3-2.白紙になった支援
2.白紙になった支援
カイルはさらに糾弾を続ける。
「私は国王様の命により、ここの収支や納品を調査しておりましたが
クリス殿は指輪の加工代金をまだお支払いになっていませんね」
「え?! それは、その、知り合いのよしみで……」
「もし知人の腕を見込んで仕事を依頼したなら、
常識ある者は作業代金とは別に、謝礼も用意するものです」
「……いや、別にそんな、加工職人にとっては簡単なことだろうし……」
カイルは端正な顔に怒りを浮かべて、首を横に振る。
黒髪が左右に振れ、切れ長の瞳がクリスを睨みつける。
「絶対にあり得ません。
人が苦労して身につけた技術や知識に対し、
その対価を支払わないなど、乞食のすることです」
「なっ! なんてことを!」
「もしくはその指輪は盗品ですね」
カイルがこんなに毒を吐くとは知らなかった。
まあ技術者を馬鹿にされたのが、よほど腹に据えかねるのだろう。
焦るクリスと、ものすごい形相で指輪を見るブリアンナ。
あんなに自慢げだったのにね。
元婚約者のソフィーをとことん蹴落とす計画が、
自分たちのほうが奈落の底まで落ちていくとは、思いもしなかったろう。
私は心の中で舌を出す。
追い詰められたクリスは恐ろしい言い訳を叫んでしまう。
「良いんだ! これは、婚約祝いとしてソフィーが贈ってくれたんだ!」
本当にダメな男だ。ずうずうしいにもほどがある。
たぶん、すっかり愛情ゲージがゼロからマイナスになったのだろう。
ソフィーは首を横に振り、ハッキリと否定した。
「いいえ、受注の品だと承っています。作業所の記録にもそうあります」
作業所を時間外に利用する場合、その理由を記入しなくてはならない。
もちろん私用で使う、なんて書けるわけがない。
ましてやソフィーを騙して作らせた品だ。
クリスは自分でしっかりと、受注の品を作らせていると記録してしまい
それが結局、己の首をしめることになったのだ。
カイルは優しくうなずきながら、
「その通りです。商品として保管された記録もあります。
……ところでローガン公、以前より改善を要求していた
超過勤務の未払いについてですが、もちろん対応していただけましたね?」
私が皇国の技能士と知り、激しく動揺していたローガン。
急に話を振られ、一瞬えっ? という顔になったが、
「もちろんだ! 当たり前だろう。すぐに対処したに決まっている」
と即答した。仕事が早いを自称していることもあり、どこか偉そうだ。
「それは良かった。退職者に対してはすぐにご用意しなくてはなりませんから。
ソフィー、あなたの時間外労働時間をすぐに算出します。
私が代わりに受け取り、後でお渡しすることをお許しいただけますか?」
ソフィーは一瞬固辞しようとしたが、その意図に気が付き、
「お手数をおかけしますが、お願いいたします」
と答えた。
青くなったのはローガンだ。渡す相手がカイルなら、ごまかしが効かない。
ギリギリと歯を食いしばり、原因を作ったクリスを睨む。
「……クリスの発注なら、クリスの給与から差し引くことにする」
その言葉にクリスは泣きそうな顔になる。つくづく情けない男だ。
追い打ちをかけるようにカイルは
「労働費はそれで良いとして、技術料はいかがされますか?」
ソフィーは一流の加工職人なので、彼女に頼むとさらに追加料金がかかるのだ。
これ以上とられるのか……とクリスが真っ白な顔で硬直していると
「いえ、それは結構ですわ。その分は婚約祝いとさせていただきます」
ソフィーはブリアンナを見て、笑顔で答えた。
目にはまだ少し涙が残っているが、気持ちは完全に醒めたのだろう。
こんな時になんだが、これはチャンスだ。
私はクリスとブリアンナに向かって言う。
「良かったですね、お二人とも。
彼女が恵み与えてくださったその指輪、大切になさってくださいね」
その言葉にカッとなったのはブリアンナだ。
自分の指から不潔なもののように指輪を外す。
そして困惑するクリスからも指輪を抜き取り、
「いらないわよっ! こんなもの!」
といって、ゴミ箱に叩き込んだ。ああ、なんて予想通りの行動。
「おい! 待てよ! 何するんだよ!」
さすがに慌てるクリス。ゴミ箱を必死に覗き込んでいる。
オパールの原石を二つは、彼にしてみればとんでもない高額だ。
ブリアンナは鼻息も荒くソフィーに向き直り
「こんなガラクタじゃなくて、もーーーっと良いものを買っていただくわ」
ソフィーは涼しい顔で答える。
「それが良いですわね。今度は先払いで支払ってもらってくださいね。
職人の間でも、評判が違いますから」
ブリアンナは顔を真っ赤にしてクリスを見たが、
当のクリスはゴミ箱の中を棒でひっかきまわしている。
あからさまに失望した表情のブリアンナは、今度は兄に助けを求めた。
「お兄様っ! この者は公爵家に対して侮辱する気ですわ!」
びしっとソフィーを指さしながら叫んだ。
頼られたのと、このまま引き下がるのはプライドが許さないと思ったのか
ローガンは深くうなずく。
「ひざをついて妹に謝罪するのだ、ソフィー」
「侮辱などしておりません。お断りいたします」
ややかぶせ気味にソフィーが答える。
カイルがソフィーの横に立って言う。
「そう、事実を述べたまでですね。
貴族たるもの発注は前払いでした方が良いなど、常識では?
