15.内部からの変容(第三者視点)
15.内部からの変容(第三者視点)
皇国の正式な抗議を受けた上に、
アスティレアとの接触に失敗したパルブス国。
グラナト王子は焦りと悔しさのあまり荒れまくり、
ほかの王族や貴族もどうしてよいかわからず混迷していた。
そんな王国に、更なる試練が訪れた。
国内最北のシュールス地帯に、そのさらに北から、
ティンダウルフの大群が押し寄せたと連絡があったのだ。
あの近辺からは攻め入るような国もなく、
見張りための歩兵や整備兵、そして若い訓練兵しか滞在していない。
ティンダウルフは狼くらいの大きさだが、
背中は奇妙に丸く変形しており、筋肉質で、
じっとりと湿った青黒い皮膚で覆われている。
やっかいなのは、必ず100匹近い群れで襲ってくることと
噛まれると傷だけでなく、呪魔で穢れた毒に侵されてしまうのだ。
非常に獰猛で俊敏。並の兵士には逃げることすら難しいと言われる。
王族と貴族たちの、今回の決断は早かった。
対策委員会すら設置せず、今回の件をすでに”事後”と判断。
つまり若手を含む、まるまる一個隊を見捨てたのだ。
いつものように第二王子ガルスに出陣の打診が来たのだが、
前回ディダーラで”本物の魔物”の恐怖を味わっている彼は
ティンダウルフの群れと聞いて内心恐れをなし、絶対断りたかった。
そして、兵を動かすにはお金がかかる。
貴族たちはいまだかつてないほど、ケチになっていた。
この数か月、さまざまな厄災が降りかかってくるが、
メイナが衰えた自分たちでは何も解決できないため、
対応するのに、かなりの費用がかかってしまっている。
先日などは王子に言われるがまま、
妖魔や邪霊などがとりついた高価な家財を公園に捨ててしまったが
結局、王子がくれた偽の魔除けアイテムのせいで、
また新たに魔物に悩まされることになった。
これ以上、自分たちの財産を減らすようなことはしたくないと考えた。
「ティンダウルフの移動は早い。すでにもう隊は全滅しているだろう」
といい合い、満場一致で”出兵せず”と可決されたのだ。
しかも、いろんな者に口止めをしたり書類の提出を遅らせることで
それを一般兵が知ったのは、救助要請が来てから3日後だった。
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「嘘、だろっ!」
ディダーラ戦でルーカスと会遇した偵察班は、その件を兵舎で知った。
とたんに新人が、声なき叫びをあげ、武器をつかんで外に出ようとする。
「ま、待て! どうしたんだ」
「落ち着け! 3日前だぞ! 今から行っても……」
言葉にできなかったが、おそらく、全滅しているだろう。
押さえられた新入りは泣き崩れる。
代わりに、彼と親しい兵士が泣きそうな顔でつぶやいた。
「彼の弟さんがその隊にいます」
言葉を失い、悲しみと怒りに暮れる兵たち。
兵長は新入りに寄り添いながら思う。
”ディダーラと対峙した、あの日。
俺たちが驚いたのは、あの人の強さだけではなく、優しさだった。
自分の助けた一介の兵士にさえ礼儀を忘れず、
マントだって投げてよこすのではなく、膝を着いて手渡ししてくれた。
下から上にわざわざ切り上げたのも、
ディダーラの真下で動けない俺たちを慮ってくれたからだ。
お礼についても、俺たちの様子で察してくれたのか、
自分を理由にして去っていったのだ。
この国の上官はみな貴族だ。平民はいくら頑張っても中隊長どまりだ。
あれから何度も考えた。いろんな理不尽で不快な場面で。
あの人ならきっと、こんな指示は出さない。
あの人なら絶対、こんな馬鹿げた行為はしない。
あの人が上官だったら”
そして全員が、同じ思いにとらわれていた。
”俺たちは、何にために、誰のために戦っているのだろう”
新人が静かに立ち上がった。
「……どこに行く?」
「除隊願いをもらいに行きます」
誰も止めることは出来ない。彼の家は、彼と弟の二人兄弟だ。
彼に万が一のことがあれば、彼らの両親は耐えられないだろう。
新人が開けようとしたタイミングで、ドアが自動的に開いた。
向こうに他の隊の兵士が立っていた。そばに立つ新人を無視して叫ぶ。
「おい! シュールス地方に赴任していた隊、全員が」
全員が息をのみ、それ以上言わせまいと大声を出そうとした、瞬間。
「戻ってきたぞ!」
世界が真空のようにしずまったあと、ものすごい歓声が沸き上がった。
新人の弟は足を負傷していたが、
出された山盛りの食事を残さず食べるほど元気だった。
帰還した兵たちの語った一部始終は、多くの兵士を驚かせるものだった。
ただし、新人や兵長の隊を除いては。
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押し寄せるティンダウルフの群れは、もう目前に迫っていた。
先行してこちらに着いていた2,3頭が、遠吠えで呼び寄せたのだ。
何人かが噛まれ、その毒に倒れている。
冷静に考えて倒すのはもう無理だ。
近くの村の人を非難させておいて良かった。
そう思っていたら。
群れの中央、ボスの大型ティンダウルフに向かって、
真っ直線にオレンジ色の光線が突き刺さった。なんだ、あれは。
そしてすぐに低空飛行で火竜が過ぎ去り、
ボスのところには男が一人立っていた。
あんなところに、なんのつもりだ?! 取り囲まれてるぞ!
