☆番外編☆ 2-1:聖女と守護騎士
☆番外編☆ 2-1:聖女と守護騎士
「聖女様! ばんざい!」
「守護騎士様! ありがとうございます!」
人々はみな嬉しそうに、感謝の言葉を叫んでいる。
それを聞きながら私は彼らに笑顔を振りまく。
隣で”守護騎士”もこわばった笑顔で手を振っている。
私は穏やかで優しい、民衆を愛する聖女を、
彼は私を守る事に命を懸ける騎士を、
それぞれ演じ切らねばならないからだ。
夜、部屋で一人きりになると、
私は息苦しさに体の中から爆発しそうになり
花瓶をたたき割ったり、服を切り裂いてしまう。
次の日、ごまかすのが大変だとわかっていても。
聖女のような特別な存在になることを、
あんなに強く願っていたというのに。
************
国内で、蜘蛛の妖魔の被害が深刻になっていた、あの頃。
「この中にあの妖魔を倒せる者はいないのか!」
と国王様が民衆に問いかけた、あの時。
私と隣国ガルク国から来た騎士が前に進み出て、
「私たちが倒してみせます」
と宣言したのは、もはやそうする以外なかったからだ。
修道院にいた頃、私は自分を天才だと思っていた。
周りがみんなレベルの低い奴らに思えて、
一緒にいるのが苦痛で仕方なかった。
でも実際にそこを飛び出してみたら、
私程度の神官など、世間には山ほどいたのだ。
どんどん仕事を任され、名声もお金も得られると思っていたのに
毎日、その日の食事にも事欠く始末だった。
結局仕方なく、酔い過ぎた者を回復させてもっと飲ませる、
という仕事を酒場の主人から請け負って日銭を稼ぐしかなかった。
その酒場で、ガルク国から来たという貴族の男と知り合ったのだ。
彼は甘やかされて育てられ、学問も武術も全然だめ。
それどころか、次々と異性関係や借金で問題を起こして勘当寸前だった。
彼にあるのは父親からせびり取った金と母親からくすねた貴金属、
使ったことのない無駄に立派な盾と槍、のみ。
私たちの共通点は、お金が欲しいことに加え、
虚栄心を満たしたい願望が他人よりも肥大していることだ。
そして追い込まれ、焦っているところも一緒だった。
だから国内で妖魔の被害が噂になり、
多額の懸賞金がかけられたと聞いた時は
”これを成し遂げるしかない”と言いあったのだ。
************
何か使える道具はないか探し回っていた夜。
「妖魔を倒せるような良い物は無い?」
私の問いに、フードを深くかぶった異国の商人は、
珍しい長剣と短剣のセットを見せてくれた。
「ただの剣じゃないよ。この短剣はメイナを集め、長剣に送る。
長剣からはその集めたメイナが出力されるんだ」
ガルク国の騎士は鼻で笑った。
「なんでそんな面倒な作りなんだよ。
長剣にメイナ集める機能があればいいだけだろ」
商人は首を横に振った。
「いや。陽のメイナが溢れる場所に、倒したい妖魔がいるわけではない。
だから短剣を陽のメイナが溢れるものに刺し、長剣を妖魔に刺す。
陽のメイナが長剣に送られ、刺さった妖魔へと流れ込んで倒す。
これが可能になるのだ」
「ふーん」
頭の悪い騎士は間の抜けた返事をしていたが、
私はこれだ! という思いでいっぱいだった。ただし。
「陽のメイナが溢れるものって……」
「聖なる獣や、樹齢1000年を越える木とか……探せばあると思うよ」
そう言って商人は笑った。
「どうする? ……買うかい?」
私はまだよく理解していない騎士を説得し、
それなりに高額なこれを購入したのだ。
でも二人で、最初にあの妖魔に挑戦した時は、
笑えるくらい惨めな結末だった。
妖魔が住み着いたのは、蛇を神として信仰する一族の地下施設だった。
最初の被害者もここの信者であり、
その後もかなりの人数が被害にあったそうだ。
一族は結局、この山を逃げ出したが、
信仰の対象だった”神”を諦めきれずに残った者もいた。
その男を案内人にして、私たちは妖魔退治へと向かったのだ。
でもいざ現場に行くと、
遠くから蜘蛛の妖魔のおぞましい姿を見ただけで、
二人とも震えが止まらず、そのまますぐに退散してしまった。
しかも大慌てで逃げたから地下通路を迷ってしまい、
そこで出くわしたのは、胴の直径が1mあるような巨大な蛇だったのだ。
