5ー48 エルロム最後のあがき
5ー48 エルロム最後のあがき
私たちは飛竜を呼び寄せ、城から飛び立つ。
その前にアレクサンドたちに、
重要な報告をしなくてはいけなかった。
彼らの承認が得られない可能性があるため不安だったが
意外にもこころよく受け入れてくれて安心した。
私たちがイクセル=シオ団の本部上空まで飛ぶと
早朝だと言うのに周囲はものすごい人であふれていた。
「また何かやらかしたの?!」
そういいながらも下降し、近くへと降りた。
その場で待っていた皇国兵にルークスが尋ねる。
「何の騒ぎだ?」
「容疑者エルロムが、結婚式を行っております!
シュケル国の元・王妃と婚姻関係を結ぶとのことです!」
はあ?! なにそれ?
************
「エルロムっ!」
私たちが本部の広間に駆け込むと、
式典はまだ準備中だった。
祭壇の前でエルロムが、
無理やり連れてこられたらしい神父と
段取りの打ち合わせをしている。
「だから適当でかまわない!
すぐ終わるよう、とにかく簡略化してくれ!」
エルロムがイライラとした口調で叫んでいる。
無理やり集められた団員はみな眠そうであり、
服装も普段と変わりないままだった。
……どれだけ急いで、式をあげることにしたんだ?
エルロムは一応、白いスーツを着ていた。
しかしその顔色はゾンビのように灰色で、
ふりかえった笑顔は引きつっていた。
「やあ、皆さん。招待した覚えはありませんが?」
「されても”欠席”に丸を付けたわよ。
結婚式の最中でも拘留することは法的に可能なんだけど、
待ってあげるから、さっさと終わらせなさい?」
私は言い放ち、その場で腕を組んで仁王立ちする。
それを見て、エルロムは片眉をあげ、
バカにしたように笑った。
「へえ、余裕だね。僕が結婚してもいいんだ?
じゃ、お言葉に甘えて進めさせていただくよ」
そう言って背を向ける。
「ええ、ぜひ。……すぐ終わるみたいだしね」
私の言葉に、自分の肩越しに睨みをきかせるエルロム。
その彼に、リベリアが優しい声をかける。
「神職として、私からも祝福を送らせていただきますわ。
未来永劫、二人のご縁が離れない堅牢な守護を」
「やめろ! 余計なことはするなあ!」
たまらずエルロムが叫ぶ。
やはり、結婚自体は不本意なのだろう。
じゃあ、なんでこのタイミングでやるんだ?
「お待たせいたしました。新婦のご入場です」
なんだか結婚式の手順がめちゃめちゃだが、
本当に”適当に”進めるらしい。
奥の部屋から、団員の女性に手を引かれ、
真っ白なウエディングドレスに身を包んだ王妃が出てきた。
ひと昔、いや何十年前の流行りと思われる
ベル型のプリンセスラインのドレスに、
盛大な縦ロールの髪形。
何とも言えない空気が流れたが、
かろうじて拍手が起こる。
パチ……パチ……パチ……とまばらに。
引きつった笑みを浮かべて、王妃の手を取るエルロム。
そして何故か勝ち誇ったように、私たちを見た。
え? なんでドヤ顔?
花嫁を自慢してるように見えたため、
私たちは条件反射のように拍手する。
とりあえず祝いの場だし。
それを見てエルロムは眉をひそめる。
「……止めないのか?」
「え? なんで? どうぞどうぞご自由に」
「勾留の準備に時間がとれて助かるわ」
「まったくお似合いの二人ですわね!」
クルティラの言葉に眉をひそめ、
最後に発した、リベリアのありふれた祝辞に、
エルロムは鬼の形相になって何かを言いかけて止める。
言えるものなら言っていただろう。
”30歳近くも年上の、
シワとシミを白塗りの厚化粧で隠した女と
お似合いなわけないだろう! この僕が!” と。
必死に感情を抑えた様子を見せ、エルロムはつぶやく。
「まあ、すでに婚約は成立しているからな。
君たちが何をしようと手遅れだ」
いや、だから、誰も反対してないし。
私たちの誰かが、自分を好きだと思ってるのか?
