5ー43 ベルタ嬢 奪還作戦
5ー43 ベルタ嬢 奪還作戦
「やったああああ!」
解放され、喜びの声をあげたギルが駆けていったのは、
バリアを張ったリベリアでも、
主導者の腕にナイフを飛ばしたクルティラでもなく。
飛びついてくるギルを、しゃがんで受け止めるルークス。
「無事でよかった。よく気付いてくれたな。
……少々、予想外だったが」
包み込むように抱きながら、優しく声をかける。
ギルが人質にされたと判った瞬間から、
ルークスはギルと視線を交わした後、
彼に合図を送っていた。
だからギルはずっと、ルークスだけを見ていた。
以前、ルークスが古城に入る準備をしていた時。
これから行くのか、と問うギルに
ルークスは合図を待っている、と答えたのだ。
その後、実際にその合図を目撃したギルは面白がり、
出発直前のルークスを引き留め、
皇国の合図について詳しく聞き出したそうだ。
剣の柄を平手で押さえるのは、”今はまだ待機”。
鞘の部分を撫でるのは、”安全確保”
柄を持って軽く持ち上げるのは、”攻撃開始”。
……種類はいろいろあったが、
仕草だけで密かに伝えあうその合図を、
ギルはかなり気に入っていたらしい。
最初に目が合った時、ルークスは平手で押さえ、
ギルに”今は大人しくしている”ように伝えた。
そしてエルロムの父親の話になり、
全員が激しく動揺しフォーメーションが崩れ、
エルロムに最も注目が集まった瞬間。
ルークスは、鞘の部分を撫でたのだ。
ギルに安全確保を意識してもらい、
ルークスは羽交い絞めにしていた者の腕を切るつもりだった。
しかしギルは”安全確保”の合図を見て、
直前にエルロムが言った
「とにかく全員殺さないと!」
に反応し、アスティレア達の安全を確保するために
攻撃寸前のエルロムに蹴りを入れたのだった。
ルークスがずっと構えていたのは、私たちもわかっていた。
おそらく簡単に、全員まとめて一瞬で切れるだろうし。
しかし血まみれの遺体に囲まれるギルの気持ちを考えると
なるべく手荒な真似をすることなく済ませたいと、
タイミングを計っているのだろう、と思っていた。
「君は強く、優しい人だ」
ルークスに褒められ、くすぐったそうな顔をするギル。
その後、軽くたしなめる。
「安全確保の基本は、自分の身を守ることから始まる。
君が攻撃するのはまだ早かったと思うぞ」
そしてギルの肩に手を置いて笑う。
「守り抜くのは、大人の仕事だからな」
************
いったん中庭で、ギルとともに、
縛られた主導者たちを皇国兵に引き渡した。
そして私たちは再び巨大クォーツの前に集まった。
クルティラは隅で、もくもくとアレクサンドの刀を研いでいる。
「人質がいたとはいえ、うかつだったわ。
まさかこのグローブが、
クォーツを砕く機能も搭載しているなんて」
私は両手そろったグローブを見ながら唇を噛む。
「ベルタさんの様子はどうか?」
ルドルフの問いに、リベリアは難しい顔をして答える。
「亀裂から治癒の波動が届いているかは確認できません。
……早く止血しないと」
少なくとも、片足がもげてしまっているのだ。
「時間がありませんわ」
リベリアがクォーツを撫でながら言う。
私たちは急がなくてはいけない。
まずは黒獅子王アレクサンドの怒りを鎮めるべく
彼と対話したいのだが。
侵略者イナバム王子が卑劣で凶悪なメイナ使いだったために
この地でメイナを使うことは完全に禁じられてしまった。
「怒りが解けて、メイナが使えるようになったら
晴れて古代装置も破壊できるし……」
「ベルタさんをクォーツから取り出せますしね」
クォーツ化が古代装置の機能である以上、
その解除はメイナでなければ出来ないのだ。
スピリットイーターが現れると、黒獅子王もやってくる。
しかし撃退すると同時に消えてしまうので、
撃退させきらないことが重要だ。
「対峙する彼らに割り込むのは良いとして
どうやってアレクサンドを説得する?」
考え込む私に、ルドルフも言う。
「それに、敵はアイツだけじゃない。
あふれんばかりの怨霊の群れも相手にしなくてはならないぞ」
「それに隙あらば、スピリットイーターの分身が
このクォーツを襲いますわ」
亀裂から癒しの波動を送りながら、リベリアが言う。
つまりだ。
この城に棲まう悪霊どもの相手をしつつ、
スピリットイーターの分身と戦い、
古代装置の中の凶悪な本体の動きを抑える。
その隙に黒獅子王を説得する……。
ベルタ復活ミッションは困難なものとなった。
もし復活できたとしても、すでに瀕死の状態だったのだ。
ひび割れが入り、クォーツの封印の効果が消えた以上
生きている確率はどんどん下がっていく。
「シュケルの問題なのに、
お前たちをかなり危険な目に合わせることになるな……」
ルドルフが申し訳なさそうにつぶやく。
私たちを巻き込むことに戸惑っているのだ。
「今さら何言ってんのよ」
「これが私の仕事よ」
「むしろこのために来たんですわ」
私たちは口々に言うが、ルドルフは沈んでいる。
ベルタさんを救うと決心している以上、
実行するのは彼にとって決定だ。
だからこぞ、心苦しいのだろう。
でもルークスは。
そんな重苦しい空気を全く気にせず
クルティラが研ぎ終わった大剣を眺めている。
私はその姿を見て、思い出した。
以前、私の強大すぎる力のせいで一国を滅ぼした時。
