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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
王国崩壊編 ~せっかく貴方たちのために働いたのに国外追放とは、そんなに早く滅びたい?~
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☆番外編☆ 5:ルシオラの行く末

番外編です。


本編未読でも大丈夫かと思われますが、

パルブス国が崩壊し共和国となるまでの経緯は

『断罪のアスティレア ~王国崩壊編~』

 ~せっかく貴方たちの国のために働いたのに国外追放とは、

  もともと有罪確定なのに、さらに罪を重ねて大丈夫?そんなに早く滅びたい?~

を読んでいただけると幸いです。


本編を読む時間がもったいない方へ。

パルブス国の王族と貴族は民衆を虐げ、犯罪に加担し、

大変な悪事を行い、国を追われることになりました。


とりたてて犯罪は犯していなかったけど、

自分を神霊女王の生まれ変わりと思い込み、

聖女のようにふるまったルシオラ元・伯爵令嬢が

自分の黒歴史と向き合うお話となります。


どうぞ、よろしくお願いいたします。

☆番外編☆ 5:ルシオラの行く末


「あ、あの……例えば、有名な物語の登場人物を

 ものすごく好きになる事って、ありますわよねっ?

 好きってだけでなく、こんな人になりたいっ! って。

 あ、ありませんでしたか?」

そう言って、真っ赤な目をしたルシオラは心配そうに、

向かいに座る若い刑務官に同意を求めた。


話のオチが分かっている彼は、苦笑いでうなずく。

「そうだね。僕も幼い頃は”黒竜の魔剣士”に出てくるアレスに憧れていたよ」

そう、幼い頃の話。普通はある程度大きくなると、現実との区別がつくものだ。

でも、彼女は違った。


彼の返事に嬉しくなったルシオラは、頬を赤くしながら話を続ける。

「も、もちろん有名な歌い手や、劇の演者にも信奉者がいるけど。

 そんな人たちは会おうと思えば会えるし、

 もしかすると直接お話しする機会に巡り合えるかもしれないの。

 ……空想世界の登場人物に憧れる者と違って」

「確かにね」

「物語の登場人物に、実際に会って、話してみたいって。

 そう願う人もいるんでしょうね、きっと」

そう言った後、何かを思い出しのか、

顔をさらに赤くし両手で覆ってしまう。


なんてことない会話に聞こえるが、

彼女のイタイ、いや、痛ましい体験から出る言葉は悲痛な響きを持っている。


しばらくの間を置いた後、ルシオラは必死に言葉を吐き出した。

「 ……でもね、ある日突然目の前に現れて

 ”実は実在してました”とやられるほど

 心臓に悪いことってありませんのよっ?!」


思わず熱く叫んだルシオラの様子に、刑務官はたまらず吹き出した。

それを見たルシオラも、先ほどの泣き顔から

照れくさそうな笑顔に変わり、小さく肩をすくめた。


************


ルシオラ元・伯爵令嬢は、古い貴族の血筋と言うこともあり

もともと少しだけメイナという魔力が使えた。

簡単な邪気を払うくらいの力だが、

彼女を溺愛する両親は過剰に褒めたたえた。

「この子は私よりも力がありますわ」

「手を振っただけでスライムが逃げていったぞ」

そう言って両親は絶賛したが、それはあくまでも家庭内での話だった。


そして”神霊女王ジャスティティア”の壁画を目にした時から

()()()似ていると感じ、

両親にそれを告げると、小さな子どもをあやすように

「そうね、似てるわねえ」

と軽く受け流されたのだ。しかし、夢見がちな彼女は本気にしてしまった。


それに気づいた母親は”しつけ”に利用することにし、

「本当にそっくりだわ。じゃあ悪いことはできないわね?

