☆番外編☆ 7:グラナト王子の未来(後編)
読んでくださった方、ありがとうございます。
このたび、各編・各話の関連性が高い事や、管理の都合につきまして
「断罪のアスティレア」シリーズを1つにまとめることになりました。
「王国崩壊編」「学園廃校編」「職場廃業編」「国土壊滅編」は
それぞれ各章となります。
(話を消したり入れ替えたりすることはなく、
王国崩壊編に続けてそのまま再編成されるだけです)
いっそう流れや登場人物が分かりやすく、
また読みやすいものになるようにしていく所存です。
ブックマークやいいね、感想をお寄せくださった方々、
本当に感謝しております。
今度ともどうぞ よろしくお願いいたします。
皆様の周りの理不尽な物事が、
スカッと断罪されますようにお祈り申し上げます。
☆番外編☆ 7:グラナト王子の未来(後編)
フェステスからいきなり”王子”と呼ばれ
自分の正体を知っていたことに驚きが隠せないグラナト。
「……いつから知っていた?」
グラナトは震える声で尋ねる。
こいつは敵なのか? 味方なのか?
怯える彼に対し、フェステスは能天気な調子で
サプライズに成功したかのような明るさで答える。
「いやあ、最近町で噂になってるそうだよ?
グラナト王子が出所後、行方不明になっていて
皇国が必死に探してるって。
出会った時、民衆から逃げてきたとこだったじゃないか。
まさかとは思ったけど、本当にそうなんだ!
あははスゴイや、ビックリだなあ!」
そう言ってはしゃぐフェステスの
あまりの軽さに拍子抜けしたグラナトは
ふう、と肩で息をついた後、正直に告げる。
「…そうなんだ。俺が第三王子グラナトだよ」
あえて”元”はつけなかった。
なぜならフェステスの目の輝きに、
かすかな尊敬や憧れを感じ取ったからだ。
「うわあ、すごいや。王族をお迎えできるなんて光栄だよ」
そう言われ、グラナトの中でかつての感覚が蘇る。
高飛車で横柄、特権意識を持ち、そして傲慢な王族の性質が。
「そうだろう。皇国が不正に国を奪ったために追われたが
俺は今でもこの国の王子だ」
フェステスはあどけない様子でうんうんとうなずく。
そしてワクワクした顔でグラナトに問いかける。
「じゃあ、決まりだね? 君の未来」
何を言われているか分からずにグラナトは停止する。
「ん? 何がだ?」
「何って、もちろん、取り戻すんだろ?
皇国からこの国を」
フェステスの言葉に、思わず目をむくグラナト。
「えっ? ええええっ!」
「そして王座に着くんだ! 他の誰でもない、君がね!」
「俺が? だって、俺は……
その、前も、馬鹿なことをしてしまったし」
そう言ってうつむくグラナト。
彼は今でも、断罪される直前に父王の発した
”お前が余計なことさえしなければ……”
という言葉が耳から離れないのだ。
そんなグラナトの肩に腕を回しフェステスは
優しい小さな声でささやいた。
「本当に賢い者は、馬鹿を演じられるのさ。
君は本来とても聡明な男だ、そうだろ?」
そして楽しそうに、また嬉しそうに未来を語る友に
グラナトは否定も肯定もできず、
ただただ乾いた笑いを漏らすのみであった。
**********
それからかなりの日数が過ぎた。
フェステスに奪還計画について尋ねられても
「まだ綿密な作戦を練っている段階だ」
と答え、はぐらかしてはいたが。
内心は穏やかでなかった。
”フェステスは知らないんだよ。
皇国がどんなに恐ろしいか。
あいつらの計画は用意周到で、将軍は軍神のように強く、
それに……あの女。俺たちを裁いた……”
グラナトはふいに感傷に囚われてしまう。
彼にとって神霊女王は恐怖と苦痛をもたらす存在だが、
今、彼が思い出すのは、皇国から来たメイナ技能士のほうだった。
茶色い目、茶色い髪、容姿は素晴らしく美しいが、
喋り動くと闊達で明るく……とても可愛かった。
グラナトの行動・対応全てが間違ってはいたが、
彼の中には確かに、一目見た時から彼女に対し
恋い慕う気持ちがあったのは間違いなかった。
”俺がもし、フェステスとの仕事で大成して、
どこかの爵位を買えるくらいすごい金持ちになったら……”
そこまで考えて、あの将軍が婚約者だと言っていたことを思い出し
胸に強い痛みを感じて顔をゆがませる。
そしてソファーにゴロンと寝転がり、自分を鼻で笑う。
”……どうだっていいか。バカバカしい。
金を儲けるのは自分のためだ”
そんなグラナトの様子を、
冷めた眼差してフェステスが見ているのにも気付かず。
**********
「グラナトっ! 大変だ!
