17.パルブス国の策略(第三者視点)
17.パルブス国の策略(第三者視点)
皇国からの抗議を受け、パルブス国がしたことは、
虚偽に満ちた声明を各国に向け発表することだった。
それは”今回のことはメイナ技能士の誤解に過ぎない”というものだ。
パーティー中に王子が言った軽口を、真に受けて出て行ってしまったと。
誤解させるようなことをしたのは申し訳ないともいえるが、
誰にも相談もなく業務を放り出し、勝手に出て行ったのは、
メイナ技能士がいささか軽率なのではないか? という内容だった。
軽口ではなく”勅令”とまで言って呼び出したこと。
(初対面の時に王子に伝えたとおり、
やり取りは常に監視・記録されている)
国としての決定と認め、その公印の押された文書もあること。
王族に今すぐ出て行けと言われたうえ、国を出るまで
宰相も大臣も誰一人止めなかったことなど、とても無理のある主張だった。
しかし長年他国に対し威圧的にふるまってきたパルブス国の王族は、
このぐらいで充分にごまかすことが出来るだろうと高を括り
これで近隣諸国の対応が、少しは軟化するだろう、などと考えていた。
当然、これは皇国が望んだ対応とは言えない。
そして彼らはディクシャー侯爵の、
最後の警告をすっかり忘れているようだった。
「皇国は嘘が嫌いです。偽りを述べるものに、皇帝は容赦いたしません」
という、皇帝を知るものにとっては背筋が凍る言葉を。
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声明を出してからしばらくの間、皇国が何も言ってこないことや
近隣諸国が沈黙を貫いていることを、パルブス国は楽観的にとらえていた。
とりあえず事態を収めることができたと、大臣たちも胸をなでおろす。
そしてついにパルブス国に向け、白シギを使ってアスティレア本人から
王と王家一族に謁見したい、と連絡があったのだ。
今回の謁見は、皇国の代理人や弁護役は一人も呼ばず
こちらは荷物もあるため補佐官数名を連れて行く、というものだった。
ただし今後のことがあるため、王には必ず出席願いたい、と記されていた。
王族や貴族たちはこれを知り、
アスティレアがあの声明によって自分の不利を悟り
今回の件をできるだけ内々に処理し、
できれば今後もパルブス国で働きたいと思っているのだと誤解した。
そうでなければ、とっくに皇国に帰っているはずだ。
戻っていないということは、何か戻れない理由があるか
パルブス国に執着しているということになる、と推理したのだ。
”皇国をまったく介入させないのは、
大げさにしてパルブス国のヒンシュクを買いたくないから。
王に絶対に出席して欲しいのは、今回の件を笠に着て、
待遇についてそれなりのワガママを言うつもりなのだろう”
勝手にそんなことを予想し、それをみんなであざ笑っていた。
「まあ、我々のために働くというなら、使ってやらないこともないな」
「安いドレスか宝石でも用意しておけば問題ない」
「メイナが使えるのだから、下級貴族の地位を与えるのはどうか。
こちら側の人間になれば、あの女も対応を変えるだろう」
「いやいや、メイナに関してはあんまり調子に乗られては困るな」
「こちらが上ということを思い知らせたほうが、話は早いかもしれないな」
第一王子が嫌な笑い方をする。皆もそうだ、そうだと同意する。
もともと嗜虐性の強い王家と貴族たちは、アスティレアの力に対抗し、
圧倒的な力で彼女をねじ伏せ、恐怖と惨めさを味わわせることで、
その後の交渉を楽に進める計略を選んだ。
城内では充分な力を得ることができないが
街中に出て、時間をかけ増幅器でメイナを吸収すれば
貴族たちも元のようにメイナを使えることが分かっていた。
そして、国王にお力を借りることができれば。
そのためアスティレアへの返信は、謁見の間ではなく、
外の闘技場で行いたいと回答しておいた。
すり鉢上の観客席いっばいに、増幅器をつけた貴族たちを座らせ、
そのメイナを当時に使えば、
アスティレアの力なぞ簡単にねじ伏せられるはず。
「もし貴族のために働くことを拒んだら、皆の力を合わせて吹き飛ばすのはどうか」
「荷物持ちの付き人も一緒に、な」
「前に倒して、顔を地面に押さえつけるのも良いな」
「その上、石でも投げつけたら、泣いて詫びるんじゃないか」
「待て待て。そうしたら後が怖いぞ。また皇国が出てくるだろう」
「メイナでやるんだぞ? 誰がやったと証明できる? バレるわけがない。
誰にも記録なんてさせなければ良いだけだ」