これが、あの蛇を信仰する一族にとっての”神”だ。
でも、これが思わぬ成果だった。
この大蛇は私にすら分かるほど、陽のメイナで溢れていたのだ。
どうやら長年信仰の対象となったものは
陽のメイナが大量に集まっているらしい。
それに気づきながらも、とにかくもう、
迫りくる大蛇から、私たちは恥も外聞もなく必死で逃げ出した。
************
騎士は自分で刺すのを諦め、自分の国から人を連れて来た。
「兵士のノックスと、魔術師のディエサだ。
ノックスは何度も妖魔を倒した実績がある。
ディエサはメイナを扱うことが出来る魔術師だ」
騎士の雑な紹介を聞きながら、私の目はノックスにくぎ付けだった。
金の髪に青空のような澄んだ瞳。
精悍で整った顔は、笑うと子どものように可愛い。
騎士よりもはるかに体格が良く、平民なのに身のこなしも立派だった。
私は彼に一瞬で恋をした。
しかし彼の後ろから現れた女を見た時には
今度は血が凍るような気持ちになった。
彼女が彼の婚約者として紹介されたから、ではない。
艶のある黒髪は背を流れるように覆い、
長いまつげに縁どられた大きな瞳は輝く黒曜石。
紅を指さずとも赤い唇は果実のようで、白い肌に艶やかに映えていた。
本当に、見たことないほど美しい女だった。
彼女が現れただけで、宿屋の食堂がふわっと明るくなったようで
その場の人は食べるのも忘れ、彼女から目を離せなくなっていた。
私は逆に、目を逸らしてしまった。
いきなり今までの恥辱の思い出が沸き上がってきたのだ。
密かに憧れていた男が、陰で自分を笑いものにしているのを聞いたあの日。
食うに困り、酒場で仕事がないか聞いたら、私を上から下まで眺めた後
鼻で笑われ、追い出されたあの晩。
この女は、きっとそんな思いをしたことないだけでなく、
周りの男を全て魅了し、賞賛され、愛されてきたのだろう。
出会ったばかりなのに、私は彼女に対し嫉妬と憎しみでいっぱいだった。
彼らは騎士に無理やり連れてこられたのだ。
協力しないと、彼らの親が経営する店を潰すと言われて。
私は嫌味のつもりで女に言った。
「結婚間近なのに悪いわね」
すると彼女は、こぼれるような美しい笑顔で言ったのだ。
「いいえ。ノックスと相談として決めたんです。
この国で起きている妖魔の被害については、
前から私たちも胸を痛めていましたし」
兵士のほうもうなずき、
「剣の腕を磨いたのは人のためです。
このような時こそ、戦わないわけには参りません。
……ただ、ディエサを連れてくることだけは迷いましたが」
そう言って、優しくディエサのほおに手を触れる。
「私たちは幼いころからいつも一緒でしたから」
笑顔で答えながら、ディエサは兵士の腕にかかるブレスレットを撫でる。
私が見ても分かるほど、それには強い守護の祈りが込められていた。
美しい外見と、卓越した能力。そして心の底から自分を愛する者。
私がどんなに願っても、
一生手に入らないであろうものを見せられている気持ちだった。
************
そして私と騎士は、彼らに妖魔討伐を任せた。
メイナを使えるディエサが短剣を作動してから蛇を刺し、
騎士が妖魔の気を引いている間に、
ノックスが蜘蛛の妖魔に長剣を突き刺す、という作戦だ。
私はバリアを張ったり、怪我をした時に治療する役割だ。
実際はそんな能力は持っておらず、
せいぜい疲労を回復するくらいのスキルしかなかったが。
しかし、私は密かに作戦に手を加えた。
ディエサを騙して、わざと大蛇に食われるように仕向けたのだ。
首尾よく短剣を大蛇の尾に刺したディエサは
私の嘘を信じ、その場でひとり待機しつづけた。
私はそれを天井ののぞき穴から、黒い期待に包まれながら見ていた。
施設の構造を知らなかった彼女は
大蛇が向こうの兵士たちのところに行くと思い
叫んでノックスに知らせたが、蛇は一周してこちらにやって来た。
彼女が振り向くと、そこには大蛇の顔があった。
彼女は悲鳴すら出さずに気を失った。
意識を失い崩れゆくディエサの体を、
大蛇がバクっと噛み千切るのが見えた。
それは一瞬のことだった。辺り一面に溢れる血。
それを見て、私は笑ってしまう。
あの綺麗な顔をもう見なくて済むのだ!