……落ち着いて聞いてくれ!」
いつも穏やかなフェステスが眼を血走らせ部屋に飛び込んできた。
「な、なんだよ。どうした?」
相変わらずゴロゴロしていたグラナトに、
フェステスがその端正な顔をゆがませて言う。
「君に頼まれたとおり、元国王様と王妃様、
兄王子たちを探させていたんだけど……」
そこまで聞いて、さすがのグラナトも察して目を見開く。
「まさか!」
フェステスが泣きそうな顔でうなずく。
「全員、すでにお亡くなりになっていたよ……」
ショックでふらふらと立ち上がり詰め寄るグラナト。
「何故だ? どうして……」
その問いに、言いづらそうにフェステスは俯き。
「……みな、殺されたそうだ」
フェステスは手元の調査報告書を読み上げた。
元・第一王子ロクタスはエギール国で生贄にされたこと。
元・第二王子ガルムはテリム国で妖獣サルラックの保存食にされたこと。
そして元国王と王妃は、アルヘンルプス国で蛮族に奴隷として売られ
父王は逃亡の果てに、母王妃は蛮族になぶり殺しにされたこと。
それぞれの悲惨な死にざまに身を震わせながら
「なんで……なんでそんなことに。
死刑は免れたはずだろう?!」
そう叫び泣き出すグラナトと同じくらい、
フェステスも顔を真っ赤にして涙を流していた。
「わからない。残酷すぎるよ、あんまりだ。
ただ、判っているのは……
これが皇国の目的だったということだ」
「何だと!?」
「自業自得を思い知らせるのが目的なんだそうだ。
それが常に”上から目線”である、皇国のやり方だって」
「俺たちが罪を犯したからか? だからって酷いだろ!」
グラナトは両親や兄たちが犯した過去の罪などまるで知らなかった。
彼らは過去にもっと非道いこと、残虐な行為を数多くしており
その死に方はまさに自業自得であるのだが
それを知らないグラナトにとっては理不尽に思えて仕方ないのだ。
「なんという仕打ち。これが許されるというのか?!」
怒りと悲しみでふるえるグラナトの肩に腕をまわし
フェステスもそう叫んで、一緒に涙を流す。
「父上……母上……兄上たち……さぞや無念で」
うずくまって慟哭を始めたグラナトを
フェステスは彼を見下ろしながら背中をさすっていた。
……いつもの美しい笑顔で。
********
翌日、フェステスの前に、
泣きはらした顔でグラナトが現れて言った。
「俺は決めたぞ……皇国に報復するのだ」
フェステスはあわてて彼を止めた。
「なんてことを言うんだ! もし皇国にそれが聞かれたら。
君までひどい目にあわされてしまうよ!」
そういって必死に懇願する。
「僕は嫌だし心配だよ、グラナト。
万が一、パルブス国王家の血が絶えてしまったら大変じゃないか。
今は辛抱だ。耐えてくれ。このまま静かに……」
「……嫌だ! 絶対に、父上たちの仇を取るんだ!」
グラナトに強く言われ、フェステスはうなだれる。
そして言った。
「……君の気持ちは分かった。
確かに、僕でもそうするだろうな。
そうでないと、親や兄弟があまりにも可哀そうだ。
……何か協力できることがあればいってくれ」
*********
グラナトはフェステスに多額の軍資金を受け取り、
紋章を隠した馬車で彼と共に皇国へと向かった。
その道中、フェステスは興味深げにグラナトにたずねる。
「君に頼まれて、彼女の出所日を調べたけど……
その子を仲間にしてどうするつもりかな?」
グラナトがニヤニヤしながら返す。
「まあ、見てろって。あいつは使えるんだよ。
……いたぞ!」
歩いていくルシオラを見つけ、小声で叫ぶ。
