3-12.罠と奴隷契約
12.罠と奴隷契約
西側の採掘所は、しばらく閉鎖されることになった。
私は国王様に謁見し、顛末を報告する。
国王様は物憂げに、ややうつむきがちに私の話を聞いている。
昔、この山は深い森で、ヒルの妖魔が繁殖していたこと。
そのため資源を得ようと入山した者は、
吸血されることが多かったため、吸血鬼の伝承が残ったのだ、と。
「あの辺りに用水路を作って、土地の水分を増加させたのも
ヒルの妖魔が大量に復活した要因だと思われます」
私がそういうと国王は、
「だから安易に地形を変えるなと言っておるのじゃ」
と苦々しくつぶやく。
作業に水は不可欠だから仕方ないとも言えるから
事前にきちんとさえ調べておけば問題なかったのかもしれない。
「ヒルの妖魔でしたら、さまざまな対応策がございますので
このまま作業を続けても問題ないかとは思います。ですが……」
あの地は火の気が極端に少なくなっていたので、
もうちょっとバランスをとれば、なお大丈夫だろう。
だから問題は土地についてではない。ローガンたちだ。
騒ぎの最中、ローガンは洞窟に残された人を簡単に見捨てた。
万策尽きて……というよりも、かなり初期の段階で。
妖魔が自分たちの方に溢れてくる恐怖に負け、
人的被害というよりも補償費用の拡大を案じ、
さらには国王様に”やはりその地はダメだったろう”と言われ
運営禁止命令を出されることを恐れたためだ。
なんと情けない経営者だ。
それ以前に人としてかなりの問題があるだろう。
すでに落ち着いた労働者からは
ローガンたちに対する不信感が広がっている。
いざとなったら保身のために簡単に見捨てるのだ、この人は。
そのこともすでに国王様の耳に入っていた。
だから、とてもがっかりし、悲しそうなのだ。
「あやつはこちらが話を聞いてくれないと怒っておるが
真に話を聞かないのはあやつの方じゃ。
……もう、どんなに言ってもダメだろう」
そして小さな声で、つぶやいた。
「可哀そうだが、そろそろ終わりにしなくてはならんな」
と。
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しかし国王様が幕を引かなくても、
ローガンは自分で強引に引き下ろし、全てを壊すことになった。
労働者から見捨てたことに対する非難を受けても、ローガンは
「あれが最善だった」
と繰り返し、謝罪の言葉を発することは全くなかった。
その理由も説明せず、後は何を言われても無視するばかり。
そして今回の事件を理由に、賃金の大幅値下げを宣言。
売り上げが半減するため支払い不可能といい、
勝手に元の安い給料に戻したのだ。
さらに怪我をし休職した人のぶんも
ほかの者が働くべきといって、
作業時間も従来の長時間に変更されてしまう。
「今こそ助け合うのだ」
などと聞こえの良い言葉で説得しようとしてくるが
残業を要求されるのは採掘ではなく、加工職の者ばかりだった。
「もともとほんの少しあれば、偽物は作れるもんね。
二か所の採掘所で大量に岩石を取り出すことで、
大量のオパールを得ている名目にしていただけだし」
私がそういうと、リベリアは不安げに言う。
「もうなりふり構ってはいられないのでしょう。
……追い詰められたイタチのように、
最後に何か、しでかさないとよいのですが」
残念ながら、彼女のこの予想は的中するのだった。
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お互いの仕事終わりにソフィーに会った時、
思わず耳を疑う知らせを受けたのだ。
「一昨日、ローガン様がみんなに、
”うちですごく大きなオパールが採掘できた”って報告があったんだ」
私は動揺してしまい、思わず言ってしまった。
「ほんとに?」
実際、できるに決まってるのだ。
彼らは古代装置でいくらでも生成できるのだから。
大きめの石英を使えば、そんなの簡単に作れるだろう。
でも今までそれをやらなかったのは、おそらく、
悪事がバレるきっかけになりかねないからだ。
巨大な宝石というのは、国内だけでなく、
世界各国にまで報道されるものだ。
そしてさまざまな王家や富豪が見せてほしいと言ってくるだろう。
……正規の鑑定人を大勢引き連れて。
