2-14.盗人の証(第三者視点)
14.盗人の証(第三者視点)
今日は久しぶりの聖盾会が行われる。
近隣諸国の貴族子息が、この学園の聖女たちの中に
自分の未来の妻にふさわしい娘がいるか探しに来る日だ。
ここしばらく荒れていた学園内の雰囲気は払拭され
みな生き生きと着飾り、はしゃいでいる。
しかも今日訪れる人数は、いつもの比ではなかった。
学園長の尽力により、ちょっと離れた国の貴族や
誰もが知るような豪商の子弟なども含まれていたのだ。
さらには学園に記者として潜入しているクルティラの提案により
今日はいろいろな新聞の記者も取材に訪れていた。
「この聖盾会の日が最も、学園の素晴らしさを伝えることができます。
記事を読んだ諸外国からも、入学希望者が押し寄せるかもしれませんわ」
クルティラにそういわれ、エセンタ事務長は諸手を挙げて賛同した。
物事の良い面だけを楽観的に判断するという、
彼女の性質を利用したのだ。
外苑は華やかに着飾った娘たちであふれ、
次々と到着してくるゲストを迎えている。
彼らを目で追いながら、扇で口元を隠しつつ周囲の娘と相談し
互いにターゲットを定めていた。みながワクワクする時間だ。
そしておおむね子息たちが出揃い、広い外苑は人だかりで一杯となった。
”さあ! アピールの時間だわ”と、
娘たちの戦闘が開始された、その時。
誰かが叫んだ。
「あれは! もしかして火竜?!」
あの壮麗な火竜サラマンディアは、一度見たら忘れられるはずもない。
それに乗れるのはこの世で一人だ。
やや離れた場所で火竜から降り、早めの足取りで近づいてくるのは
皇国将軍ルークス・フォルティアス。
息をのんで眺めていた人々の間から囁きが広がる。
「聖盾会の日に来るってことは、参加って事よね?」
「本当に?! 信じられないわ!」
「ファーラ様とは関係ないのよね?
私がお話しても良いのかしら」
そう言った娘の後ろから、当の本人のトゲのある声がした。
「良いわけありませんわ。おどきになって下さる?」
娘はびくっとして振り返ると、
今日も派手に着飾ったファーラ侯爵令嬢が立っていた。
「勘違いなさらないでいただきたいわ。
あの方は、わたくしに会いに来られたの」
そう言って取り巻きの二人を従えて前に進んでいく。
実はあの後すぐに、ファーラ侯爵令嬢は多くのお詫びの品に添えて
丁寧な詫び状を皇国に送付しておいたのだ。
……返事はまったくなかったが。
しかし、直接言いに来てくれたのかもしれない、そう思ったのだ。
喜びの面で走り寄るファーラ侯爵令嬢。
しかし前回と異なり、ルークスはみじんも笑っていない。
そして集団を眺め、誰かを探しているようだ。
わたくしはここよ……と目の前まで来てカーテシーする侯爵令嬢。
ルークスは表情を変えずにいった。
「皇国より参りました。学園長にお会いしたいとお伝えいただきたい」
「え? あの、私では……」
ルークスは不思議そうな顔をするが、
代わりに要件を聞くという意味かと思い、首を振った。
「いえ、面識のない方にお任せできる内容ではないのでお断りいたします」
面識ないと言い切られ、真っ赤な顔で黙り込むファーラ侯爵令嬢。
そもそもルークスに対し、どんなに着飾ろうと記憶には残らないのだが。
彼は女性の髪形も衣服も、仕事で必要な情報としての要素がなければ
花瓶の花の色くらいどうでも良いのだ。
そしてルークスは続ける。
「アスティレアについての……」
その名前が出たことでファーラ侯爵令嬢の怒りは頂点に達し、
こともあろうに将軍の言葉を遮るように言い放った。
「あの子はとっくに退学になりましたわ! 聖女の資格がないと!」
ルークスは面白くもなさそうに答える。
「もちろん知ってる。強制退学は法的に問題があるが、
俺も皇国も、聖女が医師のような資格職だと思っていない。
そもそも俺は、別に彼女が聖女でなくても一向にかまわない」
「あ、あの子はふしだらで、校則違反もたくさんしていて」
