5ー50 物語は続く
組織解体編 完結しました。
5ー50 物語は続く
シュケル国の騒動は、
あっという間に世界へと知れ渡った。
ただしイクセル=シオ団の犯罪としてではなく、
そこの主導者たちによる
”特権を悪用して犯した罪”として報道された。
そうでなければ、属していた罪なき団員たちまでが
世間の非難を浴びてしまうからだ。
そのため、一般団員はあくまでも、
主導者に騙され利用された被害者として扱われ、
世界中の批判や怒りの矛先は
首謀者であるエルロムや主導者たちに向けられた。
問題は”呪い”と霊魂についてだ。
別に旧時代と違って、
今はそのどちらかも存在することは周知されている。
しかしそのまま公表するには、
呪いや霊魂の利用価値に
目を付ける者が現れる可能性があるため
犯罪の手法については
現実的なものにすり替えて報道された。
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「やっぱ求刑通り、ほとんどが死刑になりそうだね」
主導者たちにはその後、実刑判決が下された。
あまりにも残酷な手口や被害者の数を鑑みて、
主導者の多くは処刑されることになったのだ。
「当然でしょうね。
彼らに殺された者の遺族はもちろん、
虐げられた人々の怒りや悲しみは相当のものよ」
「殺された方々の怒りや恨みも、ですわ」
クルティラの言葉に、リベリアが付け加える。
当然、主犯であるエルロムは
100回くらい死刑になってもおかしくはないのだが。
彼はまだ生きている。その理由は。
「私も一度、見に行ったんですよ。
そうしたら、ちゃんと見れたんです!
いーっぱいいました!」
生物学研究所のクリオは、動物園帰りの子どものように
すごく嬉しそうに私に報告してくれた。
彼女曰く、彼の独房を覗いたら。
地下の薄暗い部屋の中で、
よぼよぼの老人が何かの作業をしていたそうだ。
それがエルロムだとわかったのは、
彼の後ろに立っている女の霊がそう呼んだからだ。
「エルロム 様あ……どうして 私を……騙したん ですかあ……」
女の頭は細長く伸び、あごは外れ、腕がねじれた女。
……ミューナだ。
「エルロム 様……髪に 艶が……ありませんねえ……」
嫌味っぽくたずねるのは、きっとストルツだ。
彼が死刑にならなかったのは、
”貴重な生体”として保存されたためだ。
彼にまとわり付く霊体は、かなりの高確率で”観測”できるのだ。
「今まで殺した者に恨み言を言われ、罵られる日々。
死刑を宣告された他の主導者と、どっちが幸せかなあ」
そして彼の世話をするのは、
どこにも行くあてが無くなった元・王妃だった。
「もう嫌ですわっ! なんでこんな醜い男の世話なんてっ!」
などと金切り声をあげたり、そうかと思ったら
「ハンサムな方と結婚して幸せになるはずだったのに……」
と愚痴りながら、長時間シクシク泣いたり。
エルロムは幽霊たちよりも、
彼女にイライラしている様子だということだ。
クリオは楽しそうに言っていた。
「ほぼ100%幽霊が見られるなんて、
ものすごい貴重なケースですよ。
命や霊魂について、かなりの研究が進みますね!」
確かにその通りだけど。
この親友が上機嫌で語る研究計画を
私はあいまいな笑顔を浮かべて聞くしかなかった。
彼女には、まだ伝えていない事実があったのだ。
幽霊が出るのは、彼の周りだけではないということを。
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エルロムたちの断罪後、ベルタさんはご両親と再会した。
ルドルフに支えられながら現れたベルタさんを見て、
母親である子爵婦人は一度卒倒し、
目覚めた後も、夢をみているような心地で呆然としていた。
そして父親の子爵と事の次第を全て聞いた後、
「イン=ウィクタ国の方々に、
なんとお礼を言って良いか!
ああ、捧げる花を置く場所も無いとは……」
古城はすでに崩壊し、建っていた場所は海になっている。
皇国が用意した、ベルタさんについての筋書きはこうだ。
”婚約者だった彼女は、エルロムたちの犯罪に気付いた。
しかしそのため殺されかけてしまう。
だが、ある者に助けられ、身を隠したまま2年間、
メイナが使えない理由を探りつつ、
彼らの犯罪の証拠を集めていたのだ!”
