表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
学園廃校編 ~”お前など聖女にはなれない”と私を学校から追放したけど、廃校までのカウントダウンが短くなりますが大丈夫ですか?~
49/165

2-17.兵士の最後

 17.兵士の最後


 古代装置の分析と、”神”の生物学的な検証、

 そして妖魔が生存する確率の計算。

 私はそれらのために、いったん皇国に戻っていた。


 まずは採取した大蛇の歯を、一番見せたかった人のところに持って行く。

 生物学的な相談がしたいのもあるが、

 この喜びや興奮を分かってくれるのは彼女だけだ。


「大蛇ですかっ?! 胴の直径1メートル! 素晴らしい!」

「体内で熱が作れる可能性あり……そしてジムグリ属なのにこの歯!」

 私の()()()を手に、彼女は大興奮で話を聞いてくれる。


 彼女はクリオ。この皇国の生物学研究所の優秀な研究員だ。

「常習的な()()()()()()の接種によって、体質が変化したのかなあ」

 そう私が問うと、きょとんとして彼女は首を横に振った。

「いえいえ、違いますよ。生物的変化というものはそう簡単には起こりません。

 私が考えるにその大蛇、すでに()()()()()ね」

 予想外の答えに驚く。だって、動いて……。

「死んでも動いてるものなんて、姫様いくらでも見てるでしょ?」

 あ、と思い、うなずく。

宝箱(たからばこ)にたくさんあるね」


 宝箱といっても箱ではない。半分、地下に埋まった建造物だ。

 この生物学研究所の片隅に建っており、

 私の私的なコレクションが数多く収まっているため、そう呼んでいるのだ。

 クリオにはそこの管理も任せている。


「ま、人間の死体だって、メイナを流せばいくらか動きますし。

 おそらくその蛇は陽のメイナを集めて保持する特性があるから

 それを使って這ったり攻撃したりの疑似生物的な活動を行えるのでしょう。

 襲ってくるのもプログラミングされた行動のようなものです。

 メイナで動くカラクリ人形ってことですよ」


「じゃ、肉も食べるの?」

「いいえ、生命活動のエネルギー源として食事するわけですから。

 メイナがエネルギー源なら食欲もないですよ」

 うーん。じゃあ、肉はどこにいったんだ? 考え込む私に。


「もう一匹、お肉大好きがいるじゃないですか」

「え? ……蜘蛛の妖魔のこと?」

 うなずいて、表紙に蜘蛛が書かれた本を持ってくる。

 そしてページをパラパラとめくり、ある個所を指さす。

「蜘蛛はね、自分の糸を飛ばすんです。

 移動のためが多いですが、糸を飛ばして獲物を捕らえる蜘蛛もいるんですよ。

 妖魔ならなおさら。糸を周辺に吐き出しておいて、

 獲物がかかったら引き寄せる。ま、釣りみたいなもんでしょうか」

「じゃあ聖女への捧げ物は……」

「陽のメイナは蛇が吸収、残った肉は妖魔と、

 仲良く分けていたってことでは?」


 でも問題は、妖魔が生きているなら、

 なぜ動き出さないかということだ。

 それは実際に見てみるしかないな。


 私は彼女にお礼を言って皇国を出ることにした。

 が、その前に。


 今日はちょうど、ディクシャー侯爵夫人の誕生日パーティーの日だった。

 ディクシャー侯爵には平素、並々ならぬ世話になっている。

 私が何か他人に()()()()()()と、対応するのはたいてい彼だ。

 国勢や文化などの知識が豊富で弁が立ち、しかも心理学にも長けている。

 まあパルブス国の時には、あの残念な王子のレベルに合わせて

 直接的で分かりやすい言葉にしなくてはならなかったし

 今回も”最終審理”までの時間が無く、事態によってはさらに急を要するため

 手っ取り早く、彼女たちを煽るやり方を取るしかなかった。


 でも普段は真面目で温厚なおじさんで、

 その奥方はいくつになっても大変愛らしい方だ。

 私は久しぶりにドレスを着てパーティーに参加し

 奥様に贈り物とともに、お祝いの言葉と感謝の意をお伝えした。


 さあ、ガルク国にある潜伏先に戻ろう、と思っていた矢先。

 パーティー会場の出口に白シギを肩に乗せた伝令が待ち構えていた。

 聞けば、すぐにファリール国王のもとへ向かって欲しいと。


 とうとうファーラの父上が動いたのだろう。

 おそらく娘のやらかした件について、

 裁判になる前に解決しようと、ファリール国王まで巻き込んだのか。