私は手の平を上下にパタパタしながら、
「はいはい、さっさと進めなよ。
皇国兵を待たせないでね」
エルロムはとうとう激昂する。
「なんで逮捕できると思ってるんだよ!
お前たち、法を知らないのか!」
私はあぜんとしてしまう。
法の番人メイナースの代表ともいえる私に、それを言う?
ルークスが静かに尋ねる。
「逆に何故、お前は拘留されないと思っているのだ?」
将軍に冷たく問われ、エルロムは初めて動揺した。
あれ? 将軍なら判っているはず……じゃないのか?
何も理解せず、ニコニコ顔の元・王妃を見ながら
エルロムはオロオロとした調子で言う。
「どの国も、王族や高位の貴族を裁くには
さまざまな手続きが必要なはずだ。
いきなり逮捕する、なんて絶対にできないだろう!」
私たちは全てを理解した。
そういうことか、それで結婚を急いだのか。
……でもね。
私は笑いを堪えながら、エルロムに告げる。
「それは、その通りよ……でも」
「だったら僕はもう大丈夫だ!
これからは隣国の公爵家に入るのだから……」
そこまで言った時、元・王妃がきょとんとした顔で言う。
「あら? エルロムは別に実家に入るわけではなくてよ?
私がエルロムに、嫁ぐんですもの」
「はあああああ?! 何を言ってるんだ!
君が言ったんだろう! 公爵家の娘を嫁に……」
「私は”公爵家の娘と結婚”って言ったのよ。
……うちの父が他国の者を家系に入れるわけないじゃない」
すねたような口調で元・王妃がつぶやく。
そして、衝撃の告白をしたのだ。
「それに私、今回のシュケル国王との離婚で
……公爵家から勘当されちゃったの」
その場にいた全員が察していた。
元・王妃の実家である隣国の公爵家は、
やりたい放題やった挙句に離縁された娘を
戻って来られても困るため、エルロムに押し付けたのだ。
エルロムは泣きそうな顔で言う。
「しかしっ! 結婚したら援助するって……」
元・王妃はちょっと気まずそうにゴニョゴニョ言う。
「生活に困らないくらいの金銭は毎月くれるって……言ってたわ」
「なんだそれはああああ!」
頭を抱え、ついにエルロムは絶叫してしまう。
そもそも逮捕されたら全てが終わりなのだ。
エルロムに追い打ちをかけるように、
空気の読めない皇国兵が親切に教えてあげる。
「同類ではありませんか。エルロム氏もとっくに、
国王より男爵位をはく奪されてますしね」
今度は元・王妃が絶叫する番だった。
「何ですって?! あなた、そんなこと一言も」
「これから公爵家に入ると思っていたんだ!
そんなのどうでも良いことだろう!」
実は皇国が古城でアスティレアたちを確保した際、
明らかになった罪により、その責任を問われ、
エルロムは国王から男爵位をはく奪されていたのだ。
「じゃあ、私たち……」
向かい合い、見つめ合う二人。
「平民同士のご夫婦です」
いかにも事務的に、さきほどの皇国兵が述べる。
それを聞き、元・王妃が引きつりながらもエルロムにすがりつく。
「い、いいわよ。愛があれば別に、ねえ? エルロ……」
そんな彼女を強引に振り払い、エルロムは叫ぶ。
「そもそも僕は犯罪など犯していない!
最高主導者に言われるまま動いていただけだっ!