綺麗な火竜がこちらに飛んで来て、隊の中で暴れるティンダウルフの一匹を咥え、
他の二匹を足の爪で切り裂いていったんだ。
えっ、助けてくれるのか?! ってみんな驚いたよ。
いきなり倒されたボスの横で、男は剣を構えた。
それ向かって、周囲のティンダウルフが一斉に駆け出す。
やばいぞ! って叫んだら。
その時、男を中心に光の輪が出来たように見えた。
ものすごい数のティンダウルフが一瞬にして倒されたんだよ。
切られて、燃えてったんだ。そこで俺はやっと、
その男が円を描くように剣を振り回したのだと気が付いたんだ。
何回かそれをくり返すと、ティンダウルフの数は激減したが、
相手も学習したのか、なかなか男に近づこうとしない。
すると火竜に乗って、群れの上を飛び越えて、男がこっちにやってきたんだ。
そのとき、こっちはこっちで大騒ぎだったんだよ。
だって噛まれたやつらの顔色は毒が回り始めて紫になってたからな。
男はその兵たちを見て
「時間がない。薬物などの毒物と違い、ティンダウルフの毒は呪魔性だ。
メイナでも分解までは出来る。
だから俺が処置したら、その後の止血や消毒は救護班に頼んでいいか」
はいっ! と駆け寄る救護班を見て
「君はメイナを扱えるな? では、俺のメイナを使うと良い」
そう言って背中に手を当てたんだ。ぶわって光ったんだよ。
俺、初めてみたよ。
”無限に生み出す者”。
メイナを自分で無限に出せる人って、ほんとにいたんだなあって。
残ったティンダウルフは、最初はバラバラと様子を見てたが、
男が背中を見せているのをみて、一気にこちらに向かって走ってきたんだ。
そっからはあっという間だよ。
男は処置の合間に走ってくるティンダウルフを切って、
近寄るやつは火竜が牙や爪で切り裂いて。
で、あっという間に全滅させちまった。
だから死にかけてたやつらも、なんとか間に合って、
帰るころには野犬に噛まれた程度の怪我になってたんだからな。
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兵はみんな、まるで神話か物語を聞くような気持ちで聞いていた。
偵察班の彼らは、その姿が目に浮かぶようで、胸がいっぱいだった。
あの人がまた、来てくれたのか。
「その人の名前は? お礼を言えたのか?」
兵の一人がそう尋ねると、語っていた兵は笑った。
「あの剣を見たら誰なのか分かるよ」
「え? 剣?」
男の剣は伝説のマルミアドイズ。
それを受け継ぐのは、かの名家の者のみ。
「あれが”皇国の守護神”ルークス・フォルティアスか」
去ろうとするルークスを押しとどめ、
意識のあるものたち総出で感謝の意を伝えたが、
前回同様、自分の判断でしたことだから礼は不要、と首を振った。
それでもお礼したいとさらに願い出ると、彼はこう答えた。
「この先、君たちの国は混乱を極める。
その時君たちは、自分の本当に守りたいと願うものを、守ってほしい。
俺はそれで満足だ」
それを聞き、兵士たちは押し黙った。
訓練兵にはよくわからなかったかもしれない。
でもほとんどの兵士が、国が危ういことを肌で感じていたのだ。
長い年月、絶対的な王制で麻痺してしまっている感覚。
それを思い出す時が近づいているのではないのか。
兵士たちの中で、ゆっくりと、確実に、何かが変わっていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
神経毒、出血毒、筋肉毒に加えて、呪魔毒……。