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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
組織解体編 ~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~
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5ー45 続いていた物語

 5ー45 続いていた物語


 アレクサンドの姿が消えてしばらく後。

 私たちは、”礼”の状態からようやく立ち上った。


 そして私はすぐに、ルークスのところに走り寄る。

「大丈夫?!」

 ルークスは穏やかな笑顔でうなずき、私を抱きしめた。

 彼が生きていることを実感しながら、

 私はその胸に顔をうずめる。


 そしてバッと身を離し、彼の腕や肩を確認した。

 深紅の隊服はところどころ裂け、血をにじませている。

 それ以上に、打ち身や骨折が心配だ。

 武神と恐れられた黒獅子王と一騎打ちしたのに、

 軽傷でいられるわけがなかった。


「お疲れ様でございます」

 歩いてきたリベリアがルークスの傷を回復する。

 ルークスは大人しく施術を受けるが、

 深手の傷をおおよそ治したところでそれを制した。

「地下へ急ごう……”彼女”のところへ」

 と言い、視線を地下への入り口へと向ける。

 そうだ、ベルタさんを取り戻さないと。


 ルドルフはルークスの横に立ち、

「見事な剣技を拝見させていただき幸甚の至りです」

 と立礼する。ルークスは笑いながら歩き出す。

「正直、俺もアレクサンド殿の剣技を客観的に見たかった。

 相手をしていると、攻防に追われるからな」

「本当に卓越した戦いだったわ。

 荒々しいようで技巧的な技が目まぐるしく展開して」

 常に冷静なクルティラも高揚したらしい。


 地下へ戻って巨大クォーツの様子を見る。

 ”彼女”を守るように、ブックマーカーが輝いていた。

クォーツ(ベルタさん)は……無事ね」

 ふう、と息をついて安堵する私たち。


 リベリアが拡散させた悪霊は、

 まだ死のループを再開していなかった。

 スピリットイーターたちも復活していない。


 気が付くと、ライオネルがクォーツに向かって、

 必死に古代ラティナ語で何かを話していた。

『母上! 父上に会えました!

 やっと僕らのところに来てくれました!』


『来てくれた……って待ってたの?』

 私の問いに、ライオネルは私を見上げてうなずく。

『母上が言ってたから。

 お父様が迎えに来てくれる、って』

 あ! と小さく叫び、私は鏡の映像を思い出した。


 ヴァレリア王妃は死ぬ寸前、ライオネルを抱き寄せ

 何かを耳元で何かをささやいていた。

 それを聞き、ライオネルは笑顔になったのだ。

 ”なんて言ったんだろう?”、って思ってたけど。


 ヴァレリア王妃はもう一度

 アレクサンドに会えると願い、信じていたのだ。

 彼女は終始、冷静なふるまいをしていたが

 その心の奥底には切ないまでの深い愛が隠されていた。

 ……会えるかな、復活した彼と。


「……どうだ? ベルタさんは」

 ルドルフが心配そうにのぞき込む姿に、私は我に返る。

 そうだ、こっちもだ。急がなくては。

 でも、念のために聞いておこう。


「ルドルフ、教えて。

 前に、”旅人がメイナを使って気絶した”

 って言ってたよね?」

「ああ、それがどうした?」

「それって、使ってすぐ気絶した?

 それとも、しばらく経ってから?」

 アレクサンドは、そんな”短気な呪い”を

 かけるような人には見えなかったけど。


「うーん、割とすぐだったぞ。

 メイナで明かりを付けて見せて、

 ”どうだ! 何も起きないだろう!”って言ってから

 バターン! って、いきなり」

 ……カッコ悪いな、それ。

 まあいいや、瞬く間に! ってことではないらしい。


 私はクォーツの前に座り、大きく息を吸う。

 そしてみんなの顔を順番に見て言った。

「いい? もしかするとメイナはまた、

 (ゆる)されていないかもしれない。

 だから、私がそのまま失神しても良いように、

 一気にメイナを最大出力で、クォーツを解放するね」

 全てのクォーツを元の霊魂に戻せれば

 たとえ私が気を失ったとしても、

 ベルタさんを確保できるからそれで良いのだ。


「だから開始したら、私に構わず、

 すぐにベルタさんの対応をして!」

「ええ、おまかせくださいな!

