表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
組織解体編 ~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~
159/165

5ー44 黒獅子王アレクサンドの復活

 5ー44 黒獅子王アレクサンドの復活


 私たちは日が落ちるのを待っていた。

 夜には必ず、()()が揃うから。


 夕暮れが進み、空がオレンジから青に変わっていく。

 今夜は満月だ。


 月明かりの中、どこかでうめき声が聞こえた。

 それを皮切りに、館のあちこちから、

 地を這うような恐ろしい声が響き渡る。


 ……アアア……オオオ……

 助ケテクレ……許シテクレ……


 悪霊たちが動き始めたのだ。

 廊下を、荒れ果てた部屋を、中庭を。

 異形の者達は、恨みや嘆きの言葉を発し彷徨(さまよ)う。


 飛び出た眼球が垂れたまま、

 血まみれの斧を振りながら。

 どす黒く変色した細い体をくねらせ、

 異常に長く伸びた手足を振り回しながら。

 壁に何度も頭を打ち付けて死んだと思われる者は、

 そのグシャグシャに潰れた顔を苦し気に抑えつつ。


 ”やめてくれ”

 ”もう許してくれ”

 ”助けてくれ”


 卑劣な手段で侵略したデフルバ国の兵たちは、

 虐殺したイン=ウィクタ国の者達より呪われて死んだ。

 そのため死後数百年経っても、未だに呪縛されているのだ。


 自分がすでに死んだことに気付かず

 死んだ時の悲惨な状況を無限に繰り返す。

 そんな”死のループ”を、彼らは永遠に繰り返していた。


 私たちは巨大クォーツの周囲に固まり、

 リベリアの強靭なバリアの内側で身を潜めている。

 今はまだ、動く時ではないから。


 ようやく悪霊に混ざり、スピリットイーターの分身たちが

 巨大クォーツを目指して現れ始めた。

 バリアの向こう側で、人型になって蠢く真っ黒な影は

 時おり頭部が二つに裂け、

 ギザギザに尖った歯をちらつかせる。


「……来たわ」

 誰よりも早く、私が感知する。

 あの、髪の毛一本引っ張られるような不快感が

 下から上をめざしてどんどん上がってきている。


 ガタン……ガタン……ガタン……

 井戸に古代装置の(ケース)がぶつかる音が響く。

 大寺院に封印すべき秘宝として納められていたのに

 イナバム王子が約束を破り、こちらに運んできたあの箱だ。


 みんなに緊張が走る。

 そしてとうとう……スピリットイーター本体が現れた。


 頭部、胴体と手足で構成される人間型であり、

 下半身の先は、”(ケース)”に接続されているようだ。

 金属で出来たコートをまとい、

 茶色いチューリップハットを目深にかぶっている。

 そして両方の手をヒラヒラさせて井戸から身を乗り出そうとする。


 私は両手に、あのグローブをはめた。

 これを本体(アイツ)に取り返されたら

 事態はさらに険悪なものになってしまう。

 本来は始末すべきなのだろうけど。


「行くよ」

 私はそっと前に出て、両手を祈るようにピッタリと合わせた。

 ルークスが私の背後から、

 グローブの手の甲にあるスイッチを入れる。


 手のひらから一瞬、強い風が出て手が離れそうになったが、

 ルークスが両肘を支えてくれた。

 すぐに、どちらも一向に風を出す様子がなくなる。

 スイッチはまだ、オンにしたままなのに。


 何故なら、両手を合わせたことにより

 グローブの内部に”クォーツ合成”のエネルギーが充満。

 飽和状態を感知し、機能を停止せざるを得なくなったためだ。

 ほとんどの装置には、本体内部の数値が異常に上昇した場合、

 自動的に作動が停止する機能が付いているものだ。


「……ここまではOKね」

 これで作動が停止することは、事前に試していたことだ。

 大事なのはこの後。

 私たちは、スピリットイーター本体の様子を注意深くうかがう。


「……やっぱり!」

「ああ、完全に停止したな」

 私が叫び、ルークスが同意する。

