5ー42 エルロムの策略(第三者視点)
5ー42 エルロムの策略(第三者視点)
「……やっと解放されたな」
エルロムは長時間にわたる尋問から解放され、
自室に戻りソファーに座り込んだ。
「あの程度、なんてことはないさ」
別に彼にとって、”真実を隠す”など容易な事だった。
なんせ彼は子どもの頃から、
息を吐くように嘘が付ける人間だったのだ。
不都合をごまかしたり、
相手が気に入りそうな言葉か
スラスラと出せる男だった。
そうして自分の都合の良い”事実”を作り上げ、
相手を翻弄し、自由に動かす。
それでここまでやってきたのだ。
彼は時計を見て顔をしかめる。
「時間がないな。急がなくては。
こうしている間に横取りされてしまう」
アスティレアたちが古城に向かったと知り、
巨大クォーツが気になって仕方ないのだ。
”この世は全て自分のためにある”
そう考えているエルロムにとって、
あの巨大クォーツは自分のものであり、
手を出されるのは立派な”横取り”だった。
自分も行こうと鏡に向かいかけて、足を止める。
「将軍もあの場にいるのか。……マズイな」
そのまま行っても鉢合わせになるだけで、
彼らを押しのけ、自分のものにすることなど不可能だろう。
皇国から来た者達を大人しくさせるには。
エルロムはしばらく考えた後。
「……あいつを使うか。
今度こそちゃんと、僕の役に立てると良いが」
そう言って天使のような笑顔を見せ、
主導者を呼びに部屋から出て行った。
************
全ての支度を済ませたエルロムは、
集めた主導者たちとともに鏡を抜けていく。
するといきなり、
クォーツを取り囲むアスティレアたちに出くわした。
彼女たちはちょうどライオネルから
ベルタ嬢がクォーツに密封された状態で
”生きたまま保存”されていることを知り、
みなで歓喜していたところだった。
しかし今は、突然鏡から現れたエルロムに驚いている。
「……エルロムっ!」
「やあ、皆さん」
片手をあげて優雅に挨拶するエルロム。
異常な余裕をみせる彼に、アスティレアは眉をひそめて言う。
「……もはや堂々としたものね。
鏡の通路を隠す気もないなんて」
エルロムが自分たちを
生かして帰す気がないことを、すでに察していた。
エルロムは鼻で笑い、手をシッシッと振りながら
「クォーツから離れてくれないか?
それに触れて良いのは僕だけだ」
ルドルフが激昂して怒鳴る。
「黙れっ! これは誰にも渡さないっ!」
いきなり強い調子で言われ、エルロムは片眉をあげる。
そういえば、何かおかしい。
アスティレアは泣いたばかりのような顔だし、
他の二人の女だってそうだ。
ルドルフすら、涙をにじませているではないか。
「何をそんなに悲しんでいるんだい?」
喜びの涙を知らないエルロムは、哀れむように言う。
「ベルタさんが見つかったからよ」
アスティレアの言葉に驚くエルロム。
「……どこにだ? 骨は足しか残ってなかったと聞いたが」
「この巨大クォーツが、ベルタさんの体よ。
足以外の部分を包んでいるわ」
彼女はまだ生きている、とは教えなかった。
生きていると知れば、二年前の悪事が露呈するため
エルロムはクォーツを破壊しようとするかもしれない。
エルロムはふたたび驚き、巨大クォーツを見る。
「これがあの娘だと?! なんでクォーツに包まれたんだ?」
「さあ、理由はわかりません。
せめて彼女をご両親のところに返してあげましょう」
祈りのポーズを取るリベリアの言葉に、
エルロムは”はあ?” という顔をする。
「どうせ、とっくの昔に死んだ人間なんだから、
別にどうだっていいだろう?