「あははは! 頭から食われて、美人が台無しじゃない!」
狂おしいほどの嫉妬から解放された瞬間だった。
そして心の底から狂った歓喜が湧き上がる。
ああ、なんて言ってノックスを慰めよう。
************
それなのに騎士と合流した私に告げられたのは。
「ああ、あいつは妖魔に殺られたよ。だから俺が妖魔を倒した」
ショックのあまりに固まる私に騎士はニヤニヤと尋ねる。
「ディエサはどこだ? 俺が慰めてやるんだ」
私は猛烈な吐き気に襲われた。とてつもない自己嫌悪。
このクズ男と私はやっぱり、思考パターンが同じなんだと気付いて。
私はその苦痛に耐えながら、彼女が大蛇に食われたことを言うと、
彼は驚き、あからさまにガッカリした。
「もったいねえなあ! あんなすげえ美人!」
その時、建物が大きく揺れた。
陽のメイナが体内に流れ込むことで、妖魔が苦しんでいるのだ。
私たちは慌てて外に出る。
妖魔の最後のあがきに、地下施設はどんどん崩れていく。
しかし、しばらく待つと、揺れは静かになった。
私たちはほっとする。とりあえず倒すことには成功したのだから。
「よし! 国王に報告するぞ!」
騎士がその場を去ろうとした、その時。
「なんて報告しますか?
”妖魔を倒した兵士の背中に槍を突き立てて殺しました”と?
それとも”魔術師を騙して大蛇に食わせました”でしょうか?」
そこに立っていたのは、蛇を”神”と崇める灰髪赤目の一族。
ここに道案内させた男だ。とっくに逃げていると思ったのに。
彼からは強いメイナを感じた。かなりの攻撃ができるようだ。
……少なくとも、私と騎士より強い。
そしてその男が言った言葉に、私も騎士もショックを受けていた。
私たちはそれぞれ、殺人を犯していたのだ。
案内人の男は、兵士の最後を詳しく話し出す。
ディエサが大蛇の存在を告げる声を聞き、
すぐに駆けつけようとしたノックスの背中に
騎士が槍を思い切り刺した、と。
「妖魔を倒したのはお前じゃない。俺だ」
そう叫びながら。彼は自分が英雄になるために人殺しをしたのだ。
なんてことを。私のノックスを返して!
泣きながら責め立てる私に対し、今度は私の罪を語る男。
それを聞き、今度は騎士が激昂する。
「何考えてんだよ! お前の醜い嫉妬のせいで、
あんないい女を手に入れ損なったじゃないか!」
「たとえ生きていたって、彼女がアンタなんて相手にするわけないでしょ!」
それはノックスも同じだったろうに。
今なら、自分の自己中心な考えが笑えてくる。
言い争う私たちを前に、灰髪赤目の男は”まあまあ”となだめてきた。
「まあ、一番の目的は達成できたから良いではありませんか。
貴方は英雄だ。多額のお金だけじゃなく、たくさんの女も群がってきますよ。
貴女は、そうだな、国を救った聖女だ」
その言葉に、私は雷に打たれたようになった。
国を救った聖女。特別な存在に、私はやっとなれるのだ。
私の横で騎士はニヤニヤしながら、英雄という言葉に酔いしれている。
そんな私たちに灰髪赤目の男はショックな事実を突きつけた。
「でも、残念ながら妖魔はまだ完全には死んでいませんよ」
夢から醒めたように、ハッとなる私たち。
「私はメイナを使えるのですが、
先ほどから陽のメイナが流れていくんですよ」
そういって私たちの目の前で、動物の死骸から出る陰のメイナを陽転させる。
するとそれは、するすると地下施設の下へと流れて行ったのだ。
妖魔はまだ、生きているのだ。
「もし掘り起こしたら、兵士の背中に刺さった槍をなんと答えます?