 スピリットイーター本体は、腕をヒラヒラさせることすらなく、

 不自然な姿勢のまま完全に停止していた。


 前に戦った際、片手のグローブから風を出している間は

 それ以外の行動は全くしていなかったからだ。

 移動することも、腕の位置を変えることすら。


 スピリットイーターは妖魔だが、

 この個体は古代装置の一部として取り込まれているため、

 ひとつの機能を作動している間は、他の機能は作動しないようだ。

「やはり手袋を両方作動中は、

 古代装置の制御はそれに限定されるのね」

「不器用な方で助かりましたわね」

 クルティラの言葉にリベリアがうなずく。


「見ろ! 現れたぞ!」

 ルドルフが地下の奥を差して叫ぶ。


 とうとう主役が現れたのだ。

 暗闇から、ズルズルと鎖を引きずりながら。

 スピリットイーター本体の出現を察知し、

 黒獅子王アレクサンドが現れたのだ。


「これからが勝負よ」

 私は手を合わせたままつぶやく。

 それは何かを強く、祈っているようだった。


 ************


 まず初めに、リベリアがバリアを解く。

 悪霊たちはこちらに向かうか

 アレクサンドから逃げようとするかに分かれた。

 しかし、どちらもあっという間に消えていく。


 リベリアが”浄化の波動”を最大限に広げていったのだ。

 美しい文様を描き、闇の中を強烈な光が拡散していく。


 シャアアーーーーーーーーーー!


 悲鳴とも歓声ともつかない音を聞かせて、

 周囲の悪霊たちがどんどん消えていく。

「す、すごい! こんな退魔の力、初めてみたぞ!」

 ルドルフは目を見開いて叫ぶ。


 尋常ではない強力かつ迅速な”清め方”だが、

 リベリアは穏やかな顔をしている。

 軽く手を広げた姿は、我慢から解放され、

 伸びをしているかのような余裕が感じられた。


 しばしの間、それを続けた後、

 光が消え去り、リベリアがふっとよろけた。

 それをルークスが支え、ゆっくりと座らせる。

 さすがに最大出力を続けるのはキツイよね。

「お疲れ様。後はまかせて休んでね」

 合掌したまま私が言うと、リベリアは笑顔でうなずく。

「……彼らが”死のループ”を再開するまで、

 しばらく大丈夫でしょう」


 黒獅子王はもちろん悪霊ではないため残っている。

 そして微動だにせず、悪霊たちが消えていくのを見ていた。


 しかしスピリットイーターたちは妖魔なので残されている。

 妖魔を倒すには、古代装置と同様にメイナが必要だ。


 黒獅子王はクォーツに群がるそれらに対し、

 攻撃をしようと鉄球を抱えるが。

 彼が動く前に、狙った獲物は粉砕されていく。


 クォーツに近づくスピリットイーターを、

 クルティラがあっという間に細かく切り裂いていく。

 離れたところから黒い手を伸ばすイーターは

 ルドルフが突き刺し、なぎ払う。

 何もできず、足を止めるアレクサンド。


 私は頃合いを見て、彼らに言う。

「いったんクォーツから離れて!」

 クルティラはうなずき、ルドルフは戸惑いつつも離れる。


 アレクサンドはクォーツの前にやってきた。

 そしてクォーツの上のブックマーカーに気が付く。

 悪を退け、命を守り続けるメイナの力を。

「!?」

 鎖につながれた両手を、

 陽のメイナがあふれるブックマーカーに伸ばした。


 その時。彼の背後にライオネルが現れた。

『父上!』

 古代ラティナ語で呼ばれ、アレクサンドはゆっくりと振り向いた。

『父上、これが僕らを守ってくれました!』

 ライオネルはアレクサンドを見上げて言う。

 息子の言葉に、初めてアレクサンドが反応を見せた。

 疱瘡に覆われた目の奥に光が宿る。


 今だ。私はルークスと目が合った。

 彼はスピリットイーター本体に走り寄り、

 大きく剣を振りかぶり、縦に叩き落す。


 バギッ! と大きな音を立て、

 帽子をかぶった頭を胴にのめり込ませながら、

 スピリットイーター本体は井戸へと沈んでいった。

 同時に分身たちも消えていく。


 オオオー!