ルークスはかすかに笑った。彼にそぐわない冷たい笑みだった。
「学園の主張が事実と異なるという証拠はすでに手に入れている。
しかし俺にとっては、それすらどうでも良いことだ」
今度は青くなる公爵令嬢。ルークスは静かに言葉を続ける。
「俺が初めて彼女に会ったとき、彼女はたった一人で村を救おうと
沼地でドラゴンと対峙していた。
その姿は泥の中に咲いた蓮の花のようだった。
聖女とは安全な場で祈りを捧げる者ではないのだ」
苦々しそうに言い、付け加える。
「それに俺はその人が何かに属するからといって、好ましく思ったりしない。
その者のすることや考えが評価の全てだ」
会場に気まずい空気が流れている。
そんなことに気が付くようなルーカスではないため、
話は終わり、というようにファーラから視線をそらす。
そしてひきつった顔のエセンタ事務長を見つけ、
「学園長がご不在でしたら、この書類をお渡しいただきたい」
そして大きな良く通る声で、宣言する。
「この学園の敷地内全てには強制捜査が入る。
これは令状に基づくものであり、拒否することはできない」
生徒がざわめき、プレサ主幹教諭やたくさんの教師が走り出てくる。
「お、お待ちください! 一体なんの疑いで……」
「それについてはその令状をご覧いただきたい。俺はこれで失礼する」
ルークスは振り返り、後は頼む、と言う。
そこには先日、不吉な言葉を残していったディクシャー侯爵様がいた。
ルークスはボウ&スクレイプではなく、軍隊式の礼をし。
そして最後に振り返りざまに言った。
「何かに属するからと好感を持つものは、同じ理由で嫌悪するぞ。
覚悟しておくがよい」
その言葉を聞き、代わりに引き継いだディクシャー伯爵がつぶやく。
「まあ、ここに属すのが名誉なことかどうか、もう分かりませんがね」
そしてエセンタ事務長に対し、
「アスティレア様の私物を取りに参りました。
また盗まれたというイヤリングもお見せいただけますでしょうか」
************
もはや聖盾会どころではなくなった。
学園は必死に貴族の子弟や新聞記者を追い返そうとするが、
逆に面白い展開になったこともあり、誰も出て行ってはくれなかった。
しかも皇国が”内容確認はここで行う”と言い張り、
衆人環視の中での作業となったのだ。
ファーラ侯爵令嬢がこの場をとにかく解放されたいと思ったのか
「このイヤリングですわっ!」
と個性的な形をしたダイヤモンドのイヤリングを出してきた。
「これは変わったデザインだ。……祖母殿の形見でしたか?」
「ええ、ええ! 大切なイヤリングでしたから、
どうしても取り返したくて」
「そうですか。これで間違いありませんね?」
「当たり前です。形見を見間違えたりしませんわ!」
ふう、と息をついて、フディクシャー伯爵は部下に指示を出す。
すると、陰から一人の派手な男が姿を現した。
誰なの? と顔をしかめるファーラに、伯爵が紹介する。
「こちら隣国のゾリアス国からご同行頂いた、
宝飾デザイナーのパリス氏です」
ゾリアス国? なんで……と思い、思い当たって固まる。まさか。
パリス氏は伯爵に促され、イヤリングを確認する。
「間違いありません。これは私の作品です。刻印もあります。
それも2週間前に売り出した新作です」
唇を真一文字に引き締めるファーラ侯爵令嬢に対し、
ディクシャー伯爵は面白そうに尋ねる。
「祖母殿がお亡くなりになったのはいつかは存じませんが、
これが売り出されたのはアスティレア様の退学後です」
睨み返すばかりのファーラに対し、さらに笑顔で
「もちろん物証もありますよ。販売登録書です」
パリス氏から預かっているそれには、所有者の署名がしっかりと記されていた。
「これは、あなたのお名前ですね?」
高価な宝石や貴金属は、盗難にあった時の権利を保障するため
所有者を登録するのは。もちろん、それを手に入れた日付とともに。
