16.罪の根源
16.罪の根源
私はリベリアとクルティラとともに、
王国の東にある遺跡に来ていた。
今日こそ、古代装置の本体がどこにあるのか、
その手がかりを探さなくてはいけない。
パルブス国はもう、有り余るほど有罪の証拠が揃っている。
しかし、それらの罪の根源ともいえる古代装置については
いまだに本体がどこにあるのか分かっていないのだ。
中継機だけではダメだ。
メイナを空気に例えるなら、中継機は送風機。
風を送られる者ではなく、そのスイッチを握る者に責任が課せられる。
そのスイッチ、つまり本体を見つけないと、
あの国を根本から立て直すことが難しくなってしまう。
リベリアが人差し指を頬に当て考える。
「中継機がお城の周辺ですし、お城にあるかと思いましたけど……」
クルティラが首を横に振る。
「特別視している部屋や、秘密の地下施設というのもなかったわ」
私も、初めは城内のどこかにあると疑っていたが、
その気配がまるで感じられなかったのだ。
あれば必ず分かる。私にとって、あれはとても不快なのだ。
髪の毛を一本だけ引っ張られているような、そんな感覚がするから。
そこで考えを変えた。本体は外側にあるのかもしれない、と。
王族は大昔、遺跡の盗掘者から、本体と中継機を手に入れたらしい。
そして中継機は城の周りに埋め……そして本体を、どこに置いたのか。
そもそも、装置の大きさや形状が分からない。
ヒントを得ようといろいろ調べたところ、
パルブス国近辺にある遺跡のうち、
その盗掘団が掘り出したと思われる場所を見つけたのだ。
************
そこは古い異教の寺院だった。すでに今は信者もいない宗教で、
獣の皮をかぶり、独特の装具を身につけた指導者が率いていたと
なにかの本で読んだことがある。
だからこの遺跡の建築様式や室内の装飾、
壁に残る祭事を描いた壁画の様子など、
どれも私たちの文化にはないものばかりだった。
「彼らの信じるものは何だっただろう?」
壁画を見ながら私がつぶやく。
絵の中の彼らは全員、片腕を上げて立つ指導者の前にひれ伏している。
「まるで指導者を恐れ、崇め奉ってるみたいですわね」
「”お前たち、悪いことをすると地獄に落ちるぞ!”とか言ってるのかな」
「説教が長すぎて居眠りが多かった、という逸話かもしれませんわ」
アホな会話をリベリアとしながら遺跡の中を進む。
すると奥の部屋で先客を見つけたのだ。
慌てて隠れるが、見れば10歳くらいの子どもが3人のみ。
私たちは幼い盗掘団の様子をうかがう。
子どもたちは何やら困っているようだ。
デモとかダッテとか、行くのはコワイとか、
相談というより泣き言を口々に言っている。
そこで、声をかけることにした。
「それ以上行くと帰れなくなるよ~」
わっと叫んで驚き、一瞬逃げようとするが
出てきたのが若い女だと分かってすぐに落ち着く。
そして生意気にも
「うるせえよ、あっちいけよ」
などという。私は無視して尋ねる。
「こんなとこでどうしたの? ケンカ?」
黙って見上げていたが、ちがうよ、とつぶやいた。
どうやら根は素直な子のようだ。
「ボスと待ち合わせだよ」
この言葉と身なりで、彼らの境遇が全てわかってしまう。
親はいない。暮らす場所もない。
そして行政からも放置されている。……何故だ?
「あ、神官だ。お金ちょうだい」
真ん中の背丈の男の子が、そういって手を出す。
リベリアはにこやかに問いかける。
「あら神官ってお金を配る仕事なの? 初めて聞きましたわ」
「えええー優しくない。神官のくせに」
「ふふふ。神官が優しいなんて、面白いこと言うのね」
ムッとふくれる男の子。
どこか心配そうな子どもの表情が気になり、私は一応聞いてみる。
「ボスって、仲間っていうか、家族の誰か?」
全員、ふるふると首を横に振る。
「知らない人。盗掘手伝えって」
残念だが、彼らに断るという選択肢はないのだろう。
「今日はここに? コワくないの?」
「命令だから。嫌だなんていったら殴られるよ」
「ご飯くれない時もあるし」
「せっかく見つけた宝物も、ほとんど持って行っちゃうし」
その中の、一番年長の子が、かばうようにいう。
「でも火から逃げてきた僕らを拾ってくれたよ」
私はピンとひらめくものがあった。もしかして。
「あなたたち、盗賊に襲われた酪農家の子ども?」
以前殲滅した盗賊団の犯した罪のうち、
牛舎を焼き切った事件があった。
家族は全滅と報告書にはあったが、違ったのだ。
盗賊と聞いて一番小さな子どもたちが泣き出した。
「父さんは、もうすぐ王様が兵をよこして助けてくれるっていってた。
でも、助けなんて、来なかったんだよ。待ってても」
そりゃそうだ。生存者がいるのはマズイだろう。
なんたってグルなんだから。
人相を見ている子どもの証言が皇国に伝わると、
大事な財源である盗賊が捕まってしまうかもしれないのだ。
切羽詰まった親たちは、必死に”子どもだけでも”と逃したのだ。
後のことなんて、考えるヒマもなかったろう。
とにかく生きて、と。
怒りと哀しさのあまり絶句していると、
泣いていた女の子が急に私の服を引っ張った。
「ん?」
「ねえ、なんで、さっき”帰れなくなるよ”って言ったの?」
あ、それはね、と言いかけた時。
壁の向こうからものすごい絶叫が聞こえる。まさか。
「!!! ねえ、ボスって、もう先に来ているの?」
私は彼らに尋ねる。彼らが手ぶらなので分からなかったが、
待ち合わせというのは、仕事前の、じゃなかったのだ。
それぞれが売れそうな宝を探し”ここで再集合する”の待ち合わせだ。
(彼らは何も見つけられなかったのだろう)
奥の部屋の先には扉はないが、その壁には大きな亀裂が入っている。
人が頑張れば入り込めるくらいの大きさだ。まさか。
「ボスは、あの亀裂に?」
「うん。"こういう場所に、あいつらよく隠してんだよ"って言ってた」
最悪だ。遺跡に着いてからずっと”あれ”の気配は感じていた。
タブーを犯さなければ、本来はそこまで恐れる必要はないのだが。
その時、ぞっとするような感覚とともに、壁の亀裂から手が伸びてきた。
チープな指輪をたくさんつけたその手には、金の豪奢な壺を持っている。
「ボスだ!」
子どもたちが歓声をあげ近づこうとするのを、必死に制止する。
さっきの絶叫、聞いたでしょ?
