬉しさで泣きそうになる。
何も言えないソフィーの代わりに、ソフィーの母が聞いてくれた。
「どうして、ドレスをご用意してくださったのですか?」
カイルは困ったような笑顔で言う。
「このたび私は、国王の代理人として
ブリアンナ嬢の婚約披露パーティーへ参加することになりました。
ちょうどアスティレア様に、ソフィーさんも出席予定と聞いて、
ぜひエスコートさせていただきたいと思い、
不躾ながら、勝手にご用意させていただきました。
皇国ではエスコート役がドレスをご用意するのがマナーですので」
察しの良いソフィーたち家族は気が付く。
ブリアンナに出席を強要されたことを、アスティレアがカイルに伝え、
カイル自身が国王に代理で行かせてくれと頼んだろう。
そしてこちらに気を遣わせないように、先に注文を完了してしまうが
ソフィーのサイズや好みに合うようなものにするため、
わざわざ仕立屋を皇国より呼び寄せ、数多くのものから選んだのだ。
なぜなら被服職人の選んだドレスは、
好みもデザインも、ソフィーにピッタリのものだったから。
皇国のすることは根回しや規模が違う……そんな思いにとらわれ
ソフィーの家族は終始あっけにとられたままだった。
それでも必死にソフィーはお礼の言葉を紡いだ。
「本当に素敵なドレス、ありがとうございます。
ワンドの皆様も、遠いところからいらしてくださり、
本当にありがとうございました。
デザインも夢のように綺麗だし、縫製も、このウエストのとことか……
立体的で、ドレープが自然に流れるように生地の裁断を……ごめんなさい!
このような素晴らしい技術で作られたものをご用意してくださって
本当に感激しております。感謝の気持ちでいっぱいです」
ガラスの人形のようだった被服職人は、初めて柔らかく微笑んだ。
今まで数多くの王家や富豪に納品してきたが
技術を褒められることなど滅多になかったから。
「このドレスのデザインは”花のような”と申します。
あなたのような方に着ていただけることを望んでおりました」
お世辞かもしれない、そう思ってもソフィーはとても嬉しく思った。
そしてカイルは鞄から箱を取り出す。
フタを開け、被服職人に見せると、彼女はうなずいた。
彼女がOKを出すということは、ドレスに似合うと言うことだ。
「もし良かったら、こちらをお使いいただけませんか」
それには繊細に細工された金の髪飾りとチョーカーが入っている。
ところどころに珊瑚で出来たオレンジ色や白の花がついており
可憐でいながら華やかな品だった。
「なんて可愛いの! それに技工が素晴らしいわ
珊瑚をこんな風に、花の形に加工できるなんて」
カイルは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。これは、私の作品なんです」
************
そして今日、贈られたドレスをまとい、
髪結い師が美しく巻き上げた髪にその髪飾りをつけたのだ。
仕上げのチョーカーはカイルがつけてくれた。
鏡に映ったその姿は、子どもの頃に呼んだ絵本のお姫様のようだった。
”魔法が解けるまでは楽しもう。
これが長く続くことではないのは、ちゃんと分かっているわ。
カイルさんはローガン達やブリアンナの悪行に腹を立て、
私に同情してくれてるだけなんだろう”
髪飾りに手をやり、嬉しそうに微笑むソフィー。
ドレスも本当に素敵だったが、この髪飾りはなんだか、
初めて見るのにどこか懐かしくて、とても感動したのだ。
”シンデレラに残ったのは靴だったけど、
私だったらこれがいいなあ、なんてね”
ちょうど飲み物を手に戻ってきたカイルがそれに気が付き笑顔で言う。
「その髪飾り、気に入っていただけましたか?」
「気に入るなんてそんな! 本当に素晴らしくて。
私なんかが付けさせていただいてもったいないくらいです」
それを聞いてカイルが首を横に振った。
そしてしばらく黙ったあと、静かに話し出す。
「それは私が14才の頃に作りました」
「14才?! すごい! たったの14才でこれが作れたなんて」
「……うちの家では普通のことです。もっと達者な者もいますから」
ソフィーはビックリしつつ、皇国流の自己紹介を思い出す。
名乗る時、自分の名前と、姓の部分は仕事を名乗るというものだ。
医者はドクトール、メイナ技能士はクラティオ、そして石工はメイスン。
「カイルさんの家はみんなメイスンなんですね」
と言った。するとカイルはものすごく不思議そうな顔で
「? もちろん、そうですよ?」
と答える。
そして前を向き、話を戻した。
「これを作っている時は、自分でも良くできたと思い、喜びました。
それと同時に、これが似合う人などいないだろうと思っていました。
でも、初めてあなたにお会いした時、気付いたのです。
14才の私は、未来に出会うあなたのために、これを作っていたのだと」
