2-7.聖女伝説へのさらなる疑惑
7.聖女伝説へのさらなる疑惑
学園の娘たちと近隣諸国の貴族が集う
”聖盾会”は夜まで続いた。
夕刻より、貴族のたしなみとして、
昼間とは違った服に着替える。
私も制服ではないシンプルなワンピースに着替えはしたが、
夜の歓談には顔を出さずに自室で過ごした。
でも別に、婚活パーティーである聖盾会を卑下する気持ちからではなく
昼間に遭遇した古代装置の気配を、
自分なりに早く分析したかったからだ。
図書館でしばらくみんなと一緒に過ごしてみて、
このイベントに対する先入観みたいなものは消えていた。
みんなの楽しそうな顔や、はしゃぐ姿を見て、
これはこれで良いものかもしれないと感じたのだ。
ずっと個別で”特別な教育”を受け、
その後”仕事”に追われた私にはなかった”青春”だ。
だから私にとって初めての聖盾会は、
案外ほのぼのしたものに思えたのだ。
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しかしその後から、ファーラ侯爵令嬢たちからの風当たりは一層強くなった。
ちょっと席を外すと私物がなくなる、
飲み物を飲んでいると後ろからぶつかってくる、など
言葉だけでなく何かしらのアクションが伴うようになってきたのだ。
めんどくさいなあと思っていたら、それだけでは済まされなかった。
彼女たちは裏で手を回したらしく、
エセンタ事務長がやってきたかと思ったら突然、
「あなたは不出来なので、今後は陽転の授業の曜日を増やします」
などと断言された。
とにかく目障りな奴を礼拝堂に押し込めたいのと、
私が”肉の加工”に嫌気がさすのを期待しているのだろう。
ん? そういえば、陽転させた後の肉ってどうしてるんだ?
もしかして私たちの食事になってるとか?! うわあ。
私がノンキにそんなことを考えていると、
実際に授業を見てくれている先生が大慌てで
「この子は大変優秀な生徒です。他の子と比較しても十分です。
たくさん陽転してくれるし、作業は早いし」
というと、エセンタ事務長は露骨に嫌な顔して黙り込んだ。
同じ土曜担当のクラスメイトたちも、
「アスティレアが不出来なら私たちはどうなるのよ」
と笑いながら抗議してくれた。
だが運悪く、プレサ主幹教諭がその話を聞いていたのだ。
「そんなに優秀なら、なおさら数多くの作業をこなすべきしょう」
偉そうに、そしてどこか馬鹿にした風で私に命令したのだ。
この人は最初から私が気に食わなかったみたいだし、
そもそも学校側が決めたことに反抗されるのがとにかく嫌いらしい。
まあ、礼拝堂を調べるチャンスかな? と思っていたら
「月曜から土曜日まで、毎日参加しなさい」
と言い出したのだ。毎日ってこと?!
エセンタ事務長は手を打って喜んでいる。
きっと離れた場所で、三人娘も大喜びしているのだろう。
それはちょっと、他の調査に影響が出るな。
おろおろする先生や土曜の仲間たちを巻き込まないよう
「そうですか。とりあえず身内と相談してみます」
プレサ主幹教諭もエセンタ事務長もニヤリとした。
ここを辞めることを私が考えてると思ったのだろう。
根っから意地が悪い人たちなんだな。
でも、残念でした。
私の皇国は、そう簡単には言うことを聞きませんから。
そして案の定。次の日、私たちが礼拝堂へ出発する前に、
慌てふためいた事務の男が、伝令を持って走りこんできたのだ。
「あ、あの! 大至急こちらをご覧ください!」
はあ? という顔でプレサ主幹教諭は書状に目を通し、
ショックを受けた後、苦々しい顔で私に言い捨てた。
「学園長より命令です。
あなたは今まで通り、土曜日のみとします」
そしてくるっと背を向けて歩き出した。
笑みがもれる私を見て、三人娘はキーキー騒ぎ、
エセンタ事務長はプレサ主幹教諭のあとを
「なぜですか?! ねえ、なんて書いてあったんですか?!」
と叫びながら追いすがっている。
書面に書いてあったのはおそらく、
”私の礼拝堂への日数を増やすことは絶対に許さない”だろう。
あの後すぐに伝令用の白シギを学園長に送り、
学園長から取り消し命令をしてもらうよう、お願いしていたのだ。
確かにメイナの陽転ができる者が、
昔よりもはるかに少なくなっていて
学園がとても困っているのは知っている。
”これが弱まることは学園の衰退につながる”と話しているのも聞こえた。
まあ特待生よりも、聖女の名前欲しさの生徒の方がはるかに多いしね。
そっちのほうが即・お金に結び付くから、どうしても優先されるのだろう。
そんな状況でプレサ主幹教諭は
私を出来る限り利用しようとしたんだろうけど
あくまでも皇国との契約は”一般生徒として調査する”だから。
この力を勝手なことに利用されるのはお断りだ。
しかし、自分の思い通りにいかなかったプレサ主幹教諭の苛立ちは
半端なものではなかった。
この学園において、自分の決定は絶対だと信じて疑わない彼女にとって
私の存在は耐え難いものになっていったのだろう。