ルシオラは途中、赤子を連れた女たちと何か話していたようだったが
その後、運よく彼女はさびれた路地へと飛び込んでくれた。
馬車を前方へと回るよう指示し、グラナトは降りて彼女を追いかける。
「やっと出てきたな、ルシオラ。待っていたぞ」
グラナトはルシオラを捕まえ、必死に仲間になるように促す。
こいつも絶対、皇国を恨んでるはずだ。絶対にそうだ。
しかしグラナトの思惑は大きく外れた。
元々素直だった彼女は、きちんと説明されることで
みずからの悪事を素直に認め、反省し、
過ちを正すことが出来たのだ。
そのため彼女は仲間になることに同意せず、逃げようとした。
(自分の計画にはこの女が必要だ! 逃がしてなるものか)
そう思ったグラナトは馬車までルシオラをひきずっていく。
彼女の腕をつかみ、いざ馬車に乗せようとしたら、
馬車の窓からフェステスが笑顔でこちらを見ていた。
その顔を見て、なぜかルシオラの表情が恐怖に染まり
悲鳴をあげようとしたのだ。
慌てて口を塞ごうとしたグラナトだったが、その時。
後ろから大きな声が聞こえてきた。
「あー! いたいた! さっきの子、ここにいたわよお!」
女たちに見つかり、気が小さいグラナトはすっかり動転してしまい
ルシオラを突き飛ばして
すばやく馬車に乗り込んで逃げてしまった。
走り去る馬車の中で、ゼイゼイと息を切らせるグラナトに、
フェステスが笑顔のままで言う。
「失敗に終わったようだね」
「……なんであいつ、君を見てあんなに怯えていたんだ?」
その言葉に、興味なさそうにフェステスが目を逸らして言う。
「さあな。で、これはどんな計画だったんだい?」
グラナトは不貞腐れたように説明する。
「さっきの女、似ているって評判だったらしいんだよ。
あの……アスティレアの本当の姿に」
フェステスが目を見開き、吹き出した。
「神霊女王にか? あれが? さっきの、あの女が?」
「……まあ、実物とは大違いだったさ。
でも本物を知らない奴は騙せるだろ? だからさ……」
グラナトの計画はこうだ。
ルシオラに神霊女王のふりをさせ、
いろいろな国で悪事を働かせることで彼女の評判を落とす。
そして徐々に皇国に対する不満を爆発させて……
それをフェステスは、最初はいぶかしむような、
次第に呆れるような軽蔑のまなざしで聞いていた。
「評判を落とすって……子ども同士の意地悪でもあるまいし。
まあ、君の立てる作戦なぞ、その程度だろうな。
……もうちょっと楽しめるかと思ったんだけどな」
フェステスは鼻で笑い、横を向く。
今までいつも優しく親切で、
自分を褒め讃えてくれた彼にそう言われ、
グラナトは一瞬で頭に血が上ってしまった。
「もう良い! お前には頼らない!」
そう言って、彼から預かった軍資金を持ったまま、
グラナトは馬車から降りた。
フェステスは別に止めもせず、それを黙って見送った。
いつもの、美しい笑顔で。
**********
ぶらぶらと街を歩き、酒場で働く昔の貴族仲間に会いにいく。
どこに居たんだ? と驚く彼に、グラナトは経緯を話した。
「へえ、フェステスが来ているのか? あの陰気な奴がこの国に?」
陰気と言われて驚くグラナト。
爽やかでいつも明るい男じゃないか、彼は。
「陰気だと? フェステスだぞ? カパール侯爵家の」
「ああ、もちろんそうだよ。俺のいとこだぞ? 間違えるかよ。
なのに、俺の受け入れを断りやがったけどな。
顔も、俺に似てるだろ?」
「いや? 全然」
「何言ってんだよ。やっぱり誰かと間違ってないか?