ボスは手しか姿を現さない。その手も、だんだんと黒く変色していく。
声も全く発しない。なぜなら、彼は頭も体も失ってしまったから。
あれはもう、ボスじゃない。
一瞬の間があき、壁の隙間から飛び出すように、
ブワッとたくさんの黒い手が飛び出してくる。
真っ黒で粘ついた無数の手が、
うねうねひらひらと触手のようにうごめきながら
伸びたり戻ったりしている。
そして金の壺を、その黒い手同士で奪い合っているのだ。
これが"帰れなくなる"理由だ。
手だけの妖魔”拘泥のムルタエマヌス”。
クルティラがナイフでいくつかの黒い手を切り取るが、すぐに再生してしまう。
ボスはきっと、この手たちが持っていた壺を隙を見て奪ったのだろう。
たいした度胸だ。でも、それは最悪のタブー。
ムルタエマヌスは奪われることで怒り、奪ったものを許さない。
おそらくボスはあっという間に、手の群れに飲み込まれたのだろう。
そして、ムルタエマヌスの手が一本、増えることになったのだ。
永遠に一つのものを渇望する、呪われた手に。
うねうねと蠢く手を見ながら、まずは子どもを避難させようとした。
でも、三人ともじっと妖魔を見て動かない。
さっきの年長の少年が涙をこぼしながら、クルティラに懇願する。
「倒せないの? ねえ、倒してあげて」と指をさす。
その方を見ると、先ほど奪われた壺を取り返そうと、
他の手に混ざってクネっているボスの手があった。
すでに黒くなりつつあるが、指輪もあり、まだ色や形を残していた。
そうか。この子、優しい子なんだ。
とまどうクルティラの代わりに、リベリアがうなずく。
リベリアは聖句を唱えながらゆっくり近づいていく。
そしてすっかり黒くなったボスの手を、両手で包み込む。
生臭くて粘性の強い、濁った汁が、リベリアの手から溢れる。
最初はリベリアの腕をつかみ返したり、振り払おうとする。
他の手もその周囲で激しく暴れるため、さらに汁が飛び散っている。
やがてボスの手は大人しくなり、
最後には草が枯れるように萎れ、朽ちていった。
死者たちが本当に望むものを思い出させてあげたのだ。
あんな壺ではなく、安らかな眠りだということを。
そしてリベリアは、手だけでなく顔や服を汚しながらも”埋葬”を続けた。
全ての手が本当に欲しかったものを得たあと、
リベリアは振り返り、綺麗な笑顔でこちらに振り向いて言った。
「もう、これで大丈夫」
************
白シギを呼び、城内の役人さんに連絡し、
子どもを保護してもらえるようお願いした。
私は行けないため、目立たない皇国調査員に送ってもらうことにする。
彼を待つ間、離れた泉で顔を洗うリベリアを見ながら
年長の少年が他の子たちにささやいた。
「あの人、優しいね」
私は頷いて笑う。子どもたちもうん、うん、と答える。
リベリアの優しさは、上辺や常識にとらわれない真摯な優しさだ。
そして必ず、言葉より行動に現れるのだ。
子どもたちを皇国調査員に引き渡し、お別れを言った後。
私はひとり、遺跡の全てを思い出す。
古い寺院だった。異教の文化。
壁に描かれた、独特の装具を身につけた指導者たち。
……ひれ伏す教徒たち。
唐突に、貴族たちのあの不格好な増幅器を思い出す。
やたらたくさんつけているのはどうして?
そもそも、なんであんな無骨なデザインなんだ?
私は二人を振り返った。
「わかったわ。本体の場所」
最後までお読みいただきありがとうございました。
目とか手がいっぱいあるのは怖いですね。全然便利そう、とは思わないし。