いくら彼らがアホでも、そんなリスクをおかすとは思わなかったんだけどな。
「いつもの朝礼でローガン様が箱を持ってきたのよ。
”全員、これを見てほしい”って」
ローガンは箱の蓋を開いて、みんなに見せたのは、
長径が10センチはありそうな、巨大なオパールだった。
それは木製のケースに入れられ、
綿を包んだベルベットを張ったものに乗せられていたそうだ。
「わが製造所でやっと、
このような大きなオパールを採掘することができた。
これもみんなのおかげだ」
ローガンの言葉に、みんなもおおっーと歓声をあげ、
とても明るく嬉しそうな空気に包まれていたんだって。
「みんなが近くで見せてほしいってお願いしたら、
これ以上はダメだって断られたの。箱からも出せないって。
本当に貴重な品で、価値は計り知れないほどだから、って」
そりゃみんな見たいだろう。
加工所に来るのは、ソフィーが作っている宝石箱のような
金属や木などに張り合わせて作られる工芸品用の薄いオパール片だ。
指輪やネックレスに使うような厚みがあるものだと、
すぐに人工だと職人にバレてしまうからか加工には回さず、
ローガン達から直接、行商人に売りつけているようだと
販売ルートを調べたクルティラが話していた。
ソフィーは続けて言う。
「すでにとある王族の購入が決まっているから
何かあったら大変なことになる、って言ってたわ。
今、どのような加工にするか相談中なんだって」
……それは嘘だ。直感でわかる。
もし王族が購入するなら、間違いなく鑑定を終えてからだ。
王族は、まがい物をつかまされるような不名誉があってはならないのだ。
何か、怪しいぞ。
「でね、私にいきなり、担当してみたくないかって聞いてきたの。
びっくりしちゃった」
「ええっ!? 受けたの?」
ソフィーは笑って首を横に振る。私は安心して気が抜けた。
「もちろん興味はあったけど、あのサイズの石を扱うなら、
もっと適した職人がいるわ。
私の技術じゃ、あの石の良さは最大限に引き出せないもの」
彼女の技術は細々とした石で素敵な作品を作ることだ。
自分の強み・弱みを分かっていて、
そして何より”石の魅力”を最優先させる、
ソフィーのそういうところが立派だし、本当に良い子だと思う。
「でね、ローガン様はいきなり、
多くのリーダーたちに、それの管理を任せたの。
訳あって加工所に置くことになったからって」
……すごく、怪しいぞ。私は黙って聞く。
「その管理チームにね、なぜか私も含まれていたの。
もう辞めますからって言ったら、
辞めるからこそだよって。
今までよく働いてくれたから、
最後に良いものに携わらせてあげたいんだって」
巨大オパールは紛失しないように鍵のかかる戸棚にしまうため、
管理チームの仕事は、戸棚内の湿度を充分に保つことだ。
ここの職人さんは純粋な人が多いから気にしてないようだが、
絶対、これはもう嫌な予感がする。
私は翌朝より、”加工所にもヒルの妖魔が出る可能性がある”
などと、とんでもないことを言って
国王命令として出社することにしたのだった。
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そして嫌な予感は見事に的中する。
それは想像以上に悪質な罠だったのだ。
今朝、ローガンや他の貴族がぞろぞろと加工所にやってきた。
そして皆に向かって、高らかに宣言した。
「例のオパールについて、先方との話し合いによりデザインが決定した。
すでに石の値段だけでなく、巨額の作業費や謝礼なども頂いている。
まあ、高貴な者は先払いが当然だからな」
そう言ってソフィーを見る。
嫌味な奴だな。クリスに言え、クリスに。
そう言って、戸棚のカギをあけ、
巨大オパールの入っている箱を取り出す。
「みなに管理を任せていたが、それも今日で終わりだ。
では状態を確認しよう」
そういって、箱のふたを開いて、目を見張る。
そして大声で叫んだ。
「なんだ! 割れているぞ!」
周りの貴族も箱を覗き込み、口々に叫び出す。
「本当だ! 割れてる!」
「真っ二つじゃないか!」
「前に見たときは割れてなかったぞ!」
労働者たちは真っ青になり、そんなはずは……とつぶやいている。
リーダーの一人が前に出て、
「我々は誰も箱を触っていません!
