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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
王国崩壊編 ~せっかく貴方たちのために働いたのに国外追放とは、そんなに早く滅びたい?~
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☆番外編☆ 4:元国王と元王妃の終焉(後編)

数々の罪を犯したパルブス国の元・国王ハバンスと元・王妃アヴァリーは

皇国によって断罪され、国を追い出された。


どこにも拒絶され、行き場もお金もなく困り果てた二人。

しかしアヴァリーは従妹のリリアンを思い出す。

パルブス国一美しい姫と評判で、夫のハバンスも執着していた彼女を

アヴァリーは翡翠のペンダントと交換に、

獣の皮をかぶった北の民族へと、独断で売り払ってしまったのだ。


あれから20余年。

そんな辺境なら、こちらの事情も伝わっておらず

おとなしいリリアンはきっと受け入れてくれるだろう。


そう考えた二人は、北の国へと旅立つことにしたのだ。

 ☆番外編☆ 4:元国王と元王妃の終焉(後編)


「話を聞いた時、あなた最初は大変お怒りになったのよね?」

 ハバンスは黙ってそっぽを向く。


 アヴァリーが翡翠のペンダントと交換に、

 リリアンを辺境民族に売り渡したことを知り

 当時王太子だったハバンスは、怒りに我を忘れて絶叫したのだ。


 しかし詰め寄ったアヴァリーから逆に

「なぜダメなのです? あなたと彼女は親戚でもなく、

 何の関係もございませんのよ?」

 と、冷たく射るような視線を向けられ、まさか

 ”もう少しで自分の(めかけ)にできる寸前だったのに”

 とは言えず、その場をぐっとこらえた。


 ハバンスの怒りの矛先は、罪のない侍従へと向けられた。

 ”違法な契約を止めずに黙って見過ごした”という(とが)で、

 あの場に居た侍従たちを密かに”処刑”という名目で惨殺し

 その鬱憤(うっぷん)を晴らしたのだ。


 ハバンスは遠い目で、昔愛した美しいリリアンに思いを馳せる。

「……リリアンはあの後、どんな人生を送ったのであろうか」

 そんなハバンスの感傷を叩き潰さんと、アヴァリーは吐き捨てるようにいう。

「未開の野蛮な国で、粗野で醜い男たちに囲まれ、

 きっと家畜のような扱いを受けたに決まってるわ」

 ムッとしたハバンスに対し、なおも言いつのる。


「奴隷ではなく妻だといっても、相手はあの毛皮をかぶった野蛮な男よ?

 王妃にするといっても、しょせん辺境の弱小国でしょ?