”アスティレアにイヤリングを盗まれたから、私物を押収した”という主張を
すぐに偽言を見抜いた皇国は、彼女がおそらく偽証を試みると踏み、
ファーラの衣装係や使用人をマーク。
案の定、彼らは隣国に行き、一点ものの貴金属を購入していた。
しかしいつものように”ちゃんと”主の名前”で登録してしまったのだ。
「つまりこれは形見ではない。
そしてアスティレア様が盗んだということも事実ではない。
何故なら、会話が録音されていますから。
彼女を犯人に仕立て上げる相談をするあなた方の会話が」
いつの間に?! 小さく声を上げて震えあがる三人の娘たち。
そんな証拠を押さえ、盗難など起こっていないと知りながら
イヤリングを提出させる皇国の意地悪さに腹を立てつつ
その調査力に恐れをなし、ファーラ侯爵令嬢の顔は青ざめていく。
そんな彼女に追い打ちをかける言葉が下される。
「偽証罪がどのような罪か、後ほど身をもって知っていただきます。
たとえ侯爵令嬢だろうと”法”は容赦しませんからね」
伯爵はとても優しい声で、恐ろしいことを告げた。
ファーラ侯爵令嬢はとうとう倒れこみ、校舎内に運ばれていく。
ディクシャー伯爵は気にも留めずに、楽しそうに次の指示を出した。
「さあ! どんどん進めましょう!」
次に、アスティレアの私物がテーブルに並べられた。
明らかに数が少ないし、なぜか新品が紛れ込んでいる。
女性の検査官が2名現れ、次々と検品していく。
「この服は皇国のものではありません」
「こちらもそうです」
「明らかに数が足りません。不足しています」
その言葉にプレサ主幹教諭が激昂する。
「そんなわけないでしょう! それが全部よ!」
おそらくエセンタ事務長や
ファーラ侯爵令嬢たちの所業を知らないのだろう。
アスティレアの私室に入り込み、ドレスを破き、
私物にインクをかけたことを。
「いいえ、絶対に足りません」
静かに強く言い張る検査官に対し、プレサ主幹教諭は青筋を立ててがなり立てる。
「うちが盗んだっているの?! なんの証拠があるのよ!」
その言葉を待っていたかのように、ディクシャー侯爵が手を挙げる。
「やれやれ。困りましたね。貴方の知らないところで盗まれたのでは?」
後ろでぐっと詰まっているポエナ伯爵令嬢とパトリシア子爵令嬢。
しかしプレサ主幹教諭は鼻息荒く否定する。
「まああ! 侮辱ですわ! ここは聖女の学園ですわよ!
うちの清らかな生徒がそんなことするわけないでしょう!」
野次馬の貴公子や新聞記者に聞こえるように怒鳴る。
その言葉を待っていたディクシャー侯爵は、
「そうですか。それは失礼いたしました」
といい、部下に合図を出した。
なんなの?! と眉を潜ませるプレサ主幹教諭の前に祭服の男が立つ。
紫に金のラインが入ったストラをかけている。かなりの上位神官だ。
「それでは、失われた物品の在り処を探すために
”印章探査”を発動させていただきますね」
「”印章探査”?」
「皇国から支給されるものには、犯罪に巻き込まれた時のために
あらかじめ目には見えない”印章”をつけてあります。
これにより、それを身につける者がどこにいるか、
その服や物がどこにあるのか、探索できるのです」
プレサ主幹教諭は勝手にすれば? というように横を向く。
「あら便利ね。どうぞ、なさってくださいな」
「良いんですね? これを発動しても」
「もちろんですわ。さっさとお願いいたします」
上位神官が準備を始める。
ふと、不安になったらしいポエナ伯爵令嬢は前に出てきて
「あの、ちなみに、どうやって分かるのですか? 物の在り処って」
ディクシャー侯爵は優しく微笑み返す。
「ああ、簡単ですよ。それを持っている者、
もしくはそれを破損した者の顔に”邪悪な印”が出るのです。
だから、それが出た者にどこにあるか尋ねれば良いだけですよ」
あまりのことにポエナ伯爵令嬢はのけぞって叫んだ。
「はあっ?! 印ぃ?!」
