2-11.学園追放の前日とその後
11.学園追放の前日とその後
ルークスの視察の後、数日はとても平和だった。
何故なら、ファーラ侯爵令嬢たちが三人ともいなかったから。
ファーラ侯爵令嬢は皇国の若い将軍と特別な関係である、と
周りに吹聴して回り、出来る限りの財を尽くして着飾ったのに
当日、公衆の面前で、実は知り合いでも何でもない無関係であり、
それどころか謁見を強要して困らせていたことを暴露されたのだ。
とどめには”学園を自分が案内する”という申し出まで一蹴されて
自業自得とはいえ、死ぬほど恥ずかしかったのだと思う。
いつも何かしらの嫌がらせばかりしてくる彼女たちがいないのは
いちいち行動が遮られることなくスムーズに運んだ。
他の子もまあ、小さな嫌がらせはしてくるけど
(本当にしょうもない学園だ)
彼女たちほど大胆で露骨ではないから、ほおっておくに限る。
しかしこれは、嵐の前の静けさに過ぎなかった。
彼女たち三人は私を陥れるべく、
さまざまな手を尽くしていたのだろう。
そして昨日、私はプレサ主幹教諭に呼び出しをくらったのだ。
************
ここは学園の”反省室”だ。
壁には正義を司る”神霊女王ジャスティティア”の絵が飾られている。
この絵はメイナにまつわる場や、裁判所や法律事務所、
そして反省室のような”罪と罰について考える場”に
飾られていることが多い。
気まずい私をよそに、正面に座ったプレサ主幹教諭が語り出した。
いつものヒステリックさがなく、意外と落ち着いたトーンだったのに驚いた。
「あなたに対して、多くの生徒から苦情が寄せられています。
その振る舞いは限度を超え、すでに学園としても目に余るものです」
「承知しました。
では”多くの生徒”ではなく、その方たちのお名前をお教えください。
事実でしたら謝罪しなくてはなりませんので。
また”振る舞い”というのも具体的にお願いいたします。
私には心当たりはございませんので」
プレサ主幹教諭は私をじっと見つめた後、皮肉な笑みを浮かべて言った。
「あなたのような生徒は、今までこの学園にはおりませんでしたわ。
手に負えないというか、無法というか。
あなたを妻にする方は、きっと大変な苦労をなさるでしょうね。
まあ”いれば”の話ですが」
思わず私は吹き出す。
”いれば”も何も、先生すでに会ってますよ?
たぶん大変な苦労をするだろうってとこは、同意せざるを得ないけど。
私が吹き出したことで、プレサ主幹教諭はいつもの調子を取り戻した。
「何を笑っているの?! いい加減になさいっ!
あなたは今、教師に叱責されているのよ?!
泣いて詫びるべきだとは思わないのっ?!」
「だからまず、私の、どの振る舞いについてかお教えください。
それを理解せずに謝っても、心からの反省とは言えませんよね?」
プレサ主幹教諭はフン! と鼻息をもらし、
「本当に理屈っぽい……こんな娘、誰も相手にしないわよ。
それなのに、他の人の大切な方に強引に近づいたりしたそうね」
「あら? 先日の聖盾会の時、私は図書館にいましたけど?」
「その日ではありません!
皇国の方が視察にいらっしゃった日のことです」
ああ、やっぱりファーラ侯爵令嬢がらみか。よし。
「ああ、あの日ですね。ご覧になっていましたよね?
案内人に私を指名したのは将軍ですし、私は一言も発していません」
うっ、と詰まる主幹教諭に、私は畳みかける。
「それにあの後、皇国の方たちがとてもお怒りでしたわ。
侯爵令嬢が無理やり謁見の予定をねじ込もうとしてきたって。
とても淑女のなさることではないって、皆さんおっしゃって」
”多くの生徒から苦情”のお返しだ。
皆さんって言われると重いでしょ。
プレサ主幹教諭は目を見開いて固まっていたが、苦し紛れに叫ぶ。
「誤解をされるような振る舞いをしたのは、あなたが原因です!」
どうしても私を罪人にしたいらしい。なんでだ? と思っていたら。
「だから、その罪を償うために、毎日礼拝堂へ行きなさい!
自分で志願するのです。そうすれば学園長も納得されるでしょうから」
はー、なるほど。諦めてなかったか。
よほど、自分が決めたことを(それがどんなに間違っていても)
覆されるのは嫌なのだろう。でもね。
プレサ主幹教諭はジャスティティアの絵に視線を移して言う。
「罪を犯した者は、償いから逃げてはいけません」
私はその言葉に、この学園に来てから最も怒りを覚えた。
この人は罪も、罰も、償いもなにも理解していない。
「お断りいたします」
私がはっきりそう言うと、タイミングよく予鈴が鳴った。
「授業に遅れますので、退席させていただいてよろしいでしょうか」
そういう私にプレサ主幹教諭は真っ赤な顔でブルブル震えていた。
「遅刻は厳禁、でしたわね? それでは失礼いたします」
いつもプレサ主幹教諭が声高に叫んでいる言葉を引用し、その場を去った。
そして今朝、私はプレサ主幹教諭に強制退学処分を受けたのだ。
************************
私は今、どこにいるかというと。
退学宣言後、自分の荷物を持つことも許されずに放り出され、
学園の東屋で回想していたら、リベリアの手配した馬車が迎えに来た。
それに乗り、そのままファリール国内に行くとみせかけ、
皇国が用意したのはガルク国の宿だった。
こちらのほうが学園もファリール国も手が出しにくいからだろう。
昼過ぎにはクルティラが、宿に私の荷物の一部を持ってきてくれた。
あの時彼女は、私室に通じる講堂のドアから、先生や学生よりも早く出ていった。
そしてそのドアを壊して使えなくしたのだ。もちろん時間稼ぎのために。
私の私室に入ったら皇国に関する物や、私的なものをまとめて持ち去る。
服や学用品は皇国が用意した仮のものだし、大切なものなどなかったけど、
やはり下着やお気に入りの小物は取り返したかったので嬉しい。
「時間に余裕があったから、私の不用品を適当に置いておいたわ。
あまりにも何もないと不自然だし」
クルティラに感謝だ。本当に賢くて仕事のできる職業婦人でしょ。
そして夕食の後、リベリアが馬車で到着した。
「うふふ。今回も大変でしたわね」
明日にはまた、学園内の様子を探るべく戻るが、
どうしても報告したいことがあったらしい。
「どうしたの? 何かあった?」
私が尋ねても、リベリアは笑みを浮かべている。
そして皇国の潜伏班を呼んで、持っていた録画機を2つ渡した。
「2つ?」
私が尋ねると、リベリアはうなずいて、
「あの後、本当にすごいものがもう一本録れましたわ。
学園のある一室を、女の盗賊団が荒らしていましたの」
一瞬、何かの犯罪に巻き込まれたのかと思ったけど、まさか。
「そう、あの三人組。
エセンタ事務長に頼んで、あなたの部屋に入り込んだの。
そして私物を漁るわ、ドレスを破くわ、インクをこぼすわ、で大暴れ。
南のエルマウント・ヒヒより狂暴でしたわ」
三匹のおサルさんか。後で見てみよう。
って、そんなに憎まれていたのか。何もしてないのになあ。
私を平民だと思ってるならなおさら、妬む要素もないんだから
存在自体を無視しておけば良かったのに。
そうしたら三人とも、地獄を見ずに済んだのにね。