中の水を取りかえるように言われたので、それをしていただけです」
宝石の保存には水を容器に入れたものを一緒に入れておくのだ。
その水を変えるだけなら、箱に触る必要はまったくない。
しかし、貴族は誰もその話を聞いてはくれない。
ローガン達は怒り狂っているが、なんだか楽しそうにも見える。
「おいおい! どうする気だ! この大きさが価値だったんだぞ!」
「すでにお金も受け取っているのに! 大損害じゃないか!」
「こりゃあ賠償問題だな。うちが倒産だけではすまないぞ」
そして労働者たちに向かって叫ぶ。
「こんなのお前たちが一生働いても変えない金額だぞ」
それはそうだろう。物の値段は売主が決めるのだから。
売主がそういうなら、それは”一生働いても買えない値段”なのだろう。
みんなは顔面蒼白で、泣き出してしまう子もいた。可哀そうに。
リーダーは必死に反論するが、割ってない証拠というのは提示が難しい。
ローガンたちに軽く言い返されてしまう。
お前たちに任せた、お前たちしか触ってない、割れているのが事実だ、と。
私はこのローガン達の茶番劇を、白けた気持ちで見ていた。
さらにローガンは、全員に向かって言い放つ。
「お前ら全員で、これを賠償しろよ」
「責任はお前たちが取るんだ。絶対に全額返してもらうからな」
「死ぬまでここで働いてもらうからな。ほとんどタダで」
どっと笑う貴族たち。
それは奴隷契約を結べと言うようなものだ。
そしてローガンがソフィーに向かって言う。
「もちろん、お前もだぞ。ソフィー」
ソフィーは首を横に振る。
「お断りします。カイルさんに相談して、裁判にしてもらいます」
とたんにローガンが引きつった顔になる。そう、それで良いの。
でもね、裁判って面倒だし、結構時間がかかるから。
ここは私に任せてもらおう。
にらみ合うローガンとソフィーをすり抜け、私は箱まで行く。
「あの、ちょっと見せて頂いていいですか?」
すでに勝った気でニヤニヤしている貴族は、誰も私を気にしていない。
箱の中でオパールはハンマーで割られたように真っ二つになっている。
おそらく貴族の誰かが夜間に持ち出して割っておいたのだろう。
こんなの、簡単じゃん。
どうせもともと、メイナを使って人工的に作ったものなんだし。
私は箱の外側から”地の気”と”水の気”を送る。
……こんなもんかな。
私はみんなに振り返り、大声で叫ぶ。
「あらら? 別に割れていませんけど?」
貴族全員が、はぁ? という声をあげて振り返る。
ローガンがつかつかと歩いてくるので、
私は巨大オパールをつかんで、高く掲げる。
オパールは私が復元し、元の形状に戻っていた。
形状の変化も、割れ目すらなく、美しい輝きを放っている。
ローガンは目を見開いて、固まってしまう。
他の貴族もあんぐりと口を開けて見ている。
ローガンとともに、多くのリーダーたちが駆け寄ってくる。
そしてオパールを手に取って確認する。
「本当だ! 割れてないじゃないですか! ローガン様!」
「ちゃんと見てくださいね。どこも割れてないじゃないですか」
私がそういうと、他の貴族はひそひそと
「確かに割れたよな?」
などと話している。
ローガンはいや、さっきは割れていて、などと繰り返しながら
受け取ったオパールをひっくり返したり眺めまわす。
そして、はっ! と気が付いたように私を見る。
「お前っ! まさか! メイナで……」
割れたオパールがメイナで復元できると気付けるのは
メイナでオパールを人工的に生み出しているからこそだ。
私が何か答えるよりも早く、リーダーたちの声がした。
「今日限りで退職させていただきます。
もう、あなたたちには限界だ」
さすがに彼らにも、ローガン達の意図に気付いたのだろう。
からくりは分からなくても、自分たちを陥れるためにやったのだと。
「待て! 単なる誤解だ! ちょっと動揺しただけだ!」
「いえ。一生懸命に作っている製品を完成間近で壊し、
仲間を安易に見捨て、約束の賃金や労働条件を勝手な理由で反故にし
濡れ衣を着せて奴隷契約を結ばせようとする。
誰があなたの下で働きたいなどと思いますか?
あなたは最低です。そして経営の才能もない」
その言葉に顔を真っ赤にしたローガンは、
引き留めるのもやめ、目を血走らせて嗤う。
「出ていけ。新しい製造所の建設は中止になったんだぞ?
しばらくして”お願いですから雇ってください”と
頭を下げてきても知らないからな」
すでに噂を聞いていたのか、労働者はまったく動じなかった。
「たとえ行き先がなくても、ここで働くのはあり得ません」
そうして、この話が瞬く間に広がり、
採掘所など別の場所でも、全ての労働者が一気に退職してしまった。
そしてリシェット製造所は、ついに閉鎖してしまったのだ。