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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
組織解体編 ~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~
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5ー47 イン=ウィクタ国の心願成就

 5ー47 イン=ウィクタ国の心願成就


 ”黒竜の騎士アレス”。

 それは世界で知らぬ者がいないほど、

 有名かつ大人気のファンタジー小説だった。


 小さな村に生まれた少年アレスが

 旅の剣士に資質を見出され、

 修行を重ね、さまざまな敵を倒すストーリーだ。


 二百年前近く前の本なのに、

 その内容は古びるところか熱狂的な支持を受け、

 多くの少年少女の心を鷲掴みにしている。


 ベルタさんは、その主人公アレスのモデルが、

 この国の黒獅子王アレクサンドだと言うのだ。


 ベルタさんは首を傾けながら言う。

『前にこの城の図書室で、

 アレクサンド様の記念誌を読んた時にも思いましたの。

 ”この話、読んだことあるわ”って』


 何も言わないイナバムに、ベルタさんは続けた。

『先ほど戦いを見せていただいて確信しましたわ。

 彼のあの勇姿を見て感嘆し、憧れた者たちが

 口伝でずっと伝えていたものを、

 あの本の作者が物語としてまとめたんだと』


 イナバムは濁った眼球を激しく動かし否定する。

『そんなバカな! 偶然だろう』

『あら偶然にしては、あまりにも一致しますわ。

 大国と少数民族が同時に危機に陥った際、

 迷わず少数民族を助けに走った、とか』

 私の通訳を聞き、ルドルフが目を輝かせて言う。

「”命の大切さは数では決められぬ。

 俺は、より救いが必要な者を優先するだけだ”……だな!」

 おそらく、作中でのアレスの台詞だろう。


『戦いの最中、とつぜんバーベキューを始めた話や、

 沈みかけた船を大魚を釣り上げることで救ったり……』

 思い出したのか、アレクサンドは思わず破顔し、

 フィデルや他の兵は懐かしそうな声をもらして笑い合う。


 それを見て嬉しそうに、ベルタさんは力説していく。

『北国の姫を救った時には、

 姫だけでなく宮中の娘に囲まれ

 取り合いになっ……たのは別人だったかも……』

 ヴァレリア王妃もここに来ていたのだ。

 彼女が柳眉を逆立てたのに気づき

 ベルタさんの言葉は尻窄みになった。


『と、とにかく!

 アレクサンド様の素晴らしい生き様や

 武神と恐れられた圧倒的な技と強さは、

 今なお世界の人々の憧れなんです』


『だったらもういいだろう!

 もう恨むな! 俺を解放してくれ!

 なにゆえ、未だに苦しまねばならぬのだ!』

 イナバムは涙を流しながら叫ぶ。

 彼は長い間、痛みや不快感に苦しんできたが、

 それが自分のせいであるとは未だに思えていないようだ。


 そして、自虐するように笑った。

『どうせ、俺のことは酷く伝えられているのだろう?

 醜く、弱く、情けない男だったと……』


 ベルタさんは、彼に顔を近づけた。

 この人は、彼が恐ろしくも不快でもないのだ。

『いいえ残念ながら、あなたをモデルにしたと

 思われる登場人物は出てきませんわ。

 あなたが初めてアレクサンド様に対峙した時の

 あの”失敗”、確かにあれが物語の分岐点でしたわね。

 後世に残れるか、どうかの』


 イナバムは吠えた。

『あれ以上の恥辱があるものか!

 あの後どうやっても、俺の汚名は拭えぬわ!

 お前ももしあの場にいたら……』

 ベルタさんは遮って叫ぶ。

『ええ私があの場にいましたら、あなたに言ったわ!