 私が王妃だったパルブス国の比ではないわ」

 ハバンスは背を向け、小さくつぶやく。

「もはやパルブスは無くなったし、お前も王妃ではないがな」


 言い返されたアヴァリーは唇を噛み締め、眉を吊り上げる。

 あの、光り輝くように美しかったリリアン。

 そんな彼女が、汚らしい蛮族にこき使われ、

 せっせと掃除や洗濯をさせられている姿が早く見たいと思っていた。

 みすぼらしく、やつれ果てた姿を見ないことには、

 この苛立ちは永遠に収まらないだろう、と。


 ……今の自分(わたし)よりもずっと、惨めなその姿を。


 ************


 北までの道のりは長い。

 どうやって行こうかと思案し、ホテルの受付に相談すると

 北の遠方まで行くというキャラバンを紹介された。


 それは粗暴なふるまいの、見るからに荒くれといった男たちだった。

 体中に傷跡か入れ墨があり、服は薄汚れてボロボロ。

 むき出しのナイフや刀が腰でギラギラと光っている。


 キャラバンの長はハバンスたちに向かって告げる。

「車馬賃を払ってもらうぞ。それもかなりの金額だ」

「もちろんだ、必ず払う。ただし無事に着いてからだな」


 ハバンスとアヴァリーは目を合わせる。

 互いに、相手がお金を持っているだろうと考えていたのだ。

 自分は食事など我慢することなくどんどん使ったが、

 相手はきっと残しているだろう、と思って。


 どのみち到着さえすれば、リリアンとその夫に払わせれば良いのだ。

 翡翠のペンダントを売りに来たくらいだから、

 そこそこの財はあるはずだから。二人そろって同じことを思う。


「で。北の、どの国へ行きたいんだ?」

 キャラバンの長に尋ねられ、ハバンスは答えた。

「アルヘンルプスだ。……知っているか?」

 それを聞いて、キャラバンの長は怪訝な顔をする。


 あまりに未開の国で、場所がわからないのかもしれない。

 不安になり、ハバンスは念を押す。

「獣の皮をかぶった男たちが……」

「それはもちろん知っている。

 アルヘンルプスの”しきたり”だからな」

 遮るように長が言う。なんだ、知っていたのか。

 ハバンスたちは安堵する。

「お前らのようなものが、あの国に行くのか?」

 そう言って、キャラバンの長は二人を頭の上から下まで眺める。

「まあ、知り合いに()()()()仕方なく、な」

 そういってハバンスはニヤニヤと笑う。


 ”自分たちのような洗練された先進国の人間が、

 あのような野蛮な国へどうして……と思ったのだろう。

 まあ、そう考えるのも仕方ないな”

 ハバンスもアヴァリーも、

 キャラバンの長の疑問をそのように受け取り、上機嫌な様子で、

 ハバンスは威厳を持って、アヴァリーはツンとすまして上品に

 おんぼろ馬車に乗り込んでいったのだ。


 ************


 しかし実際は、真逆だった。

 丸3日かけてやっと到着したアルヘンルプスは

 白く豪奢な建築物が並んだ、幻想的で美しい国だった。


 王城があるという首都はさらに栄えていた。

「ここがアルヘンルプスだと? そんな馬鹿な!」

 思わずハバンスがそう叫ぶと、キャラバンの長は

 何をいまさら、といった顔でいう。

「ここ以外どこだっていうんだ。

 ”妖精の末裔が住まう文化の国”アルヘンルプスだろ」

 その言葉に二人は大きな衝撃を受けて目を見開く。


 建物だけではなく、道行く人はみな背が高く色白で美しい。

 髪型も洒落ており、来ている衣服も技巧的な織物で作られていて

 模様もデザインも洗練され魅力的だった。

「誰も毛皮をかぶってないじゃない! 私、見たのよ!

 全員いろんな動物の毛皮をかぶっていて、脱ごうともしなかったわ!」

「当たり前だろう。そういう”しきたり”だからな。

 王族が”試練の旅”に出る時はいつもそうだ」

 アヴァリーが叫ぶと、呆れたようにキャラバンの長が教えてくれた。

 彼らが獣の皮を被っていたのは、

 儀式に使う民族衣装のようなものだったのだ。


 ぼうぜんとたたずむ二人に、キャラバンの長は言う。

「さあ、払ってもらおうか。車馬賃と食費を」

「おい、お前。払っておけ」

 そういって歩き出そうとするハバンス。

 その腕をばっとつかみ、アヴァリーが小声でつぶやく。

「お待ちください、私はもうほとんど残金がありません」

「何っ?! 俺だってないぞ!」


 そんな二人をキャラバンの長だけでなく、

 他の男たちもぞろぞろ出てきて睨みをきかせ始める。

「……まさか、払えないというのか?」

 ひとりの男が腰の刀に手を伸ばすのを見て、ハバンスはあわてて手を振る。

「違う違う! ちょっと待っててくれ!

 我々を()()()()この国の国王から

 路銀を受け取る約束なのだ」


 ハバンスがとっさについた嘘に、男たちはドッと笑った。

「この国の、しかも国王様に招待されたというのか。

 お前らが? その()()で?」

 その言葉を聞き、ハバンスとアヴァリーは

 出発前にキャラバンの長が投げかけた疑問の、真の意味がわかった。

「お前らのようなものが、あの国に行くのか?」

 それは、お前たちのようなみすぼらしいものが

 あの洗練され文化の香り高い国にどうして行くのか、

 ということだったのだ。


 羞恥と怒りに顔を赤くしながらハバンスは怒鳴った。

「うるさい! 倍にして払ってやるからついてこい!」

「おお、倍と言ったな? 絶対だぞ?」

 そう言って彼らはぞろぞろとついてくる。


 こうなったらリリアンと、その夫である国王に払わせるしかない。

 倍の額にしてやったのは、蛮族だと自分たちを()()()()報復だ。

 そんな勝手なことを考えながら、二人は王宮を目指した。


 ************


 彼らは驚くことに、門前払いをくらうことなく、

 王への謁見を許された。

 キャラバンの長たちに、どうだ、といった顔でハバンスが見返す。

「これで我々が、この国の国賓だとわかったろう」

「……国賓がなんで俺たちの馬車で移動すんだ?