 正義の女神様は良い子でいないと」

などと諭していた。そしてある程度大きくなっても

「おお、本物かと思ったぞ」

「もしかすると生まれ変わりかもしれないわね」

と、彼女の嬉しそうな顔が見たくて繰り返し言っていたのだ。


彼女を愛する両親にもちろん悪意はなかったが、

そんな言葉を素直、言い換えれば単純なルシオラはそのまま受け取ってしまい

すでに17歳も過ぎたというのに、

振る舞いだけでなく、着ているものから持ち物まで

ジャスティティア風にそろえて過ごす毎日を送っていた。


でも、どうしても手に入らないものがあった。

それは神霊女王の手にする”黄金の錫杖(しゃくじょう)”であった。

子どもの頃は、手ごろな棒をそれの代わりにしていたが、

大きくなるにつれ、もっと似ているものを欲しくなったのだ。

もちろん両親にねだったが、さすがにとんでもなく高額であるため

まったく相手にはされず、涙をのんで諦めていたのだが。


しかし、ある日。

城の窓からぼんやりと、町の様子を見ていると。


憧れの、あの金の錫杖を持った娘がいるではないか。

しかも、それを使うたびに辺りがまばゆく発光している。

「……本物だわ!」

ルシオラは驚き、そして歓喜した。

すぐに彼女の素性を調べ、皇国から来たメイナ技能士だとわかった。

そしてグラナト第三王子に頼み、紹介してもらったのだ。


親しくなったら、貸してもらえないか頼んでみよう。

すごく仲良くなれば、プレゼントしてくれるかもしれない。

「これ、どうか受け取ってくださらない?