 ”さぞかし驚かれたんですわね。

 私だったら失禁ではすみませんわ、

 お腹のものがみな出てしまうでしょう”って!』


 イナバムは口を開けて固まる。

 自分だったら恐怖で脱糞する、と言っているのだ。

 女性の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。


『あの場で笑う者は、”想像力”に欠けていたのです。

 ”この人は失禁するほど驚愕したのだな”、

 たったそれだけのことなのに。

 他者の事情を想像する力を持たない人は

 愚かで残酷なのですわ』


 それを聞いて、イン=ウィクタ国の者達の顔が曇った。

 自国の誇りである黒獅子王の勝利に酔いしれ、

 イナバムを笑ったことを恥じているのだ。


 彼女は、たくさん傷つけられてきた。

 だから敗者や、劣る者の痛みや悲しみがわかるのだ。


 ベルタさんは情け容赦なく続ける。

『それに、誰かを過剰に褒めたたえることは同時に、

 別の誰かを貶めたり傷つけることになるかもしれない。

 それを”想像”することも必要でしたわ』

 勝者が激しく賞賛される場は、敗者にとって針の(むしろ)だ。


 確かにイナバムはメイナでずるく勝とうとした。

 しかし実際に戦となったら、使って当然の力なのだ。


 イナバムは混乱し、つぶやいた。

『俺はあれ以来、復讐に囚われた。

 それしかないと思った。

 思わないと、生きてはいけなかった』


『本当にそうだったのでしょうか?

 もしあの後、あなたが笑って立ち上がり

 正直にアレクサンドの強さを認めていたらどうなったでしょう?』

『そんなの、俺やデフルバ国が

 下に見られるに決まっているだろう!』

『はい、またハズレですわ。

 あなたはきっと、アレクサンドの良い友になったわ』


 何をいって……というイナバムにヴァレリア王妃が言う。

『あの晩、私の妹は、夫をなじりましたわ。

 ”あの方に失礼だったのではありませんか?

 私はあの方に会っておなぐさめしたいです。

 義兄(にい)様に攻められれば、

 誰だってあんな風になるのは当然です”って』


 ベルタさんはうなずく。

『あなたの目には、自分を笑う者しか映らなかったのでしょう。

 でも実際には、笑わない者はたくさんいたし

 むしろ怒っているものもいたのです』


 あの場で立ち上がり、潔く敗北を認めていたら。

 両国の関係は清々しいものとなり、

 表面的な条約から、深い友好を築くことができたのだ。


 アレクサンドはつぶやく。

『もしかすると兄弟の契りを交わしていたかもしれぬ……』

 ヴァレリア王妃の妹君がもし、イナバムに嫁いでいたら。


 自分を袖にした、あの欲深い婚約者よりも

 心優しい美少女を得ることができたかもしれない。


 イナバムは悶絶しもがき始める。

 他にも選択肢があったことを知って。

 自分が得るかもしれなかった幸福を思って。

『俺は、復讐しかないと思ったんだ!

