2-20.伝説の真相
20.伝説の真相
皇国がすでに真相を手にしていた。
その事実を突きつけられ、動揺している様子の校長。
いや、まだ大丈夫だ。
そう思ったらしく、急に教師や生徒の前に歩いていく。
「今さら”聖女と守護騎士は妖魔を倒してない”
なんて事実を公表しても、誰が得をするというのかな?
むしろ悲しんだり困る人の方がはるかに多いことに気が付いて欲しい。
学園の名を汚すことは、卒業生はもちろん、
スタービル先生や友だちが困るぞ?」
なあ? そうだろう?
学園長に同意を求められ、顔を見合わせる先生や学生。
評判が落ち生徒は激減し、学園は間違いなく廃校になるだろう。
私と目が会うと、彼女たちは困惑したように逸らす。
「それにここの聖盾会で見初められて嫁いだ者は、
嘘つきだと離縁されるかもしれないなあ。可哀想に。
学生たちも今後どのような嘲笑や迫害を受けるかわからない。
もっと思いやりのある、穏やかな方法で解決するのが、
為政者というものではないかね?」
学園長の言葉に、みんなが不安そうな顔になる。
そして悲しげに、心配そうに私を見てくる。
これが私の仕事だと覚悟はしていても、やはり心が苦しくなる。
みんな、ごめんね。
「いいえ、残念ですが。
確かに断罪によって、加害者の周辺にも
迷惑や被害があるのは逃れられない弊害です。
犯罪者の家族を筆頭に、犯罪を犯した組織に属していた場合も、
何の罪が無くても同族または加担したと判定されてしまうのです。
しかしそれは、罪を隠蔽する言い訳にはなりません」
私は続ける。
「たとえ過去の犯罪でも、隠すことは人の歴史において不利益となります。
兵士と魔術師は、結婚式間近だったのに、
守護騎士たちに連行された挙げ句
騙されて困難な任務を負わされ、用済みの後は殺されました。
しかしこの事実を世間に公示するのは、
彼らに対する単なる同情ではありません。
人は公的情報を知る権利がある、それたけです」
「フン、その公的情報とやらで、仕事や信用を失う人がたくさんいてもか。
まったく、安全な場所にいる人たちは他人に残酷ですなあ」
やれやれというように首を振り、教師や学生に同意を求める。
「過去の犯罪を暴露することは、
今を生きる我々の生活よりも大切だそうですよ」
そんなこと言ってない、と私が言おうとした時。
「ええ。大切なことだと、私も思います」
スタービル先生がはっきりと言ったのだ。
いつもの、オドオドと小声で話す様子とは大違いだ。
ああ? お前は何を言っている?
という表情で、顔をあげた学園長に対し
「真実を知ることは辛いことがあります。
それは過去の犯罪だけではありません。
でも事実から目を逸らすことは、未来の生活を失う恐れがあります。
私たちは、過去に学ばなくてはならないのです」
スタービル先生は、歴史の先生だった。
その強い意志と明朗な回答に、他の人たちもうなずき反論を始める。
「いつまでも隠せることではありません、学園長」
「どのみち自分自身がこの事実を知った段階で、
この学園にいることは無理だから」
もっともな言葉に、学園長は忌々しいといった感じで皆に言う。
「バカなことを。後で痛い目にあって泣くハメになるぞ」
「いや。それは無いな。
何故ならそれらに対する対策を、皇国が準備していないと思うか?」
良く通る声が、講堂を響き渡る。
やっとのご到着だね。あれが片付いたのか。
ルークスは入り口から大股で歩きながら説明する。
「もちろん口の悪い者や民度の低い者は
何かしらの揶揄や中傷を述べるだろう。
しかしここで働く者や学生は被害者として報道されることになる。
こちらの卒業生に対しても同様だ」
みんなの前に来ると、安心させるように先生や生徒に向かってうなずく。
そしてさらに話を続ける。
「また残念ながらというか当然というか、
近隣の国々は元々、聖女伝説には懐疑的であったと調査で出ている。
若い貴族ならなおさら”聖女”という言葉にそれほど価値などないそうだ」
確かになあ、結婚を現実的に考えれば考えるほど、
”私は聖女です”って言われてもね。
ルークスは少し笑って、学生に言う。
「聖盾会の時にも言ったが、何かに属することで評価する者は同じ理由で嫌う。
しかしここに訪れる若い彼らのうち、
本気で聖女を探していた者は皆無だったようだ。
学園的には残念な話だが、結果としては良かったと言えるな」
リベリアが重ねて言う。
「そうですわね。お友だち同士で開く”神の生誕祭”でも
本気で”ハッピーバースデー神様!”なんて思ってる人はいませんわね。
イベントのテーマは、集まって楽しむための口実のようなものですわ」
学生たちは笑う。ほんとにそうだね。
私も在学中、何回も思ったよ。
誰も聖女じゃないし、ゲストもそれを気にしてないなあって。
聖盾会に来ていたのは、楽しかったからだよ、きっと。
ルークスは先生方にも、廃校後の金銭補助や
再就職について皇国が力になることを説明した。
すっかり安心し和やかになった教師や学生に反して、
学園長は苦々しい顔で吐き捨てる。
「ああ皆さん良かったですな。
ところで私に対する金銭的な損害に対する補償も
もちろん用意してくださるんでしょうなあ」
「いいえ、ありません。何も出ません」
私が即答すると、いきり立った学長はとうとう怒鳴る。
「何故だ! どのくらいの損だと思っている!
