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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
職場廃業編 ~”お前など何の役にも立たない”と解雇するなんて、ここが廃業になるけど大丈夫?~
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3-11.姿を現す吸血鬼

  11.姿を現す吸血鬼


 太古の昔。まだ世界が滅びかける前の時代の、その初期のころ。

 王族や貴族に雇われ、歌や踊り、曲芸や奇術を披露する芸人がいた。

 それが”宮廷道化師”だ。

 彼らの仕事は、宴席などでそう言った芸を披露し、

 (あるじ)たちを笑わせ、楽しませる役割を担っていたのだ。


 それだけではない。宮廷道化師の大きな特徴として

 主に向かって自由に発言することが許される、

 唯一の存在でもあったのだ。

 他の人が言いにくかったり、言ったら首がはねられそうなこと、

 例えば行政の批判から、王の見た目を茶化すことなど

 ”権威に対し、何を言っても罪を問われない”象徴でもあったのだ。


 その姿を模して、ひそかに皇国に対抗する勢力があるのは知っていた。

 彼らの目的はひとつ。

 世界を滅ぼしかけた”古代装置フラントル”の復活。


 彼らは宮廷道化師の恰好をして近づき、

 古代装置を”とても便利な道具”だと言って、

 無知で欲深い人々にそれを使わせる。


 パルブス国の使っていた古代装置は、盗掘団によって偶然もたらされ、

 学園の古代装置は、大昔に古物商が知らずに売ってしまったものだった。


 だけど今回は違う。裏に隠れるのは恐ろしいまでの悪意。


 彼らは狡猾で残忍、そして何より高いメイナ技能を持っている。

 本当に手ごわい相手であり、皇国が唯一、手を焼いている組織だ。


 彼らは自分たちをこう名乗っている。

 Jester of Ruin。 ”破滅の道化師”と。


 ************


「大変です! 西側の採掘所で崩落が起きました!」

 知らせに駆け付けた皇国の調査員に案内され、飛竜で現場へと急ぐ。

 そんなに危険な場所ではなかったし、

 第一彼らはベテランだ。どうしてあそこで崩落なんて起きたのだろう。


 現場に着くと、そこは思ったよりか崩れていなかった。

 入り口付近に土砂は埋まってはいるが、

 それもまた人がやっと通れるほどは開いている。


 みんなの様子がおかしいことに気が付く。

「中にいるんでしょ? 早く救助に行かないと……」

 私がそういうと、後ろからローガンの厳しい声がした。

「救助は不要だ。これ以上被害者を増やすわけにはいかない。

 邪魔だ! さっさとここを去れ!」

 すぐに現場に来たが、従業員から話を聞き、

 入り口を完全に塞ぐように指示したというのだ。


「まだ仲間が中に何人か残っているんです!」

 そういう採掘人たちに対し、ローガンは

「もう死んでるだろう! 諦めろ!」

 そういって他の貴族に振り返り、

「ここが無くても東が残れば大丈夫だ。

 もし化け物が出たなんて話が国王の耳に入ったらどうする……」

 などと話している。


 化け物? と思い、私は発掘所から逃げ出した人に聞いてみると。

「……天井から、なにかブヨブヨした半透明な何かが飛び出てたんだ。

 仲間の一人が()()()()でつついたら、そいつがポタっと落っこちて。

 みんなでなんだこりゃって眺めてたら……

 そいつが出てきた穴からひび割れが走って、天井が崩れ……

 しかも土砂と一緒にものすごい数のブヨブヨが落ちてきたんだ!」


 スライムの妖魔が、大量に天井から溢れてきたのかな?

 あの上はスライムでいっぱいだったということ?

 彼は震えながら続ける。

「俺たちは慣れてるから、ひび割れを見た時点で全員離れたんだよ。

 だから天井の下敷きにはならずにすんだんだ。

 でも、問題はブヨブヨの群れだ。いきなり飛びついてきたんだよ!