 普通は迎えをよこすだろ?」

 キャラバンの男の言葉に、黙り込むハバンス。


 しばらく待たされたのち、大広間へと案内された。

 王座の前に壮年の国王が立っていた。

 立派な体格をしており、長い銀髪に紫の瞳をしている。

 今も充分に端麗な容姿をしているが、

 若い頃はさぞかし美しい男だったろうと思わせる面様だ。


 彼は口の端に笑みを浮かべ、アヴァリーに声をかけた。

「久しいな。アヴァリーどの。翡翠のペンダントを渡して以来だな」

 この声! アヴァリーは両手を口に当てて叫ぶ。

「まさか、あの銀狼の!」

 国王はうなずいた後、侍女に合図を送る。

 横の扉から現れたのは、まぎれもなくリリアンだった。


 もちろん20余年の年月を経てはいたが、その美貌はまったく衰えず

 美しく結い上げられたハチミツ色の金髪も、

 透き通る肌に、青と緑が混ざった色彩の瞳もそのままで

 まさに”妖精の女王”といった美しさを放っていた。


「おおリリアン! なんという美しさだ! まったく変わっておらぬ」

 ハバンスは思わず声をあげる。

 その横でアヴァリーは悔し気に夫を睨みつけたあと、

 あらためてリリアンに視線を戻す。


 リリアンは頬をバラ色に染め、たおやかな笑みで国王と見つめ合っている。

 それだけでも彼女が十分に愛され、大切にされていることが伝わってきた。


 アヴァリーは彼女が豪奢なドレスをまとい、

 たくさんの宝石を身につけているのにも気づく。

 その胸には、長径5cmはある翡翠のペンダントが飾られていた。

 周りにダイヤモンドの粒がぐるりと囲んでいる素晴らしい品だった。

「それは……翡翠の……」

 かつて自分が持っていたものより、はるかに立派な品ではないか。


 慌てて視線をそらしうつむくと、自分の薄汚れたドレスが目に入った。

 羞恥と嫉妬が止まらないアヴァリーは震えが止まらない。


「こちらのペンダントは国王様が贈られたものですわね。

 国王様ったら良い品が入ると、すぐに王妃様へお贈りになるんですもの」

 横に立つ侍女の言葉が冷やかすように言い、王妃(リリアン)が恥ずかし気に笑い返す。


 よく見れば侍女はリリアンの、姉妹のように育った仲良しの侍女だ。

 少し太ってはいたが、とても幸せそうで、明るい笑顔をみせている。

 その後方で、かつてはパルブス国の兵士だった男が控えており、

 侍女を温かい眼差しで見守っていた。

 彼もまた、アヴァリーに”売られた”兵士だった。


 その時、後ろから現れた美貌の若者が声を発した。

「父上は母上を”国の宝”として扱っておられるから。

 私も”試練の旅”で、素晴らしい方に出会えることを願っております」

 言葉の内容により、彼がこの国の王子であることがわかる。

 流れる銀髪、整った顔の中で輝く紫水晶のような瞳。

「本当に王太子様は、王の若い頃に生き写しですわね」

 侍女が言うと、リリアンは嬉しそうにうなずく。

「本当によく似ているわ。他の王子や姫は、私に似ている子もいるけど」

 たくさんの子どもに恵まれたらしい。


 このような美青年と結ばれ、愛され続け、

 リリアンはまさに、満ち足りた幸せな人生を送っていたのだ。


 アヴァリーは絶望に震える声で、リリアンを睨みつけながら尋ねる。

「……一体、どういうことなの? 説明しなさい、リリアン」

 国王はフッと笑い、リリアンをかばうように前に出て言う。

「全てはこちらの筋書き通りだったのだ。

 無理やり妾にしようとする俗悪で残虐な王太子と

 強欲で高慢な王太子妃から、リリアンとその侍女たちを守るために」


 ************


 初めてリリアンが彼らと遭遇した日。


 最初は恐怖で動けなかったが、彼らの振る舞いをよく観察していると