 あなたの方が似合うんですもの」

とか言いながら……ルシオラはそんな期待に胸を膨らませていたのだ。


しかし実際は悲惨なものだった。

まず、親しくなろうにも、手伝ってみたメイナ技能士の仕事は

”気持ちが悪い”か、”退屈”か、

”とてつもなく恐ろしい”か、の三択だった。

しかも金の錫杖を目にすることはとうとう無いままだった。


だから神霊女王の蘭を自分が咲かせたと勘違いした時、

無理やり彼女の仕事を全て引き継いだのに

彼女の荷物には金の錫杖なんてなかったのだ。


それはそうだろう。

あの錫杖は、彼女の手から生み出されるものだったのだ。

なぜなら。


彼女こそが本物の神霊女王ジャスティティアだったのだから。


************


「ジャスティティアみたいにみんなを救うのだ……

 自分ではそう思っていましたけど。

 この収容所でいろんな教育を受けて、

 皆さんにいろいろ言われて、つくづく思い知りました。

 私はジャスティティアのイメージや見た目だけに憧れていたんですわ」

ルシオラは悲し気に笑った。


彼女の目が赤いのは、さっきまで一人、収容所の庭で泣いていたからだ。

ついこの間まで仲間だと思っていた人々に傷つけられる毎日が辛くて。


パルブス国の貴族たちは、どこにいっても彼らのままだった。

高慢で他を見下し、弱者をいたぶることを好む性質はきっと

どのような罰や教育を受けようと変わらないのだろう。


全てを失い、こんなところに収容され、

これから平民に落とされると知った彼らは

その苛立ちや不満を、仲間のうちから弱者を見つけてぶつけていた。


ルシオラは代表的なその一人だった。

「誰が聖女だって? なーにが救いの女神様だって? 笑わせるな」

「本物の前で、良くもまあ、あんなマネできたものよね。

 恥ずかしいったらありませんわ」

「彼女、女神のように美しかったじゃないか。

 お前と全然違ったよな? 何が”そっくり”なんだよ」


食堂や廊下などで彼らに見つかると、

ヒマつぶしかストレス解消のはけ口として、

マネをしていた頃の仕草をからかわれたり、

似ても似つかないなど外見を愚弄される毎日で、

ルシオラも両親も隠れるように過ごしていたのだ。


とうとう調子に乗った元・貴族の若い男たちは暴力行為に及んだのだ。

「神霊女王の怒りを買ったせいで、俺たちはこんな目に合ってるんだぞ!」

「全て王家とお前のせいじゃないか! お前が代表してみんなに詫びろよ!」

などと言って彼らはルシオラを突き飛ばす。

さらに蹴りを食らわせようと足を振り上げた瞬間。


しかしその足がルシオラに届く前に、

元・貴族の男たちは後方に向かってはじけ飛び、

それぞれが壁に頭や体を強く打ち付けられたのだ。


「そこまでです。所内の暴力行為を確認しました。

 現行犯として再逮捕いたします」

そこには一人の若い刑務官が立っていた。

彼の背後には、他の看守や刑務官たちも厳しい顔で立っている。

弾き飛ばされた男たちは、痛てて……と頭に手を当てしゃがみ込む。


ルシオラはもともとメイナを使えるということもあり

メイナの力を増幅する機械を外した今でも、

ちょっとはその流れやエネルギーを感じることが出来た。

だからその刑務官が右手をかざし、彼のメイナを用いて

暴力をふるう男たちを吹き飛ばしたのだと気付いた。


刑務官を憎々し気に睨めつけながら、男の一人がつぶやく。

「……ちょっとくらい良いだろう。俺はコイツより上の貴族……」

「もはや全員、立場を同じ平民です。

 そもそも暴力行為は身分によらず禁止されています」

瞬殺され、黙り込む元貴族の男。


刑務官はルシオラに手を伸ばし、立たせてあげながら

「どのような格好をしようと本人の自由です。

 そもそも、()()()はまったく気にされていません。

 だから彼女とパルブス国の崩壊の関係は皆無です」

と言い、彼らに向き直り、冷たい目で言い放つ。


「現状を”神霊女王の怒りを買ったせい”と考えているということは

 あなた方は自分自身の罪を全く理解していないということですね?」

「い、いや、そんなことは……」

急にあわてる貴族。まずいことになったと顔を見合わせる。

「そして、もちろん反省も、悔い改めることもしていないということになる」

「違う違う、それは分かってるんだ。でも……」

元・貴族の男たちは目でルシオラに助けを求める。

気にしてないって言えよ。自分が悪かったってとりなせよ。


しかしルシオラはもともと察しが悪い娘であり、

彼らが自分をやたら見てくることなど気にも留めず

先ほど久しぶりに感じた、メイナの力に呆然としていた。


彼女の心の中には、真のジャスティティアが言っていた

「メイナは万人が持ちえる、万人のための力です」

という言葉がよみがえっていた。

あの時は、”この子なにを言っているのかしら”、なんて思っていたけれど。


刑務官の後ろからバラバラと看守たちが駆け寄ってきて、

男たちを後ろ手で拘束し、引き立てていく。

「ちょっと待ってくれよ! 判ったから! 反省したから!」

「冗談だろ?! またあのめんどくせえ授業と作業かよ!」

「嫌だあ!」

口々に叫んで暴れる彼らに、刑務官は無感情で言い放つ。

「もう遅いです。再教育が必要と判断されました。

 ただし、前回とは違いますよ」

それを聞いて、彼らは一瞬嬉しそうな顔になる。

まあ二度目だからな。簡略化されてて当然だよな。


「あれだけの指導を受けて理解することができなかったのです。

 この次は2倍、いや3倍の矯正教育を受けることになりますよ。

 さあ、自分たちが犯した犯罪についてきちんと向き合いなさい!」

彼らはヒステリーを起こしたり、グッタリしながら連行されていった。


しかしその場に残されたルシオラは、

看守や刑務官に礼を述べた後、

よろよろと庭へ向かい、そこで顔を覆って静かに泣いていた。


自分自身が一番、滑稽だったって判っているのに。

恥ずかしいって思っているのに。

それを他人から指摘されるのは、本当に辛かったから。


そして今、彼女の様子を気にした刑務官が後を追い、

お茶を飲もうと休憩室へと誘って、話を聞いてあげているのだ。


************


「本当に、気にされてないのですか?