このままシュケルウォーターにするべきだ」
……やはり、コイツは本物のクズだ。
主導者たちを含む、その場の全員が思った。
そしてエルロムは見下した表情で、アスティレア達に告げる。
「全員、すぐにクォーツから離れるんだ。
この子を犠牲にはできないだろう?」
「離せよ! なんでだよっ! エルロム様っ!」
彼の後ろから、主導者のひとりに
羽交い絞めにされたギルが現れた。
「ギル?! なんてことを!」
アスティレアが叫ぶ。
クルティラは軽蔑の眼差しで吐き捨てる。
「子どもが人質とは、情けなくて呆れるわ。
まあ貴方たちに、大人の人質は荷が重いのでしょうけど」
貧弱な彼らは、子どもでないと人質には出来ないのだ。
ギルは涙目でエルロムに叫ぶ。
「信じてたのに! 仕事があるっていうから……」
エルロムはギルに言う。
「今度こそ僕の役に立てるんだ。光栄だろう?」
「エルロム様の言うことを聞け!」
主導者のひとりがギルにナイフを向けている。
アスティレアは目を細めて言う。
「……”宝”を人質に言うことを聞かせるなんて、
アイツを彷彿させるわね。
いつの時代もクズはクズってことかしら」
エルロムは楽し気に言う。
「何のことかはわからないが、
どうぞ、なんとでも言ってくれ」
そうしてウキウキと楽しそうに、指揮者のように手を広げた。
「さあ、僕たちは運搬作業に入る。
君たちは必死に化け物たちを戦ってくれたまえ。
将軍には、あのドレスの化け物と戦っていただこう。
……みんな、僕のために命をかけて頑張るんだ!」
愚かでずさんな計画に、リベリアがため息をついた。
クルティラが腕を組んだまま言う。
「……もしその子に手を出した時点で、終わりよ?」
その物言いの冷たさに、主導者たちの背筋がゾッとする。
しかし、ギルの首元にナイフを当てなおして睨んでくる。
「仕方ないわ。いったん、離れましょう」
アスティレアは睨み返しながら言う。
ルドルフはさすがに心配そうだったが、
とりあえず全員後ずさり、クォーツから離れて見守る。
とたんに悪霊が襲ってくるが、
リベリアのバリアのため近くには来れない。
これから激しい戦いが始まり、
彼女たちの悲鳴が聞けると思っていたエルロムは
拍子抜けしてしまう。
”あれ? もっと必死に戦い続けて、
そのうち力尽きて殺されると思ったのに”
将軍を含め、全員、死んでもらわなくてはならない。
皇国には妖魔や悪霊にやられたって言えばいいのだ。
……だって、本当だし。
しかし、誰も倒されるどころか、戦いを始めない。
エルロムは不快そうな顔をしたが、気を取り直す。
”まあ、自分には奥の手がある”
そう思い、ポケットからグローブを取り出して手にはめる。
それをすかさずアスティレアが目に止め、問いかける。
「そのグローブはどうやって手に入れたの?」
「これかい? このグローブはね
父の唯一の形見なんだ。
父が子供の頃、浜辺で拾ったそうだ」
エルロムは切ない表情を作って言う。
父との懐かしい思い出を語るように。
「最初は、風が出るオモチャだと思っていたんだ。
ある日、僕は欲しくなって、
そっと父のカバンから取り出したんだよ。
……父がこれを、自分の身を守る武器として
使っていたとは知らなかったからねえ。
だから、母が口封じで差し向けた盗賊たちに、
あっさり殺されちゃったみたいなんだよ、フフッ」
父の死は自分のせいでは無いかのように、
思い出話を語るエルロム。
その時、作業していた主導者たちが叫ぶ。
「ダメです! エルロム様っ!
クォーツは床に張り付いたようで運べません!」
「全力で床にしがみついているみたいだ」
エルロムはムッとし、自分もクォーツを押してみる。
が、びくともしない。
主導者がナイフを立てても、石で叩いても動かなかった。
「やはり、固いのか……」
エルロムがそう言いながら、グローブをした手で触れたとたん。
バキッ。
何かが割れる音がした。
エルロムが慌てて巨大クォーツから手を離そうとするが、
手袋の手のひら側についた小さな扇風機から
無数の牙が生え、クォーツに噛みついていたのだ。
「まさか!」
アスティレアが悲痛な顔で叫ぶ。
あの手袋の機能は、風を送り霊魂を結晶化するだけではなかった。
クォーツを噛み砕き、分解することもできるようだ。
全員で飛び掛かろうとした、その時。
「痛っ!」
エルロムがのけぞった。
ライオネルが父さながらに、
エルロムの手袋めがけて短剣を刺していたのだ。
エルロムは手の怪我を見るために手袋を外しながら、
突然現れたライオネルに目を見張る。
「……なんだ、こいつは!」
ライオネルはアスティレアに、古代ラティナ語で叫ぶ。
アスティレアはルドルフに説明する。
「亀裂が入ったから、もう時間が止められないって!」
それを聞き、最も反応したのはエルロムだった。
「なんだと? このクォーツはあの娘の死体を保存してるのか?