そしてこの地にメイナを回復した者として、
国から大々的に感謝され、
その功績を大きく評価されたのだ。
「ともかく、彼女には十分な治療を受けて頂きたい」
シュケル国王は皇国に、彼女の治療を
最新鋭の医療技術を持つ皇国に委託した。
ベルタさんはご両親と一緒に皇国に来ていただき、
体に異常はないか調べ、体力の回復を待った。
その後、失った片足には最新機能の義足が作られ、
そのリハビリも行われたのだ。
ルドルフは毎日のように彼女が滞在している部屋を訪れ、
さまざまなお見舞い品を持ってきた。
本はもちろんのこと、アクセサリー、お洒落な文具、
流行りのドレスや靴をあふれるほど。
それから約束の……
「”ティアラルンの涙”の舞台チケットが取れたんだ!」
「まあ! 本当にみられるなんて!」
歓喜の声をあげるベルタさんを、
ご両親が嬉しそうに見守る。
思わず目が潤むような、そんな幸せな日々が続いた。
彼女は皇国に滞在中、たくさんの本を読み、
世界最大の図書館である大図書館にも何度も訪れた。
引っ込み思案で出不精だった彼女は
ルドルフと一緒に舞台だけでなく
有名なスイーツ店めぐりも楽しんでした。
「生きている間に来られるなんて!」
そしてすっかり義足で自由に動き回れるようになった後。
私やルドルフに見送られて、
両親と共にシュケル国へと帰っていったのだ。
ルドルフには皇国より、
”事件の回収に多大な貢献をもたらした”と
多額の報奨金が送られた。
そして皇国兵への復員依頼の声もかかったが
ルドルフはそれを感謝しつつ断った。
”自分にはやりたいことがある”と言って。
全てがゆっくりと収まりつつある。
皆が、そう思っていたのだが。
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「ここに来るのは半年ぶりね」
私は風光明媚なシュケルの風景を楽しんでいた。
のどかな田園が広がり、小川が流れ、
さまざまな作物の畑がところどころに見える。
風が木々を揺らし、羊や牛が点在していて……
見た目は初めてこの地に着いた時と何も変わっていない。
しかし、決定的に違うのだ。
私はメイナで木々を揺らすことが出来、
リベリアは馬車の中で、本気で爆睡していた。
今日、私たちは向かっているのは、古城があった場所だ。
そこは大きく削り取られなくなったが、
山から高台へと変化したその地は
皇国によって補修工事がなされ、
見晴らしのよい丘になっている。
そこに先月、”ブックカフェ”が出来たのだ。
その店は可愛らしい子爵令嬢と、その夫が経営している。
若夫婦とともに令嬢の両親も手伝っているそうで
美味しい焼き菓子や飲み物を楽しみながら
好きなだけ本が読めると評判なのだ。
「結婚式には1時間もいれなかったからなあ」
私は思い出して悔しがる。
飛竜で駆け付け、夢のように美しい花嫁を祝福し
私たちはすぐに仕事に戻らざるを得なかったのだ。
「でも本当にお綺麗でしたわ。
皆様、心の底から幸福そうで」
リベリアは笑って言う。
花嫁のドレスは、皇国の最高級ドレスメーカー“ワンド“の特注品だ。
花婿は皇国から得た例の”報奨金”を、
全て愛する婚約者へとつぎ込んだのだ。
シュケル国への帰国前、花婿と私たち三人に、
世界最高峰の人気店へと突然連れてこられた花嫁は、
”ここでウェディングドレスを作る”と言われ、
真っ赤な顔をし、半泣きになって拒否したのだ。
「私なんて無理です!