僕がやったって証拠でもあるのか?」
「証拠や証言なんて、おつりが来るほどあるわよ」
クルティラが言うと、エルロムは団員を見渡して睨みつける。
「誰だっ? 誰が証言すると言うのだ!?」
「……私です。私が証言し、証拠の品を提示しますわ」
エルロムは驚いた後、目を細めて声の主を見る。
「君は……誰だ?」
「もうお忘れですか? あなたの元・婚約者ですのに」
そこに現れたのは、ベルタさんだった。
皇国の用意したショールを羽織り、
ルドルフに包み込まれるように支えられて立っている。
「べ、ベルタ?!」
エルロムの叫びに、見守っていた団員からも驚愕の声があがる。
支えられたまま、しずしずとエルロムたちに近づくベルタさん
「嘘だろ? 生きていたなんて、まさか」
「二年もどこにいたんだ?」
「あんなに可愛かったのか……
眼鏡を外したところをみたことなかったな」
「髪も後ろで1本の三つ編みだったしなあ。
誰だよ、紙魚女とか言った奴は。あんな美人に!」
見守る団員たちは口々に言い、ベルタさんに見とれている。
淡い水色の瞳は輝き、白磁の肌はほんのり朱に染まっている。
背に広がるプラチナブロンドは妖精の羽のようだった。
私は全体に向かって説明した。
「ベルタさんは生きていました。
事情があり、とある方々に保護されていたのです。
エルロムたちの犯罪が明らかになるまで、
命の危険をふたたび冒されないために」
エルロムは焦ったように否定する。
「だから誤解なんだ! 僕は犯罪など犯していない!」
「そうでしょうか? 後ほど大々的に発表されますが
実は彼女は、二年間の活躍により、
この国にとって救済者となったのです。
その彼女とあなた、どちらの言い分が通ると思います?」
自分の目の前で立ち止まったベルタさんを見て
エルロムは激しく瞳を動かしている。
……あ、いろいろ策略を練ってるな。
すっごい安直なやつだろうけど。
案の定、エルロムは髪を整え、
美しい笑顔でベルタさんに語り掛けた。
「それは素晴らしいな。頑張ったんだね。
僕も婚約者として誇らしいよ」
そう言って、今度は悲し気に元・王妃を振り返る。
「そういうわけだ。婚約者が生きていた以上、
君との婚約は無効とさせてもらうよ、残念だがね」
「何ですって? そんなの嫌よ、エルロムっ
私との結婚を待ち望んでいたんでしょ? だったら……」
泣きながらごねる元・王妃に、エルロムはとうとう本性を現した。
「いい加減にしてくれ! 君は僕を騙したんだ!
あたかも公爵家に入れるような素振りをするから
僕は仕方なく……」
元・王妃は涙で化粧が崩れ落ちたまま、エルロムに追いすがる。
「私を愛しているんでしょうエルロム!」
「鏡を見て言えババア! お前のような醜い老女が
この美しい僕に釣り合うわけないだろう!」
振り払われたあげく、暴言を浴びせられ、
元・王妃はその場に座り込んだ。
先ほどの皇国兵がまたもや割り込んでくる。
「いや、ご安心ください。ベルタ嬢との婚約は
子爵夫妻の意向で二年前に破棄されています。
あなたの婚約者として埋葬したくない、といって。
だから、あなた方の婚約は有効ですよ」
望みを見い出し顔を上げた元・王妃に反して、
エルロムはぎりっと口をかみしめた。
そして矛先をベルタさんに向ける。
「二年前、さまざまな誤解をしたまま、君は去ってしまった。
それに今も、周りの者から誤った情報を与えられているかもしれない」
そう言って憎々しげに、ルドルフや私たちを睨む。
エルロムは芝居がかった調子で、ベルタさんの説得に入る。
「でも、それは全部ウソなんだ!
愛し合う僕らを引き裂く、周りの策略なんだよ、ベルタ!」
子爵令嬢であり、この国の救世主に婚約者だと認められたら
助かる道が残されるかもしれない……そう思ったのだろう。
ベルタさんは可愛らしい笑みを浮かべた。
ふわっとした笑顔は砂糖菓子のようだ。
「うふふ。”愛し合う僕ら”、ですって。ルドルフ様」
そういって背後のルドルフを見上げる。
顔を赤らめ、ルドルフは答える。
「”ウィスト物語”のフェンデリック王子が
その表現は”死ぬほど陳腐”だと言っていたな。
”愛は決して対等ではない。
俺の愛は常に、君の愛よりはるかに勝る”」
うわーーー、歯が浮くわ。
しかしその物語は世界中の女の子を熱狂させる
恋愛小説のバイブルのような本だ。
黙れと言いかけたエルロムに、ベルタさんは吐き捨てる。
「そもそも私のほうは、
一度もあなたを愛したことはありませんから。
だって、あなたのどこに、魅力を感じるというのです?」
あまりの屈辱にエルロムは飛び上がりそうになる。
「あーあ。片思いだったんだねえ。
ま、しょうがないよね、本当につまんない男だし」
「取り立てて特徴のない方は、
せめて誠実さをお持ちになることをお勧めしますわ」
私とリベリアの煽りに、
エルロムは真っ赤になり、すでに酸欠状態だった。
自分が特別な人間だと思っている男にとっては
あり得ない言われようだろう。
クルティラが軽蔑したように、横目で見ながら吐き捨てる。
「そうね、自分で言ってたじゃない。
”最高主導者のいいなり”だったんでしょ?