三年前に会った時は親に双子かって言われたくらいだぞ。
あいつ両親が死んでから、全く表に出てこなくなったからなあ」
自分の知ってるフェステスではないことを知り、気が動転してしまう。
おそらく、まったく違う人物だ。
しかし侯爵家の印が入った馬車に乗っているのは何故だ?
混乱するグラナトに気付かず、元・貴族だった仲間は続ける。
「そういやさ、お前が出所した日、
なんであんなに人が押し掛けたんだと思う?」
グラナトはハッと思い出す。
なんだったんだ? あの盛大な出迎えは。
「そうなんだよ、出所を待ち構えるようにして、
なんであんな集団がいたんだ?」
「皇国が彼らに話を聞いたところ、
”お前が謝罪し、迷惑をかけた者に慰謝料を払ってくれる”
ってデマが広がってたんだとさ」
グラナトはカッとなって立ち上がる。
「誰だよ! そんなデマを広めたやつは!
だいたい出所日まで特定して……」
そこまで言いかけて、唐突に思い出す。
フェステスは国外から来たのに、
出会った時点で俺が民衆に追われたと知っていた。
それになぜ、ルシオラの出所日を調べることが出来るんだ?
どういうことだ? あいつは、何者なんだ?
ゾッとする感覚にとらわれ、冷や汗が吹き出る。
”どこかに、早く逃げなければ”
その思いでいっぱいになり、酒場を飛び出すグラナト。
フェステス、あいつはダメだ。怪しすぎる。
絶対にもう、見つかってはいけない。
馬を買い、国外へと走らせる。
最初からこうして逃げていれば良かった。
幸い、手元にはフェステスから受け取った軍資金がある。
これさえあれば、どこかの国に潜り込んで、
適当な仕事をみつけ、なんとかやっていけるだろう。
”まあ、アイツを利用してやっただけのことだ”
馬上でグラナトはニヤニヤと笑っていた。
やっと国を出た街道に、ポツンと立つ宿屋を見つける。
どうやら出来たばかりらしい宿屋で、
小さいがキレイだった。
入り口には魅惑的な女給が看板を拭いていて
グラナトを見つけてニッコリと笑った。
「あら、もう夜も遅いのに。
この先、深夜には野党が出るのよ。
こちらで休んでいかれてはいかが?」
グラナトは迷ったが、野党に襲われては元も子もない。
それにしなだれかかってくるこの女も魅力的だった。
愛想のよい受付の男に一晩の宿代を払い、
先ほどの女給が意味深な目をしながら近づいてきて
「私が部屋までご案内しますわ」
と、グラナトの腕にからみついてくる。
そして奥に進み、ドアを開けて部屋に入ると。
部屋の中は真っ暗だった。
おい、灯りは……と言いかけた、その時。
「ずいぶん遅かったね。グラナトくん」
真っ暗闇の中、浮かび上がるように、
フェステスが座っているのが見えた。
「嘘だろ! なんでここに!?」
部屋へと案内した女はしっかりとグラナトの腕をつかんでいる。
ドアを開け、受付の男も入って来た。
フェステスは前髪をいじりながら、いつもの明るい調子で言う。
「僕があの陰気なフェステス・カパールに成り代わってまだ2年だからね。
まあ、すぐにバレるとは思ったよ」
それを聞き、受付の男が笑いながら言う。
「デセルタ国の女くらい、外見が似ているヤツにすりゃ良かったな」
「確かにね。彼女はあそこの公爵令嬢にそっくりでしたもの。
……不細工なところが、ね」
どっと笑う三人。グラナトだけがおろおろしていた。
部屋は真っ暗なのに、
人間の姿だけはハッキリと浮かんで見えている。
泣きそうな声でグラナトが偽・フェステスに言う。
「お、俺の未来が大事だっていったじゃないか」
偽・フェステスはわざとらしく驚いた顔をつくって言う。
「君って”未来”という言葉に、
勝手に楽観的な印象を持っているんだね。
末路とか最後とかのほうが良かったかな?」
グラナトはブルブルと震え出し、座り込んでしまう。
「古物商の仕事を一緒にするって……」
それを聞き、フェステスは吐き捨てるように言う。
「便利になる事だけを望み、
真の公益など望んでいなかった前時代の遺物だぜ。