とても、こんな綺麗なドレスを着こなすことはできません!」
そう言って隠すように義足を後ろへと下げた。
それを“ワンド“の被服職人、FGMは見逃さず、
表情一つ変えずに言ったのだ。
「あなたはただ、着てくだされば良いのです。
その足があなたの”魅力の一部”だと証明できるドレスを、
私が必ずご用意いたします」
そして当日、私たちが見たのは、
柔らかく薄い生地をフワフワと重ねて使用した、
裾が広がる瀟洒なラインのドレスには、
片側に大きくスリットが入っており、
彼女が動くたび、歩くたびに
メタリックな義足が顔をのぞかせるデザインだった。
柔軟さと芯の強さ、可憐さと豪胆さ。
ベルタ嬢の魅力が最大限に詰まった素晴らしいドレスに、
人々は感嘆し、女の子たちはウットリと見とれたのだ。
あの日の感動を思い出しながら、
私たちはカフェのドアを開けて挨拶すると
奥からベルタさんが小走りにかけてきた。
「皆さん! 本当に来てくださったのね!」
髪を新妻らしく結い上げたベルタさんは、
可憐さを残しつつ、大人の女性になっていた。
ふんわりとしたおくれ毛をゆらし、
バラ色の頬に、大きな水色の瞳を輝かせるベルタさんは、
誰が見てもとびきり美しい人だった。
ルドルフが宝のように大切にしていると聞いたが、
その気持ちがわかってしまう。
私たちを海が見える席へと案内しながら
嬉しそうにベルタさんが話してくれた。
「この間、ルドルフ様のお友だちも来てくださったの」
ああ、ルドルフの皇国兵隊仲間か。
ベルタさんが入院中もやってきて、
「良かったなあルドルフ! 本当に良かった!」
とむせび泣いていた、あの人たちだ。
そういえば結婚式の際も、
「幸せだなあルドルフ! 本当に幸せだ!」
と感極まって泣いたなあ。
情に深い彼らは、ルドルフがベルタさんを見事救い出し
素晴らしいハッピーエンドを迎えたことを、
心の底から喜んでくれたのだ。
キッチンの奥から、ベルタさんの母がやってきて
私たちに挨拶してくれる。
彼女はすっかり若返り、娘と一緒に生活を楽しんでいた。
あの辛かった二年間の分も、
たくさん幸せになって欲しいな。
夕暮れが近づき、ルドルフが帰ってきた。
挨拶もそこそこに、私に上を指して言う。
「予想は当たった。今日は来ていらっしゃる」
私はうなずいた。……そうか。やはり、居ますか。
私たち三人は静かに席を立ち上がる。
ベルタさんはいそいそとキッチンに戻り、
巨大なアップルパイを運んできた。
それは綺麗にカットしてあり、
すぐにいただけるようになっている。
「それ……持っていくの?」
ベルタさんはうれしそうにうなずく。
「ええ、あの方、案外甘いものお好きなんです」
私たちはいったん外に出て、
カフェの外階段を上がっていく。
このカフェの一階は店舗、二階は子爵夫妻の住まい、
三階が若夫婦の居住空間なのだが、その屋上は。
階段を上がりきると、そこは広いテラスだった。
かなりの面積なのに、とても狭く感じる。
なぜなら……
『おお! 神霊女王がお見えになったぞ!』
テラスに溢れかえるイン=ウィクタ兵の中、
入り口近くに立っていた1人が、私を見て叫ぶ。
……ああ、本当に皆様おそろいでいらっしゃる。
奥の方にアレクサンドが立っているのが見えた。
私たちはそちらに向かい、カーテシーで挨拶する。
『ご拝顔賜り恐悦至極に存じます』
アレクサンドは困ったような笑顔を浮かべ、私たちに言った。
『頼む、堅苦しいのはお互い止めにしよう。
久方ぶりだな、ルークス殿は息災ないか?』
そういって朗らかに笑う。
彼に寄り添うように、ヴァレリア王妃が微笑んでいる。
古城の頃とは違うドレスを身にまとい、
髪はゆるやかに巻き上げられ、
金細工と宝石で彩られた髪留めが飾られている。
相変わらず蕩けるような美貌と気品だ。
「ここにも”妻にドレスと宝飾品を贈りまくる夫”がいたか」
私は思わず現代語でつぶやく。
生前、彼女がアレクサンドから贈られたものだろう。
それは死後となっても着られるようだ。
ライオネルが駆けてきて、
私たちの前でちょこん、と片膝をついて挨拶する。
そして立ち上がり、ベルタさんが持ってきたアップルパイに目を輝かせた。
『これは! リンゴをバターいっぱいの小麦粉で包んだものだね!』
『そうよ。大好きって言ってくれたから、また作ったの』