 私の両親は不敬罪に問われるのでは? と心配しています」

ルシオラがそう言うと、刑務官は笑って言った。

「あの方は全然気にされてませんよ。

 ただ滞在中は、少々気恥ずかしかったでしょうね」

それを聞いてルシオラは少し安堵した。

自分も気が遠くなるほど恥ずかしかったけど

中途半端な真似っこをされた彼女もそうだったろうと思い

再び申し訳ない気持ちになり俯いた。


「あの方が自分にかけていた幻術を解こうとしたことも

 もし強制的にやっていたらアウトだったけど

 結局、あの方がみずから解除されたわけだからセーフです。

 ま、みんなの前で暴露は意地悪だし、マナー違反ではありますが」

わざとおどけたように刑務官は言ったが、ルシオラは胸が痛くなり俯いてしまう。

あの素敵な皇国の将軍を目の前にして、

自分の腹黒い部分が溢れ出たあの日を思い出す。


あんなにカッコいい人、見たこと無かったんだもの。

でも、すっかり舞い上がるだけでなく、

あんな手段で人を陥れて関心を得ようとするなんて。

自分の中の汚い部分があることを痛感したわ。


ふたたび泣きそうになったルシオラに、刑務官は優しく言葉を続ける。

「誰しも|(うらや)(ねた)んだり、そのために攻撃的になることもあるでしょう。

 でも”これは良くない”、そう気づけたなら、二度としなければ良いだけです」


小さくうなずくルシオラに、刑務官は明るい声で宣言する。

「大丈夫。あなたの罪は1つだけです。

 メイナの掟に背き、一般市民への使用を拒否したこと。

 メイナは万人のための力だから。

 力を持つ者は持たざる者のために使う、これが原則です」

ルシオラは再びうなずいた。今はわかるから。

さきほどこの刑務官さんは、メイナで私を助けてくれた。

この力は、人を助けるための力なのだ。


ルシオラはか弱く笑って、そして恥ずかしそうにつぶやく。

「こ、これからは、そのつもりですわ。

 ……と言っても、私の力なんて全然小さいものですが」


刑務官は笑って首を横に振った。

「力の大きさはまるで関係ありません。

 できることをする、それで良いのです」


************


それから日々が過ぎた。

いよいよ今日、ルシオラはこの収容所を出る。


彼女の親はあまり社交的でなく、友人もあまりいなかったため、

()()()()()()もほとんどなかった。

だから刑期や教育期間は短かったのだが。


この国はもう共和国になったため、国を出るか

国内で平民として生きるかの選択をしなくてはならない。

パルブス国貴族界でも目立たない存在だった彼女の親は

国内で平民として生きることを選んだのだが、

今後どうして良いかわからず、すっかり困ってしまったのだ。


結局、皇国の温情でしばらくこのまま収容所に置いてもらい、

皇国の仕事を手伝いながら、親戚のツテなど探すことになったのだ。

それは思いのほか長くかかり、ここの閉鎖も近づいたため焦ったが

やっと先日、外での生活のめどがついたのだ。


先に出た両親の待つ新居へと、ルシオラは歩いていた。


町中は、建物など全く変わっていない。

それなのにまるで別の町にいるようだった。

「活気があって、にぎやかで。みんなの顔が明るくて」

ルシオラは、ぼおっとその光景を眺めていた。

国民が幸せな様子に変わったということは、

今まではとても不幸だったのだ、それに気が付いて俯いてしまう。


王族や貴族がしてきたことは、恐ろしい犯罪だった。

そして私もその中に含まれているのだ。


私はここで暮らして良いのだろうか。

馴染めるのだろうか。不安で胸がいっぱいになる。


すると目の前の店の中から、

若い母親が困った顔で飛び出てきた。

腕には生まれて間もない赤ちゃんが抱かれていたのだが。

それを見たルシオラは、はっ! と立ち止まる。


若い母親は隣に立つ商店の、店員の中年女性と話している。

「やっぱりこの子、おかしいわ。もう泣き声も出さないの」

「でも病院で先生に診てもらったんでしょう?」

「……そうだけど。ミルクを飲もうともしないのよ」


ルシオラは鞄を下に置き、両手で口を覆う。

”それはそうでしょう! だって、あの子”