 他国の国王の命とあらば、行かなくてはなるまい。

 相手の出方次第だな。まあ、急ぐか。

 私は皇国の用意した移動用飛竜に乗り込んだ。


 ************


 ……私はアホのような協議を終え、潜伏先に戻った。

 和解は見事に決裂した。

 まあ最初から和解する気なんてなかったんだろうな。

 こちらは良いか。ほっといても。


 それよりもリベリアの様子が気になる。

 彼女は学園を退職し、和解協議の場へギリギリの時間でやってきた。

「学園で、何かあったの?」

 リベリアは顔を曇らせたまま、理事長が学園に戻ってきた話をする。

 皇国に帰国を強制されたこと。

 夢で母親が泣いていたこと。行く手を遮るトンボの群れ。

「何か、良くないことを予感させますわ。

 少なくとも皇国が呼び出した件については

 先ほど虚偽とわかりましたし」

「誰がそんな情報を……」

 そう言いつつ、私もわかっていた。そんなの一人しかいない。


 虚偽と分かった時点で、リベリアは皇国に指示を出し

 大至急、理事長に連絡を取ることと、警護を派遣した。

 理事長はすぐにファリールの宿に戻ると言っていた。

 そこで保護できればきっと大丈夫だろう。


「じゃあ、行きますか」

 妖魔の生存確認や伝説の真相が分かるのは現場だけだ。

 私たちは準備し、もう一度あの地下施設へと向かった。


 ************


 今回はスムーズに”祈りを捧げる場所”まで行くことが出来た。

 大蛇に見つかってしまうと、攻撃性は残っているので危険だが、

 ”神の食事室”にさえ近づかなければ、遭遇する可能性は低いのだ。


 金属の壁を一周してみる。ぐるっと、四方に隙間がないことを確認する。

 私はルークスの言葉を思い出す。

 ファーラたちとの和解協議の帰り、火竜の背で話したことを。


「守護騎士の話だと、その兵士も魔術師も妖魔にやられたといっていたな。

 まず、それは間違いなく偽りだ」

 私はうなずいた。確かにおかしいのだ。

 書面で”妖魔に襲われて二人とも死んだ”とだけあったが

 兵士はともかく、短剣を操作するため離れた場所にいる魔術師は、

 妖魔に襲われる機会がないのだ。


「そう考えると魔術師の死因は、大蛇によるものという確率が高い」

「たぶん、そう。私も似たような状態だったから」

 尾に刺さった古代兵器を見つけたため、それに夢中になり、

 背後に大蛇の頭部が回り込んできていることに気が付かなかったのだ。

 聖女は大丈夫と油断させただろうし、

 あの建物の構造を理解していなかったらなおさらだろう。


 しばらく沈黙した後、ルーカスは続ける。

「もし彼が長剣を妖魔に刺した後、彼女の安否を気遣うとしたらどうする?」

 いくら守護騎士たちに、これは安全な作戦なんだと言われていても。

 腕の立つ兵士と言われていた彼なら気付いていたかもしれない。

 自分だけでなく彼女も、危険な仕事をさせられていると。ならば。

「”祈りを捧げる場所”から真っ直線に”神の食事室”へ向かう」


 俺なら、そうする。

 そういって、ルークスは私のほおに手を当てた。


 私は”神の食事室”への方角の、金属の壁の前に来る。

 もしかすると。そう思いながら、軽くノックする。

 バン、バン、バン。重たい音が響く。

 バン、バン、バン……コン。急に音が変わった。

 ここだけ、内側の金属板がないらしい。


 クルティラと目を合わせる。

 彼女がナイフを出し、壁に突き立てる。

 かなり深く刺さった。ここは薄くなってる!

 ナイフを軸に、私のメイナで金属の板を曲げていく。

 少しずつ、少しづつ。巻き上げながら、めくっていく。


 そしてやっと、一人がくぐり抜けられるくらいの穴が開いたのだ。


 中から、モアッという生臭い空気と。

「妖魔の気配だわ。気を付けて」

 入ろうとするクルティラを押さえ、私が先に行く。

 相手が妖魔なら私が一番だ。

 そして”神の食事室”の時と同様、灯りを作って部屋を明るくすると。


 私は思わず口を押えた。


 すぐ足元にあったのは、背中に穴の開いた兵士の服と骨。

 そして守護騎士が持つ槍だった。

 最後に入ってきたリベリアがそれを見て悲し気な顔をし、聖句を唱える。

「彼を殺したのは、妖魔なんかじゃなかった」

 妖魔に長剣を刺し、恋人のところへ向かおうとした兵士を

 守護騎士が後ろから自分の槍で刺したのだ。

 何故?! どんな理由で?


