3-13.婚約披露パーティー(第三者視点)
13.婚約披露パーティー(第三者視点)
ローガンは採掘所で起きた妖魔の事件を理由にし
製造所は閉鎖したのではなく、一時休止だと公表していた。
そして従業員が大量に退職した件については、真実を隠し
今後は少数精鋭での経営に切り替えるために
人員を整理したためと吹聴していた。
従業員に”経営に向いてない”と言われ見捨てられたのが
よほど頭に来たらしく、仕事と無関係な貴族相手に話す時には
「無能な奴をお情けで雇ってやったが、
調子に乗っていろいろ要求してきたからクビにしたんだ」
と言いまわり、苦笑いを返されていた。
もちろんそれが国王や、元・従業員の耳に入り、
彼の評判はさらに落ち、誰も戻って働こうと思う者はいなかった。
それでもローガンは、新しい製造所の建設が中止になった以上
彼らは必ず戻ってくると考えていた。
「あいつら、手持ちの金が無くなったら、手をついて泣いて詫び、
”頼むから雇ってくれ”と懇願するだろう。ま、持久戦だな」
と言い、仲間の貴族と笑いあっていたのだ。
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今日は、ブリアンナとクリスの婚約披露パーティーの日だ。
新しい製造所の建設を阻止するために大金を使ったことと、
製造所の閉鎖により、資金的にも厳しいものがあったが
すでに招待状を発送した後だったため、
ほかの貴族の手前、無理をしても強行することにしたのだ。
そもそも兄・ローガンの事情などどうでも良いブリアンナは、
自分の勝ちを確信する大切な機会であり、
婚約者を自分に取られた惨めなソフィーが、
一人寂しく出席する姿を笑ってやろうとワクワクしていたのだ。
クリスはクリスで、ソフィーが可哀そうと言うよりも
彼女のことも手放したくないのが本音だった。
「あんな風に強がってはいたけど、心で泣いているんだろう。
ブリアンナに見つからないように優しくしてあげたら
きっと”二番目でもいいから側に置いて!”と言ってくるはずだ」
と自分勝手な想像を膨らまし、ブリアンナに見つからないように
彼女とコンタクトを取る方法を必死に考えていた。
「そうだ。これなら彼女に確実に伝わる」
クリスはタキシードのまま、便せんにせっせと何かを書き出した。
「ご入場のお時間です」
と召使に呼ばれ、大慌てでタキシードのポケットに
折りたたんだ便せんを乱暴につっこむ。
そして足早に部屋を出て行った。
いつもハンカチをそうしているように、ポケットから手紙が
だらしなくはみ出ているとは気が付きもせずに。
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「みなさま、お越しいただきありがとうございます」
今日の主役であるブリアンナが、にこやかに客に挨拶する。
白いドレスは結婚式で着るため、今日は彼女の大好きな真っ赤なドレスだ。
ウエストからは下は何段ものフリルが重なっており、
胸元にも、パフスリーブの袖にもフリルが付いている。
それはちょっと太めの彼女を、余計にふっくら見せるデザインだったが
本人はとても気に入っており、誰もアドバイスなどするものはいなかった。
アクセサリーは、兄のローガンにワガママを言って大きなオパールを借り
ネックレスや指輪に仕立てて付けている。
オパールの白い上品な輝きは、そのドレスには似つかわしくないのだが
そんなことはお構いなしの選択だった。
クリスは黒いタキシードで、胸に真っ赤なバラを差している。
彼の年齢より幼い外見には、ちょっと背伸びの印象がある装いだ。
金髪碧眼で顔立ちも整っており、小さい頃は”天使のよう”と言われたが
成長するにつれ、年齢に見合わない、ただの童顔の男になっていた。
しかし本人はそれに気が付かず、
自分は”デセルタ国でも屈指の美形”だと思っていた。
なるべくモテるために、普段から女性に対し愛嬌を振りまき、
まめに小さな親切をすることで必死に周囲の関心を集めていた。
カイルに冷たくされた傷心のブリアンナが、それに引っかかったのだ。
なんとなく滑稽で不格好な本日の主役たちを、
デセルタ国の心優しい貴族たちはもちろん
ローガンの取り巻き一同も、
”美男・美女のカップルの誕生”と褒めたたえ、祝ってくれていた。
ブリアンナの幸福度が最高潮に達した時、