 飛びつかれた奴は血まみれになってた! みんな食われちまう!」


 そこまで聞いた私は急いで、崩れた入り口の隙間から中に入っていく。

 多くの作業員が大慌てで駆け寄って来たが

 同行した皇国の調査員が手を広げて押し止め、

 私に先を促してくれた。後は任せます。


 ************


 ……洞窟の中は暗くて、どこからか人のうめき声がする。

 私は行けるだけ進み、メイナで明かりを灯し、天井へと掲げる。

 そのとたん、広がった光景にぞっとする。


 ブヨブヨした細長い楕円形のかたまりが、

 イモムシのような奇妙な動きで移動しながら広がっている。

 それらは倒れている人に群がり、真っ赤に染まっていた。


 ”血を吸っている”と直感で判断し、私はそれらに対し

 手を高くかざして”陽のメイナ”を矢にして降らせる。

 間違いなく彼らは妖魔だ。陰の特性を持つため、陽が()()


 ババババババ……と連続して突き刺さった陽のメイナは妖魔を貫通。

 彼らはキィーともキューともつかない声をあげ、

 その体をくねらせ、徐々に潰れていった。


 私はまだ血を吸っていない、透明なブヨブヨをブーツの先でつつく。

 これはヒルの妖魔だ。陽のメイナが刺さって苦しむ際、

 先端に丸い口と、二本の牙があるのが見えた。

 作業中に土から口や牙を出し、血を吸っていたのもこいつらだろう。


 倒れている人たちから、苦し気な声が聞こえる。

 良かった、とりあえず生きてる。しかしこのままでは危ない。


 一瞬焦った私の背後から、美しい文様を持った光が広がってくる。

 冴え冴えとした、清涼な風のような光が。

 体のところどころについた彼らの傷が、一瞬で(ふさ)がれる。


 そして光の文様が変化し、質感も温かい春の日差しのように変わった。

 血液を失いすぎた彼らを、それは徐々に回復させていく。

 気を失っていたものは目を開け、倒れていたものは起き上がる。


 この人数の怪我を一瞬で対処できるのは、皇国でもわずか数人。

 私の”最強の盾”はそのうちの一人だ。


 振り返るとリベリアが立っていた。そして笑顔で私に問いかける。

「吸血モグラは退治できましたか?」


 ************


 外に出ると、ローガンがいて、私を苦々しい顔で見ている。

「行っても無駄だと言ったろう。お前なんぞが……」

 彼がそこまで言った時に、私の後ろからぞろぞろと

 助かった人たちが歩いて出てきた。

 目を丸くするローガンと、歓喜の叫びを上げる仲間たち。

「そんな……いや……まさか」

 焦るローガンを放置し、肩をたたき合って無事を喜ぶみんな。


 その場にはソフィーも来ていて、

 みんなに冷たい水を配ったり、

 担架の係を足を引きずる者へと案内している。


 その時、怪我人の背中側から、ヒルの妖魔が一匹こぼれ落ちたのだ。

 みんなから悲鳴が上がる。

 おそらく背中の下に潜り、退治から逃れたのだろう。


 その妖魔は担架の側に立つソフィーに飛び掛かった。

 きゃ! と叫んで目を閉じるソフィー。私は大慌てで手をかざしたが……

 なんとヒルの妖魔は、何かに弾かれたように地面に叩きつけられたのだ。


 転がって暴れるブヨブヨしたそれに、

 私は手を握って作ったメイナの槍で突き刺す。

 一瞬で溶け去るヒルの妖魔。


 それを見ていたローガンがつぶやく。

「……本当に、メイナ技能士だったのか」

 私はどうだ! という顔をしたいところではあったが、

 それ以上に今見た光景に衝撃を受けていた。


 妖魔はソフィーを襲うことはできなかった。


 笑顔で私にお礼を言うソフィーを見ながら思う。

 もしかして、この子……


 ************


「……だからね、大昔ここは森で、ヒルの妖魔が繁殖していたんだよ。

 だから資源を得る代わりに血を吸われることが多かったんだろうね」

 うなずくソフィー。

 今日はいろいろあった。リベリアはもう少し残るといい、

 ソフィーと二人で町までの馬車を待っている。

「それで吸血鬼の伝承が残ったのね」

「まあ、正体がはっきりして良かったよ。

 ヒルの妖魔だったら、いろんな対応策が立てられるし」


 その時、いきなり背後からソフィーを呼び止めるものがいた。

 出入り禁止になっているブリアンナとクリスだ。

 確かにここは製造所の中ではないからセーフなのだろうけど。

 ……ソフィーに対して接近禁止令にすれば良かった。