ソフィーは息が止まりそうになった。
当のカイルは、自分がロマンティックなことを言っているとは思っていない。
ただ淡々と事実を述べているつもりなのだ。
それだけに、喜びと戸惑いでソフィーは目の前がクラクラしそうだった。
カイルはソフィーに向き直り、その手を取った。
「ソフィー、私と一緒に……」
そこまで言った時、トゲのある声が2人の邪魔をした。
「あらー労働者同士お似合いだわ。一生、石に埋もれて仲良く生きるのね」
今日の主役が近くまで寄ってきて言い放つ。クリスも悲し気についてくる。
ブリアンナはカイルのこともすでに、可愛さ余って憎さ百倍なのだろう。
ブリアンナの言葉に、涼しい顔でカイルが答える。
「本当にそうなれたら、どんなに幸せな事でしょうか」
うなずいて見つめ合う二人に、さらにいら立つブリアンナ。
「へえ、ソフィー? 貴族より労働者が良いってわけ?」
ソフィーが言う。
「そうですね。貴族なんてもうこりごりです」
「負け惜しみ言うなよ」
そう言うクリスを無視して、困った顔をしたのはカイルだ。
「そう思われたら残念です。貴族にもいろいろおります」
差別的な発言をするつもりではなかったので、ソフィーは慌てて訂正する。
「そ、そうよね、貴族じゃなくて不実な人間にこりごり、なんだったわ」
クリスはあからさまにムッとし、反対にカイルはにっこり笑う。
「良かった。私も皇国の爵位を持っておりますので」
一瞬の沈黙の後、聞いていた者は騒然となる。
カイルは、世界を制する皇国の貴族だったのだ。
「嘘よ! 貴族なのに、なんでこんな仕事してるのよ!」
そう叫ぶブリアンナを冷たく見ながらカイルが答える。
「皇国では持つ能力を、持たざる者のために使うのが常識ですから」
「何よそれ! 貴族だったなんて……そんな!
じゃあそんな娘より、私の方がよっぽどふさわしいじゃない!」
ブリアンナは婚約披露したばかりの娘の発言とは思えないことを叫ぶ。
その言葉に、カイルは露骨に嫌な顔をして言った。
「あり得ません。あなたと私との間には恐ろしいほどの隔たりがあります。
クリス様とあなたは本当にお似合いです。どうぞお幸せに」
ものすごい拒絶だが、最後を綺麗にまとめることでごまかしている。
怒りに震えるブリアンナ以上に、ソフィーはショックを受けていた。
普段の振る舞いや、値段も想像できないドレスをポンと贈れる資産など
ただものじゃないとは思っていたけど、皇国の貴族なんて別次元だ。
カイルと自分との間にも、高くて厚い壁がそびえ立ったような気持ちになる。
ローガンがせめて一矢報いようと、憎々し気に笑う。
「残念だったな、皇国の貴族がせっかく来たのに。
新しい製造所を開設するのには失敗するとは」
しかしカイルは驚いた笑顔でそれを否定し、衝撃的な発言をしたのだ。
「いえ? 新しい製造所は予定通り作られますが。
計画通り川沿いの良い場所を入手し、すでに着工しております」
余りの驚きに目を見開き、カイルに詰め寄るローガン。
「嘘だろ! 国道沿いの土地って聞いたぞ!」
カイルはふっと笑い、不思議そうに尋ねる。
「誰から聞いたのです? それは試案の段階の情報ですね。
でもどこに出来ようと、あなたには関係のないはずですが?」
「そんなことはない! あの場所が予定地というから俺はっ!」
そこでやっとローガンは気が付く。俺は皇国に謀られたのだ、と。
ダミーの立地計画を流せば、自分がそこを妨害するために
労力や多額の資金を使うことを見込んでいたのだろう。
その隙に本命の場所へと着実に建設計画を進めるのだ。
「国王様もおっしゃっていましたよ。他の者の仕事を妨害するのではなく
自分の仕事に邁進してれば、何も問題はないのだ、と」
カイルの言葉に、ローガンは心底ショックを受けてよろめく。
新しい製造所が出来るのは絶対にダメだ。
でももう、そちらを妨害したり、土地を買い取るお金が残っていない。
……労働者は戻っては来ない。もう、誰も。絶対に。
その後ろでベロベロに酔っ払ったローガンの取り巻きが
「この紙なんだぁ?」
と落ちていた紙を拾い上げ、広げて読んでいる。
「……汚い字だな。えっと”愛しのソフィーへ”
ソフィーって誰だっけ? あれぇ?
”たとえ公爵家に邪魔されても、君への気持ちは永遠だ。
家のために、偽りの愛を語らねばならない僕を許してくれ。
今でも君だけを愛している。クリスより”
だってさ。ははは。なに、このラブレター」
酔っ払いどもは爆笑し、素面のものは顔面蒼白になる。
クリスは大慌てで手紙を取り戻そうと、拾った者に飛びかかる。
ブリアンナは限界だった。
怪鳥のような声をあげてクリスに殴りかかる。
ローガンは人目も気にせず頭をかきむしり、うめいている。
こうして婚約披露パーティーは恐ろしい修羅場になり果てたのだ。