20.ルークスの尋問(第三者視点)
20.ルークスの尋問(第三者視点)
ルークスは極めて穏やかに続ける。
「では、貴殿に尋ねよう。
その前に皇国のルールは知っているな? 嘘は言わないことだ」
うんうんと頷きながら、すでに膝が震えているグラナト。
「まずは……アスティレアの名誉棄損に関する皇国の訴状についてだが
その証拠が全て揃っていることは知ってるな?」
さらにハイ、ハイと頷くグラナト。
「ではなぜ、各国にあのような虚偽に満ちた声明を出したのだ?
あの件はけっして誤解ではない。印の入った国書もある」
静かだが、強い怒気をはらんでいるため、
正面で向き合うグラナトだけでなく、他の大臣、宰相まで縮こまっている。
誰もかばってくれないので、グラナトは泣きそうな声で言う。
「すみません、ごめんなさい。間違えました」
「国が出す声明に、決して間違いなどあっては許されない」
「はいっ、そうです。許してください」
とうとうしゃがみ込んでしまった。
「……では正式に謝罪をしてもらおう」
そのルークスの言葉に、グラナトは座ったまま反抗的な目で見上げる。
いまさらささやかなプライドが疼き、抵抗感を覚えたのだろう。
しばらく考えていたが、グラナトはゆっくりと父である国王を振り返った。
そして次に貴族全員を見渡すが、誰も助けてはくれない。
死ぬほど惨めなこの姿をじっと見ているだけだ。
そしてアスティレアと目が合う。
ちくしょう、低級のせいで上流がこんな目に。
急に悔しさが増し、少しの反撃を試みる。
「あ、あなたの妾に対して侮辱をしたことを、あなたにお詫び……」
その瞬間、バシュッ! と大きな音がした。
ルークスが目にも止まらぬ速さで剣を抜き、グラナトの耳横を光線が走り、
いくつかの髪を切り裂き、近くの柱に穴を開けた。
ひいいいいいと叫んで後ろに倒れこむグラナト。すでに失禁している。
命の危険を感じるのは生まれて初めてなのだ。
「ち、父上ぇ! たすけてえ」
しかし返事はなかった。微動だにせず見守っているだけ。
普段のルークスからは想像もつかないほど恐ろしい声で
「アスティレアを妾と呼んだか? 彼女は俺の妻となる唯一の存在だ」
ずみまじぇんずみまじぇんと頭を抱えてまるまるグラナト。
「それに謝罪をするのは俺ではないだろう。
アスティリアの名誉を毀損したことを、本人に詫びよ」
もはやプライドも何もなく、グラナトは泣きながら謝った。
「ごめんなさい。申し訳ございません。助けてください。」
失禁を隠すように両足を閉じて座り込み、必死に頭を下げている。
本来は見られたくない王族や貴族の前で、醜態をさらすしかないのだ。
ここに赴任して以来、ずっと傲慢で、身勝手で、何より愚かだったグラナト。
国王も王妃も何も言わないのを見て、アスティレアは少し哀れに思った。
そして、とうとう泣きながら顔を上げ
「声明もすぐ訂正するから、もう許してくださいぃ~」
と、アスティレアに許しを請う。
ルークスは代わりに冷たく答える。
「その必要はない。すてに皇国が世界中に手を回し、
音声や映像、すべての証拠を誰でも閲覧できるように開示した。
この国がしたことは全て、各国に知れ渡っている。
すでに各国からこの国に対する非難や国交拒否の声が多く上がっているぞ」
国のみっともないところが全て、白日にさらけ出されたのだ。
もはやパルブス国の王族・貴族であるというのは、恥辱に他ならない。
そして世界に国として軽蔑され、見捨てられたのだ。
ショックで動揺する貴族たちを尻目に、
いまいち状況を理解していない者がひとりだけいた。
ルシオラだ。今日もジャスティティアの恰好をしている。
彼女は今までずっと、話の内容なんてまるで理解せず
自分の活躍できる場面をじりじりと待っていたのだ。
ルシオラは前にしゃしゃり出てくるや、ルークスに叫んだ。
「お待ちくださいっ! あなたは騙されているのです!」
それを聞き、グラナトは泣き止んで立ち上がる。
「そ、そうだぁ! 騙されてるんだぁ」
ルークスは横から出てきたルシオラのほうを向く。
ルシオラは言葉を続けようと思ったが
ルークスの整った顔や、姿の格好良さを見て舞い上がってしまった。
”なんて素敵な方なんでしょう。まさに理想の王子そのものだわ!