 報復以外、あり得ないと!』


 そんな彼を気にせず、ベルタさんはあっさりという。

『もう過去は良いです、どうせ変えられませんもの。

 大事なのはこれからです。

 この先も選択肢がたくさんあると気付いてください。

 そしてより良い結果(ストーリー)になる道をお選びください』


 イナバムは上を見たまま何も言わなかった。

 アレクサンドも、イン=ウィクタ国の兵も。

 ルドルフはベルタさんを支えながら、

 愛おしげに見つめている。


 私たちは気付いていた。

 彼女はまた”絶命の呪縛”を解いているのだ。

 たくさんの言葉で、想像力を駆使して。


 長い間が過ぎ、イナバムがつぶやいた。

『自分が愚かだというのは知っていた。

 だから己が嫌いだった。憎かった。

 だが、そんな俺にも選択肢はあるのだな。

 ……すまなかった……アレクサンド。

 そしてイン=ウィクタ国の全ての者へ謝罪を述べよう』


 そして目を閉じて言う。

『俺の償いはこれからだ。

 俺を討て、黒獅子王よ』


 アレクサンドはうなずき、両手に持った大剣を構えた。

 彼の大剣が、イナバムの首に突き刺さる。

 切り離された彼の頭部がごろんと横を向き、

 その拍子に涙が零れ落ちた。


 イナバムは、長きに渡る懲罰の呪縛を終え

 贖罪の道へと旅立ったのだ。


 ************


 そろそろ夜が明ける。

 古城にいた侵略者たちの悪霊は、

 すでに殲滅されていた。


 明るくなっていく空を見上げながら、

 イン=ウィクタ国の兵たちは感無量、といった面持ちだった。


『そういえば、どうやってクォーツ化したの?』

 私は槍を構えたフィデルに問いかける。

『はい、我々はその死と同時に、

 大寺院の僧侶からの呪縛をすでに受けていました。

 王の無念を晴らせ、という呪縛です。

 だからクォーツとなる風を受けても拒否する力が持てたのです』


 ベルタさんが申し訳なさそうに言う。

『それを私のために、皆さん集まって、

 風からの作用を受け入れてくれたのです。

 クォーツ化し、私の命と体を保存するために』


 その横でマリーさんが微笑んで言った。

『クォーツに人の体を保存する(エネルギー)があるのは、

 この城に来る旅の芸人たちを見て知っていましたから』

 エルロムの父か。でも彼はクォーツを砕いた水を

 ただの美容液だと思ってたみたいだけどね。


 和やかな空気を、アレクサンドが戒めた。

『役に立ったのは本当に良かった。

 しかしあれは本来、恐ろしく、悪しき力だ』

 アレクサンドは真剣な面持ちだった

 彼の一番の目的は、秘宝、すなわち古代装置の破壊だ。


 そんなアレクサンドに、ルークスが言う。

『大丈夫だ。今度こそ、あれを完全に破壊する』

 うなずいて、笑顔を見せるアレクサンド。

『マルミアドイズの後継者どのの

 お力添えいただけるならば

 何も恐れるものはない』


 ルークスも笑顔を返した後、静かに首を横に振った。

『もちろん助力は惜しまないが、

 あれを破壊できるのはこの世でただ一人だ』

 アレクサンドは驚く。

『では、どなたが……』


 その時、妖魔の気配を感じて私は叫んだ。

『……来るわ! スピリットイーターよ!』

 私がそう言うと、ルークスが身構える。

 リベリアが手に印を結び、すぐにバリアを張れるようにする。

 クルティラが扇を両手に構え、全方向に意識を向けた。


 何事かとうろたえるイン=ウィクタの兵と、

 私を凝視するアレクサンド。


 強まる気配を感知し、私は中庭の最奥にある井戸を指さした。

『あの井戸よ! 全員、離れて!』

『全兵、こちらへ退避せよ!』

 私の言葉を聞き、アレクサンドがすぐに号令をかけた。


 兵が駆けだした一瞬ののち、

 井戸から、長方形の箱とともに、大量の海水が噴き出した!

 箱は流れ出した水とともに、中庭の地面へと転がった。


『出たぞ!』

『禁忌の秘宝だ!』


 大量の海水に混ざって、

 スピリットイーター本体が入っていた箱が

 井戸から流れ出てきたのだ。……箱?

