2-3.学園生活の始まり
3.学園生活の始まり
そうして私たちは潜入、もとい”入学”した。
ただし私は予定通りメイナ特待の学生だが、
リベリアは宣言通り占い学の講師。
代わりにクルティラは、他国にこの学校を紹介するために派遣された
新聞社の記者として、だ。
彼女が貴族の娘役でも良かったんだけど、
情報の集めやすさや、外部との接触のしやすさを考えると、
”取材”と称して長期滞在するほうが都合が良かったのだ。
もちろん学校側は宣伝になると、彼女を大歓迎してくれた。
皇国のコネで、結構メジャーな新聞社の名前を借りられたからね。
学園長に会ったのは2回だけだ。
事前の内密の打ち合わせの時と、入学式。
ロマンスグレーを綺麗にまとめ、お洒落でちょっぴり太ったおじさんだ。
「せっかく入学したのです。ぜひ学生生活を楽しんでくださいね」
と、私が調査のために来たと知りつつ、温かく迎えてくれた。
いつもニコニコしていて、優しい雰囲気を醸し出している。
学園長は常に大変忙しいそうで、周辺の国を飛び回っていて
滅多に会うことができないらしい。
ちなみに彼もまた、少しだけどメイナを扱える人間だ。
目が悪いそうで、視力を自分のメイナで補正していると言っていた。
先生はたくさんいたけど、やはり最初から強烈だったのはあの人だ。
常に威圧的な態度の厳しいプレサ主幹教諭。
”このとがった顎でお前を刺してやろうか!”と脅すかのように、
必要以上に顔を上向きにし、入ってきた生徒を見下していた。
そして”とりあえず怒っておこう”というように
入りたてで、右も左も分からない生徒たちにダメ出しをし
延々と”そんなことでは聖女にはなれませんっ!”と繰り返すのだ。
私はあの細長い体から、
あんなに大きな金切り声が出るのが不思議でならなかった。
そして彼女の後ろをヘコヘコとついてまわるのはエセンタ事務長。
小柄で太っていて、目つきがなんだか卑屈な人だ。
典型的な権力に弱いタイプで、強者にはたとえ相手が生徒でもすり寄るが、
そうでなければ平気で無視したり、馬鹿にした扱いをする。
単純そうで、頭はあんまり回らないようだが。
そんな中、新任のスタービル先生は、教師としての情熱がまだあって
どの生徒にも真面目に、一生懸命接してくれていた。
でもちょっと気弱すぎで、
教師仲間にも生徒にも軽んじられてしまっていた。
まあ教師になり立ての人には、
ここの生徒はなかなか手ごわいだろうけど。
と、いうか。ここに対する世間のイメージは、
「聖女の卵が日々、陽のメイナを生み出し、
世界を清らかなものに変えていく」
だったはず……。
……。
…………。
聖女の卵どこいった! 全部生のまま割れたのか!
初日早々、脳内でそう叫ぶほど、
この学園は荒んでいたのである。
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まずは壮絶なマウント合戦。
こんな戦、皇国の将星だって参戦したことないだろう。
向かい合った時にお互いの装備を確認し、
勝てそうなものを見つけたらすぐそこを攻撃。
敵の弱点を狙うのはまさに戦闘と一緒だ。
それはドレスやアクセサリー、靴、バッグ、なんだって良い。
攻撃方法も値段、有名デザイナーの作品、
希少価値の高さなどいろいろだ。
例えば昼食後の中庭で。
「あらマチルダ様、今日のお洋服はずいぶんと質素ですわね。
でもまあ、とてもお似合いです。まだ若い私にはとても無理ですが」
「……。エルザ様こそ、そのネックレスは去年流行ったデザインよ?
今さら身につけるのは恥ずかしいものだわ。
他にお持ちでないの? ……あら!
ごめんなさいね、男爵家の財力では仕方ないですわよね」
「…………。こ、これは、とある子爵のご子息から頂いたものなの。
とっても素敵な方ですのよ。
いつも”会いたい”ってお手紙くださって。
せっかくのご好意、たまには身につけようかと思いまして。
誰からも何も贈られないなんて、寂しくはありませんかマチルダ様」
「………………。そうね、私は侯爵令嬢として、
あんまり粗悪な品は身につけたくありませんから丁度良くてよ。
気安く声がかけられるほど、安っぽい娘でも、
低い身分でもないという証明になりますし」
お願い、もうやめて! と言いたくなるような応酬を聞いて、
私は噴水の陰で、狐に追われたウサギのように震えているしかなかった。
マウント合戦だけなら、まだ良い。
挑発に乗らなければ良いだけだ。
何を言われても受け流し、そうですねと同意して、
とりあえず相手を褒めてあげればつつがなく過ごせるのだから。
問題なのは、学園内に陰湿ないじめが横行していることだ。
それなりに制圧を受けつつ(特にプレサ主幹教諭)退屈な学園生活では
どうにも馴染めない子や、何かで浮いてしまった子などは
恰好のターゲットになってしまうようだった。
チラチラ見て笑いながら内緒話。
何をしても、クスっと鼻で笑われる。
通りすがりに小突かれる、持ち物を隠される、
後ろから物をぶつけられる……
そう。その意地悪の内容も、恐ろしくレベルが低いのだ。
ここが聖女養成学園でなくて盗賊養成学校だったとしても
この種の嫌がらせやいじめなど、人として低級すぎる。
知性のかけらもない。
聖女になる前に、まず人間になろうよ。
私は魔獣や妖魔のほうが何十倍もマシだああああと
誰もいない自室で毎晩枕をボコボコにした。
さらに私は、この中でも最も面倒な人たちに目をつけられてしまったのだ。
ファーラ侯爵令嬢、ポエナ伯爵令嬢、パトリシア子爵令嬢。
この三人は、今まで何人も生徒を自主退学に追い込んでいるそうだ。
私も入学式のあと、頭の先から下までジロジロとみられた後、
「その程度の外見なら、ここではなく修道院へお行きになったら?」
外見とどう関係があるんだ? 聖女って外見も大事なの?
「茶色の目と髪ってホントに地味だわ。私だったらと思うとゾッとする。
ああ、金髪で良かったわあ」
とりあえず世界中の茶髪、茶目に謝れ。
「ファーラさまのほうがお美しくて優雅ですわ
あら申し訳ございません。平民と比べるなんて、私としたことが」
いろいろ浮かぶ心の声を押し隠し、私は弱々しい笑顔で答えた。
「ファーラ侯爵令嬢とおっしゃるのですね。ええ、本当に。
こちらには、このような方がいらっしゃるのかと驚きました」
別に綺麗ともなんとも言ってないのだが、相手は勝手に良い意味にとり
フフン、と笑い、ご機嫌になって去っていった。
ぐったりと柱に寄りかかると、廊下の先にリベリアの姿がある。
笑顔で小さく手を振るリベリア。それを見て、はたと思いつく。
彼女、この学園がこんなだって感づいてたな。
リベリアがハンドサインを送ってくる。
”がんばれ”。
私は占い学の授業を問題児どもに勧めることを固く、固く決意した。
反抗されても、ほとんどが貴族の令嬢だからか、
強く叱ったり出来ないんだからね、ここの先生は。
それもまた、生徒間のイジメや陰湿な戦いを冗長させる原因となっているのだ。
この戦場を、初代聖女が見たらどんなに嘆くだろう。
私はそんな風に思っていたのだ。この頃は。
最後までお読みいただきありがとうございました。