きっちり賠償してもらうぞ!」
「ダメですよ。自分のせいで廃校になるのですから」
そういう私に学園長は今度は笑いだす。忙しい人だ。
「おいおい、親や先祖が犯した罪を子孫が償う必要はあるのかね?
私は、何も、知らなかった。私だって被害者だろう?」
ルークスは入り口に立つ皇国兵に合図を送る。
すると皇国兵が、大きな毛布に包まれた婦人を連れて来た。
それが誰か分かり、学園長は目を見開き絶句する。
他の教師たちが大きな声で呼びかける。
「り、理事長! ご無事でしたか!」
毛布の隙間から、泥だらけの理事長が顔を出す。
「……絶対に許さないわよ、この、人殺しっ!」
怒り狂っている学長の雰囲気に驚き、押し黙る教師と学生たち。
知事長はリベリアを見つけると腹立たしげに食ってかかる。
「あなたね、危ないと知っていたなら、もっとちゃんと警告してよっ!」
リベリアはフフッと笑い、
「わかりました。では今回はちゃんと警告しますね。
知っていることを全て話したほうが、罪を重ねずに済みますわ。
このままでは主犯どころか、単独犯にされますわよ?」
その言葉に理事長はぶるぶると震え、
ちがう! というように首を横に振り、
誰も尋ねてはいないのにベラベラ話し出す。
「この男は、この男の一族はずっと、私たち聖女の子孫を脅してきたのよ!
証拠だってあるわ! 初代の聖女が脅された文面が!」
「聖女も守護騎士も人殺しだった、というものですね」
私は確認する。前学園長に殺された前理事長の手帳に書かれていた言葉だ。
守護騎士は兵士の亡骸で彼の犯行だと予想はついていたけど、聖女もなのか。
聖女は、おそらく……。カマをかけてみる。
「確か、守護騎士が兵士を。聖女が……」
「魔術師をね、はいはい、だまして蛇に食べさせたっていうんでしょ!
