2-10.兵士と魔術師
10.兵士と魔術師
ルークスと校舎に戻ると、すでに学園長の姿はなかった。
皇国補佐官との打ち合わせを終えた後、
重要な用事がありまして……と告げ、外出されたとのことだった。
でもまあ、現時点で話すことは何もないか。
そのままルークスは、兵とともに皇国へと戻っていった。
特にゆっくり話すことすらできなかったが
久しぶりに顔が見れたことだけでも充分幸せだ。
彼らを見送り部屋に戻ろうとすると、リベリアに呼び止められた。
「さっき、学生に相談されましたの」
リベリアが神妙な顔をしているので可笑しくなり、ついからかう。
「おお~、ちゃんと先生やってるんだ」
「彼女たちにとって占いは娯楽の一種ですもの。
それなら反抗するよりも楽しむことを選びますわ」
他の科目のように成績にも関係ないため、
授業は希望者のみで、のんびりとしたものらしい。
占いだけでなく、お守りやおまじないの話をすると
ものすごく”ウケる”んだそうだ。
で、そのせいもあって、先ほども生徒から
「これって何のお守りでしょうか」と相談されたそうだ。
このファリール国は多くの国に囲まれており、多くの商隊が訪れてくる。
古物商も多く、隠れた逸品からガラクタまで
いろいろなものが流れ込んでくるそうだ。
だから異国の怪しげなお守りやおまじないアイテムを
学生が面白半分で手に入れたりするそうだ。
リベリアは手のひらに乗せて、そのお守りを見せてきた。
「何これ。あ!」
それは小袋の中央に、大きく古代文字が書かれているものだった。
これ自体はたいしたものではないが、
”この国には古代兵器につながる文化が流れてくる”という証明となるのだ。
私はガルク王子の話を思い出す。
守護騎士の親が、ガルク王宛ての手紙で
”ファリール国で多額の借金を作り”と嘆いていたと。
もしかすると守護騎士が多額の借金をしたのは、
この国で古代兵器を手に入れたからではないだろうか。
私がその予測を話すと、リベリアも頷く。
「”どんな手を使っても妖魔を倒さないと後がない”
というくらい、追い込まれていたのかもしれませんね」
私たちは沈黙して、お守りを見つめた。
ふと気づいて、私はリベリアに尋ねる。
「……そのお守り、お借りしたの?」
「いえ、古代文字の意味を教えたら、捨ててほしいと頼まれましたわ」
私は苦笑いで、ですよね……とつぶやく。
そのお守りには古代文字で”下痢止め”と書かれていたのだ。
************
その次の日、クルティラが隣の国から戻ってきた。
兵士と魔術師の情報を得ることができたそうだ。
でもそれは、私達の気分を落ち込ませる調査結果だった。
彼らは恋人同士で、あと一か月で結婚式だったのに
守護騎士によって強制的に連れていかれたと、
教会や、兵士の出退を示す記録にあったそうだ。
兵士は腕も良いだけではなく、陽気で人柄も良く皆に好かれ、
魔術師は控えめで優しく、大変美しい娘だったそうだ。
彼女は普段、その力で人々のために呪病をなおす仕事していた。
「え? じゃあ、つまり彼女は」
「そう。魔術師と言われているけど、それは古い時代だったから。
今では誰も魔術師なんて言わないわね」
そう、クルティラの言う通りだ。
今では、そういった”不思議な力”を扱う者をこう呼ぶ。
「メイナ技能士だったんだね。私と一緒だ。」
「控えめで優しい、です。大違いですわ」
リベリアが余計なことを言う。
だから兵士だけじゃなくて、彼女も連れて行ったのか。
やはり神官と守護騎士だけで倒したわけではなかったのだ。
クルティラは眉をひそめて続ける。
「みんな無事を祈っていたけど、彼らは戻ってこなかったの」
その後はしばらくして、守護騎士の代理の者から書面で
「妖魔に襲われて二人とも死んだ」
の一文のみがあっただけ、だったそうだ。
兵士と魔術師のことは本当に誰もが祝福していたから
町中悲しんで、ガルク国へ抗議まで出した者もいたと。
しかも彼らが戻ってこなかったことにより
その両親も嘆きながら、間もなく亡くなってしまったらしい。
だから地元の人は、こんなに年月が経った今でも、
この学園にあまり良い印象がないそうだ。
彼らの犠牲あっての妖魔討伐のはずなのに、
生き残った者のみの手柄として伝説として残っていることが不快で。
「学園に聖女の名がついたのを知り、みんな悔しがったそうよ。
そこで唯一残された兵士の兄弟が、自分の店に彼らの名を付けたって。
”ノックス&ディエサ”という名前だそうよ」
古代ラティナ語で、ノックスは夜、ディエサは昼の意味を持つ。
きっと彼らがそれぞれ生まれた時間だろう。
本当にお似合いの二人だったんだろうな。胸が痛んだ。
人々のために兵士が戦うのも当然だし、
妖魔の討伐で死者が出るのは仕方のないことなのかもしれない。
でも今回の事例は、手段が合理的でない上に、
成功率も安全性も低すぎる。
何より、守護騎士のエゴが過ぎるではないか。
絶対に真実にたどり着いてやる。
私たちは、改めてそう決意したのだ。