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礼拝堂に押し込められる危機から脱出し、
安心して自分の部屋に戻ると、窓枠に白シギがとまっていた。
また連絡が来たのだ。誰からだろう。
シギの足首から書簡を受け取って開くと、
それは我が婚約者ルークスからだった。
聖盾会の後、ちょっと会いたくなっていたので
久々の連絡はとても嬉しかった。
でも、その内容は今回の仕事のことだったけどね。
入学する前、こちらのことを話しておいたんだけど
彼もいろいろ調べてくれたようだ。
ルークスは、歴史ある皇国の中でも随一の家柄である
フォルティアス家の嫡男だ。
この家は名剣マルミアドイズに主として選ばれ、
先祖代々みな立派な戦士や軍師をして名を残している。
その見事な戦歴の詳細は、皇国の重要な知的財産として記録されており
そのほとんどが一般にも公開されているのだ。
ルークスが調べたところ、その中にこの国の件もあったそうだ。
ただし、未解決事件として。
聖女が倒したんだから解決じゃないの? と思ったのだけど、
このような事案に対する皇国の処理は、そう単純な話じゃないらしい。
というのも、地元の討伐者が失敗したという報告を受けたため、
(そういえばガルク国王子も、一度目は逃げ帰ったらしいって言ってたな)
皇国から命を受け、フォルティアス家が出動しようとしたそうだ。
しかしすぐに”問題ない。こちらで処理できるから来るな”と
伝令が来たため、 期間を決めて待つことにしたと。
すると間もなく”倒した”と連絡があり、
ルークスの血縁は出動することなく終わったそうだ。
とりあえず解決したようだったが、
事後処理については、甚だ疑問が残るものだったらしい。
現場の再確認等は断られ、報告書もしごく簡易的なものだった。
被害状況まではとても明確で、詳細が記されているのに、
肝心の妖魔については蜘蛛型だった、くらいのもので
倒した方法についての情報は皆無に近かった。
混乱と疲労のためあまり覚えていない、と述べているそうだ。
そんなことって、ある?
皇国はしばらくの間、この地を監視したが、
ふたたび現れたという情報もないまま数年経ったため、
調査も打ち切りになったそうだ。
私の中で……もしかして……
という疑念が湧いてくるのを押さえることが出来ずにいた。
もしかして、聖女たち。
妖魔を完全には、倒してない?
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「少し、インタビューしてもよろしいでしょうか?」
私が教室にいると、記者のお姉さんに呼び出された。
占い師が似合いそうと思っていたけど、
長い銀髪を頭の低い位置でまとめ、
タイトなワンピースドレスにキリッとしたジャケットを羽織った姿は
賢くて仕事のできそうな職業婦人にみえる。
といってもまあ、実際その通りなんだけどね。
もう、任された仕事はバリバリ殺るタイプの。
「昔、礼拝堂にあった場所の建築物について
建築時の設計図を手に入れることができたわ」
インタビューに同席してくれた、占い学の先生はそれを見て呟く。
「……迷路みたいね」
その通り、四角の中にまた四角、その中にまた四角……というように
四角が何重にもなっている感じだ。
そしてその四角の最中央には祭壇を祀った部屋がある。
おそらく、ここに妖魔が現れ、信者を食らったのだろう。
「この空間はなんだろ?」
私が指し示した場所は、一番外側の四角の右角にある広めの空間だ。
ここには一部、壁が無い。
「そこね。こっちの本にあった”神の食事室”じゃないかしら」
その手には、蛇を信仰していた一族の、いわゆる経典のようなものがあった。
「上から供物を落としていたみたい」
「上から? どういうこと」
「ああ、言い忘れてたわ。この建物ね、全て地下深くに埋まっているの」
ええっ!? 私とリベリアが驚いて声をあげる。
「祭壇の間を取り囲む、地下施設なのよ。
この上は広間になっていて、信者の集まりに利用されていたの。
階段で降りて、祭壇の間に祈りを捧げにいくんだって」
「祭壇の間以外にはどうやって行くの?」
その設計図を見ながらリベリアが尋ねる。
確かに祭壇の間にドアはない。
「他の場所には、行く必要がないの。
神と人とを隔てる大切な”間”だと記されているわ」
つまり、祭壇を取り囲んで何重も壁があるようなものだ。
ちょっと待って。彼らの神って。
私の表情に、クルティラがうなずく。
「そう。この壁の外側にいらっしゃる神様に
絶対に会うことなく、祈りを捧げるための空間ね」
この山にいる蛇はおとなしいと聞いていたけど、
やっぱり直接対峙するのは信者でも避けたかったのかな。
「で、片隅の部屋にはお供えを投げ入れる、ってわけか」
この間取りを眺めていて、私はひとつのことに気が付いた。
これはつまり、礼拝堂の地下にまだあるって事だ。
あの場所の地形と、残された瓦礫。
私の頭のなかで、この設計図を重ね合わせると。
私は思わず叫んだ。
「この”神の食事室”の位置、
”陽のメイナを聖女に捧げる場所”の真下だわ!」