 丸無視で放置し、ベルタさんを回復いたします」

 リベリアが楽しげにうなずく。

 ……いや、安全な場所に転がしておいてよ。


「大丈夫だ。アレクサンド殿はもう理解している」

 ルークスは呑気そうに腕を組んで笑う。

 一方ルドルフは緊張した面持ちでクォーツを見ていた。

 私が神霊女王であることを知らない彼は、

 上手くいくかどうか、不安でたまらないのだろう。


 私は両手を上にかざし、集中する。

 さあ、久々の、私の仕事だ。


「始めます!」

 私は持てる(メイナ)の全てを、クォーツに注ぎ込む……


 バシュッ!


 閃光が走り、ものすごい破裂音がして、

 私は後ろに思い切り吹っ飛んだ。

 勢いそのまま、床を転がっていく……。


 ああっ! やはりまだ(ゆる)されてはいなかったのねっ……


 ……そう思いきや、意識は失っていなかったし、

 体も自由に動かせることに気が付く。


「……痛ててて。……ってみんな大丈夫?」

 腰をさすりながら、煙が充満したような

 真っ白にくすむ世界で立ち上がる。

 少しずつ霧が晴れるように、視界がクリアになってくると。


 広かった地下空間には、ものすごい人が溢れていたのだ。

 古代の服装をまとった兵や侍女たちが大勢、

 ぼうぜんと立ち尽くしている。


「何事? あれ? 誰? みんな!?」

 皇国の通勤時のような人ごみに、私は慌てまくる。

「ここだ。アスティレア。皆、無事だ」

 その集団の中から、ルーカスが腕を伸ばして私を呼んだ。

「ちょっと落ち着きなさい。上手く行ったわよ」

 クルティラの笑いを含んだような声も聞こえる。


 その時、古代ラティナ語の澄んだ声が地下に響いた。

『その方をこちらに通しなさい』

 海が割れるように真っ直ぐ、

 私から巨大クォーツまでの道が開かれた。

 見守る人々に、どうもどうもと会釈しながらそこを進む。


「ベルタさんは?! どう……」

 言いかけて絶句する。


 そこにいたのは仲間だけでなく、

 床に横たわるプラチナブロントの若い女性と。

 彼女に寄り添う、流れるような長い赤毛、

 エメラルドグリーンの瞳をした絶世の美女だった。

「ヴァレリア王妃……」


 彼女は私に名を呼ばれ、口元を緩めてうなずく。

 ため息が出るような艶やかと優美さだった。

 彼女の横にいるライオネルが、私を手招きして言う。

『ベルタが起きないんだ』


 リベリアはベルタさんの頭の近くで治療と回復を行っており、

 クルティラは手早く足の切断個所の止血を済ませていた。

 ルドルフはヴァレリア王妃の反対側に座り、

 初めて会った最愛の文通相手を

 心配そうに見つめている。

 ルークスは目を閉じたままの騎士と、

 古代ラティナ語で何か会話している。


 ……本当にほおっておかれたらしい。


 それにしても、本当に久しぶりのメイナの使用だったから

 力の加減を忘れていた。

 いきなりフルパワーをクォーツに浴びせたため、

 ベルタさんを守っていたイン=ウィクタ国の方々が

 いっぺんにドカン! と、元の霊魂に戻ったらしい。

 ビックリさせちゃったな、申し訳ない。


「とりあえず身体的には、ほぼ問題ないでしょう」

 リベリアはベルタさんの額を撫でながら言う。

「でも、霊魂が長い間、クォーツと同化していた影響で

 肉体に定着することができないようです。

 同化していたからこそ、生き残れたのですが……」


 私は彼女の顔を覗き込む。

 そばかすだらけだと書いていたその肌は、

 クォーツの中で変化したのか

 なめらかで白磁のようだった。

 もとより目鼻立ちは可愛らしく、

 ピンク色の小さな口は今にも動き出しそうだった。

 全然、地味でも不細工でもない。


「眠れる古城の美少女、だ」

 私が古典童話のタイトルをもじってつぶやくと、

 ルドルフが首がもげるほどうなずいた。

「お、俺もそう思っていた!」


 私は笑いつつ、ふと思いつく。

「ねえ、ルドルフ。いっぱい本の話をして」

「え? 今か?」

「当たり前でしょ! ベルタさんが興味を持ちそうな

 いろんな物語の話をしてちょうだい!