メイナの使えるルシオラには視えていたのだ。

赤ちゃんの顔全体にまとわりつく、陰湿な邪気が。


「……あ、あの」

声をかけようとしてもなかなか出来ない。

元々シャイな性格であり、うまく話すのは苦手なタチだ。

それにふと気が付いてしまう。

”元・貴族だってバレたら、どんな目にあわされるか分からないわ”

……私には無理だ。そう思って歩き出そうとした時。


”できることをする、それで良いのです”

最後までずっと親切だった刑務官さん。

今日もわざわざ見送りに来てくれた。


彼の言葉を思い出し、両手を握りしめる。

そしてルシオラは必死で声を張り上げた。

「あああ、あのっ! あのっ!」

二人が同時にこちらを見たことで、ルシオラは縮み上がってしまう。


しかし若い母親は優しい目でたずねた。

「どうかしました? 道に迷ってしまったの?」

この人、自分がすごく困ってるのに、私の心配してくれるのね。

そう思ったルシオラは必死に言葉を紡いだ。

「あの、赤ちゃんに、ついちゃってますっ、邪気が、顔にっ!

 だから、その、メイナじゃないと、あの……」

たどたどしいルシオラの言葉の意味は伝わったらしく

ええっと叫んで二人は赤ちゃんの顔を見るが、常人には何も見えない。


でも信じてくれたのか、店員の女性は困ったようにつぶやく。

「じゃあ、メイナ技能士を探さなくっちゃ。

 このあたりを担当してる人って、昨日から研修に出ているのよ」


こうなったらもう、最後まで頑張るしかない。

「わ、私、ちょっとだけメイナが使えるですっ! ちょっとだけですっ!」

ルシオラはおそるおそる近づき、母親に頼んでみる。

「あの、私が試してみてもっ、いいですか?」

母親は一瞬驚いたが、震えながら必死に頼むルシオラを見て、

悪い子ではないと判断し、了解した。

「お願いできるかしら?」

ルシオラはうなずき、赤ちゃんの額に手を置く。

確か……陽のメイナを……いや、額からではダメよ、体に邪気が流れちゃう、

胸から、頭の先に陽のメイナを流し、邪気を吹き飛ばずのよ!


2,3回繰り返すうちに、徐々に赤ちゃんの顔に生気が戻って来た。

そしていきなりぶわっと泣き声を上げたのだ。


顔にあった粘りつくような邪気はすっかり払われていた。

母親も店員の女性も、赤子が普段の様子に戻ったことを感じ

ふぅ……と深い息をついた。しかしはっと気づいたように

「お腹空いてるのね、ずっと飲んでなかったから」

「そりゃ大変ね、あら汗もすごいわ! まずは……」

慌てる彼女たちから、ルシオラはそっと後ずさり、

そのまま寂れた路地へと入っていった。


薄暗い路地を小走りで進む。


ああ良かった。うまくいった。

いきなりの展開に、まだ胸がドキドキしている。

両手で頬を包み込み、小さくジャンプする。


役に立った。きっと立てたんだ。

嬉しさで顔がほころんでくる。

ああ、収容所に戻って、あの刑務官さんに話したいわ!


そう思って振り返ると……そこには。

いつの間にか真後ろに、男が立っていたのだ。

「きゃ! ……え?」

思わず叫ぶルシオラ。でも、それは良く知っている顔だった。


「……グラナト王子?」

「やっと出てきたな、ルシオラ。待っていたぞ」

「ええっ? どうして?」

動揺して頭が混乱している。どうしてグラナト王子、

いやグラナトさんが私を待っていたの?


そうだ。王族の方って。

「そういえばご家族はどちらに?」

グラナトは痩せこけた顔に、異様にギラついた目でルシオラを見て言った。

「父上も、母上も、兄上たちは死んだよ。……みんな殺された」

ルシオラは両手を口に当てて叫ぶのを押さえた。

怖い。震えが止まらない。殺されたなんて! でも、誰に?


「死刑の判決ではなかったのに」

彼女が思わずそうつぶやくと、グラナトは苦々し気につぶやいた。

「俺たちに”自業自得”を思い知らせるのが目的だったんだよ……

 くそっ! 馬鹿にしやがって。

 それが()()()()のやり方なんだそうだ」

あいつらって? そもそも、その情報をどこで得たの?