 森の木々の枝を無駄に折ろうとせず、動物にも優しい。

 また野営する作業の一つ一つが合理的であり知的だった。

 さらには彼らの荷物の中に、

 リリアンも好きな古典の詩集を見つけ、思わず頬がほころぶ。


 その時、彼らの一人が、触れると皮膚が(ただ)れる木の葉に触れてしまった。

 この辺りにしかない木のため、遠方から来た彼らは知らなかったのだろう。

 かなり痛がっており、必死に水で洗い流している。


 見た目がどうであれ良い人だ、リリアンはそう判断し

 侍女が止めるのも聞かずに木陰からそっと出て声をかけた。

「それでは痛みが取れませんわ。どうぞこれをお使いになって下さい」

 そういって、自分たちが持ち歩いている軟膏を差し出した。


 しゃがんだまま振り返った男は、突然現れたリリアンを見て

 驚いたように固まっている。かぶったクマの頭部に隠れ表情がよく見えない。

 それどころか、心配して集まって来た仲間たちも彼女を見て立ちすくんでいる。

 リリアンは急に心配になり、出てきたのは失敗だったか、と思ったが。


 獣の皮の下から、温厚そうな大きな声がした。

「これはこれはかたじけない! 御礼申し上げます」

 クマに丁寧にお礼を言われ、リリアンは思わず吹き出しながら言った。

「あの木の葉に触れると炎症を起こし、強い痒みと痛みを引き起こします」

 クマ男はおとなしく、差し出された軟膏を患部に塗っている。

 しばしの後、うれしそうに叫んだ。

「なんと! ありがたい!

 あっという間に痛みも痒みも静まったぞ!」

 良かった良かったと仲間たちも喜んでいる。


 クマ男は大きな体を揺すりながら笑った。

「振り返った時点で一度、痛みが吹き飛びましたよ。

 あまりに美しい方が立っておられたからな」

「いやあ、この森の妖精が現れたのかと思いましたよ」

「ああ、俺も思わず見とれてしまった」

 他の者も口々に言い出すが、リリアンは助けたお礼なのだろうと判断し、

 あいまいに笑って流した。しかし侍女たちは自慢げに、

「リリアン様はパルブス国一の美姫ですわ」

 とそっくり返る。


 すると彼女たちの背後から、落ち着いた声が聞こえた。

「リリアン様とおっしゃるのか」

 慌てて振り返るリリアンたち。

「部下が世話になったようだ」

 そういって現れたのは、銀色の大狼の毛皮をかぶった男だった。


 恐ろしさに思わず後ずさるリリアン。

 その男はゆっくりと、リリアンに近づいていった。


 そしてその前で、片膝をついて礼をする。

「薬を頂き御礼申し上げます、リリアン様」

 その優美な振る舞いに、リリアンたちは安堵する。


 そして彼らとあっという間に親しくなり、

 森で過ごす時間がいっそう楽しいものになったのだ。


 だからあの晩、ハバンスに”妾にならぬなら侍女を鞭で打つ”と脅され、

 リリアンが森で泣いている時。

 現れた銀狼の男、つまりアルヘンルプスの王太子は

 彼女の話を聞いて激怒し、改めて彼女に求婚したのだ。

 この国を捨て、私と来て欲しい、と。


 リリアンはもちろん承諾した。

 こんな国に未練はないし、侍女を危険にさらすだけだ。

 そして大急ぎで侍女たちにも話して相談する。

 付いていく者は荷物をまとめ、残るものはそっと逃したのだ。


 リリアンの最も近しい侍女は結婚間近だったのだが、

 その婚約者の兵士も一緒に来てくれることになった。

 彼の弟や、国を離れたい者数人が”連行される役”に決まる。


 そしてアヴァリーが翡翠に目がないことを利用し、

 パルブス国との縁を公的に切ってくれるよう仕向けたのだ。


 ************


 あれは全て、作戦だったのか。


 話を聞いてハバンスが真っ赤な顔で怒鳴る。

「お前が翡翠に執着するからだ!