……私がこの方を救ってあげなくては!”
ルークスは突然出てきた彼女に困惑し、そしてちょっと驚いた顔で
「君は……」
といいかけた。それを聞いたルシオラは
”まだ、君はジャスティティアにそっくりだって言われるわ”
と色めき立ったが、彼から続いて出た言葉は
「寝間着でどうしてここにいる。病気なら寝ていたほうが良い」
だったのだ。ルシオラはショックと恥ずかしさで顔を赤くし黙り込む。
ルークスは文武に優れ、明朗快活、誠実実直な人だが、
決定的な欠点もいくつか持っている。
そのひとつが、お洒落や散文など芸術やロマンに関することだ。
女性の服装や髪型などにはまったく興味が無い上、
喜ばせるような甘い言葉、ウットリするような詩的な手紙などは
何年待ってもまったく出せないだろう。
以前も、自分のために時間とお金をかけて着飾ってきた公爵令嬢に対し
「今日は一段と強そうだな!」
と言い放ち、号泣させたこともあった。女性が求めている言葉がわからないのだ。
おそらく、武神には熱愛されているが、
芸術の女神には憐れみのまなざしで見つめられているに違いない。
まあ、袖口のひろい真っ白でシンプルなドレスで、
ウエストの垂れ下がったリボンもだらしなく見えるため、
何も知らない者からすれば、寝間着にみえないこともない。
ルシオラは戸惑いながらも
「い、いえ、そうではなくて、あの、あ!」
といって、台座に乗った大きな石を侍従に運ばせる。
それは、触れると魔法が強制解除される石だった。
ルシオラは勝ち誇ったようにアスティレアを見て
「これが何かお分かりになります?」
と聞く。そして今度はルークスに向き直り、
両手を胸の前で組み合わせながら、目を潤ませて問いかける。
「あなたはこの人に騙されています。
この人の本当の姿を知っていますか?」
ルシオラは以前、アスティレアの任務に同行した際、
(アスティリアのメイナを吸収しパワーアップしていたため)
彼女が自分自身に幻術をかけていることを気付いたのだ。
「そうだぞ! この美しい顔も姿も、全部ウソなんだぞ!」
グラナトが反撃の好機を逃すまいと援護の声をあげる。
ルシオラはうなずきながら、ルークスの表情を上目づかいに見守る。
さあ、驚くのよ。そして彼女の本来の醜い姿を見て、見限るのよ。
「なんだ、この醜い女は! 俺に近寄るな!」
そう叫んで彼女を邪険に振り払うの。
そして私に感謝して、それから私の手を取り、見つめ合い……
妄想をさく裂しながら、意気揚々と答えをじっと待つルシオラ。
しかし彼はしばらくの間きょとんとした後
「もちろんだ!」
と笑顔で答えた。え? と驚くルシオラとグラナトに対し
「最初は驚いたが、別にたいした違いはないだろう。
中身はどちらもアスティレアだ」
と、なんてことないように答えた。
アスティレアの後ろでリベリアが小声で
「本気でそう思ってるのは世界でルークス様だけですわ……」
と笑いを堪えた表情でつぶやく。
予想外の展開に、ルシオラは粘り強く食い下がる。
「よ、良いのですか? 本当の姿では……不快というか……」
「不快なことは何もない。たまに朝目覚めると元の姿になってるのには驚くが」
爽やかに言い放つルーカスに対し、石のように固まるルシオラとグラナト。
こんな時こそ騒ぎ続けていて欲しいのに、なぜか静まる観客席の貴族。
いきなり味方に爆弾を落とすルークスに対し、アスティリアはめまいを覚えた。
彼の特徴である”何も気にしないおおらかさ”が裏目に出たのだ。
人を身分や性別などで一切差別はせず、常に本音で語る。
また人からの評価を恐れることもなく己の意思や理想を貫く人だが……
差別ではなく区別が必要な時もあるし、
評価は多少気にした方が良いこともある。
アスティレアはメイナースだけでなく皇国に
”掟破りの娘”という称号を賜っているくらい自由に振舞ってはいるが
それはもっぱら任務や皇国での立場に関することで、だ。
裁判の最中に婚前交渉を明らかにするほど恥知らずではない。
すっかり顔を上げられなくなったアスティレアの背中に、リベリアがささやく。
「国外追放のあとは、公開処刑でしたわね」
最後までお読みいただきありがとうございました。