 クルティラが壁を確認しながら言う。

「背中を刺された後よ、この壁を壊して進もうとしたのは」

 槍は背中を貫通し、それが一度金属の壁にささっている。

 それを引き抜いたあと、壁を自分の剣で剥がし始めた形跡がある。

 それでも行こうとしたのだ。彼女のもとに。


 悔しさと怒りで目の前が真っ赤になる。

 今の私に公正な判断はできない。

 ダメだ、押さえないと。


 私は頭を振って、気合を入れなおす。

 妖魔の前で何やってんだか。


 そして部屋の中央にある大きな穴をのぞきに行く。

 直径3、4メートル? 蜘蛛の妖魔の大きさくらいかな?

 私は中を覗き込む。意外と深くて、よく見えない。

 小さな灯りを作り出し、上空に浮かせてみる。

 すると、中央にぼんやりと長剣の柄が見えた。

 そして剣の(つば)に、兵士に似合わぬものがかかっているのを見つける。

「……ブレスレット?」

「あれは、お守りですわ」

 クルティラの問いに、一緒に覗き込んでいたリベリアが言う。

 若い女の子が選んだらしい、何種かの守護石で作られたお守り。


 私はとうとう、涙をこぼしてしまった。我慢していたのに。

 あれはきっと兵士が魔術師から贈られ、身につけていたものだ。

 それが外れて長剣とともに落ちた。そして。


「あれだ。あれのおかげで、

 古代装置が壊れた後も、妖魔は動けなかったんだ」

 蛇の尾に刺さった短剣型の送信機は、少なくとも数年前には壊れていた。

 それでも妖魔が動かなかったのは、

 あのブレスレットが”陽のメイナ”を集めていたから。


 強く(いの)られた対象は、陽のメイナをその身に集める。

 大蛇がそうだったように。

 魔術師が兵士のために作った”お守り”は、”神”に劣らないほど

 強く、深く、兵士の幸せと安全を願って祈りを捧げられたものなのだ。


 涙でにじむ目をぬぐうと、剣の柄の周囲に、いきなり赤い色彩が広がった。

 私たちの間に緊張が走る。

 剣を中心に渦を巻くような赤黒い線は次第にハッキリとしてくる。

 そして急に、剣の柄が左右上下、くるくると動き出したのだ。


 もう、私たちにもわかった。

 これは妖魔の目だ。それも直径が1メートル以上ある片目。

 体に対する蜘蛛の目の比率を考えれば、この妖魔の大きさたるや。

 三人とも、恐怖で言葉を失うのは久しぶりのことだ。


 動けない私たちの前で、穴の淵からゆっくりと、

 黒くて太いミミズのようなものが1本くねくねと出てくる。

 そして案外早い動きで、私の足に巻きついた。

 すぐにクルティラが切断してくれたが、

 かなりの引きの強さだった。


 切られたミミズはひらひらと動き、今度はリベリアを狙う。

 何度かクルティラが切ったり、私が焼いたりしたが

 しばらくすると穴の奥からクネクネ現れるのだ。そして気が付く。

「これが、この妖魔の”糸”だ」


 これをここから伸ばして、栄養を得ていたのだ。

 定期的に供給される肉。野山を駆ける生き物。

 そして、たぶん歴代の理事長たちも。

 聖女たちが倒し切ってないのは予想していたが、

 百年以上の年月が、この妖魔をここまで巨大化させるなんて。


 どうする? 今倒す?

 いや、巨大すぎる。おそらく山の上部に匹敵するほどだ。

 学園にはまだ生徒も先生も残っている。

 山道を走る馬車だっているかもしれない。

 ファリール国、少なくとも山のふもとの住民にも非難が必要だ。

 暴れた時に、どんな攻撃をするか確認できていない。


 それに。

 私は剣の柄についたブレスレットを見る。

 もうしばらくはきっと、真の聖女と騎士が守ってくれるはずだ。


 私は決断する。

「戻りましょう」

「そうね。リスクを考えると」

「ええ、今はダメですわ」


 念のため部屋を陽のメイナで最大限に満たし、

 入ってきた穴を瓦礫で塞ぐ。


 そして兵士の亡骸に約束する。

 必ず、倒すからね。

 絶対に、裁いて見せるから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