それとも、この国では違うのでしょうか?」
ああ、毒舌カイルは誰にも止められない。
ローガンは憎々し気にこちらを見て叫ぶ。
「他国の者は口出し無用だ。これはデセルタ国の問題だ」
カイルはあくまでも余裕だ。
「私の会社と彼女は、先ほど契約を結びました。
企業とは従業員を守るものです。
もし彼女の振る舞いに不満があるなら、ぜひ裁判でお会いしましょう」
ローガンは悔しそうに黙り込む。
そりゃそうだろう。
この世界は、私の祖国である「皇国エルシオン」を中心に栄えている。
皇国の東西南北に4大王国が、さらにその周りを大小の国が存在しており
この製造所があるデセルタ国は、その”小”のほうの国だ。
各国の立地が世界の関係をそのまま示しており、
強大な皇国エルシオンは全てを統治する存在なのだ。
その国の国営企業と、こんなくだらない言いがかりのために裁判で争うなど
とても正気の沙汰ではないのだ。
それでは目的も達成できたし、ここは追放されておきますか。
「私は国王様直々に依頼された皇国のメイナ技能士です。
それを解雇、つまり、この場を追放と言うことであれば、
皇国が支援するというお話も白紙になります」
「何!? ちょっと待ってくれ!」
ローガンが焦って叫び、私の方に駆け寄ってくる。
カイルは気にも留めずにソフィーに向き直り、
「ではご案内します。私もここにはもう用がないので」
と言った。その言葉にローガンはさらに焦った。
「ななな、なぜですか?! あなたは解雇していない!」
「当たり前です。あなたに解雇する権利はありません。
私に対しても、アスティレア様に対しても」
「じゃ、じゃあさっきの通達はなかったということで……」
「それはもう無理ですね」
記入・捺印済みの通達書をもって微笑む私。
「あっ! いつの間に!」
振り返ってテーブルを見るローガン達。さっきまであったはずなのに。
騒ぎの最中に”メイナ”を使って私が引き寄せていたのだ。
メイナとは、魔を退けさまざまな奇跡を起こす、聖なる力だ。
このように離れた場所のものを動かしたり、妖魔を退治することができる。
魔力のようなものだが、単なる”不思議な力”というわけではなく
一定の秩序やルールを持った、公正さや正義のための力である。
私は皇国の認めるメイナ技能士なのだ。……一応、表向きは。
これの技能に長けているからこそ、派遣されたのだが。
ただの作業員扱いとは、とことんローガンは何も理解してないなあ。
タチが悪いのは、自分は全て知っていて有能であり、
かつ統率力もあると勘違いしているところだろう。
デセルタ国王が憂いていた通りだ。
ソフィーの手を引きながらカイルは優しく笑う。
「なにか作業所にご自分の荷物はありますか?」
「……いいえ、大事なものは常に持っておりますから。
作業所にあるのはこちらで支給されたものなのでお返しします」
「そうですか。うん、それが良い。
今まであまりにも良くないものをお持ちでしたから。
あなたにふさわしいものに交換する、よい機会になりましたね。
ダメな道具はすぐに壊れますし、良い仕事はできません。
……まあその辺に捨てて行けば、それが似合いの者が喜んで使ってくれますよ」
何を指しているのか、この場の誰しもがわかる。
羞恥と怒りに震えるブリアンナ。
クリスは未だにゴミ箱をひっくり返し、ない! ない! と叫んでいる。
「では支援の話はなかったということで。
まあ、白紙になるくらいで済むといいですね」
カイルは扉を開け、ソフィーをうながす。
その後に続いて私も出ていく。
右手には通達書。そして左手には。
ソフィーの作った指輪が2つ、握りしめられていた。
皇国一番のメイナ技能士にとって、
ゴミ箱から指輪2つを瞬時に回収するなど、造作もないことなのだ。