なんで、そんな意味のない事を……」
不快そうな顔が一瞬で喜びに変わる。
「いや、やはり、可能なんだな!?
クォーツは人間の老化を止められるんだ!」
それを聞き、リベリアが答える。
「確かにそうですわ。
でもそれは完全に密閉され続けることが条件です」
完全に外気と遮断された状態を保持しなくては。
「そんなことはないっ!
実際、父は全く年を取らなかったんだ!」
それを聞き、主導者のひとりが首をひねりながら口を挟む。
「……へ? エルロム様の父って、あの……芸人の……?」
「そうに決まっているだろう。
男爵のような不細工であってたまるか」
エルロムは開き直って言う。
その主導者は、おそるおそる衝撃の事実を告げた。
「実はうちの親父、あの人と幼馴染なんですよ。
同い年で、小さい頃から知ってるって」
目を見開くエルロム。
「う、嘘を付くな! 父はあの時点で40歳を過ぎていたんだぞ!」
すると別の主導者も言う。
「いや、うちのお祖母ちゃんも言ってましたよ。
小さい頃からうちの店に出入りしてたって。
”とにかく口が達者で、嘘ばっかなくせに
女の子にすごくモテた”って。
あ、いや、その、お祖母ちゃんが言ってたんです……」
他の主導者がフォローのつもりで言う。
「エルロム様は、小さい頃は外国で過ごされたから
ご存知なくても仕方ないですよ。
あの芸人……エルロム様のお父様は、
地元では”ほら吹き”で有名な人でした」
エルロムはショックを受ける。
彼の父はどうやら、別に年よりちょっと若く見える程度であり、
息子を騙して楽しんでいただけだったようだ。
つまり”不老の方法”はエルロムの父が作った出まかせだったのか。
「嘘だ……そんな……」
ショックで膝から崩れ落ちるエルロム。
グローブを握ったまま座り込んでしまう。
その隙を逃さず、アスティレアたちが動いたのをみて
「と、とにかく全員殺さないと!」
焦ったエルロムは膝立ちのまま、
手袋をはめようとした。
それを、羽交い絞めにされたギルが思い切り
目の前のエルロムを蹴り上げた。
「うわあ!」
エルロムが転倒した拍子に手袋が飛んでいく。
反動でギルを抑えていた主導者がよろめいて彼を離す。
その瞬間、ギルの周囲には強固なバリアが張られ、
主導者たちにクルティラのナイフが突き刺さる。
アスティレアが飛んだ手袋を拾い上げた。
「クソっ!」
エルロムはものすごい速さで鏡で逃げ出す。
「待ってください! エルロム様!」
しかし鏡には亀裂が入り、入ることはできなかった。
エルロムが部屋に戻って、あちらの鏡を叩き割ったのだ。
置いていかれて唖然とする主導者たちに
アスティレアたちが詰め寄る。
「まず、生き残りたかったら従うことね」
「死んでも従ってもらいますけど」
そう言い、悪霊をジュワッと蒸発させるリベリアをみて
主導者たちはその場に大人しく正座するのだった。
************
エルロムは自室で頭を抱える。
どうしてこうなった。
今までずっと、頑張って来たのに。
「努力なんて報われないじゃないか……」
第一主導者らしからぬ発言の後、もう一度時計を見る。
アスティレアたちが城から戻ったら、自分は終わりだ。
子どもを人質にし、将軍を脅したのだ。
すぐに逮捕され、牢に放り込まれるだろう。
「僕が人目につかない牢に入れられるなんて、
人々がどんなに悲しむことか……!」
永遠の若さが欲しいが、今はそれどころじゃない。
早く、皇国が安易に裁けない存在にならなくては。
例えば、王族とか。
王族でなくとも、確か貴族はすぐには逮捕できないはずだ。
裁判にかけるのも、さまざまな手続きが必要であり
時間がかかったような。
まさにその時。
「エルロム? ちょっと良いかしら」
ちょろっとドアから顔をのぞかせて、
シュケル国の元・王妃がこちらを見ている。
可愛い子ぶった仕草に、いつもならイライラするのだが
今回はエルロムとって女神の降臨に思えた。
そして心の底から叫ぶ。
「ああ! 会いたかった!