『手元にグローブがあるから、

 古代装置の接近に気付けなかったのかな?』

 私がつぶやくと、クルティラも腑に落ちないように言う。

『別の古代装置が新たに近づいたら気付くはずよね』

 と、いうことは。


 箱は微動だにせず、転がったままだった。

 アレクサンドが近づこうとするのを、私は制して伝える。

『あれは”(おとり)”です』

 それを聞き、他の兵も後ずさる。

 あの箱には何も入っていないことが、私には判るのだ。


 私はクルティラと目をあわせ、合図を送る。

 彼女は頷き、ナイフを一本、箱に向かって投げた。


 カキーン……

 ナイフが当たり、弾かれた瞬間。


 すぐ横の井戸から数多のスピリットイーターが飛び出してきて

 いっせいに箱に飛び掛かったのだ。

 しかし人間がいないため、

 困惑したように、その場を蠢いている。


『長い間、海で暮らすうちに、

 ”釣り”を覚えたのでしょうか?』

 リベリアの言葉に、私は肩をすくめる。

『妖魔が知性を持つとは思えないから、

 その動きを管理しているのは古代装置のほうね』


 エサがいないと気付いた彼らは、

 周囲で警戒するイン=ウィクタの兵たちには向かわず

 私たちを目指して移動を始めた。


 マリーやライオネルも、

 悪霊と化した侵略者の霊も、

 スピリットイーターに襲われることはなかった。

 それなのにクォーツ化したら、狙われるようになったのだ。


『霊体は無視されるけど、クォーツ化したり

 霊魂が人間の体内に収まった状態……

 つまり生きた人間は食べられる、ということは』

 私はクルティラと顔を見合わせて言う。

『物質化しないと食べられないってことね』


 のんびり会話する私たちの前で、

 ルークスがスピリットイーターたちを

 陽のメイナを帯びた一刀で焼き払う。

 すでにメイナが使えるため、彼らを滅するのは容易な事だった。


 ルークスは箱まで走り、一撃を加える。

 箱は二つに割れたが、案の定中身は空っぽだった。


『……本体はどこにいる?』

 ルークスがつぶやく。これを残し、

 スピリットイーターと古代装置の中身は

 どこにいったのか。


 人の姿をして、金属でできたコートをまとい、

 茶色いチューリップハットをかぶった本体。

 まるで案山子のような本体……


 そこまで考えて、私はひらめいた。

『あれが全時代で”ロボット”と言われる分類なら……!』

 ひたすらに”資源”を回収し、分解するためだけの装置。

 そう思っていたけど、そうではなかったのだ。


 ”全自動”を謳う機械(メカニック)ならば、もうひとつ機能が必要だ。

 それは、”霊魂を物質化する”というもの。


『資源として物体化するには、グローブが必要。つまり……』

 ポケットからグローブを2つとも取り出す。

 それを見つめながら、私は笑いが込み上げてくる。


『これがメイン機能、つまり古代装置の本体だったんだわ!

 とっくに手に入れてたのよ!』

 全員が、唖然とした顔でこちらを見る。


 本体だと思っていたあれは本当に”案山子(スケアクロウ)”だったのだ。

 体の部分はあくまでも、見せかけだけの”おとり”。

 分身が現れて攻撃した後、遅れて出現し、

 グローブが全てを回収する流れだったのだ。


 案の定、井戸からゆっくりと、

 チューリップハットがのぞいている。

 ”バレた?”といっているように、コミカルな動きで。


 私は苦笑いしながらそれに言う。

『隠れてないで出てきなさい』

 呼応するように、それはゆっくりと井戸から這い出してきた。


 私たちは古代装置の”中央処理装置”を持ったまま

 それが遠隔で制御(コントロール)する入出力装置(イーターの分身)と戦っていたのだ。

 どのみち、メイナが使えるようになるまでは

 破壊することは出来なかったけどね。


 でも、もう大丈夫。


 私はグローブを床に置く。

 そして右手に意識を集中させ、メイナを凝縮させる。

 それは次第に、金の錫杖の姿に変わった。

 離れた場所で、アレクサンドが驚いた声を漏らす。


 右手に金の錫杖を、左手を前に掲げる。

 集中すると体の周囲が金色に発光してくるのがわかる。

 錫杖を光の剣に変形させ、私は叫んだ。


『イン=ウィクタ国に代わり、これを滅する』

 

 そして重ねたグローブに向かって突き刺した。

 グローブは激しく振動し、

 生物のようにグニュグニュとうごめく。

 それは瞬く間に細分化され、最後は砂のように崩れていった。

 そして古代装置の発する独特の気配が消えていく。


 古城から、一切のスピリットイーターが消滅する。

 古代装置の一部として拘束されていたため、

 同時に消失することになったのだ。


『全部、なくなりました。もう大丈夫です』

 私はアレクサンドに言う。彼はうなずいた。

 秘宝の痕跡は、ただの丈夫な箱と帽子、そしてコートだけだ。


 クルティラがそれらを眺めて言う。

「人型の古代装置とはね。ロボットが好きな前時代らしいわ」

「じゃあ”お疲れ様”って言って滅したほうが良かったかもね」

 ロボットという言葉の語源は、”強制労働”を意味しているのだ。


 この古城にまつわる、さまざまなものが解放された。

 しかし、これで終わりではない。


「さあ、戻りましょう。

 いよいよ()()主導者エルロムの断罪よ」



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