2-22.神の定めた判決
22.神の定めた判決
地中より現れた大蛇は、蜘蛛の妖魔の腹部を
しっかりとくわえ込んでいる。
妖魔は怒り狂い身をよじりながら、大蛇の頭部や体に足を突き刺さす。
それでも大蛇はかみついて離さない。
妖魔の片目には、兵士の長剣がまだ刺さっていた。
そして大きな両目はともに大蛇に注がれており、
蛇に対抗するため足も数本使っている。
今が最大のチャンスだ。
ルークスの火竜が寄ってきて、私の腕を引き寄せ、乗り移らせる。
何も言わずとも手順は承知の上だ。
もう、何度も共闘してきたからね。
彼が刺し、私が陽のメイナを送る。
それは兵士と魔術師がやったことと同じだ。
彼も無限にメイナを作り出すことができるが
強力な陽のメイナへと転じている時間はさすがに無い。
蜘蛛が巨大化してしまったことと、
近隣への被害が出ないよう、一瞬でカタをつけるためには
とんでもない量の、極限にまで陽の気を帯びたメイナを、
ごく短時間で剣を通して妖魔の体内に送らねばならない。
神霊女王の力でないと、それは難しいのだ。
本当はその刀身に触れたかったけど、
間違いなく剣に拒絶されるだろうな。
仕方ない。ルークスの腕を借りよう。
蜘蛛の妖魔の後ろ足3本はいまだに大蛇に刺さっていたが、
近づく私たちに気づき、捕えようと残りの足を振り回してくる。
火竜サラマンディアは俊敏にそれを避け、どんどん近づいていく。
どんどん目が近づいてくる。大きく並んだ2つの主眼。
その横から頭胸部にぐるりと複眼が並び、それぞれがウネウネと動いている。
ドロドロとした蜘蛛の口に、異常に飛び出た2本の牙が見える。
おぞましい顔。グロテスクなその姿。
火竜は直進し、蜘蛛の目前まで到達した。
そして主の意を組み、刺しやすいように
両足で蜘蛛の牙を押さえ、頭をその間に曲げ入れ口の中に炎を吐く。
口内を攻撃され、大蜘蛛の妖魔は反射的に口を閉じた。
ルークスはマルミアドイズをかかげ、雄牛の構えで蜘蛛の目に狙いをつける。
「行くぞ」
返事の代わりに両手を向い合せてメイナを膨張させる。
まさに光の速さで、マルミアドイズが蜘蛛の目に突き刺さった。
それと同時に、莫大な量の陽のメイナを
剣を握ったルークスの腕を経由して流し込む。
それだけじゃない。
反対側の目に刺さった兵士の長剣にも同じ量のメイナを送る。
大蛇に刺さっていた短剣型の送信機は壊れていたけど
こちらの受信機は壊れてなかったから。
この古代装置もどのみち破壊しなくてはならない。
ならば、こうすればキャパシティーを超えて壊れるだろう。
この目からも陽のメイナを流し込めて一石二鳥だ。
蜘蛛の妖魔の両目から、陰の気で出来たその体に、
最上級の陽の気を持つメイナを一気になだれ込ませる。
私に生成の時間も、陽転の手間も必要ないのだ。
何故なら、全てのメイナはジャスティティアのものだから。
一瞬で、ばふっと音を立て勢いよく蜘蛛の体は膨れ上がり、
頭胸部も腹部も、内部がボコボコと沸騰したかのように動きだす。
そして蜘蛛の妖魔はキーキーとした奇声をあげながら、
手足を振り回して悶絶し、ところどころ黒い液体を噴出させながら
シュウシュウと湯気を立て、徐々にその体を溶かしていく。
その巨体のところどころに生じた亀裂めがけ、
ルークスが突き刺すように光線を振り下ろす。
バラバラになりつつも蜘蛛は横倒しになり、
激しく手足を動かしていたが、
しだいにそれを胴体の上に縮こませていく。
溶けだしたその体は山の上部を覆い、樹木や草木を枯れさせていった。
しかしその範囲は蜘蛛の大きさのみで済み、
学園やふもとまで広がることはなかった。
私たちは火竜の上で、その荒れ果てた景色を見下ろす。
礼拝堂も、地下施設すらも跡形もなく焼け焦げ、崩れ落ちていた。
山の至る所で小さな火が見えるが、皇国兵が順次消化していくのが見える。
妖魔が放っていた生臭いにおいを、風が少しずつ飛ばしていく。
……150年の時を経て、この地の妖魔はやっと倒されたのだ。
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大蛇の姿はいつの間にか消えていた。
私たちは学園に戻った。まだ仕事が残っているから。
皇国兵に左右を固められたまま、学園長が嬉しそうに拍手する。
「いやあ、見事だ。今度こそ倒しましたね。
新しい伝説の誕生に立ち会えるとはなあ。
ああ、君、悪いがメモを取りたい。紙とペンを貸してくれないか。
この日のことを克明に記録したいので。それくらい良いじゃないか」
何を言っているのか。あきれ顔の皇国兵だったが
ちょうど目が合ってしまったらしい学生は、
生真面目にも講堂に文具を取りに行ったようだ。
「そうだ、学園の名前をアスティレアにすれば良い。どうです?