もう何回聞かされたかわからないわ。本当に腹立たしい。
この一族さえ見ていなかったら……」
目撃者さえいなかったら、正々堂々と聖女の子孫として生きられたのに。
本気でそう思っているのか、この人は。
脅されて利用され続けるとはいえ、お互いメリットのある関係性だった。
聖女たちの子孫は名声を、一族は金銭を。
それなのに学園長は”皇国が呼んでいる”と嘘の情報で理事長を呼び寄せ、
礼拝堂の例の場所から”神の食事室”へ落としたのだ。
彼女の母親と同じように。
それなりに味方だと思っていた学園長に裏切られたのが、
よほどショックだったのだろう。
「まさか私を、あんな場所に投げ込むなんて! この人殺し!」
「あなただけじゃありません。
反抗したり、秘密に耐えきれそうにない者は
あの穴に投げ込まれたんです。あなたのお母さんもです」
私の言葉に理事長は目を見開き、両手で口を塞ぎ絶叫する理事長。
「役に立たない者は、供物にするしかないですからね」
開き直ったらしい校長は、ふう、と息をはいて演壇に座る。
そして真相を語り出した。
彼の家に伝わる、伝説の真相を。
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「大した力もないのに自分がスゴイ人間だと思っている聖女と
金と女に汚くて何か巻き返さないと後がない守護騎士。
そんなやつらは大枚はたいて、良い道具を手に入れた。
これで倒せる、と私の先祖に案内させたはいいが、
もう、まったく手が出ない状態で逃げ帰る始末。
あきらめるかと思いきや、自分の国から人を連れて来たそうだ。
それは強く格好の良い兵士と、
見たことないほど美しい魔術師だった。
彼らは無理やり連れてこられたんだ。
協力しないと親の店を潰すってね。
それで守護騎士は、兵士に長剣で蜘蛛を刺せと命じたんだ。
でも、それ以上のことは言わなかった。
案内人であるうちの先祖に”神”に短剣を刺すなんて知られたら、
邪魔されるに決まってるからね。
それに魔術師に危険な仕事をさせると知ったら、
兵士が言うことを聞かないだろう。
それで、5人であの場所に行ったんだ。
うちの先祖は帰れと言われたけど
”神”が気になって上から見ていたそうだ。
するとどうだ、聖女が魔術師に短剣を渡して
「合図が聞こえたら古代装置を起動して、
あの隅にちょっとだけ見えている蛇の尾に、これを深く刺せ。
蛇は向こうを向いていて、体をこちらには戻せないから大丈夫だってね。
……そりゃ向きは変えられないけど、あの地下施設の作りだ。
ぐるっと回って一周すりゃ、蛇の頭は尾っぽの場所まで戻れるんだよ」
でも、魔術師はあの施設の構造を教えてもらってないのだ。
「そして絶対ここを動くな。そうすれば兵士は助かるのだ」と命じたんだ。
魔導士は言われるままだったよ。
聖女は兵士たちが怪我したら治癒すると言って逃げ、
安全な場所にいき合図を出した。魔術師は”神”の尾に深々と刺す。
陽のメイナがどんどん送られていく……。
うちの先祖は大慌てで、兵士たちの様子を見に階段のとこまで行った。
兵士たちはすでに、狩っておいた猪をあの部屋に置き、蜘蛛を誘い出していた。
だから蜘蛛は食事の最中だった。
光る長剣を片手に、兵士は素早く、顔を上げた蜘蛛の目に刺したんだ。
なんで刺しやすい背中にしないかって?
その蜘蛛の妖魔は、ドロドロとした黒い粘液に覆われていたんだとさ。
だから失敗する恐れがある。しかし蜘蛛を相手に二度目はない。
力量のある兵士の勘で、確実に刺せ効果も高い目を狙ったんだろう。
本当に腕の立つ兵士だったんだな。
蜘蛛は流れ込む陽のメイナに耐え切れず暴れまわり、
剣を刺したまま地中へと潜り込んでいき、動かなくなった。
まあ、作戦は成功。しかしだ。ここからが伝説の始まりだ。
いきなり魔術師の悲鳴が聞こえた。
「逃げてノックス! 大蛇がいる!」
神が現れたんだ。まあ、あそこにいたら、見つかるよな。
その時だ。
彼女のところへ行こうと、壁に自分の剣を向けた兵士の背中に
守護騎士が、槍を思い切り刺したんだ。
「妖魔を倒したのはお前じゃない。俺だ」
と言ってね。自分が英雄になるために人殺しをしたんだよ。
うちの先祖は慌てたね。急いで魔術師の方を見に行ったら。
もうすでに、神に半分食べられていたよ。上半身が千切れていた。
それを見て、聖女は笑っていたそうだよ。
「美人が台無しね」
だと。こっちは嫉妬と、やはり自分一人が名誉を手にしたかったのだろう。
じゃなければ、別に神に見つからないように刺せたし
動くなと言われてなきゃ、刺してすぐに逃げてたはずだ。
嫉妬って怖いよな。
聖女がどんな顔だったか、理事長みりゃわかるだろ?
これで二人とも生き残ったら、
みんなが話題にするのは魔術師のほうに決まってる。
これが、代々うちに受け継がれてきた、あの伝説の真相ですよ。