 彼女が読みかけの本とか、読みたがってた未読の本とか!」

 ああ! と納得いったように顔を明るくし、

 ルドルフは、ベルタさんに向かってささやき始める。


「……”エティレンタの謎”の新刊が出たぞ。

 前作以上の謎解きに、世間は大熱狂したんだ。

 ”ゾルド戦記”などもう、8巻まで出ている」

 何のことやらわからないが、

 ルドルフは興奮がちに語り続ける。


「ファンタジーしか書かなかったミセス・エトランザが

 なんとホラーを出したんだ。

 しかもキャラクターはそのままで。

 覆面作家のジャン・アラン、

 彼の正体はすでに明らかにされたよ。

 それがわかった時は、新聞各社が大賑わいさ」


 私は気付いた。いや、みんなもだ。

 ベルタさんの指先が動いている!


「君が大好きだった”ティアラルンの涙”、

 あれは舞台化され、大好評を得たよ。

 原作のイメージを損ねるどころか、

 より奥深いものにしたと評判だった。

 皇国で再演を繰り返されてるんだ、

 ぜひ一緒に見に行こう!」


 ベルタさんの長いまつげが震えた。

 ルドルフは胸がつまったようで、

 声が途切れがちになる。

「”冒険者ケント、挿絵が……素晴らし、かっただろ?

 あれは、画集も……出たんだ。

 君が好きなキャラクター、あの、月の王女……

 なんだっけな、彼女……」

 そう言って涙をぬぐう。


 すると、か細い声が下から聞こえた。

「……ディージャー姫」

「そうだ! ディージャー姫、彼女のフルカラーの……!!!」

 ルドルフは目を見開く。


 ベルタさんは瞼を開け、ルドルフを見ていた。

 眉を少し寄せて、心配そうに言う。

「……何故、泣いてらっしゃるの?」

 鈴を震わせるような可憐な声だった。

 美しい水色の瞳は、完全に光を取り戻している。


 ルドルフは涙が止められないまま、必死に答える。

「……嬉しいんだ。

 終わってしまったと思っていた物語が

 続いていたから……」


 ベルタさんはそれを聞き、ふわっと笑う。

「それは素敵ですわね。

 ……主人公たちはどうなりましたの?」

 ルドルフは迷った後、笑顔で返す。

「……君とは、ネタバレはしない約束をしただろう?」

「えっ?」

 ベルタさんはしばらく考えていた。


 やがて、自分が誰と、その約束をしたのか思い出す。

 目を見開き、横たわっていた状態から、

 頭を持ち上げて声をあげる。

「あなたは!?」

「ルドルフ・ビブリオテです。

 あなたの文通相手の」


 それを聞いた瞬間、ベルタさんはすうっと倒れた。

 慌てる私たちにリベリアが笑って言う。

 涙を一筋流しながら。

「気絶しただけですわ……もう、大丈夫」


 私たちもズルズルと崩れ落ちる。

 やった、ついに……ベルタさんを取り戻したのだ。


 神に感謝し、泣き伏すルドルフの肩に手を置くルーカス。

 笑顔で視線を交わす私たち。

 そして。


 イン=ウィクタ国の兵たちも歓喜の声をあげている。

 ライオネルはフィデルとマリーと輪になってはしゃぎ、

 ヴァレリア王妃は優しい瞳でベルタの寝顔を見ている。

 皆が、守り続けたベルタさんが無事に復活したことを

 心の底から喜んでくれているのだ。


 ”優しい人は、亡くなった後も優しいのです”