案内役の召使いから、ソフィーが到着した旨を告げられた。
ブリアンナは、クリスの元婚約者の彼女をさらし者にしてやろうと思い
到着次第、すぐに教えるよう命令していたのだ。
”あんな平民、ここに着て来るようなドレスも持ってないはずよ。
一生懸命、よそゆきのワンピースを選んできたのかしら。ふふふ。
アクセサリーを作る立場と、付ける立場の違いを見せつけてやるわ”
最高に沸き立った気持ちで、召使いに”すぐに連れてきて”と命じる。
さあ、惨めなその姿をさらして、
私たちの幸せな姿を見て泣き崩れなさい。
ニヤニヤと立つブリアンナたちの右側から、ワァ! っという歓声が広がる。
何? と横を向いた彼女たちが見たものは。
金と淡いオレンジを混ぜたようなシャンパンカラーのイブニングドレス。
Aラインの控えめなデザインだが、花びらのように幾重にも重なっていて美しく広がっている。
大きく開いた胸元は柔らかなタックが寄せられ、
肩にはふんわりとした透ける素材の布がかかっている。
「あのドレスの生地、シナ産じゃないか。あの薄さであの光沢。間違いないよ」
「ええ、それにあのデザイン、雑誌の最新号で見たわ。
皇国の最高級ドレスメーカー“ワンド“のものよ! なんて素敵なの!」
「洗練そのものよね。あのお嬢様にとてもお似合いだわ」
ため息や賞賛の声に包まれて、こちらに歩いてくる。
結い上げられた髪に、珊瑚の散りばめられた金細工の髪飾りを付け
それとお揃いのチョーカーを首元に巻き、恥ずかしそうに微笑んでいるのは。
「ソフィー……なんて綺麗なんだ」
クリスが思わずつぶやく。
鬼の形相で振り返ったブリアンナと目が合い、大慌てて咳払いする。
ブリアンナがさらにショックを受けたのは、ソフィーの手を引いている人物だ。
いつものように目深に帽子をかぶっておらず、真っ黒な髪は流すように整えられ
彫刻のように美しい顔をはっきりと見せている。
黒のタキシードはクリスと同じだが、身長や肩幅の違いのせいで
その立派さや格好の良さは比べ物にならないほど素敵であり、
まるでどこかの貴公子のようだった。
正装のカイルにエスコートされて現れたのは、
いつもの作業服姿とは別人のように輝く、ドレス姿のソフィーだった。
慌てたローガンが、カイルは招いていないことを指摘しようとすると
「お祝いを渡すように命じられ、国王様の代理で参りました」
と、すました笑顔でカイルが挨拶をした。
国王の代理を追い返すなど、間違っても許されない。
ローガンは苦々しい表情で黙り込む。
まるでどこかの姫君のような姿で、ソフィーは美しいカーテシーをし
二人へ向かって、天使の笑顔で挨拶をする。
「ご婚約おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに」
そういってカイルと目を合わせる。優しく微笑み返すカイル。
ブリアンナは返事もできなかった。
目の前で見ると、ドレス姿のソフィーは本当に綺麗だった。
細工作業のためについた傷やタコのある手も、
イブニングドレスのマナーとして
白いロンググローブをつけているため隠されている。
もともとブリアンナは”一番可愛い”と
評判だったソフィーが気に食わなかったのだ。
それでクリスを取り上げて、自分の方が上だと証明したかったのに。
そう思いながら、ソフィーの横に立つカイルを見る。
美しく整った顔。広い肩幅に長く伸びた足。
最初にあった時から、なんて素敵な人だろうと思っていた。
その正装した姿は、自分が幼いころに想像していた王子様そのものだった。
自分が必死に愛嬌を振りまいていた時には、
目も合わせず、うっとおしそうな顔をされただけなのに。
今、目の前でソフィーを見つめる目や、
高いヒールで歩く彼女を支える腕の優しいことといったら。
”今日、嫉妬されるのは私のはずなのに、
なんでこっちがこんな気持ちにならなくちゃいけないの?”
顔を赤くし怒りに体を震わせるブリアンナ。
全てはブリアンナ自身が、ソフィーを辱め
傷つけようとしたことに対する報いなのだが、本人は理解していない。
鬼の形相を隠せなくなったブリアンナの背後で
すっかり酔っ払ったローガンの仲間がつぶやく。
「本物の美男・美女の登場だな」
それが耳に入ってしまい、ブリアンナは泣き崩れないよう堪えながら
必死に彼らを睨みつけていた。