この学園の新たな聖女誕生だ、ヒヒヒ」
そう言って笑う学園長を無視して、私は裁判を進める。
いささか急だが、判決の時が来たのだ。
もはや十分すぎるだろう。”自白は証拠の女王”だしね。
私は左手に”天秤”を、右手に”剣”を生み出す。
天秤は「正義」を推し量り、剣は「力」を行使するための大切な道具だ。
「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」と言われるように、
正義と力は法の両輪だから。
教師や学生があっけにとられて見ている。
伝説の中でしか知らなかった光景だからだろう。
そんな中、ルークスは全体が見える位置へと火竜に乗って移動していく。
そもそもルークスは私を守るために裁判に参加しているわけではない。
誰にも武器を私に対して使わせない、暴動を起こさせないように。
追い込まれた人間はパニックを起こすが、私の力で制圧するわけにはいかない。
私の力は、絶対的に強大だから。ガベルを打っただけでも国土が揺れるほどに。
被告人だけでなく、この国や人民に対する影響は計り知れない。
この力で不本意に誰かを傷つけることがないように。
「君から世界を守ってあげよう」
と、彼は私に約束したのだ。
だから裁判の最中、何らかの異変や問題が生じた際に、
私よりも早く動けるように、必ず備えておいてくれる。
だから私は思う存分、断罪できるのだ。……しかし。
講堂から戻ってきた学生は何が起きているのか分かっておらず、
きょろきょろし、そのままノートとペンを学園長に渡す。
丁寧なお礼を言って、受け取る学園長。
”天秤”をかかげて、私は主文を言い渡す。
「被告人 フグェレ・アヴァル。恐喝および殺人未遂の罪により……」
そこまで言うと、学園長はいきなり爆音を響かせ周囲の兵を弾き飛ばした。
そして目の前の学生の首に、隠し持っていた細いナイフを当てる。
しまった。学園長はメイナが使えるんだった。
しかも彼が今、手にしているのはただのナイフじゃない。
私が妖獣退治に使うようなメイナの槍で、
こちらがうかつに動けば自動的に動き、突き刺さるだろう。
人質となった女の子は恐怖で声も出せない。
「誰かが追いかけて来たり、私がメイナを感知した時点で、
この学園から死者が出ますよ」
そう言い、そしてものすごい速さで学生を引きずり、森へと入っていく。
クルティラもリベリアも蜘蛛の妖魔の残務に向かっており、
ルークスも離れたところにいたのが仇となった。
兵は次の策として、彼が逃げないように上空から追うよう指示を出す。
またメイナを使用せず彼を捕らえるため麻酔弾を別班が用意する。
私は空から向かうか迷った、その時。
森から大きな地響きが鳴り、土砂が噴出し崩れる音がする。
そしてものすごい悲鳴が聞こえた。連れ去られた女の子だ。
人質に手をかけるには早すぎるのでは?! と思ったが、そこには。
木と木の間からゆっくりと伸び上がってくる巨大な影。
あの大蛇がまた地中から現れたのだ。
以前、この付近の山道で私は古代装置の気配を感じたことかある。
つまりこのあたりの地下には、大蛇の通り道があったのだ。
蜘蛛の妖魔と戦ったあと、こちらに逃れて来ていたのか。
近くで見るのは二度目だが、こちらも本当に大きい。
だが、なぜか前回とは様子が違うように感じた。
何か知性のような、強い意思を感じると言うか。
大蛇は鎌首をかかげ、白濁した目でじっと何かを見ている。
そしていきなりそれをめがけてバクっと飛び掛かった。
再び頭をあげた大蛇の口には、男の下半身がはみ出ていた。
「あれは?! 学園長?!」
誰かが叫ぶ。そうだ、間違いない。私は森へと走った。
大蛇に咥えられ、その口からはみ出た2本の足がジタバタと動くのが見える。
しかし次の瞬間、蛇が強く噛み締めると同時に、血が大量に噴き出したのだ。
私と皇国兵がその場に到着すると、人質の学生が震えていた。
「わ、私を蛇の前に突き飛ばして、学園長は逃げようとしたの……
でも蛇は私を無視して、学園長を……」
泣きじゃくりながら言う。
ケガはないようで安心したが、本当に怖い思いをしただろう。
私は自分の甘さを申し訳なく思った。
蛇の口の端から血が流れ落ちていく。
目の前で蛇は上を向き、残り半分も飲み込む。
学園長はおそらく即死だったろう。
まさか”神”によって葬られるとは。
私と兵、そして上空に来たルークスが大蛇に対し構えると、
蛇は巨体に似合わない速さで移動し始めた。
そして東屋付近にそびえ立つ、学園の時計塔に巻きつきながら登っていく。
これはこの学園で最も高い建物だ。
私は気付いた。もしかして。
そして大蛇は、まるで皇国の意思を知るかのように、
建物に巻き付いたまま鎌首をあげ、空を見上げる。
それは裁きの時を待っているかのようだった
それに応えるかのように、空気がいきなり重い気配に包まれる。
ピリピリとした緊張した気配があたりを漂っている。
まるで重力が増したような、それでいて爆破寸前のような。
空が光り、ものすごい爆音とともに光が走り、地面が揺れる。
硬く高温の光るギザギザとした巨大な稲妻のようなものが
塔の上から地面まで突き刺さり、ごうごうと音を立てて燃え盛る。
大蛇もまた、空を見上げたまま燃えていく。
”カラドボルグの雷”だ。
皇族のみが扱うことが出来る”神剣カラドボルグ”。
これは皇国の制裁を表し、国や組織に対する”死刑宣告”のようなものだ。
私たちは灼熱の炎に焼かれる学園と”神”の最後を見届ける。
”全てを終わらせる”
それが”神”の選んだ判決だったのだ。