そう言いながら、ベルタさんは慣れた手つきで小皿に取り分け、
アレクサンドの前に膝をかがんで捧げた。
彼は嬉しそうにそれを受け取り……食べている。
確かに食べているのだが、アップルパイは一向に減らなかった。
霊体の食事って、どうなってるんだろう。
『ああ、本当にこれは美味しいな』
そう言って一口、ヴァレリア王妃に差し出す。
女性にはちょっと大きいのでは? という大きさだったが
それは彼の愛情表現のうちなのだろう。
ヴァレリア王妃はがんばって口に入れていた。可愛い。
嬉しそうにそれを見守った後、ベルタさんは振り返って言う。
『ね、マリー。この間教えてもらった
”イン=ウィクタ風・羊の煮込み”。
すごく美味しかったけど、
あまりにも煮込み過ぎてトロトロになっちゃったの』
『ええ、それはそれで良いのよ。
私たちもそれを、翌朝パンにつけて食べていたわ』
フィデルは海を見ながら、ワインを飲んでいた。
『いい風だなあ。お酒が進むよ』
『風が無くても大量に飲むくせに!』
そんなことを言いながら、仲間と笑い合っている。
そんな光景を眺めながら、私はベルタさんの最後の手紙を思い出す。
”この情深く慈愛に満ちた方々が、
忌まわしい出来事から解放され、
自由に世界を楽しめるようになることを、切に願います”
そう書かれていた通りの光景ではないか。
私はしみじみと安堵していた。
本当に良かった。
善き人々が苦難を乗り越え、幸福と安寧を得たのだ。
しかし”このままで良いのだろうか”という思いにも囚われる。
実はこのことを、皇国は知らないのだ。
理由はアレクサンドたちの出現条件が未確定な事と
出てくるだけで何の影響もないこと。
そして何よりも。
「自分の家に幽霊が出るからといって、
皇国に報告する義務はありません、よね?」
そう言ってベルタさんが心配そうに手紙に書いていたからだ。
彼女は、彼らをエルロムのような”調査の対象”などにせず、
やっと得られた幸福な時間を
ゆっくり楽しませてあげたいと願っているのだ。
「輪廻の輪になるべく早く戻した方がいいんじゃないのかな」
リベリアにも聞いてみたが、彼女はサラッと言ったのだ。
「世界は”大きな駅”ですわ。
どこに向かうか、いつ行くのかは個人の自由です」
それを聞き、私はほっとして、
彼らを見守ることにしたのだ。
しかし、気がかりはある。
世界はこの先、闇に包まれているのだ。
現世にとどまることが彼らの幸福とは限らない。
私が心配そうだったのか、アレクサンドが静かに言う。
『神霊女王よ。我々を案じる必要はない』
私は顔をあげ、彼を見た。
『ルドルフとルークス殿と三人で決めたのだ』
ルドルフは皇国兵への復帰を、正式には蹴った。
しかしルークスの個人的な兵として
直接的な契約を結んだらしい。
「ま、契約というより約束だけどな」
ルドルフは笑ったが、私は薄々感づいている。
ベルタさんいわく、彼らは長い時間、
真剣な面持ちで話し合っていたそうだ。
そして最後に、ルドルフとアレクサンドは
ルークスに誓いを立てたらしい。
内容は聞いても教えてくれなかったそうだ。
ということは、私がルークスに聞いても無駄だろう。
私はアレクサンドに言う。
『黒獅子王。この先何が起こったとしても
どうか、ご家族や仲間を第一にお守りください』
彼らに迷惑をかけたくない。ずっと幸せでいて欲しい。
アレクサンドは私の願いを聞きうなずいて、
いつものように快活に笑った。
『もちろんだ。家族や仲間は守り抜く。
もう誰にも、俺が守る者に手出しはさせぬ』
私は安心して胸をなでおろす。
が、彼は言葉を続けた。
『そして君もそのうちの1人だ。
我々の大切な仲間だからな』
************
帰りしな、カフェへの入り口には可愛い門の横に
白い大理石の石板が飾ってあるのに気が付いた。
それを見て私は思わず吹き出してしまう。
”最も早く読んだ者が、最も早く幸せになれる”
その文言には、面白い物語を早く読んで欲しいと、
強くお勧めする二人の想いがつまっていた。
たとえ一番になれずとも、この先、
二番目、三番目……幸せな者はどんどん増えていく。
私たちはこの先いくらでも、
良い物語を自ら選択できるのだ。
組織解体編 ~完~
お読みいただきありがとうございました!