5ー49 イクセル=シオ団の解体
明日、完結です。
どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
5ー49 イクセル=シオ団の解体
いよいよ判決の時が来たのだ。
私は右手の手のひらを上にし”天秤”を生み出し、左手にとって掲げる。
次に右手に金の錫杖を生み出し、それを本来の形である”剣”に変える。
天秤は「正義」を推し量り、
剣は「力」を行使するための大切な道具だ。
「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」と言われるように、
正義と力は法の両輪だが、今回は長い間、力のほうを封じされていた。
ほんと、無力だったな。
主導者のひとりが震えながら叫ぶ。
「なんで最高裁判事が、こんな遠くまで来てるんだよっ!」
私は剣を肩にかつぎ、ため息をつく。
その荒々しい姿に、主導者たちがギョッとしている。
「あのね、神記にはちゃんと書いてあるの。
神霊女王は提示された”証明”のみで判ずるのではなく
自身の目で事実を見てから判決を出すことにした、って」
その慣習があるから、私がここにいるというわけだ。
私は主文を言い渡そうとしたら、今度はエルロムに遮られた。
「平民だとしても、正当な裁判を受けられるはずだが?」
うわー、足掻くね。時間稼ぎすればなんとかなるとでも?
私は笑顔で教えてあげる。
「今回は特殊な例だからね。
被害者や証人を皇国に呼ぶことも、
証拠を裁判所に提出することもできないから」
古城や悪霊も提出できないし、
アレクサンドたちに出廷してもらうことも難しいだろう。
「そもそも、私はどこでも裁判を開く権利を有しているの。
……何よりも、貴方たちにはすでに、判決が出ているわ。
どれだけ多くの人たちを虐げた? 何人、殺したと思う?
そしてその人たちの家族の怒りや悲しみがどれほどか、
貴方たちには一秒でも早く知ってもらいたいのよ」
主導者たちの顔は蒼白だった。
証拠が揃って、たいした時間は経っていないはずだ。
こんなにも早く、裁かれるなんて。
「前時代は裁判に時間がかかったようだけど、今は違うわ。
罪を犯したことが明らかなら、裁かれるのはすぐよ」
私はあらためて、主文を述べる。
「イクセル=シオ団に対し今をもって解散を命じます。
それぞれの主導者に対する実刑判決は、
後ほど皇国より個々に下されます……
まあ懲役数十年で済めばラッキーだと思ってね」
それを聞き、主導者たちは崩れ落ちて両手を床につく。
私はそのまま続ける。
「判決理由は先に宣言したとおり、
被告人たちは長きにわたり、組織的犯罪を犯していました。
以上のことは、物的、または人的な証拠も十二分に揃っており
また一部に関しては将軍の目の前で実行されたものであります」
エルロムを含め、みな反論する力すら残っていなかった。
彼らが多くの罪を犯したことは、
本人たちが一番わかっているからだ。
そのうちの誰かがつぶやいた。
「……終わった。もう全部、終わりだ」
「いえ、まだです。次は”刑の執行”です」
嘘だろ?! と悲痛な声が彼らからあがる。
「ちょっと待ってくれ!」
「実刑判決は後ほどって言ったじゃないか!」
死刑にされてもおかしくない自覚はあるのだろう。
涙ながらに彼らは叫んだ。
私は首を横に振った。
「あなた方をこのまま、
このシュケル国から出すわけにはいきません。
あなた方が奪ったものを返していただかないと」
金か? それと殺した奴から取り上げた宝石か?
彼らはお互いを探り合う。
私はエルロムを見つめている。
あなたが一番多く、奪っていたよね。
「あなたがたに”天の槍”を処します」
ルークスがマルミアドイズを抜く。
主導者たちは”ひっ!”と叫び、そちらに気を取られて怯える。
違うよ、それはあなたたちを守る剣だよ。
ジャスティティアの”天の槍”。
メイナの秩序を乱すものに下される刑罰だ。
”クォーツ”は古代装置によって、
メイナの倫理に反して作られたものだから。
私は右手の剣を正面で横一文字にし、祈りをささげた後、
天高く、それをかかげた。
剣から白い光線が広間の天井に向かって伸びていく。
しばらくすると、高速で細い光の筋が天井を突き抜け飛んできた。
それは”降ってくる”というより、主導者をめがけて突き刺さっていく。
彼らの全身にブスブスと突き刺さっていく”天の槍”。
それは物質ではないため、血も出ず、キズさえできない。
しかし超絶な痛みをもたらすため、
体中をトゲトゲにしながら、彼らは泣き叫び転がりまわる。
「やめてくれ! 痛い痛い痛い!」
「うわあ! もう限界だあ!」
ルークスが名剣マルミアドイズを円を描くように振り
彼らの上空に円盤状の光の輪を作る。
それは”傘と”なって”天の槍”を遮断し、
痛みで発狂しそうな彼らに一時の救いをもたらす。
私の力は強大すぎる。
彼らの精神に限界が来たと分かっても、
私では、これを止めることはできないのだ。
最もクォーツをその身に得ていたエルロムは
痛みのあまり声も出せずにのたうち回っていたが、