半分残った魔導士の死体は?
彼女はなんのためにあそこにいたと説明するのですか?
皇国の綿密な調査を前に、全て隠せると思いますか?」
顔面蒼白になり黙り込む私たちに彼は優しく言った。
「陽のメイナを送り続ければ、妖魔はそのうち倒れるでしょう。
いますぐ名誉とお金が欲しいなら、聖女と守護騎士になるしかありません。
事後処理や皇国に対しての対応は、私にお任せください」
そうして私たちは、灰髪赤目の一族に言われるとおり、
聖女と騎士としてふるまうことにしたのだ。
************
妖魔を倒した私たちは祝福を受け、国王からも表彰された。
最初の一週間は幸福で満ちていて、人生の頂点だった。
用意された懸賞金だけでなく、多くの財宝が私たちにもたらされた。
毎晩いろいろな場所に招待され、食べきれないほどのご馳走を振舞われ
必ず手土産にと、贈り物が用意されていた。
灰髪赤目の一族の仕事は完ぺきだった。
事後処理だけでなく、さまざまな対外的な交渉や
事情を詳しく調べたい皇国を上手く退け、
地下施設には近づかないようにしてくれた。
私は聖女として淑やかで優し気に振る舞い、
騎士はおそらく生まれて初めて騎士らしく振舞っていた。
お互い、ボロが出ないように必死だったのだ。
そのせいもあって、いつしか彼は私の”守護騎士”と呼ばれた。
「愛する聖女を守り、妖魔を共に倒した」
という設定が固定化し、私たちは誠実に想い合うカップルにされ、
私たち二人が結ばれることが、
国民にとって最高のハッピーエンドになっていった。
実際のところ、私は騎士を最低のクズだと思っているし、
騎士も私を見下し毛嫌いしていた。
何回も”生き残っていたのがあの女だったらなあ”
と面と向かって言われたくらいだ。
それでも話は勝手にどんどん進み、美しいドレスが用意され、
教会で私たちは偽りの愛を誓うハメになったのだ。
なんという茶番だろう。
その後も妖魔に陽のメイナを送るべく、学園を立てて必死に運営した。
綺麗な服を着て、美味しいものを食べ、名声も手にした。
でも毎日が恐怖だった。
私は聖女になる前よりずっと不幸だった。
騎士は”身近な女には手を出す”性質があったから
気が付くと私は2児の母になっていた。
あの案内役の男からは脅され続け、すべてを支配されていた。
売上や贈物はほとんど持っていかれたし
(寄付したと言え、と言われた)
休む間もなく聖女と守護騎士を演じされられたのだ。
上の娘が聖女の娘だと言われて鼻高々になっているのを見ると
無性に腹立たしくて見ていられなかった。
「お前は聖女の娘なんかじゃない。人殺しの子だ」
と言ってやりたくなるのだ。
私と夫のしたことなのに。
私は限界だった。だからあの日、全部終わらせようとした。
全て暴露してやる! そう宣言したのだ。
すると案内役の男に、地下施設の跡地にある穴に落とされた。
しばらく地下で震えていると、夫も落とされてきた。
私たちはあの男に見限られたのだ。
夫はしゃがみ込んで震えている。
「許してくれ、頼む、許してくれ……」
それはあの灰髪赤目の男に言っているのか。
それともノックスの亡霊でも見えるのか。
……私のところには彼女が来るのかしら?
そんなことを思った瞬間、何かが滑る音が聞こえた。
目の前に大蛇が現れたのだ。”神”はまだ生きていた。
夫が絶叫し腰を抜かして倒れる。
それを大蛇は足から噛みつき、どんどん飲み込んでいく。
私はそれをぼーっとと眺めていた。
喚き続けた彼の声が、突然聞こえなくなる。
蛇の腹が大きく膨れている。あの中身は、夫だ。
とてつもない恐怖を感じているのにも関わらず
私はディエサと違って、気絶することができなかった。
だから大蛇がこちらに向き直り、
大きな口を開けてこちらに飛び掛かってくるのを
身動きも出来ずに見ていた。
大きく開かれた大蛇の口は血の匂いがあふれていた。
偽りの生活は毎日が地獄だった。
でも私たちはまた、新たな地獄に行くのだろう。