 だいたいあの時も、翡翠のネックレスに惑わされて

 皇国の間者を国内に招き入れたのだぞ!」

「べ、別にあれがなくともパルブス国はお終い……」

 アヴァリーはそこまで言って、はっとリリアンを見る。

 リリアンは悲し気に笑っている。


「もちろん知っていますわ。もうあの国がないことを」

 アルヘンルプスの国王は冷たく言い放つ。

「みな知っているぞ。お前たちは長きにわたり、

 国際法で禁止されている古代装置を保持・使用したこと。

 またそれらを用いて国民や他国の権利を侵害し、不当な利益を得ていたこと。

 さらに盗賊の手伝いまでしていたとはな」


 真っ赤な顔でうつむく二人に向かって、国王は出口を指さし叫ぶ。

「そういうわけだ。罪人よ、この国から出て行ってもらおう」

「待て! リリアン、かつて婚約者だった者を見捨てるのか?」

「私は王妃の従妹よ! 貴賓扱いでしょ!」

「確かに無関係ではないな」

 国王の言葉に、ハバンスたちは期待で目を輝かせる。


「強制的に婚約させられ、さらには妾になることを強要した男と

 自分を侍女とともに国外に売り飛ばした強欲な女だ。

 深い恨みのある仇敵を、ほっておくわけにはいかないだろう。

 では我が妻、兵士や侍女たちの報復を受けるか?」

 報復という言葉に戦慄する二人。

 やはり、昔のことを根に持っていたのか。


 おろおろとハバンスが慈悲を乞う。

「大昔の事ではないか。それに、お前を愛していたからこそ

 つい、あのようなことを言ってしまっただけなのだ」

「そうよ酷いわ。私たち、何もかも失ってしまったのよ。

 この国に来てあなたは結局、幸せになったのでしょう?

 私に感謝して欲しいくらい……」

「黙れ、身勝手な罪人ども!」

 国王が厳しい声でアヴァリーの言葉を遮る。


「何年昔だろうと、人はされたことは忘れない。

 したことも許されるわけではない。

 そしてこの幸福は、リリアンと私、そして私の部下の努力で成しえたものだ。

 お前なぞが関わらなくとも、私はリリアンを連れていくつもりだったからな」

 そう言って兵を呼び、ハバンスたちを包囲する。


 そして国王は2人を見下ろしながら言った。

「失ったというが、お前たちは初めから何も持ってはいなかったのだ。

 強大な権力を、自分自身の力と勘違いしたか?