あんなもの、ガラクタにもなりはしないよ」
そう言って立ち上がり、部屋の中央に置かれた小さな箱へと歩く。
そしてひざまずき、そのプレゼントボックスを開いて言った。
「マスター・ジェスター……お願いいたします」
小さな箱からゆっくりと、長い爪を持った手が伸びてくる。
そして次は肩、頭、反対の肩、腕……
なにかの魔術のように、10センチくらいの箱から現れる。
まるで圧縮されてた体を少しずつ外に出し、
元の大きさまで膨らませているかのようだった。
そしてグラナトの目の前に立った男は
カードの、ジョーカーのような姿をしていた。
左右にロバの耳の飾りがついた、顔だけ出せるマスクを頭からかぶり
首回りと腰回りに、ギザギザした飾りをぐるっとつけたタイツ姿。
3,4メートルくらいありそうな身長で、手が異常に長かった。
それを見て、グラナトは気が付く。
ここに天井は無い。そして、壁も。入って来たドアさえも。
男の顔は暗くてよく見えないが、目だけは光っている。
口が笑った形で大きく開かれている。
そして腕には、古びたロバの人形を抱えていた。
ジェスターと呼ばれた大男は、
まずはロバの人形をボロボロに引き裂いて宙に投げた。
しかし、いつまで経ってもその破片は落ちてこない。
そしてグラナトを両手でつかむと、枝から葉っぱを取るくらいの軽さで
右手をプチ、と引き裂き、高く放り投げた。
そして反対の左手も。
「うわあああああああああ」
強烈な痛みにグラナトが叫ぶと、部屋の中のものがいっせいに笑った。
何がおかしいんだ、こいつら、気が狂ってる。
バラバラに細かくされる。それでもグラナトの意識は頭部に残っている。
なんで、俺は死なないんだ?
これは幻覚なのか?
マスター・ジェスターと呼ばれた男は楽し気に首を左右に傾けながら
グラナトの体のパーツでジャグリングを始めた。
壮絶な痛みと恐怖で絶叫するグラナト。
「アタマとカラダ、アンヨにオテテ~」
それ以外の部分は、ジャグリングに失敗したかのように床に落ちていく。
そして残った部分の回転が速くなり。
目をまわしたグラナトが、ふと意識を取り戻すと。
ずいぶんと視界が低い。そして、体がうまく動かせない。
フェステスがニコニコしながら鏡を運んでくる。
目の前に置かれたそれを見て、
グラナトは世界が割れるような絶叫を響かせた。
「うわあああああああああああ!!!」
グラナトの頭部には、先ほどちぎったロバの耳がついていた。
頭の下は首が無く、そのまま丸く短いロバの胴につながっている。
その胴の真横から、人間の肘から先が生えていた。
胴の下には、くるぶしから下だけの足がついており
立つにもバランスが悪く、よちよちとしか歩けない。
グラナトはマスター・ジェスターによって、
ロバの人形と人間を合成した”人外”へと再編成されたのだ。
絶叫しつづけるグラナトに、フェステスたちが声をかける。
「良かったなあ。余分なものは落とせて」
「その体ではもう、パルブス国の血を残すことはできないわね」
グラナトは自分の体を見下ろし、
そして床に落ちている胴体の部分を見て、崩れ落ちた。
涙を流しながら狂ったように泣きわめくグラナトを見ながら、
同じく可笑しくてたまらないといったように
涙をぬぐいながら周りの者は爆笑していた。
グラナトが床を叩いたり、天を仰いだりするたびに
まるで面白い芸を見るように彼らは笑った。
その笑い声は延々と続き、最後は独りだけ笑っていた。
「ヒーッヒッヒッ……ハハハ、ワハハハハ」
最後に笑っていたのは、グラナト自身だった。
短くなった自分の手を振り回したり、
丸い胴についた尾っぽを左右に振ってみたり、
チョコチョコ歩いて転んでみたりしながら、
グラナトは笑っていたのだ。
一同が沈黙し、真顔でそれを見守る中。
ジェスターが、感嘆したようにつぶやく。
「……ジョーカー!」
それは後に皇国とアスティレアを危機に陥れる、
”破滅の道化師”最高の切り札の誕生だった。