「お探ししましたわ。こちら、ぜひお受け取りになって」

 差し出したのは、何かの案内状だった。

 ソフィーは一瞥(いちべつ)し、受け取らないまま短く答える。

「……これなんでしょうか」

 ブリアンナは鼻で笑い、横に立つクリスに視線で促す。


 クリスは”嫉妬の対象でない”と言われたことを根に持っているようで、

 意地の悪い調子で話し出した。

「もちろん、婚約披露パーティの招待状だよ。

 愛するブリアンナと、僕とのね」


 ソフィーはえっ? といった表情で、私と目を合わせる。

 私は思わず笑ってしまう。ソフィーも吹き出す。

 だって、昨日彼女に話したばかりだったのだ。

 そのうち”ほんとに婚約しちゃうぞ”って来るんじゃない? って。

 まさか本当に、次の日に来るとは。


 クスクス笑う私たちの様子に苛立った二人は、粘り強く攻撃してくる。

「クリス様の()()()()として出席していただきたいわっ!」

「僕の幸せな姿を、()()()()()()見てもらいたくてさっ!」

 バカバカしいにもほどがある。もちろんソフィーは

「とても残念ですが、出席は控えさせていただきますわ。

 今度行く皇国への研修について、いろいろ準備が忙しいので。

 まあどうぞ、お幸せに~」

 と手を振ってにこやかに答えた。


 皇国への研修旅行は、カイルのお誘いだ。

 その話が出てからというもの、ソフィーは目に見えてウキウキしている。

 それを誰かに指摘されると大慌てで

「え……、あの、だって! 憧れの工房を見せていただけるんだもの」

 確かにそれもあるだろうが、カイルに誘われたというのが大きな理由だろう。


 仕事というものに無理解なブリアンナとクリスにとって

 そんなのはどうでも良い、苦しい言い訳に聞こえたようだ。

 急に勝ち誇ったような顔をして言い放つ。

「あらー。やはり辛すぎるかしらね。

 ごめんなさいねえ、クリス様がお選びになったのが私で」

 クリスは、やっぱりソフィーは自分に未練があるのでは? と思ったのか

 困ったような顔をしながらも嬉しそうに

「そうだなあ。ソフィーが可哀そうかもしれないなあ」

 などという。


 ソフィーは疲れた顔で

「いや、どうでも良いですって」

 と答えるが、ブリアンナは妙に食い下がる。

「本当に未練がないなら出席なさるのでは?

 そんなつまらないことを理由に出られないのは、

 やっぱり悔しいし悲しいからですわねフフフ」

「全然興味ないんです。……今、すごく幸せですから」

 そういって、本当に嬉しそうにはにかんだ。


 私は思わず口を挟む。

「ほんとにね。毎日すっごく幸せそうって町でも評判だもの。

 カイルが直々に、皇国への研修旅行に誘ってくれたんだよねー

 一緒に行きませんかって。

 カイルったら準備と称して、毎日のように贈り物を持って来るんだから」


 それを聞いたブリアンナは一瞬で鬼の形相になっていう。

 横でクリスもひきつっている。

「はあ? なに……それ」

「なんだよ、それ」

 ブリアンナはヒステリーを起こす寸前のような顔で震えていたが、

 ようやく言葉を絞り出し、嫌な笑い方で言う。


「あなた、何か、勘違いなさってない?

 あなたみたいな工場(こうば)の娘、

 カイル様が相手にするわけないじゃない。

 彼が興味があるのはあなたの……この国の技術だけよ」

 それを聞いたソフィーの表情が一瞬で曇った。


 そんなことない……と私が言おうとした時。

「そうだぞ、ソフィー。身の程を知れよ。

 とにかくパーティーには参加しろ。

 こっちが優先に決まってるだろ、勘違いするなよ」

 カイルの名が出て、そちらのお誘いを理由に断られるのが

 我慢ならないようだ。


 何も言えないソフィーの工具カバンの中に招待状を押し込み

 彼らは去っていった。


「捨てちゃえ。そんなの。それにカイルは……」

 私の言葉に笑顔で首を横に振るソフィー。

「うふふ、行って来ようかな。

 それで美味しいものたくさん食べてきちゃおうかな」

 ソフィーはバレバレの空元気で歩き出す。

 カイルの真意が私にもわからない以上、たいしたことは言えないが

 絶対、本気で大事に思ってるんだと思うのだが。


 馬車に乗り込むソフィーの後に続きながら、

 今度カイルに会ったら聞きたいことが()()()な、と思っていた。


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