「ええ、通称”盗人の証”です。
まあこちらの学生さんには関係のない話ですよ、ご安心ください」
伯爵はプレサ主幹教諭を向いて言う。
もはや止めてくれとは言えない。
ポエナ伯爵令嬢とパトリシア子爵令は黙っていたが、
その顔はすでに顔面蒼白になっていた。
頼むから、ただの脅しであってくれ。そう願いながら。
「では、参ります」
そういって、神官が手を合わせ唱え始める。
しかし、ビックリするほど何も起こらなかった。
静まり返る人々。
ひと息つき、プレサ主幹教諭は皇国の人々に言い放つ。
「さ、気がお済みになったのなら、さっさとお帰り下さい」
偉そうにあごを突き出し、手をしっしっとする。
しかしディクシャー侯爵は動かず、笑っている。
傍で見ていた貴族の子息や記者から、ザワザワと声が聞こえ出す。
え? なんなの? みんな何を見て……プレサ主幹教諭が後ろを見ると。
ポエナ伯爵令嬢とパトリシア子爵令の顔全体に
じわじわと気味の悪い文様が浮き出していたのである。
皆の視線に気が付き、お互いの顔を見合わせて絶叫する二人。
「嫌ああああ! 違うのっ! これは!」
「消してえ! 嘘よこんなの!」
泣きわめく二人に対し、神官が静かに言う。
「おやめなさい。嘘をつくことは罪を重ねることになります
重ねれば重ねるほど、その文様は濃いものとなり全身に広がります」
ぴたっと押し黙る二人。そしてシクシク泣き始める。
その様子が真相の全てを物語っていた。
唖然とそれを眺めていたプレサ主幹教諭が
「あなたたち……まさか……」
そう言いかけた時、校舎内からものすごい悲鳴が聞こえた。
そして学校看護士が走り出してくる。
「あの大変です! ファーラ様のお顔に、痣のようなものがいきなり!」
その後について、ファーラ侯爵令嬢が転げ出てくる。
先の二人同様、顔が醜い文様で覆われている。
「何なのよ、これはあ! 皇国の仕業でしょう!
こんなことして父が許すと……」
涼しい顔でディクシャー侯爵が経緯を端的に説明する。
「まさかね、学園の生徒さんが盗みを働くとは」
ファーラ侯爵令嬢は”しまった、出てくるんじゃなかった”と震えていたが、
発狂寸前になりながらも神官の衣服にすがりついて叫ぶ。
「消しなさい! すぐに元に戻して! 命令よっ!」
ディクシャー侯爵が、彼女を押さえるように兵に指示を出す。
「あなたに命令を下す権限はありません。
あなたの父にも。ファリール国にも」
念を押すように言われ、言葉にならない絶叫をするファーラ。
それを冷たい目で見ながら、伯爵は撤収の合図を出す。
「今は拘束はいたしません。ファリール国に対する礼儀がありますから。
それに、これはまだ若い方々に対する最後の温情でもあります。
すみやかに皇国に自供・自首するようお勧めいたします。
余罪も含めて、ね」
”盗人の証”を手で覆い座り込む三人の令嬢に告げる。
余りのことに言葉も出ないプレサ主幹教諭と
壊れた人形のようにドウシマショウを繰り返すエセンタ事務長。
「偽証罪だろ? 嘘をついたりだましたりする聖女なんているかよ」
「聖女に紛れて盗人がいるとはな。怖い話だ」
着飾った生徒には見向きもせず、帰り支度を始める貴族たち。
おそらく話題のネタとして、自国で皆に吹聴する気満々だろう。
「聖女じゃなくて盗賊養成学園かよ!」
「いやあ、窃盗を放置するなんて、どんな教育機関なんだか」
と大騒ぎの記者たち。
もはや金銭で口を封じることが出来るレベルではなくなっていた。
そんな彼らを見ながら、プレサ主幹教諭は
自分の神聖で清らかな学園が、ゆっくり崩れ落ちていくのを感じた。
私が、ここの秩序や規律をしっかりと守ってきたのに……
そしてそのショックは、次第に強い怒りへと変わっていった。
なんでよりによって聖盾会の日を狙ったんだ。
皇国の明らかな悪意と敵意を感じるではないか。
悪いのは全て、皇国だ。
プレサ主幹教諭はそう思うことで、必死に自我を保っていた。