ちょうど貴女のことを考えていたのです!」
そういって元・王妃を抱きしめた。
いきなりの愛情表現に、元・王妃は顔を真っ赤にし。
「う、嬉しいわエルロム。
あのね、婚約の準備が出来たのよ」
エルロムは感極まって叫ぶ。
「本当に?! ああっ、こんなに嬉しいことはない!
……婚約なんて言わずに、今すぐ結婚したいくらいだっ!」
そう言われ、元・王妃はパアッと顔を明るくする。
「私も、そう思っていたの。
今までずっとお待たせしていたんですもの。
もう、それも終わりですわ」
エルロムは少し気にかかった。
今までずっと待たせていただと?
自分の正式なスポンサーになるため、
元・王妃の実家である公爵家の娘と結婚する話が出たのは
つい先日だったはずなのだが。
元・王妃はちょっと考えて、つぶやく。
「……とりあえず、すぐに婚約の儀を行いましょう。
そうすれば……」
エルロムは”我が意を得たり”と激しくうなずく。
そうすれば、逮捕されずに済むのだ!
王妃はいたずらっぽい目をしてエルロムに言う。
「婚約に必要な書類はもう、お父様が送って下さったの。
……シュケル国王との離婚はとっくに済んでますしね」
前半は嬉しそうに、後半は不機嫌に言う。
離婚手続きはあっさりと済まされており、
城中の者に”さっさと出て行ってくれ”という目で見られているのだ。
「そうか! 署名をすれば良いだけだな?!」
「ええ! そうよ!」
なんと手際が良いことだ。
意外とこの女、使えるな。
結婚相手となる公爵家の娘がどんな女かはわからないが、
どっちも機嫌をとってやれば安泰だ。
「じゃあ、広間で署名しましょうよ!
イクセル=シオ団の皆様に見守られて!」
キャッキャッとはしゃぐ元・王妃。
エルロムもうなずく。証人は多い方が良い。
「あ、でも、待って」
急に元・王妃が自分のドレスを見て口をへの字にする。
「……着替えたいの。お願い、広間で待っていて」
お前の恰好なんてどうでも良い、
という言葉がノドまで上がったが
エルロムは悲し気にうなずく。
「僕はこれ以上、1秒だって待てないのですが……
どうか、なるべく早くいらしてください」
************
そうして待つこと1時間。
広間には団員がぞろぞろと集まっていた。
中には見張りも兼ねて、皇国兵も混ざっているようだが
エルロムは気にしていなかった。
”僕が公爵家に入れば、彼らには手出しはできないからね”
そこに、王妃の侍従と侍女が書類を運んでくる。
テーブルに広げ、署名のためのペンも用意する。
”これに署名すれば、僕は公爵家の一員だ!”
エルロムがテーブルに近づこうとしたとたん。
「お待たせいたしました」
元・王妃の声が聞こえたので、
エルロムは入り口を見て、微笑もうと……したが。
真っ白なフリフリドレスを着た元・王妃が
より化粧を厚くし、髪にリボンや花を散らして
首をかたむけてこちらを見ているではないか。
「……あの、王妃様?」
エルロムはあっけにとられてつぶやく。
元・王妃はスススと前に出て、エルロムの口に人差し指を当てた。
「もう、王妃では無いわ」
「そ、そうでしたね」
エルロムは引きつりながら笑う。
元・王妃は潤んだ瞳で懇願する。
「これからは名前で呼んで、ポーラ、って」
へえ、この女、ポーラって言うのか。初めて知った。
ボーっとしたままエルロムはうなずく。
しかし彼女の、次の言葉で文字通り飛び上がった。
「だって、夫婦になるのですもの」
硬直するエルロムの代わりに、団員たちが叫ぶ。
「げえっ! ふ、夫婦だって?!」
「30歳くらい年が離れてるだろ」
「公爵家の娘と結婚するって聞いてたけど……」
その言葉を聞き、元・王妃は振り返り、
両手の人差し指で自分を指し示して言う。
「ええ。 正真正銘、ワタクシ公爵家の娘ですわ」
そう言って、エルロムに向きなおって笑った顔は
彼が古城で見たどんな悪霊よりも恐ろしいものだった。