あの悲劇の際、”この先は独りで生きよう”、
”誰にも関わらず生きなくてはならない”と思ったのに。
でも私は結局……彼やみんなと共に生きることを選んだ。
それはあの時、彼が言ってくれたからだ。
”世界を、君から守ってあげよう”、と。
彼は飄々と苦しみや悲しみを乗り越える力をくれる。
大剣を片手に持ち、ルークスが振り向いた。
ルークスは今回も笑顔で、当たり前のように言う。
「まあ、問題ないだろう。出来るまでやるだけだ」
”不可能を可能に変える才能と実力”、それが彼の魅力ではない。
彼の根底にあるのは、絶対的なまでの”他者への優しさ”なのだ。
何回記憶を失ったとしても、
私は必ずこの人を好きになるだろう。
ルドルフは苦笑いした後、ルークスに頭を下げた。
私も気持ちを切り替えて言う。
「問題は、どうやって説得するか、よね?」
ラティナ語で話しても、聞いてもらえるかどうか。
アレクサンドは怒りと、古代装置が暴かれた焦燥感のため
我を忘れている状態なのだ。
「でも古代装置を制圧すべきという義務感はあるわね」
クルティラが言うと、リベリアもうなずく。
「人を守りたいという気持ちもそのままですわ。
だって、生きた人間を絶対に攻撃しませんもの」
常に地下に潜む魔物と戦い続けていた。
近づく人間を退けながら。
そして本能からか、妻や家臣の霊の集合体である巨大クォーツを
スピリットイーターから守ってきたのだ。
彼に理性を戻すには……。
そしてメイナが使えるように赦されるには。
メイナを使えない状態で、メイナが”良い力”であると示すには。
私はふと思い出した。
「そういえば前に、フィデルの言葉と
ルドルフの言葉が偶然一致した時
アレクサンドの動きが止まったよね?」
初めて対峙した時、ルドルフはドレス姿のアレクサンドを
ベルタさんだと勘違いし、彼の前に飛び出して言ったのだ。
「俺は! あなたにこんなことをした奴らをっ!
絶対に、絶対に許さないっ!」
その言葉を聞き、アレクサンドの動きがピタリと止まっただけでなく
確かにつぶやいたのだ。
”フィデル?”と。
なんとか意識の暴走を止めてくれないかなあ。
考え込む私の横で、ルドルフはポケットから何かを取り出す。
「倒したい相手も、守りたい存在も一緒なのだがな」
ルドルフはそう言って、ブックマーカーを見る。
「……え? それ! ちょっと見せて!」
私は初めてブックマーカーを間近で見て驚いた。
「これって、ただのブックマーカーじゃないわ!
後ろにメイナーズの刻印があるじゃない!」
”メイナーズ”は、メイナを司る最高組織である。
そのブックマーカの端にはしっかりと、
メイナーズの印である”天秤”が描かれていた。
これは”陽のメイナ”で満たされており、
ほとんどの妖魔や悪霊には効果があるだろう。
リベリアが納得したように言う。
「ブルーカルセドニーもなかなかの効果がありますし……
どおりで退魔の効果が高いはずですわね」
ルドルフが贈ったブックマーカーは、
実は魔除けのメイナが込められたものだったのだ。
「これ、どこで買ったの?!」
「……ワンドだ。誕生日が近いと聞いたから」
ルドルフは照れながら言う。
皇国の最高級ドレスメーカー“ワンド“が売り出したシリーズで
お守りにもなるという触れ込みだったらしい。
さすがはワンド、その品質は確かだったようだ。
……こんなに小さくてもこれ、かなり高価だったろうな。
この地に蔓延する”メイナ禁止の呪縛”に
これが今まで引っかからなかったのは、
商品として出荷して以来、
常に魔除けの効果を発し続けているため、
”発動”することがなかったからだ。
メイナ禁止の呪いは、
使った瞬間に起こる”無から有”の変化を
契機にしているのだろう。
「これって”良いメイナ”として彼に提示できるね!」
クォーツの上に置きながら私は言う。
人を守るための”良いメイナ”として、アレクサンドに見せるのだ。
「後はなんとかラティナ語で……」
私がそう言うと、ルークスが大剣を持ち上げて言う。
「いや、これを使う」
「その大剣でスピリットイーターと戦うんですか?」
ルドルフが尋ねるが、
もちろんルークスは首を横に振る。
それは絶対にないだろう。
名剣マルミアドイズは、最愛の主が
自分以外の剣を握ることは許さないだろうから。
ルークスは大剣をかかげて言った。
「これは、アレクサンドに返す。……俺と戦うために」
全員が目を見張り、緊張が走る。
あの最強の武神と戦うと言ったの?!
ルークスがクルティラに
この大剣を研いでほしいと頼んだ理由は
できるだけベストに近い状態で、
己と対峙して欲しかったからだった……。
ルークスは言う。
「俺がもし、自分の責務を他人に預ける時が来るとしたら
それは自分よりも遙かに、
相手の方がそれに適していると思った時のみだ」
だから、正しい者であり、彼より強いことを示すのだ。
クォーツを彼以上に守り、悪霊を退け、
スピリットイーターを制する。
そして彼に武器を与えて戦うことで、
古代装置を破壊できるという実力を
彼に見せなくてはならない。
もし失敗すれば、スピリットイーターと黒獅子王が共に敵となり、
両方と同時に戦うことになる。
かなりのリスクがあるが、やるしかなかった。
ベルタさんを救出し、古代装置を完全に破壊するために。
私たちは作戦を開始した。