自分の仕事をそう言い切るなんて、あまりにも情けない男だわ」
「うるさいっ!
イクセル=シオ団の実質的な最高位は僕だぞっ!」
たまらずエルロムは言い返す。
私はベルタさんと目を合わせ、彼に宣告する。
「その通りよ。この団の最高位、つまり最高指導者はあなただった」
エルロムはぐっと詰まり、視線を逸らして言う。
「いや、最高指導者様は別に……」
それだけは譲りたくないのだろう。
次にエルロムが目指すのは、主犯でなかったという”減刑”だ。
でも、それも諦めてもらうけど。
「あなたが最高指導者という証拠は、ベルタさんがとってくれたわ。
彼女が辛い思いをしながらも、なんでここで働いていたと思うの?
架空の人物に罪をなすりつけないように
あなたの行動を記録し、
最高主導者のサインが入った書類を保存していたのよ!」
「嘘だろ……」
エルロムは恐ろしいものを見るかのように、ベルタさんを見た。
地味で無害な少女だと侮っていたのに、
恐ろしく有能な王家のスパイだったのだ。
彼女にエルロムの憎しみが集中しないように、
私は前に出て言い添える。
「ま、その証拠がなくても、
あなたが私にした罪だけでも充分に極刑だけどね。
私がこの場で引導を渡してあげるわ」
エルロムは私を馬鹿にしたように見た後、鼻で笑う。
「お前が、か? 僕は頬でも叩かれるのか?」
ルークスは答える。
「いや、そんなことはない。
……俺が全力で殴るよりも厳しい断罪を受けるだけだ」
はあ? という顔で目を見開くエルロム。
そんな彼に、私は宣言する。
「イクセル=シオ団の主導者たちが、
シュケル国において国民の命や権利を不当に脅かし
またさまざまな人々に対しての窃盗罪や傷害罪、
そして殺人罪について、審理を開始します」
エルロムと、残っていた主導者たちが叫ぶ。
「黙れっ! お前に何の権利があるっ!」
「もちろんありますわ。
法の番人 皇国メイナースの最高裁判事としての権利が」
彼らは、私の後方でルークスが片膝をつき、
リベリアとクルティラが両ひざをついて頭を下げているのを見て、
その言葉が真実であると気付いたようだ。
でも、もう全てが遅い。
私は幻術を解いて、本来の姿に戻った。
************
「波打つ黄金の髪と瑠璃色の瞳……
ルビーのような唇、なんという美しさ!」
「嘘だろ……あれは!」
「神霊女王ジャスティティア!」
誰かの叫び声が聞こえた。
顔や体形が変わったわけではない。
茶色かった髪や目の色が変わっただけだが、
私の姿は絵本や裁判所でお馴染みの、
神霊女王ジャスティティアそのものなのだ。
案の定、エルロムは叫ぶ。
「なんでジャスティティアそっくりなんだ?!」
「直系の子孫だからです。彼女は実在の人物ですから」
面倒だけど答えてあげる。
乱雑な物言いに、他の人々も困惑している。
ごめんなさいね、神霊女王っぽい振る舞いできなくて。
「では、始めましょう」
私はこぶしを作ってかかげ、何度か振った。
グォン、グォン……グォン。
どこからか”ガベル”を打つ音が鳴り響くのと同時に、
ものすごい縦揺れの地震が国全土を襲う。
これが、神霊女王の力なのだ。
普段からこの姿で過ごせば、
世界に与える影響は計り知れないだろう。
ショックで黙り込む罪人たちを前に、粛々と通告する。
「お静かに」
私は朗々と言い放つ。
「では、判決を言い渡します」