 アレクサンドはそれを見て、大きな唸り声をあげる。


 すぐにルークスは光の速さでこちらに戻り、

 アレクサンドの手首の鎖を断ち切った。

 その瞬間、リベリアは彼の”絶命の呪縛”を解いた。


 ……しかし、呪縛が解けたのは手首だけだった。

 それほどに、彼の意識は古代装置のみに向いているのだ。

 ルークスの言う通り、己の姿などまったく頭にないのだろう。


 ルークスは彼の手前で片膝をつき、

 名剣マルミアドイズを横にかざし、

 正式に”手合わせ”を申し込む形を取る。


「俺はマルミアドイズの後継者ルークス・フォルティアスだ。

 黒獅子王アレクサンドよ。

 俺と戦い、共に互いの力を示す機会を与えたまえ」


 逡巡する王に、ルドルフが大剣と胸甲を捧げ、声をはり上げる。

「”俺の王アレクサンドは、永遠に勇猛果敢な武神です”!」

 かつて敵前で言い放ったフィデルの言葉をふたたび聞き、

 アレクサンドは驚いたようにルドルフを見た。

 そしてゆっくりと、大剣をその手に取る。

 彼にはまだどこか、迷いがあるように見えた。


 これからが勝負だ。


「……始め!」

 クルティラの張り詰めた声が響くと同時に、

 ルークスは一閃で天井に穴を開け、上を差し示す。


 彼らは同時に瓦礫を蹴り上げながら跳躍し、

 瞬時に舞台を中庭へと移していく。

 私たちも急いで上へと移動する。


 やっと追いついた私たちが見たものは、

 今まで見た中で最もハイレベルな戦いだった。


 そもそもルークスの攻撃は”二の太刀要らず”と言われるほど

 一撃必殺な威力を持っている。

 しかしそれはアレクサンドも同様だったらしい。

 大剣を片手で羽のように軽々しくあやつり、

 マルミアドイズの細やかな攻撃を避けつつ、

 上段に構えて打撃を加える。

 その威力に、中庭の地面が大きくえぐられる。


 それを避けるとルークスは瞬時に横にずれ、

 アレクサンドの背面を狙って切り込む。

 しかし彼は振り下ろした大剣を、

 体を回転させながら跳ね上げ、その攻撃を避けた。


 あまりの速さと、次々と繰り広げられる技の応酬に

 私たちは手に汗をにぎり、思わず声をあげていた。


「俺はこれを見ることが出来ただけでも、

 この地に来て良かったと思う!」

 感極まったようにルドルフが言う。


 しかしやがて、アレクサンドは膝をつく。

 彼は未だ異形の姿であり、膝も曲がったままだ。

 あの目では視界も悪いだろう。


 アレクサンドはまだ本来の力を見せていないのだ。

 全ての実力を出し切らせ、

 その彼に勝たないことには意味が無い。


 ルークスは彼に言う。

「”神聖武竜”はその地と子孫のため、

 穢れた小虫に生きながら食われて死すという。

 君の生き様はまさにそれだ。

 我らは心より敬意を表する」


 アレクサンドは動かない。

 ルークスは鼓舞を続ける。

「しかし、今のその力は本来のものではない。

 この神剣マルミアドイズに、全ての技と力を見せよ!

