2-21.妖魔復活
21.妖魔復活
伝説の真相は、想像以上に酷いものだった。
そこまで聖女と守護騎士が名声に固執していたとは。
学園長はニヤニヤ笑いながらつぶやく。
「あの”神”は、私の家にたくさんの富を与えてくれました。
働かなくても一生、楽に暮らせる財産をね。
父は食道楽で、美味しいものしか食べなかった。
私は旅行が好きでね、仕事の名目でいろんなところに行きましたよ」
そしてこちらを向き、首を傾けて尋ねる。
「ところで、私個人の罪はどのくらいのものでしょうか。
聖女の子孫はもはや、なんの契約書もなしに
私の家系を学園長に任命し、高額な給与を支払ってくれています。
私は親の仕事を継いだだけだ。恐喝すらしていません」
理事長が前に出てきてキイキイと叫ぶ。
「嘘よ! 何か要求があるたびに持ち出してきたわよね?
”そろそろ礼拝堂の大規模な工事でもしますか?”とか
生徒に”聖女の手紙を読みましょう”と言ったり!」
「それのどこが脅迫なんですか? ふふふ」
そういって学園長は窓の外を見る。
「私を裁くことは難しいでしょうなあ。もう、証拠もないのに」
その時、外でものすごい爆発音が響いた。
続いて、大勢の叫び声や地響きが聞こえてくる。
急いでみんなで講堂前の外苑に出ると、
山の上方にある礼拝堂が燃えているではないか。
先日の強制捜査、私たちが地下施設に潜入した日以降、
周辺には絶えず皇国兵が警備していたのに。何が起こったの?!
ルークスの前に兵が走り込んで来て叫ぶ。
「礼拝堂が爆破されました!
犯人はおそらく、ここの教師と思われます!
聖女に祈りを捧げると言い、入っていくのを見たものがいます!」
どのような権力も信仰を妨げることはできない。
私の脳裏に、今日に限っていない人の顔が浮かんだ。
「学園長、プレサ主幹教諭はどちらに……」
振り返った学園長は困った顔を作り、嫌な口調で言い出した。
「それが、困ったことにねえ。
主幹教諭は皇国とあなたに対して、それはもうお怒りだったのですよ?
学園をめちゃめちゃにした、と言ってね。
聖女の名を汚す気だと知ってからは、もう半狂乱でしたよ」
「聖女の名を汚す気だと、学園長が言ったんですね。
皇国が真相を追及していることなど、プレサ先生が知るわけないですから」
私の指摘に、ニヤニヤと笑いながら言う。
「ええ。このままでは学園がなくなってしまいます、と相談しました。
皇国は礼拝堂にある古い施設を疑い、調べるつもりだとお話したら
”あれに難癖つけるつもりなのね、そうはさせない”と息巻いていらして。
無茶なさらないと良いのですがねえヒヒヒ」
この一族はいつもそうだ。
人の汚い面につけ込んで、自分の利益に変えるのだ。
「一瞬にあれだけ燃える火薬を用意するのは、彼女には難しいだろう。
あなたも共犯ではないか」
ルークスの指摘に、
「とんでもない。改装工事のための火薬を、間違えて多く発注しましてね。
校舎に置くのは危険だから、礼拝堂に運んだだけですよ。
扱いには注意せよと主幹教諭にも言ったのですがねヒーッヒッヒ」
彼女が自分の思い通りに動いたことが可笑しくて仕方ないようだ。
しばらく顔を覆って笑っていたが、その手を外すと。
学園長の目が真っ赤だった。目にかけていた幻術を解いたのだ。
蛇を”神”と崇める灰髪赤目の一族。
「この”金の卵を生む鳥”も寿命が来たか」
薄く笑ってそうつぶやいた。その時。
噴火のような轟音とともに、ものすごい悲鳴が聞こえた。
礼拝堂のあった場所を見ると。
地面から次々と、黒い大きな木の根のようなものが生えてくる。
それは地上である程度伸びると、今度は折れ曲がる。
その数、8本。
そして土壌を崩しながら、頭胸部がゆっくりと上昇してきた。
蜘蛛の妖魔が復活したのだ。
何十倍もの大きさに成長した姿で。
火薬の火は地下まで届き、ブレスレットを焼き切ったのだろう。
闇の中に、燃え盛る礼拝堂の炎を受けて、
恐ろしく巨大な蜘蛛の姿が浮かび上がっている。
なんて禍々しい姿だ。学生たちが悲鳴をあげる。