そのうち槍が刺さりすぎて、身動きもとれなくなる。
その姿を元・王妃は座り込んだまま、震えながら見ている。
彼女に刺さらないのは、”天の槍”は”罪”に反応するからだ。
彼女はシュケルウォーターの正体が
人の霊魂であることを知らなかったようだ。
盗品だとは知らなかった場合は、法の上では罪が成立しないのだ。
私は彼女の側まで行き、彼女を見下ろした。
「や、やめて……私は何も……」
「分かっております。でも、返していただかないと」
私は手をかざし、彼女の髪や体に含まれた霊魂を
そこからゆっくりと解放していく。
蒸気のように白いモヤが立ち昇った後、
霊魂は消え去っていった。
王妃は何が何だかわからない、という顔で座り込んでいる。
肌や髪の艶が消えたことには、まだ気づいていない。
呻き声が聞こえたので振り返ると、
そこにはトゲの塊だったエルロムが
うつぶせの状態で倒れていた。
「ああエルロムっ! しっかりなさって!」
元・王妃は彼に駆け寄り、立ち上がろうとする彼を支える。
”本当に愛しているのだな”なーんて思った、次の瞬間。
「いやああああああ! 誰よこの老爺はっ!」
元・王妃はエルロムを突き飛ばしたのだ。
今度は仰向けにひっくり返るエルロム。
そして肘をついて、上半身を起こして元・王妃に怒鳴る。
「な、なにをするんだ!」
元・王妃は両手を口に当て、ぶるぶると身を震わせる。
「その顔! その姿! まるで私の父よりも年上じゃない!」
そう言われ、エルロムは広間に面した大きな鏡へと走った。
その素早いダッシュを見るに、
身体的な能力は年相応のままのようだ。しかし。
「!? うわああああああああ!」
自分の顔を両手で包み、エルロムは絶叫する。
彼はあまりにも長く、大量のシュケルウォーターを使いすぎた。
その結果、彼の細胞を構成していたのは、
ほとんど他人の霊魂となった。
それが全て解放された今、彼の容貌は……
艶のなくなったボサボサの髪、
シワだらけで垂れ下がり、衰え切った肌。
そこには老け込んだ老人が経っていたのだ。
リベリアが事も無げに言う。
「あら、本格的にお似合いの新郎新婦となりましたわね」
その言葉にエルロムが怒るとおもいきや。
「冗談ではありませんわ! こんな醜い年寄りなんて!
私のお相手は、若く美しかったエルロムがピッタリだったのに!」
元・王妃はドレスをつかんで喚き散らす。
彼女はロマンスの相手として、
顔が良いエルロムを側に置きたかっただけなのだ。
それを聞き、エルロムがものすごい勢いで走り、
元・王妃に殴り掛かった。
リベリアがバリアを張ったため、未遂に終わったが
皇国兵に取り押さえられながらもエルロムは元・王妃に怒鳴っていた。
「醜く愚かな勘違い老女め! 誰もお前など愛するわけないだろう!
お前のようなくそババア、利用価値がなければ見向きしないぞ!」
ヒドイ! と泣き伏す元・王妃。
彼女は犯罪者ではないが、好き勝手に生きたツケを払い
自業自得の結末を迎えるのだろう。
私はルークスを振り返る。彼はうなずく。
それ見て準備が整ったことを知り、最後に宣言する。
「1時間後、イクセル=シオ団は消滅します」
全員が私を見る。言葉の意味がわからないのだ。
「全ての施設に皇国より、”カラドボルグの雷”が落とされます」
その名を聞いて息をのむ人々。まさか、そんな。
”カラドボルグの雷”
これは皇国の制裁を表す。
これをくらった組織は完全にお終いだ。
エルロムは膝をつき、天を仰ぐ。
「僕は何もかも失った……」
しかしそれは誤解だったと後から知ることになる。
彼はすでに、多くのものを抱えていたのだ。
************
そしてちょうど一時間後、
シュケル国の各地で、轟音が響き渡った。
本部、納品施設といった主だった建築物だけでなく、
支部や作業場など全てに雷が振り下ろされたのだ。
小さなそれらの建物は、あっという間に炎上し
ボロボロに崩壊していった。
そして最後に、特大の”カラドボルグの雷”が落ちたのは。
「見て。海に沈んでいくわ」
私たちの視線の先には、
燃え盛りながら土台となる大地ごと崩れ、
海へと崩れ落ちていく古城の姿だった。
この処置になることはアレクサンドたちに伝えていた。
万が一にも古代装置の痕跡を残さないためだ。
その意図をくみ取り、アレクサンドをはじめ
イン=ウィクタ国の人々は快く賛同してくれた。
アレクサンドは最後に言った。
『イン=ウィクタはすでに滅びた。
次世のためにも、この地は生まれ変わるべきだろう』
確かに我らの大切な城ではあるが、
それ以上に血塗られた忌まわしい場でもある。
シュケル国の人々が安寧に暮らすためにも
過去の遺産はすっぱりと捨て去るべきだ、と笑った。
イン=ウィクタの民は亡くなった後でも、
穏やかで、本当に優しい人たちだった。
数多くの死者を出し、怨恨と悲痛を抱えた呪われた古城。
それはゆっくりと傾き、身を投げるように海に落ちていく。
地響きや砂ぼこりが収まった後、そこ見えたのは、
大きくえぐられた土地と、
活気を取り戻し、キラキラと輝く海だった。