 イン=ウィクタの黒獅子王 アレクサンド!」


 アレクサンドがゆっくりと顔を上げた。


 一瞬光に包まれた後、淡い光の中から、

 長身で立派な体躯を持った美丈夫が現れた。

 くせの強い長髪、精悍で整った顔、黒い瞳。

 獅子のレリーフが入った胸甲を付け、

 たくましい腕で大剣を天にかざしている。


 死の呪縛が解け、完全に元の姿へと戻ったのだ。

「父上っ!」

 ライオネルが感極まって叫ぶ。


 両者は改めて向かい合う。

 アレクサンドの目は歓喜に輝いていた。

 数百年前、すでにマルミアドイズは名剣としてその名を馳せていた。

 その後継者が卓越した剣技を持つことも

 世に広く知られたことだったろう。


 ”より強い者と戦い、認められる”

 真の強者は、その欲求に抗うことは出来ないのだ。


「始め!」

 クルティラが改めて宣告する。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!


 アレクサンドの、獣を思わせる咆哮。

 戦いの前のこの叫びが、

 ”黒獅子王”の綽名(あだな)の由来なのだろう。


 そこからの戦いは、人間のレベルを超え、

 神話の域に達するものだった。

 私たちは瞬きも息も出来ずに見守っていた。


 (パワー)ではおそらく、アレクサンドのほうが上だ。

 だから鍔迫り合いになったら、

 間違いなく押され負けてしまうだろう。

 だからルークスは接近と攻撃を繰り返し、

 大技で決めようとせずにスピードのある連続技を繰り広げる。


 しかしアレクサンドは、ただの剛力な剣士ではなかった。

 彼の大剣は物理的な重さを利用するためでなく、

 剣の柄や剣先までを器用に使いこなし、

 ”どこでどのような攻撃をされるか”予期するのが難しかった。


 中庭を飛び回り、剣を交える二人。

 これまで数多の敵と戦ってきたが、

 ここまでルークスが押されるのを私は初めてみた。


 彼が死ぬかもしれない。

 その恐怖に、身がすくんで動けなくなる。


 背中に優しく手が当てられて我に返った。

「大丈夫です。息をなさってくださいな」

 リベリアが優しく笑う。

 私はうなずくのがやっとだった。


 アレクサンドの大剣は斜めに切りかかった後、

 そのまま回転してルークスの脇腹をかすめた。

 ビュン! という音とともに水平に流れる大剣。

 その僅かな隙をついてルークスは

 右手から左手に持ち替えた剣でアレクサンドの喉めがけて突く。

 ぎりぎりのところでかわすアレクサンド。


 正面に向き合った彼らは、ものすごい速さで剣を交える。

 始めは守りに徹していたマルミアドイズが

 加速するたびに攻勢へと動きを変えていく。


 ガキーーーーン


 大きな弧を描いて、大剣の半身が飛んでいった。

 激戦の末、黒獅子王の剣が折れたのだ。


「止め!」

 クルティラが宣告し、両者の間に入る。


 ルークスは片膝をつき、肩で息をしている。

 黒獅子王は折れた剣を前に、両手両ひざをつく。


 やがてルークスは顔をあげ、朗らかに言う。

「……この剣がここまで摩耗するのは、

 先々代が”悪鬼王”と戦った時以来だろう。

 俺はこれを恥とは思わない。

 君への賞賛(しょうさん)と、戦うことが出来た(ほま)れでいっぱいだ。

 我が家に代々、その名を残そう。

 イン=ウィクタ国の王アレクサンドの名を」


 アレクサンドは両手を握りしめ、天を仰ぐ。

 その名誉と歓喜に、黒獅子王は涙を浮かべていた。

 そして一度立ち上がり、ルークスと目を合わせた後、

 再び片膝をついて頭を下げる。


 私たちもみな、膝をつき、礼をする。

 アレクサンドの姿はどんどん薄くなっていく。


 立ち上がった時、彼は穏やかな顔をしていた。

 己を見失うほどの憤怒と重圧から、

 アレクサンドはついに解放されたのだ。


 彼の姿が完全に消えても、

 私たちは頭を下げ続けていた。


 彼の長きに渡る孤独な戦いに、敬意を表すために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