 ベルタさんの言葉がよみがえってくる。

 二年間、ベルタさんを守り続けた彼らに

 感謝の気持ちが溢れて止まらなかった。


 ************


 その後、リベリアが治癒を行っていると、

 ベルタさんはふたたび目を覚ました。


 丸めた衣類を枕にしたまま

 ぼおっと天井を見上げながら、つぶやいた。

「……素敵な夢を見ました。

 ずっとお会いしたかった方に会える夢を。

 ウフフ、想像以上にカッコよかったですわ」

「まあ、それは良かったですわ。

 ……ねえ、ルドルフ様」

「えっ?」

 そこには照れくさそうなルドルフが立っていた。


 長い沈黙の後、現実だと認識したようだ。

 絞り出すような声でベルタさんが言う。

「……衝撃の展開ですわ」

「君がここで行方不明と公表されたため、

 皇国が軍を派遣したのだ」

 赤面したままのルドルフに変わって、

 ルークスが経緯を簡単に説明する。


「ああ! それでルドルフ様も来てくださったのね!」

 まあ、嘘ではない。

 ただ彼女が気を失っている間に、

 あれから二年経っていることや

 ルドルフが全てを捨ててここに来たことは

 今は伏せておこう、と決めたのだ。

 今の彼女には、あまりにも衝撃的すぎるだろう。


 いざ、向かい合うと二人は何も言えずに

 下を向いたり手を動かしたりしている。

 いろいろ迷った後、ルドルフは言った。

「……とにかく話は後です。

 早くここを出て戻りましょう」

 不安げに、弱々しくうなずくべルタ嬢。

 彼女の記憶は二年前で止まっている。

 ここを出て、エルロムに会うのが嫌なのだろう。


 しかしルドルフは、彼女が早く戻りたくなる言葉を

 ちゃんと知っているのだ。

「読むべき本が、山積みになって待っています」

 今度は強くうなずくベルタ嬢。目にも輝きが戻る。


「君と彼女を先に地上に送ろう」

 ルークスがそう言うと、

 ルドルフはちょっと迷って答える。

「彼女を安全なところへお願いします。

 御両親にも早く会わせてあげたいですし。

 ……僕は残ります。

 彼らに、恩返しがしたいのです」

 そういって王妃たちに視線を送る。


「……ちょっと難しくなったわね」

 周囲を見張っていたクルティラが、振り向かずに言う。

 見れば、悪霊たちが復活しているではないか。

 彼らの”死のループ”が、ふたたび始まったのだ。


 遠く近くで、あの恐ろしいうめき声が聞こえ始めている。


 リベリアは浄化と、ルークスとベルタさんの治療のため、

 さすがに疲労の色は隠せない。

 せめて古代装置との決戦までは休ませてあげたい。


 私とクルティラは目を合わせて、前に進み出る。

「もう、みそっかすじゃないからね」

 私がつぶやくと、クルティラが笑う。

 正直、メイナが使えなかった今までは

 たいして役に立ってるとは言えなかったのだ。


 殺る気満々で向かおうとすると……

 ルークスに優しく肩を掴まれて言われる。

「この仕事は、俺たちのものではない」

 リベリアもうなずいて言う。

「私たちが倒しても、またループを繰り返すだけですわ」

 じゃあ、どうする……と言いかけた時。


 イン=ウィクタ国の人々が爆発的な歓声を沸かせた。

 お互い抱き合ったり、激しく手を叩いたり

 涙を流して、こぶしを天につきあげている。

 まさに熱狂の渦だった。


 集団がゆっくりと2つに分かれ、

 ヴァレリア王妃に向けて道が作られる。

 その奥には、黒獅子王アレクサンドが立っていた。

 凛々しく精悍な姿で、穏やかな笑みを浮かべている。


 ヴァレリア王妃がすっと立ち上がる。

 抱きつくのかな? と思いきや。


 彼らは視線を交わしただけだった。

 ヴァレリア王妃の大きな瞳がわずかに潤んで揺れ、

 ゆっくりとまばたきした後、膝をかがめて礼をする。

 アレクサンドは目を細め、

 ”我が最愛の妻ヴァレリアよ”、とつぶやく。

 ……それだけだった。


「王族の見本ですわね」

 リベリアが私の横でささやく。

 すいませんね、無事がわかったとたん飛びついて。


 アレクサンドは皆を見渡し、大剣を掲げて叫ぶ。

『皆よ。永らく待たせた。

 ようやく醜悪な侵略者たちを、我らが滅ぼす時が来た!』

 オオオオオ!

 (とき)の声をあげる人々。


『イン=ウィクタの誇りと希望を取り戻せ!』

 剣やこぶしをつきあげる人々。


 卑怯な手段によって、なすがままだったあの時とは違う。

 この辺りを平定したと言われる、

 彼らの本来の強さを見せる時が来たのだ。


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