 為政者の力とは、責務を行使するためだけに用いられる、

 民衆からの貸与物(かりもの)に過ぎないのだ」


 ハバンスは吠える。

「なんと愚かなことを。さすがは獣の皮をかぶるだけはあるな。

 生まれながらに選ばれた者が、

 下賤の者どもを導くのに、なんの遠慮がいるというのか」

「その結果、刑を受け、物乞いのごとく他国にすがる晩年を導いたのだ。

 この国に、獣をまとって旅に出ることで、

 己の人間性を戒める風習があって良かったと改めて思ったぞ」

 国王が冷たく返し、リリアンも厳しい声色で言い添える。

「私にしたことなど、あなた方が犯した罪のうちでは軽い方です。

 償い切れるとはとうてい思えませんが、

 せめて自分たちの何が悪かったのか気付くことが出来るよう、

 お祈り申し上げますわ」


 ぐるりと兵に睨まれ、分が悪いとふんだハバンスはフン、と鼻を鳴らして言った。

「……そうか、それなら別にかまわん。お前らなどの世話にはならぬ」

「そうよ! こんな国、頼まれたって暮らしてなんてあげないわ!」

 アヴァリーも叫び、二人で広間を飛び出していく。

 報復も怖かったが、これ以上幸せなリリアンを見るのは耐え難かったのだ。


 しかし外を出たとたん、ハバンスは肩をつかまれた。

 後ろに立っていたのは、キャラバンの男たちだった。

「国賓ではなかったようだな、罪人ども。

 では、どうやって支払ってもらおうか」

 じりじりと後ずさる二人を、男たちは刀を片手に取り囲んでいく。


 ************


 キャラバンの長は、ハバンスたちを蛮族に売り出した。

 粗野なキャラバンの男たちがマシにみえるほど、

 限りなく原始的で野蛮、そして凶悪な蛮族に。


「太った親父と、見てくれも悪いばあさんか。

 出して500ギルの価値だな」

「ははは、馬より安いな」

「へへへ、そうだな。俺たちだって500ギルあれば子豚を買うさ」

「二人合わせて、子豚以下の価値しかないとはなあ」

 屈辱と怒りに体を震わせる二人を、蛮族の男たちは引きずっていった。

 ときおりムチをならして威嚇しながら。


 ハバンスとアヴァリーはまさに家畜として売られたのだ。


 ハバンスとアヴァリーは彼らに飼われ、

 逃げ出そうとしたりサボったりするとムチで打たれた。

 粗末な食事を与えられ、わらにまみれて眠る毎日を送ったのだ。


 蛮族の族長は”メイナ”を使えたため、

 ヒマがあると彼らをいたぶって遊んだ。

 かつて自分たちがこの魔力を用いて、他国を脅し制圧し、

 貴族たちをひれ伏させ、国民を弾圧したように。

 彼らは自分よりも強い者に、理不尽に扱われる悔しさと怒り、悲しみを

 存分に味わうことになったのだ。


「俺はもっと強かったのに。貴族全員に力を与えるほどに」

 そう言って悔しがるハバンスに、疲労でボロボロのアヴァリーが嗤う。

「それはあの、古代装置を使ってたからでしょ。あなたの力ではないわ」

 ハバンスはアヴァリーを殴ろうとしたが、彼も疲れて動けなかった。


 ある日、わずかな隙をみてハバンスは逃げ出した。アヴァリーを残して。

 着の身着のままだが、わずかだがお金を持ち出すことに成功した。


 荒れ果てた荒野を歩きながら、必死にパルブス国を目指した。

 国に帰れば、三人の息子から連絡が来ているかもしれない。

 そう考えて。


 疲れ果てて座り込むと背後で声がした。

「なんだよ、薄汚れたジジイか」

 ぞろぞろ現れたのは、コソ泥に毛が生えた程度の盗賊たちだった。

 それでも金目のものがないか、

 ハバンスを押さえつけて衣服を強引に引っ張り、切り裂いてしまう。

「やめろ! 替えの服がないんだぞ!」

「ははは、どうせこんな場所、誰も来ないぞ。裸で歩け」

 そういってさらに引きちぎる。

 そして小さな袋に入った、なけなしのお金を見つけて取り上げてしまう。

「返せ! 返してくれ! それしかないのだ!」

 ボロボロの布切れを身にまといながら盗賊に追いすがる。

 面倒になった盗賊は彼を袋叩きにし、去っていった。


 ハバンスはもう、動けなかった。

 だんだん周囲が暗くなり夜になろうとしている。


 もうダメだ。そう思った時。

 周囲にたくさんの人の気配を感じて目を開けた。


 そこにはたくさんのパルブス兵や見知らぬ民衆が立っていた。

 助けてくれ、とハバンスが言おうとした時。

 その顔に見覚えがあることに気が付いた。

 あれは……リリアンが売られたと知り、八つ当たりで惨殺した侍従の顔だ!

 その横はささいなことが気に食わなくて、気まぐれに処刑した兵士。

 後ろの女は、寝所に呼び出し無理やり手付きにしたら自殺した侍女だ。


 そしてさらに衝撃を受ける。

 彼らに混ざってアヴァリーの青白い顔を見つけたのだ。

 彼女は他のものに押さえつけられたまま、こちらを凝視している。

「お前はあの後、殺されたのか」

 ハバンスが逃走したため、その責任を負わされ、

 アヴァリーは蛮族になぶり殺しにされたのだ。


 それだけじゃない。ロクタスも、ガルスも同じように押さえつけられている。

「そうか。お前たちも……もう死んでいたのか」

 ロクタスは何故か焼け焦げており、ガルスは溶けかかっている。

 いったい、どのような死に方をしたというのだろうか。


 そしてハバンスは気が付いた。彼らは全員、待っているのだ、と。

 自分の命が尽きることを。

 その時、彼らによって真の”断罪”が始まるのだろう。


 今までの罪の報いを、死んだ後にまで受けるとは。


 暗闇の中、彼らは青白い顔でじりじりと近づいてくる。

 ものすごい恐怖と、悔恨の念が沸き上がる。

「……嫌だ。死にたくない」


 これが、元・パルブス国王 ハバンスの最後の言葉だった。


 **************


 翌朝、また別の盗賊団がここに通りがかった。

 ものすごい形相で絶命しているハバンスを見て、ひとりがつぶやく。


「……こいつ、ほんとに何も持っていないな」



最後までお読みいただきありがとうございました。


皆様の周囲の理不尽な出来事が、スッキリと断罪されますように!

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