蜘蛛の足の一本は、何かを掴んでいる。
それが人だと気付いた時には、蜘蛛の口から出た尖った牙が刺さっていた。
妖魔の大きさに対して小さすぎるそれは、瞬く間に食われた。
刺さった牙から体内を溶かされ、吸い込まれ……
グニャグニャになった体は投げ捨てられた。
……あれは、プレサ先生だ。
火薬をセットし逃げたは良いが、徒歩で山道を進む中
復活した妖魔に見つかり捕まったのだろう。
私はせめて、彼女が気を失っていたことを願った。
ルークスは”足”の時点で火竜を呼び、妖魔に向かっていった。
学園長を皇国兵に任せ、私も妖魔のところへ行かないと。
兵へ飛竜の手配を依頼する私に、学園長がいう。
「おやおや、ずいぶんと勇敢ですなあ。人は見かけによらないものだ」
私は答える。
「お互い様です。正体を隠しているのは自分だけだと思わないことね」
そういって、私は外見にかけている術を解く。
あの最大級となった蜘蛛の妖魔に対抗するのは、
私の本来の姿、本来の力が必要だから。
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淡い光とともに、たちまち解ける幻術。
誰かが呟く。
「なんて美しい……黄金の髪に白い肌……女神のようだわ」
「あの瞳、見て。煌めくような瑠璃色よ。唇は赤い宝石みたい」
「あれは……そうよ! 彼女は!」
正義を司る神霊女王ジャスティティア。
私はその、直系の子孫だ。
髪や目の色、肌色などは変わったが、
顔や体形が変わったわけではない。
しかしこの姿は異常に目立ってやりにくい上に、
とんでもない制約があるのだ。
この姿での力の行使は制限が難しいほどに莫大だ。
また向けられた剣などの武器は全て砂と化してしまう。
それがもし王家ならば、神に”王者の資格なし”と判断され、
その身も砂となって崩れ落ちるのだ。
滅多にこの姿で人前に立てないのはそれが理由でもある。
遠くで蜘蛛の妖魔が、立ち向かう皇国の兵に向かって足を振り上げている。
このままでは危ない。そう思い、こぶしを掲げて振る。
グォン、グォン……グォン。
どこからか”ガベル”を打つ音が鳴り響き、
ものすごい縦揺れの地震が山全体を襲う。
蜘蛛はバランスを崩し、振り上げた足を元に戻して揺れに耐えようとする。
これが、神霊女王の力だ。安易に使えるわけがない。
なぜこんなところに……という声が聞こえてくる。
それはね、元祖の神霊女王は法と証明のみで判ずるのではなく
自身の目で事実を見て、それをもって判決を出すことにしたの。
その”家訓”があるから、代々うちは現場主義なんだよね。
クルティラが飛竜に乗り、兵を襲おうとする蜘蛛の足先を
一本ずつ切っていくが、あっという間に再生してしまう。
ルークスが何度か本体を突き刺そうとするが、
学園長の家の伝承どおり表面はデコボコと粘着質のもので覆われており
いったんは燃えるが刃先は刺さらずに、こちらも回復が早い。
リベリアはすでに外苑の一番前に出て、
空を覆うほどのバリアを張っている。
こんなことができる神官はそうはいない。
「学園のみんなを頼むね」
私がそういうと、リベリアは蜘蛛を見ながら笑って答えた。
「問題は先延ばしにすると肥大する、それの良い例ですわね。
一気に解決なさってくださいな」
私は皇国兵の用意した飛竜に乗る。
そして火竜に乗ったルークスの横で飛ぶ。
「アスティリア!」
「承知!」
わかってる。
あれを倒すには、兵士と魔術師がやったのと同じ方法しかない。
私は彼の剣、マルミアドイズに目をやる。
たぶん触らせてくれないだろうなあ。
かの名剣は、自分の認めた主以外、
けっして触れさせることはしないのだ。
その時、蜘蛛がいきなり、足を踏ん張ったあと跳躍し、
学園に向かってに転がるように進んできたのだ。
まずい! このままでは学園の人が危ない! そう思った瞬間。
蜘蛛が静止したのだ。そしてグググググと震えている。
下側を見ると巨大な蛇が、蜘蛛の腹部の末に食らいついていた。
”神”が地中より現れたのだ。