そしてみんな大笑いし、話はどんどんエスカレートしていく。
「ではいろいろ脅してやるか。面白くなってきたな。
自分の力などたいしたことないと実感させた後、
”お前程度の力、この国にとって必要でもないが、
お前がとうしてもと頼むなら雇ってやるが、
ただし貴族のためのみに働け”と言ってやろう」
そして一同は、国王に願い出る。
計画の成功のためには最も重要なことなのだ。
「国王よ、どうかお力をお貸しください」
「……その女と連れの者しか来ないのだな?」
「はい。向こうが望んだことです」
「では女が闘技場に入ったら、闘技場の周囲を兵で固めろ。誰も入れるな」
「は、はい!」
「空もだ。貴族の力の半数は上空をバリアで塞ぐのに使え。侵入を防ぐのだ」
「半数もですか……分かりました」
国王はアスティリアとは一度も会ったことが無かった。
彼はただの多少メイナが使える小娘にそこまで、と渋ったが
これ以上、皇国との問題を長引かせるのは危険と考えていた上、
貴族の不満も爆発寸前なことを察しており、許可を出すことにした。
「ならばお前たちの言う通り、最大限の出力を授けてやろう」
貴族たちは口々に礼を述べ、全員が王にひれ伏した。
まるで、どこかの壁画のように。
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グラナト王子は謁見の日が待ち遠しかった。
あいつは要求を飲まざるを得ないからな。
今度こそ、あいつを屈服させてやる。
何でもします! と叫ぶような目にあわせてやろう。
ニヤニヤが止まらない王子に、ルシオラがどうしたかと尋ねる。
すでに聖女としては評判を落とし切っていたが、
彼女はジャスティティアの使いになることを諦めきれずにいたのだ。
「あの女をどうしてやろうかと思って。よし、こき使ってやるぞ。
……まあ、美人だからな、自分の妾にしてやってもよいな」
それを聞いて、ルシオラがムッとする。
あんな茶色い目と髪の地味な女なんて、たいしたことないじゃない。
しかし何かを思い出し、急に嫌味な笑いを浮かべながら王子にささやく。
「まあ、殿下ったら。彼女のヒミツをご存じないのですか?」
馬鹿にした笑いを含んだルシオラの言葉にグラナト王子は驚く。
「あいつの秘密だと?!」
「ええ、私、力が強まった時に見えたのです。彼女……」
グラナト王子はごくりと唾を飲み込んだ。
「彼女は自分の姿に、何かの幻術をかけていますわっ!」
嬉しそうにルシオラは暴露し、グラナト王子は目に見えてガッカリする。
「なにい? つまり、本当はあの見た目ではないということか?」
「ええ、間違いありませんわ、ウフフフ。ほんとはどんなお顔なのかしら」
「興覚めだが笑えるな。初めて見たときは、
皇国にはこのように美しい者がいるのかと驚いたのだが。
俺の友人や近衛の間でも美しい、可愛いと評判だったのになあ。
……ただの幻術だとは」
「ウフフッ、ホントのお顔、見てみたいですわね」
そこで王子とルシオラは、この上ない復讐を思いつく。
もしこちらの要求を断ったら、これも使えるな。
公衆の面前でふたたび、あいつに恥をかかせてやろう。
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ついに謁見の日を迎えた。
アスティレアは、鞄を持ったリベリアとクルティラと共に闘技場に入る。
アスティレアはいつもの、立て襟の紺色ワンピースの下に同色のズボン、
その裾を茶色のブーツに入れるスタイルだ。
しかしリベリアとクルティラは違う。
彼女たちもいつもの恰好ではあるが、
一番上に真っ黒の、袖幅の広いフード付きの服をまとっている。
ゆったりとした、それは。
「あれ、法服じゃないのか?」貴族の誰かがささやく。
そして三人が闘技場の中央に着いた時。
闘技場の外を大勢の人間が詰めかける足音が鳴り響く。兵が配置されたのだ。
それと同時に貴族の半数が上に手を掲げ、空にバリアを張った。
空がまったく見えないほどの分厚いバリアだ。
グラナト王子がニヤリと笑う。
「さあ、ショーの始まりだ」
……しかし、リベリアもニコニコ笑っていた。
「今日は日差しが熱いから、天井が出来てありがたいですわね。
私たち、黒い服なんですもの」
完全に包囲されたこの状況を知りつつキャッキャと笑いあい、
手で顔をパタパタ仰ぐ三人の娘を見て、
王族と貴族の中で、不安が暗い雲のように広がっていったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。