それにどうしてみんなの死因を知っているの?


ルシオラはだんだん恐ろしくなり、ちょっとずつ後ずさりしてしまった。

逆にグラナトは、彼女に覆いかぶさるような前のめりの姿勢で

一歩ずつ近づいていく。


「”仲間”が教えてくれたんだ。なぜ、どうやって死んでいったか。

 そして、これから俺がどうすべきかもな」

そしてニヤリと笑った。

この、何かを企んだような笑い方だけは、あの頃と変わっていなかった。


ルシオラは震える声で尋ねた。

「……”仲間”って、どちらの方ですか」

「紹介してやるから、お前も来いよ。

 お前だって()()()に、あいつらに復讐したいだろ?」

腕を掴まれて強く引っ張られてしまう。

向こうには真っ黒で小さな馬車が止まっており

真っ黒なマントに覆われた御者が乗っていた。


ルシオラは引きずられながら、馬車の前までやってきた。

思わず御者の方に

「助けてください!」

そう叫んで、顔を見ようとフードを覗き込むと。


フードの中身は空っぽだった。

それなのにマントは人の形を保ったまま、

しかもその手袋をした手は手綱を握っていたのだ。


全身の鳥肌が立った。

ルシオラの腕をつかんだまま、グラナトは馬車のドアを開けようと手を伸ばす。

馬車の窓を見上げると。そこには。


笑顔があった。真っ白な道化師の笑い顔が。


ルシオラが悲鳴をあげかけたので、ドアに伸ばしていた手をひっこめ

グラナトが口を塞ごうとした。


その時。後ろから大きな声が聞こえてきた。

「あー! いたいた! さっきの子、ここにいたわよお!」

さっきの店員の女性だった。

遠くで彼女の知人らしき人々も見守っている。


グラナトはとっさにルシオラを突き飛ばし、

すばやく馬車に乗り込んでいった。

そして馬車が走り去っていく。

ルシオラは、中身のない御者が馬にムチをふるうのを見て驚愕した。

空っぽなのに動いている!


店員の女性が駆け寄ってくる。

「なんなの? いまの馬車。大丈夫だった?」

ルシオラは青い顔のままうなずいたが、

心の中では危なかった、怖かった、と恐怖でいっぱいだった。


そんな恐怖を払拭するかのような明るい笑顔で店員の女性は

「ちょっと貴女ったら、お礼も言わせてくれないなんてねえ。

 うふふ、謙虚なのは素敵だけど、こっちの気が済まないったら。

 さっきのお母さんが待ってるのよ、ちょっと来てもらえる?」


店員の女性は包み込むようにルシオラの肩を抱いて促す。

その温かさで、緊張や恐怖が薄れていくのがわかった。

ルシオラはがんばって笑顔を作り頷きながら

「……あ、赤ちゃんは大丈夫でしたかっ?」

と必死に言葉を絞り出した。

「もちろんよ!」

店員の女性はそう言って明るく笑い、知人たちに大声で告げた。


「さあ! 救いの女神も見つかったことだし戻りましょう」

ルシオラはショックと羞恥で一瞬小さく固まったが、

店員の女性の言葉に皮肉や揶揄はまったく含まれていないことに気付き

苦笑いで彼女に首を振った。

「わ、私なんて全然。そんな者では……」

「うふふ、じゃあ、どなたなの? お名前教えて?」

人懐っこい彼女は、悪戯っぽく笑いかけてきた。


救いの女神でも、聖女でも、ジャスティティアでもない。私は。

「ルシオラと申します」

本物の、なんです。うふふ。


そう思いながら、ルシオラは彼女と一緒に、

この暗い場所から、明るい方へと歩いていったのだ。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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[良い点] 最初: 絶叫・のたうち回る・魂が抜けるトリプルセットw [気になる点] 途中: あらあらまあまあ(恋の予感!?)、ほっこり。反省しててよかった。 [一言] 最後:ルシオラちゃんえらい!…
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